奥様は接待秘書
浩一 作
復讐の女 １の続き

　理恵のマンションでの共同生活、出来たばかりのＳ女学院高校女子会探偵団は暗雲に包まれた。主人は殺人犯として長野拘置支所送りとなり、テレビのリポーターによると動機は女関係のもつれだと、ピント外れに言及してた。
　事件当日、池袋署から釈放された容疑者光田浩一の妻、リポーターはＡ子と仮名で謎の美女妻と、存在にもわずかに触れた。

「ねえ、わたしのこと謎の美女妻だって…」

「バ〜カ、ちょとは真面目に見ろ。大事な情報収集なんだぞ」
　理恵なんか、わたしが美女と言われたくらいで怒らなくてもいいのに。

「もうホントよ、おひさ…！。外に出るのも注意が必要よ」
　マスコミの対応、そう言われれば恐くなる。いくら近ちゃんが情報を遮断しても、警察って一枚岩じゃないんだって。

　リポーターによると、事件は若き日米ハーフ美女、高桑香里奈のヒモの如き男、光田浩一の殺人として。またあるスポーツ新聞の報道によると、２億円強奪事件の仲間割れのように書かれてあった。
　芹香がテレビを消した。

「最悪もう、光田先生を救出する道はなくなっちゃった。少々の証拠を見つけたって、これからは警察や検察どころかマスコミまでが敵になるんだから」
　３人の頭脳となるべき高桑芹香は超弱気だ。

「理恵、どう思う。長野県警ってさ、先生の供述通りすべて村田清麿の犯行で一件落着で、なんで済ませてくれないのよ。別荘内には村田の指紋や足跡がいっぱい有るっていうのにさ」

「こ〜こさ、弁護士先生が弱気になっちゃお仕舞い。なんか良い手を考えてよ」

「言うに事欠いてさ、先生が言った村田の車なんかじゃなくって、県警は門柱の擦り痕はリソノ社有車が前日ぶつけた痕だって、理恵も聞いてたんでしょ」

「科捜研の鑑定を見せてもらった。塗料片から同じ車種と特定され、車中からは香里奈の血痕なんか見つからなかったし、逆にハンドルからは香里奈の指紋、ご丁寧に助手席のドアから先生の指紋さえ見つかったってさ」

「別に不思議じゃなくてさ、軽井沢に常駐させている車だったら、香里奈が前日かそれ以前にその車を使ってたっておかしくないわね」

「そう、それで検察はさ、軽井沢は初めてだって言った先生の供述さえ、不利な証拠としたんだ」

「先生の言うことが事実なら、そのレクサスって東京で香里奈が先生を乗っけてたことでしょ。だったら同じ車種のレクサスが２台あって、入れ替わったということになるし、もう１台は東京にあるってことよね。どうなの理恵？」

「県警は先生の供述通り、接触事故の痕跡のある車を調べたらシロだったでお仕舞い。やる気がないのよ。県警は村田の死亡時期が香里奈の殺害と重なる以上、自殺するならレクサスでハイエースで自殺した現実と合致しないってさ」

「村田かぁ…」
　飢えるメス虎の給仕に、調理に立った背中合わせのキッチンで、わたしはつい、村田の記憶に名前を呼んだみたいです。

「おひさ…！村田ってなにそこで惚けてさ、バカにしてるよ。教授が言ってた、今さら玉川ってヤクザの死体が見つかったて、天の声にそっちの事件は、事件として終わってるんだぜ。やになるよな、もう」
　もう、イライラと理恵のバカ…！。

　ア〜さんという超大物政治家が関わったこの事件、理恵たち現場の刑事は悔しさに歯がみはしたが、聞くところの法務大臣の天の声に、捜査はあらぬ方向に有耶無耶と。
　意地となった検察がここぞと、香里奈の殺害事件がクローズアップされたんです。

「亡くなった香里奈には直前の性交渉の痕跡、身に先生の体液を残し、全裸にガウンを纏っただけのほぼ即死状態。先生の着てた服、香里奈を抱き上げたから血だらけだったし、凶器のナイフには先生の指紋がべっとりと付いてる。理恵だったらどう無罪にすんのよ」

「分かってるけど、そこをなんとか口述で検察を納得させるのが、弁護士先生の腕の見せ所でしょに」

「勝手なことばかり言ってさ」
　芹香はグビグビっと、泡がほとんど消えたグラスに残るビールを飲む。
　また気まずい雰囲気に。

　２ＬＤＫにして狭い賃貸マンション、４畳半程度の狭いキッチンとダイニングが一緒くたのリビングに、折り畳み脚の小さなテーブル上に広げたグラスとお摘まみ。
　ツードアの小振りな冷蔵庫の主役は缶ビール。これが女子会探偵団のアジトだった。

「お待ちどうさま、西友でさ旨味タマゴが特価だったから、光田家特製のだし巻き玉子」
　タマゴを３ッを使った京風だし巻きを２ッ、カレー皿に盛り付けて２人の前に。
　どうだ、旨味タマゴこの美味しそうなこの匂い。

「上手なもんだ。おひさは関西風のだし巻き作るんだ。お祖母さんの躾けの良さが分かるよな」
　と、理恵は割り箸を歯に挟みパチリと割る。振る舞いがまるで下卑た男のようです。

「鎌倉育ちの、おひさの卵焼が京風ってどういうことよ？。まあいいか、いただきます」
　と、一言多く。芹香もお箸で半分に切っただし巻きを口にほおばる。

「言っとくけどさ、いくら美味しくともだし巻きはだし巻きで、甘くないのは卵焼きとは認めないから。だいいち卵焼きをカレー皿ってのがさ。許せないわよ」

「こうこ分かる、ここってさ、男の一人住まいのようなものだからさ。食器も調理器具って物が、暖っためる電子レンジ以外なんにもなかったのよねえ」
　万能のカレー皿しかない、理恵に対する当てつけを一つ、わたしはイヤミたらしく。

　ここしばらくの身辺整理で出てきた調理器具、先生との新婚時代に買った卵焼き器を使ってみた。懐かしく、ここしばらくわたし自身が、簡単な料理さえすることを忘れてんです。

「調理器具がない？。そんなの、警察官の一人暮らしだ。当たり前だろ」
　ふてくされ理恵は、だし巻きの一切れを一気に口にほおばる。

　芹香は手酌のビールをまた一口、ゴクリと飲み話を続けた。

「だから、裁判になるとさ犯行を認めない限り、証拠不十分で無罪を狙うしかないけど、物証の血の付いたナイフの指紋、衣服に付着した血液、現場から逃走した車ってのが虚偽って言われて、数ある物的証拠の証拠能力を否定って、どうすりゃいいって言う話よ」

「南野ってさ、会社名義で同じ色のレクサスを何台か持ってんだろ。ちょいと考えりゃ出来ないことはないだろうに。１台を村田の車と同じように擦ってさあ。東京での事件なら絶対介入してやるのに」

「ねえ２人ともさ、ホントに別の車があったとして、そのレクサスをどこに隠すの。理恵も知ってんだろうけど、今さ、元麻布の迎賓館も閉めて、送迎車のガレージってのがリソノにないんでしょ」

「おひさァ…！あんた先生の言ったこと疑ってるの」
　２人の非難の矛先がわたしに、なんで…。

「東京に先生が目撃した村田の車が隠されたとしても、長野の事件だからリソノを調べようがないんだ。あ〜あ、せめて先生がナンバーさえ見ててくれたらと思うよ」

「あれから１ヶ月か、もう修理されてるかもね」
　と、わたしの愚痴。

「もう、おひさってなに考えてんのさ。修理に出したら足が付く、だから隠してるって言ってるんだろうが、このバカ！」

「バカって偉そうにさ、こっちだって、主人のことだから一生懸命考えてんだ。なのに」

「もう２人とも、それよりさ、ここんとこ検察の取調べに先生が落ち込んじゃって。どう励ますか、香里奈のことクヨクヨしても始まんないのに、もうどうでも良いって言うんだもん。供述調書に名前を書いたら即、有罪よ」

「こ〜こ、先生に接見出来るのあんただけじゃない。供述調書に署名もしてない先生のために何か考えようよ。ねえ」
　理恵はそう言うけど、容疑を否認しているからって接見禁止で、弁護士以外主人に会えないだなんて。一度くらい、わたしに会わせてくれたって良いじゃない。ケチ。

「理恵だって分かるでしょ？。あれやこれやと、考えても良い案なんか浮かびもしない。結局さ。おひさ…！ビールのお替わり」

「もう、この弁護士先生ったら飲むだけのトンパチなんだから。おひさ、こっちもお替わりね」
　人使いが荒いったらない。この２人、わたしのなけなし一番搾りの５００ミリリットル缶が何本目よ、この飲み助が。ママチャリでビールのお買い物がどれだけ大変か。

「ねえ、前にさこ〜このお父さんが言ってた通りさ」
　話の途切れに。先生の妻である、わたしの存在を無視する２人に声をかけた。

「うん、うちの父親がなんか言った」
　忘れてるよ、この人。

「だからさ、考えてきたんだ。保護観察終わったら南野も望んでるみたいだしさ、わたし南野の女に戻るよ。覚悟決めてこれ書いたんだ。証人欄は２人が書いてね」
　緑の薄紙を２人の前に出し、悲劇の主人公のように、そう言ったとたん涙が溢れてきて。

「おひさ、泣かない泣かない。忘れてたよあの件ね」

「泣くなバカ、今さらの離婚届じゃないか」

「理恵、言い過ぎよ。おひさ、父が言ったこと本当にするつもりなのね」
　わたしはうなずくだけ。

「白々しくさ、なにが言い過ぎなもんか。マスコミがこんな温和しいのも、おひさが先生の妻だなんて、世間も誰も認めてないからじゃないか」

「理恵は口が悪いんだから、せっかくおひさがそう言ってるのに」

「事実そうだろ。全身にモンモンさんを彫ったヤクザの情婦で、誰も口を開かないからいいけど、歌舞伎町や清河のあの事件が蒸し返されてでも見ろ」

「確かに理恵の言うとおりかも知れないね。公安恐るべしか」
　それくらい、芹香に言われなくたって、わたしにだって分かってた。
　でも、このままじゃ主人が殺人罪で有罪に、南野は事件とは関係のない第３者って、絶対許せないもの。

「おひさって、リソノの元接待秘書で本来なら事件の中心人物だろ。それが今までマスコミの話題にも上がらなかったんだ。近藤警視監ってどれだけの圧力だよ」
　ここにいる３人は知っているんです。
　近ちゃんこと近藤警視監が内閣情報官になった置き土産に、法務大臣の意向を受け事件のことをきれいさっぱりと、処理してしまったことぐらい。
　だったらなぜ主人を無罪にって、そう思うんです。

「警察の縄張り争いなんて警察官が言えないよな。長野県警本部長が刑事畑の出身だからって、公安主導に逆らったなんて捜査１課の刑事が言えないよ」

「なによ２人とも、ひとが一大決心をしたと言うのに愚痴ばっかり、わたしのこと先生の奥様だと思ってもいなかったとでも言うの」

「誰が思うか」
　ふんだ。２人で声をそろえるなんて。

「あ〜あ、場所が悪いよな。東京ならともかく長野じゃな。遠いし新幹線代もバカになんないし、起訴までされんじゃなあ。ここはおひさの手慣れた元接待秘書様の色仕掛けにでも期待するか」

「なによ…！手慣れたとかもう、失礼なんだから」

「はわあ〜あっ、理恵、おひさより先生の方だよ。離婚届なんか持ってたら、先生さ、余計に落ち込むんじゃないのかって、思ってさ」

「こ〜こ…！あくびしながら、なにが先生よ。わたしの良人なのよ」

「そうだよ、おひさより先生だよ。よりによって先生が選んだのがおひさだなんてな。どんな魔法か、強引な色仕掛けで先生を落とし、あげくのヤリマン主婦か。南野社長を始め彫り師に新宿の三下ヤクザまでかァ…」
　理恵ったら、もう意味不明。この、酒に酔ったふてくされ集団が。

　ほろ酔いに厭戦気分。なんなのこれ、これがＳ女学院高校、理事長が言った３美少女の末路なの？。暫しの沈黙に芹香は転た寝を始めた。理恵は寝息を確かめ、そっと２つに折ったタオルケットを肩先に。

「おひさ、あんたの言った通りだったよ。横浜医大の総合医療センターだった。まさか芹香が南野に籠絡されてたなんて」
　疑ったのは芹香が隠し飲んでいた低用量ピル。種類数ある中、それがリソノ秘書室御用達の物だったのです。

　上司との不倫に、地検検察官の身を引くしかなかったと言う芹香。弁護士として最初の仕事が、南野からの弁護の依頼だなんて出来すぎてた。

「でも、どうして…」
　理恵には南野って男が分からない。

「そう、それが南野なんだ。近ちゃんが暴漢に襲われたと聞いたときピンときたんだ。軽傷だけど、襲ったのがあの白川って刑事だっただなんて」

「おひさ…！それは言っちゃダメ…！」
　そうなんです。それを事件としなかった警察の闇、白川が刃物持つ手を女武芸者を目指した理恵が特殊警棒で小手を打ったと聞いたんです。
　なんで理恵が夜の夜中に近ちゃんの側にいた。気になることがいっぱい。

「理恵、どうする。どうしたらいい。芹香もきっと南野の魔の手にかかったんだよ」
　きっと眠れない日が続いたのだろうか、慌てて箱を隠したが睡眠薬らしき物も飲んでいた芹香。

「いいこと…！近藤さんが絶対、このこと誰にも言ったらダメだって！」
　近藤さんだって？理恵の念押し。
　まさか理恵と近ちゃんが、確かにこの事件の闇はまだまだ深いか。
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2016年1月30日掲載
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