奥様は接待秘書
浩一 作
刺青の女 ３

　７月に入ると暑さも本格的、１０日から２週間の間隔で、彫雅の都合に合わせ通い妻のように訪ねます。つば広帽子にサングラス、日傘と合うとは思えないけど、肩が見えない程度のカットソーのＴシャツにパンツルックです。

「毎日でも会いたいけれど」と言っていただくのはうれしいけれど、男持ちの身にはそんな分けには参りません。

　夏に生足に超ミニを着れないのは寂しいけれど、太ももの牡丹が見えちゃうからと。大人の格好、お尻美人にピッチピチのストレッチパンツです。
池袋から新宿へ、いいですよね。自称芸能スカウトさんか、男に声かけられるうちが花かな。きっと背中の彫り物を見たら驚くぞ。

　彫雅は正直者です。わたしと会う当日は狭い作業場にそわそわと、弟子の孝男さんにすぐに気付かれ、気を利かせてくれての少し長めの昼休み。
　顔を合わせたときに教えてくれたんです。近所のウワサになっているって…。
　ひと月もしないうちに階下の居酒屋さんや、ご近所の店員さんの、ウワサ話に上るのは当たり前ですね。だって美女と野獣そのままですよ。
　それからは彫雅と区役所近くの喫茶室で待ち合わせです。それが歌舞伎町にこんな店があったのかって所、中年サラリーマンならご存じですよね。

　８月、とにかく暑い日中は冷房の効いた屋内が一番、昼食をご馳走になった後、近くのラブホテルに、サービスタイムってただ時間が長いだけだから、近くのドレスショップで買ってもらった。セクシードレスのファッションショーです。

　次々と連写に発光するストロボに酔い、思わず過激なサービスポーズ。据付の大型テレビにデジカメを接続し、彫雅はすぐに撮影した物を確認に映し出します。それにしても凄く大きなレンズが付いてます。

「ねえ、それってデジカメ…？そんなカメラって、高いんでしょう」

「いや、ビックカメラで１０万円代で買えたから、緋紗ちゃんを写すのに、これ欲しかったんだよね」

「うわっ…！なにぃ…」
　静止画再生の三角マークを、遡って見ていると知らない変態的な写真まで出てきました。

「ゴメン…！どうしても写したかったんだ。もうしないから」

「ふ〜ん、彫雅さんて見た目どおりの変態なんだ。カシャカシャって音してカメラ構えてたから変だと思ったけど、ストロボが光らなかったのに」
　顔の写っていない行為後のマムコちゃんのアップ写真でした。それも精液が垂れ出て来た物から、顔が写るのは逝かされた後の間抜けた呆け面だなんて、失礼すぎる。

「レンズの性能が良いから、発色さえ気にしなけりゃストロボ無しでも撮せるんだ。人には見せないし顔バレも写してないよ」
　開き直られても、そんな問題じゃないのに。

「俺さぁ、緋紗ちゃんに会うの指折り数えてんだ。夜さ、ひとりでいるとたまんねえんだ。やめようと思っても止まんねえんだ。だから緋紗ちゃんの写真見て、つい毎晩と…」

「だったら、カガミに映る、やってるとこでも撮ったらいいのに」

「えっ、そんなの写していいの…！」

「顔の切られた精液が垂れ出てる写真より、マシっ…！」
　間抜け顔に、首から下だけの写真なんて自尊心が許されません。よっぽどのブスだと思われかねませんもの。

　リモートシャッターってあるのですね。知らなかった。

　それ以後、刺青施術の途中経過を撮る途中に、フェチな下着姿の写真からエロ写真の類いまで協力的に写されていました。綺麗な刺青の写真の後に卑猥なポーズなんて取らされて、それを自慰のおかずだなんて…。彫雅って意外と可愛いでしょ。

「もう、今日やるって分かってるのに、昨日も抜いたの…？」

「いや、昨夜は我慢したさ。いくらなんでも緋紗ちゃんの中にタップリと出したいもんな」
　慣れた手つきでデジカメ持ち、ポーズするわたしを写す、彫雅です。

「次は、お願いだからこれ着てよ」
　少し緊張した彫雅が紙袋から紅色シースルーの物を出しました。

「もう、なにこれ」
　両手に持って広げると、寸足らずのネグリジェか、飾り付きの短すぎるスリップって感じです。

「ベビードールって言うんだ」
　あの不細工顔がにやけています。それがおかしくて。

　大好きなラブホテルのカガミの部屋、壁にあちこちに映る、赤く透けたベビードールの背に昇り龍の刺青女。ベッドに寝転びデジカメを構えるタヌキ腹の刺青男。

「いいよな、シースルーの背中に昇り龍ってのも、させそうでさせない女か…？」
　カメラが追ってくるのにシャッターの音がしない。さては…？。

「なにが、させそうでさせない女よ…！動画はダメって言ったでしょ」

「パンティ穿いてるし、ハメ撮りじゃないから、いいじゃないか」

「だ〜めぇ…！動画って言い訳効かないんだからね」
　動画のトラウマ、これで主人との関係がおかしくなったんだから。残念そうにベッドに横たわる、総身の刺青男に重なるように抱きつき、股間にそそり立つ肉棒を強く握ってやりました。

「ふふふっ…もうぉ、変態ぃ…！抜き過ぎの罰だよ。若い子みたいにしてたら、先っちょから打ち止めの赤い玉が出たりして」

「ねえさ、そのまま俺の舐めてみて…」
　なにその顔で甘えてんだと、仕方ないなと口にぱくり。ピカッ…！目の前のストロボは眩しすぎます。
　チュブチュブ、モゴモゴ、おチンポちゃんを口にしての、フェラ写真は超広角の舐められ撮りです。

　前戯がわりのセクシー衣装のストリップ。ストロボ光にパンティを脱いでのご開帳。カガミを写すときは発光禁止、せっかくのハメ撮りです。アイコラ写真に見えるくらい綺麗に写してもらわなきゃ〜ね。

　下着フェチの彫雅も、もう狎れたもので、時を取り戻すかのように２回は必ずします。夜な夜な抜いてるって、そんなことを言ってる割りにはタップリと中にします。生殖能力は容姿と反比例するのかな…。

　通い妻と逢瀬を重ね、教え方が良かったのか、はや３ヶ月で別人の如く性愛技術の匠となり、わたし自身も何度と逝かされる有様に悦びもひとしお。心地よい疲れに満足感。

　悪趣味かも知れませんが、背の刺青を映すラブホテルのカガミの部屋で、総身どんぶりと言う全身彫り物の彫雅に抱かれる。カロリー消費のためたっぷりと時間を掛け、溜まってた物をあらん限りと、わたしの中に抜いてあげるのでした。

　夕方５時を回り階下の居酒屋さんも御商売に身を入れる頃、奥まった所にあるエレベーターで３階の仕事場へ、もう孝夫さんも誰もいませんから下着姿になっちゃいました。
　ジメジメと雨続きの９月初旬の天候不順、行為の名残に火照った体をエアコンの風に当たり冷まします。通い慣れたこの作業場でそれからです。

「しっかりと色を刺れたいから痛いけど辛抱だよ」
　全裸にバスタオルを掛けて我慢の３時間、ときどき悲鳴が出てしまう。肌に小手のような手彫り針でキュッキュッっと刺し動かすと、墨と赤い物が混じり拭き取る。繰り返し、彫雅は諸動作を続ける。いっときの休みもなく肌と針の真剣勝負。

「雲のぼかしはね、緋紗ちゃん専用に作ったこの４６本の針先と墨の濃淡で灰色を作るんだ。手彫りじゃないと、これがきれいに出ないんだぜ」
　ひとが肌刺す痛みを耐えてるってのに、彫雅はご機嫌です。冗舌に自慢話、わたし専用の道具だってこの凝りよう、針の進みの早いこと。

　施術後のヒリ痒く脱力感、刺し痕にサランラップに背中に薬、施術後２〜３日は肌を労り、カズさんとはセックスレス。カズさんったら、そんなホッとした顔しなくたっていいだろうに、この時期の養生って大変なんですよ。ああ、背中が痒いよ…。

　彫雅っておかしいんですよ。それまで全裸の尻に色を刺し、ゴム手袋で余所余所しく触ってたくせに、これが最後になると、未練たっぷりにわたしの裸体を愛おしく抱きます。

「緋紗ちゃん、俺、待ちきれないよ。清河に言っとくけど、次は来週でいいかな」
　もう肩の牡丹、背の龍の施術は終わり色揚げもあとわずか、ここに来て１回の施術時間が短くなり、ほぼ出来上がってからの通う回数が増えた気がします。

　月に３度から４度と彫雅との交わりにいそいそと出掛けるときの、見送るカズさんの嫉妬身を帯び慚愧に惑う冷たい視線。それを料金代わりと侮り認める彫雅、友情など何処へやら男達の了見に、初めて不審を覚えたときでした。

　彫雅好みの下着を着けるに何度とカガミに映し見る。左の肩で威嚇する吠え声を上げ、引き裂かんばかりに３本爪で掴み掛かる。紅の花弁と墨色ぼかしの雲を縫い、わたしの背から天に昇る龍の姿。白牡丹の薄紅の淡いぼかしが綺麗です。

　カズさんと同じ昇り龍ですが、大きさも色も華やかさも遙かに勝り、彫雅一世一代の出来だと自画自賛の彫り物です。カズさんから、右肩の紅白の牡丹が綺麗だと言って貰えました。その言葉で許せるのです。彫り物を背負う女としての自負とでも言うのでしょうか。

「彫り物を背負う女の自負、なにバカ言ってるのよ…！刺青が世間で許されない物ってことくらいも分かんなかったの…！」
　理恵のヒステリックな怒鳴り声に現実に戻された。ここ取調室の中なんですよね。

「おひさ、あんたって女は清河と同衾を続けながら、彫雅って彫り師ともズルズルと肉体関係を続けてたって分けね。呆れた！。なんて女なの、住所、彫雅って男の住所ぉ…！」
　彫雅の住所を告げると、理恵の目配せに調書を取っていたジャガイモ顔の若い刑事が席を立った。

「理恵…っ！彫雅さんまで逮捕されるの」

「あんたと関係を持ったからってそれだけで逮捕するはずがない。ただの事情聴取、分かった…！。それよりさあ、公園を挟んだワンルームマンションの男、写真やビデオで盗み撮りしてたの気がついてたよね。気付いてなかったとは言わさない。なのにあんな恥ずかしい格好を第三者にまで見せるなんて、女としてな〜んとも思わなかったとでも言うの…！」

「そりゃさあ、思わなかったこともないけど。清河がそれに気付いてからあ、一気に登りのエスカレーターしちゃって、女ってさ男に望まれたらしちゃうじゃない。わたしも嫌いな方じゃないしさ」

「じゃぁ、なに…！おひさ、あんた男に望まれたら殺人でもなんでもするっていうの。このバカ」

「理恵ったらそんな極論をさ、だから言ったでしょ。わたしも嫌いな方じゃないって、あの頃さ、キャバ勤めのストレスってのがあって」

「キャバ勤めのストレスって、いつ頃の話よ」

「そうだ、理恵…！ちょうど東池袋の事件の前だよ」

「東池袋って、ホテル相対死事件の…！話して、サッサと話すの」
　理恵はまた、話を聞く気になったみたいです。

　逮捕されるきっかけとなった常習犯の覗きに、わたしがそれとなく気がついたのは越してからすぐだったような気がします。覗き、男の人はそういうことに意外と無頓着なんですよね。

　カズさんが気がついたのは暑さも盛りを過ぎ、日差しがかなり傾むく中秋に掛かる頃、ワンルームマンションに西日の残光が反射する頃でした。なにもない部屋に男女２人、その日も他にすることはありませんでしたから。カズさんも、行為後の２回戦を前にして、なにか気になったのだと思います。

　公園を見ていたのか、バルコニーの遙か先、ワンルームマンションの壁を日没後の残光が赤く浮き出していました。

「緋紗子、向こうのワンルームのヤツ、覗いとるんとちゃうか…？あれ望遠鏡やで…」
　コーティングが安物だったのか、西日にレンズが反射してカズさんも気がついたようです。

「アイツや、さっき気になってカーテン閉めたのに、ずっと隠れるようにして、こっちを見とる。ほんま、おかしなやっちゃな」

「カズさん、室内が明るかったら、こんなカーテン素通しだから…」
　白の薄いカーテンでは、プライバシー保護には効果の無い事を、カズさんに話しました。

「へえ、そうなんや…カーテンしとるのにずっと見とるから、おかしなやっちゃ思て…そやったら、ワシらのずっと丸見えやったんか…？クソ…！ボコボコにどついたろか」

「もう、バカ言わないで続きにしましょ」

「お前、前から知ってたんか…？見られても平気なんか…！えっ、どうなんや…」

「カズさんが気になるんだったら、わたしが上でするから、アイツが本当に覗きかどうかを見てたらどう」

「そんなん言うても、カーテンのこっちからやったら分からんやろが…！」

「ふふふ…じゃぁさ、カーテン開ければいいじゃない。どうせ見られるんだから」
　カズさんの呆れ顔、わたしは思いっきりカーテンを引き開けました。
　うむ、ガラス戸越しの全裸に確かな食いつき、無料サービスのしすぎか。

　寝転び不審に目を凝らすカズさんの上を跨ぐようにして、ゆっくりと、最後は手を添えて腰を下ろしていきました。グニュリと入るピン起ったままの、おチンポの感触が気持ちいいのです。

「ホントにシャブって固いままなのね。ああ…もう…このぉ…！どうだァ…こんにゃろ」
　と、カズさんの上でお尻をグラインドさせ、おチンポを締め上げてやります。オッパイがブルンブルブルと大きく揺れます。

　わたしはヒザを付いて前屈みになり、お尻をおチンポちゃんの根元にぶつけます。ポンポンと肉を叩く音がします。

「ああっ…いい気持ちよ…ふふっ…臼が杵突く逆お餅つき…」

「お前って、なんちゅう女やねん」

「ああん…どうぉ…やっぱり見てるかしらぁ…ん…ああっ…」

「見とる…！やっぱり見とるで…おいアイツ…！アイツあんなとこで、右手動かしとんの　ちゃうか…？ハハハ…お前こそ、後ろ向いてオ○コ開いて、見せてやったらどうや」

「あんもう…っ、そんな不自然なことしないのぉ…。ごく普通に、見られてることを愉しむものよ。でなきゃ覗きの人も安心して出来やしない」

「安心してセンズリも出来んか…？なるほどな。そういうことか、そんなんも面白いかも知れんな」

「もう、よそ見ばかりしないで、チン突きお餅の続きぃ…」

「なにが、チン突きだ。この露出狂が…」

「じゃ、下から突き上げてよ。カズさんの言うとおり背面騎乗位で、覗きさんの方見てやるからさぁ」

「このド変態…！やっぱり見せたいんやないか…。ヘヘッ…覚悟せいよ、この…！」
　カズさんの強靱な肉体に、強烈な地震ように激しく突き上げられものだから、乳房がブルブルと大きく揺れる。

　見られてる。カズさんの手に支えられ、反り返るようにして抽挿する結合部をガラス戸の外に見せました。周りの恥毛を永久脱毛してるから、抜き挿しの動きがモロ見えだと思うと、カズさんの下からの突き動きに、思いの外のけ反って喘ぎを上げてしまいました。

「ヘヘ…ッ、もっと脚開いて見せたらんかい」

「ふふっ、もういやらしいわぁ…カズさんのおチンポが入ってるとこ、もっとよく見せるのね」

「このド変態女が…ほれ見てみぃ…！覗きのヤツ、身ぃ乗り出して見とるで、やっとるやっとる。右手で漕どるで…」

「ああ…やだぁ…見てる…こっち見てる…見える…わたしらを見て…してるのね…」

「アイツ、なんや悶絶しとるで、ハハァ…もう射精しとるんや。早いやっちゃなあ。せや、顔に掛けたろ。緋紗子、アイツに顔射ちゅうもん見せたろやないか…！」

「せっかくの、いいところだったのに…！じゃ、寸前になったら教えてね」
　わたしが逝きかけているというのに、カズさんは言いだしたら聞かないんだから。

　ベッドから降り、カズさんが立つ股間に屈み、ヘソを打つように起っているカズさんのおチンポを喰わえます。右手で擦り亀頭を唇で吸い上げます。

　早く放ちたがってる男など、雁首から強めに吸い上げ肉棹を擦るとすぐです。見上げると、どの男も同じように顔をしかめます。それがおかしくて、これでもかと唇をすぼめ舌先を使って扱きます。

「おい、緋紗子ええかボチボチや、外向いとけよ。いくぞ…！」

　カズさんは参ったかのように後頭部を手のひらで叩きます。わたしは喰わえていた物を放し口を大きく開きました。カズさんは斜めに構え、右手が休むことなく動き、目の前の鈴口から白いのがブブッっと。

「ああ…出る。出る」
　と、カズさんのその言葉と共に膨らみの先っちょから噴き出しました。

　犬のようにハアハアと、期待にせっかく大きく口を開いているというのに、カズさんの手の動きに目の前で亀頭の膨らみが上下し、一撃はぶちゅっと糸を引くように飛び出して髪の毛に、べちょ…！。
　ぶひぶちゅべちょべちょっと、生臭い飛沫のネバネバが、目と鼻の間くらいに掛かりました。

「オオッ…ええぞ、気持ちええ。ションベンのように、よう飛び出しよる」
　次のと次の白液が待ち受けた口元に掛かり、後はダラダラと口に受けます。見上げるカズさんの満足げな顔、いわゆるこれも技術の一つ。

「ほう、目がはへてらんない。らしすぎよ」
　口を開け舌に乗せた精液で上手くしゃべれない。指で顔に掛かったのを垂れ落ちないように集め、さっきのと舌の上にタップリと。

　口を大きく開きどれくらいあるか見せ飲み込みます。カズさんは満足そうな顔を見せ、余韻を楽しむのかベッドサイドに座りました。

「おい、あんまり指でかき取らんと、せっかくのベトベト顔を見せたれや」

　外に顔を向けると前髪が垂れ、髪を汚した精液が顔にべちゃり、男って、なんでこんなのを悦ぶんだろ。顔はネトネチョでした。そのままのネチョネチョ顔でお清めのご奉仕、残り汁のおチンポを思い切り吸い上げてやりました。

「ああっ、ヤダ…！身の毛もよだつ。あんた達ホントに変態…！、物が言えない。事件があった１７日、９月１７日のこと思い出して話すの。分かったァ…！」

「９月の１７日、事件のあった日ね、ちょっと待って」
　もう１ヶ月以上前になるのですね。そうだテレビで洪水の救出作業を、中継だったのか録画だったのか記憶をたどった。
　
　９月は１７日、その日は朝からしのつく雨も上り、鬱陶しい曇り空。つい先日の台風の雨風、今年は雨の日が続き鬼怒川が決壊したり、各地で水害があったりして大変だったんです。
　刺青に追われたこの３ヶ月余り。背に彫った龍の色も落ち着き、あとは太ももの牡丹の花に、わずかに紅を足すのみでした。

「色揚げを終えるとさ、緋紗ちゃんとも、もう終わりなんだよな。俺の持ってる技巧のすべてを駆使した彫り物だ。人様に見せられないのが残念な気がするよ」
　確かに花弁の紅色も、ぼかしの技巧に太もも上に咲いているかのように見えました。

「彫り師ってさ、なんなんだろうな。緋紗ちゃん俺っ…」
　なにか言いたそうでした。

　彫雅との関係も終わる。ちょっと残念な気もしますが、これで本当のカズさんの女になれるって気がした矢先でした。
　二人の関係というより、清河がおかしくなったのは、翌日の９月の１８日、ＪＲ線を挟んだ東口のホテルで中谷由香利と長谷川宏樹が不審死したことを知ってからです。
　わたし自身が知ったのは後日、まさか由香利と、あのヒロ君が心中するなんてショックでしたが、清河は更にも増して衝撃だったようでした。

　島田警部さんにも話したことだけど、六本木で見知った黒服に新規開店だからと勧められ、池袋駅の東側ギリギリセーフって、バカみたいな名のキャバで働き出してすぐでした。
　開店早々のご祝儀客も途切れ、その日もまだ客が少なくて午前１時前に上がり、知り合ったばかりの若い子と池袋自慢のラーメンでも食べようかと、ホテルの横を通ったんです。
　地下駐車場に降りるところ、その横の従業員出入り口に大きなワゴン車が止まってて。
　そしたら翌日、心中事件だったと店で話題になって…。

「緋紗子…！１億円やで、ワシが電話したんや。それだけで１億円の取り分やで…ほんまに、由香利ちゅうたら頭ええんや。そらリソノかて出さん分けには行かへんわな」
　いっぱしの悪人気取りで、そんなことをハイテンションに話したのは、シャブによる躁状態のとき。

　まさか、リソノの２億円強奪に、カズさんが関わっていたなんて…。

　清河が言うような、そんな上手い話なんてあるわけがありませんでした。

「緋紗子、龍仁会の玉川や…！玉川の勝ちゃんのヤツが裏切りよったんや…！どうしょう、ワシらも由香利みたいに殺されるかも知れへん」
　清河の脅えようはありませんでした。

「警察に捕まったら、ワシ、勝の身代わりの殺人犯や…！アリバイなんてあらへん。せやからこんなところに、隠れさせよったんや」

「カズさん…！もう、しっかりしてよ。ニュースじゃ若い男女って、身元不明の心中事件て言ってるわよ」
　恥も外聞もなく、こんなにおびえる男だなんて…。

「由香利に呼び出されたんや」

「じゃ、ホテルまで行ったの…？」

「いや、よう行かんかった。恐わなって駅向こうで引き返したんや。言うとくけど由香利は代わりに殺されたんやど」

「なによ、それ…！」

「玉川のヤツ…！惜しなったんや、１億円出すの惜しなったんや。せやから由香利を殺しよったんや、お前の身代わりに由香利まで殺しよったんや…！」

「由香利とヒロ君が殺されたって…龍仁会の玉川さんて、何の関係なのよ…？！」

「関東一家のヤクザや…！お前も知っとるやろ、リソノから２億円巻き上げようって、ワシにも半分くれるちゅうから、由香利がおるから大丈夫や言うて…！」

　ヤクザに追われる、命が狙われる妄想に、清河は身を震わせます。

「あいつ、勝ちゃんのやつ、緋紗子をホテルに行かさんかったから怒っとるんや、ワシのこと、大きな声で裏切ったと怒っとるんや…！」
　恐怖のためか、清河は妄想に近い言葉で叫きます。

　由香利の代わりって、どういうことかと問い質せば、ホテルで宏樹と殺されるのは由香利ではなくて、わたしだったということでした。

　助けられたと清河に感謝するのか、効いたか効かないか、数少なくなってからも薬物混じりのドリンク剤と気付かず、別に依存もせずに済んだと喜ぶべきか。
　計画通り主人の元から連れ出された事に怒るべきか、もうここまでおかしくなった男を捨てる分けにも行かないか。
　と、そう思ったんです。

「ねえ、おひさ、清河ってホテルに本当に行かなかったのかな？」

「そう、思い出しても話の感じからさ、行ってない気がするけど」

「じゃあさ、シャブ打った注射器あるでしょ。あれの出元も龍仁会？」

「だと思うけど、どうして…？」

「う〜ん、清河逮捕の時の注射器と、ホテルのゴミ入れから見つかったのが、同じ物だったから、ちょっと気になってね」
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あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
2015年12月26日掲載
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