レビレート
はちみつ太郎 作
３８

　蒔いた種は花が咲いている。仇花として咲き始めた花は、蒔いたものに棘を刺し、枯れる時を待つだけのものを苦しめている。

　小百合の娘は、実家に預けられている。小百合には、自らが身を隠すのが精一杯だった。

『ローカル局アナを巻き込んだ保険金殺人の闇』

『実行犯の義母に迫られた、種無し夫への背徳』

『命令はそれだけか？義弟の子を宿した女子アナ保険金殺人の片棒担ぎ』

　他にも踊る見出しは、小百合の心身を蝕んでいた。見知らぬ土地に引越すが、なんどもその場をつきとめられ、雑誌記者に追われる毎日が続く。

　１ＤＫのアパートは弁護士名義のもので、家賃は貯金から引き落としている。同居人はいない、食料の買出しは、自らが行うこともあるが、弁護士事務所の女性が購入してくれる時もある。今日は、その日で時間的にこのタイミングで鳴るインターホンには出ることをためらうことも無かった。

「ピンポーン。」

「はい、、、神谷さん？」

「要談社マンデー出入りのフリーの記者ですが、奥山さん、大変なものを入手しましてね、、、。」

「し、知りません、、、帰ってください。」

「切ったら大変ですよ、、、いいんですか？脅しじゃない、、、ま、うちは、それでもいいんです。恐らく、売り切れごめんのネタなんで。」
　小百合にはかばってくれるマネジメント会社も、テレビ局もない。後ろ盾の無い小百合は、どうしていいのかわからず、インターホンの受話器を置いた後、玄関に立ち尽くしていた。

　玄関扉越しに記者の声が聞こえる。

「玄関にいるんでしょ、奥山アナ、これ見たら、気持ち揺れるから。」
　ガサガサと郵便受けから封筒が差し出された。小百合は恐る恐る封筒を取り、記者の声を聞いた。

「差し止める？、、、。結構な値だけど、、、。」

　小百合は、封筒の中なのプリントアウトされた写真を見た。男女の交わる姿、４枚ほどのものだった。鮮明さの無い引きの写真は、行為に及ぶ前の前戯の姿だった。男に施す前戯と女が施される前戯の写真。二つとも顔は映っていないが横からの姿と髪型は視認できる。

　三枚目に目を通す。小百合は愕然とした。６９の上になった女の尻側から撮られた写真。陰部が写りこみ、股の間からは陰茎を扱く女の顔が見て取れる。

　四枚目は、疑うことない写真だった。横たわる女体にはブラもショーツもなく繁茂も乳首も露出させたまま行為を終えた後、布団の上で幸せそうに眠る小百合の姿だった。

「モザイク入れて、載せるけど、ま、この時代、すぐにつき止めるネット民には歯止めが効かないんだけどね。」
　フリー記者は、小百合への問いを掛けること無く、名刺だけを差し入れる。

「じゃ、お楽しみに。」

　小百合は膝が震えている。紛れもなく応輔との行為の画像だった。鮮明に写っている三枚目の画像。応輔のベッドでおこなっている６９。四枚目はそれと同じ日に撮られたものだった。撮影したのは応輔に間違いない。ただ、それを売ったのは？

　応輔に問いただそうとも、応輔は事件以降電話を解約し、こちらから聞く術をうしなっていた。嫌疑不十分で処理された応輔は弁護士事務所に現れることもなくなり、アパートも引き払い、大学も辞めている。

　小百合は応輔が流したとは考えたくなかった。だがつき止めるあてはフリー記者しかいない。

「も、もしもし、、、奥山です。」

「あ、奥山アナ、、、早速のご連絡ですね。どうしました？」

「あ、その、、、。」

「写真のこと？」

「、、、。」

「どうしました？あぁ、気になりますよね、、、出どころ。」

「だ、誰から。」
　小百合はミスを犯す。その写真の人物が自分であることを認めていることを伝えてしまったようなものだ。

「誰から？それはね、、、、言えませんよ。」

「、、、で、も、、、これは。」

「あぁ、リベンジ？って想像してる？」

「、、、いや、その。」

「リベンジじゃ、、、うちもお咎め喰らうしね、、、そこだけハッキリさせておきます。この写っている、男じゃない。持ち込んだのは。それだけ、、、ね、編集に間に合わせなきゃいけないし、月曜の発刊日、、、あ、それまでに噂になるから、日曜を楽しみにしててよ、、、ね、『命令はそれだけか？義弟の子を宿した女子アナ保険金殺人の片棒担ぎ』が事実だったことを証明する日を。」

　記者は電話を遮断すると小百合は声を失い、玄関の床タイルに腰をつける。写真を床に落としたままの小百合を、神谷が玄関を開けるまでにそう時間は掛からなかった。

　見つけた神谷という事務員も写真を見てしまう。小百合は隠すことなく、床に尻をつけたままだった。神谷は事務所の弁護士に連絡を取っているが、内容を伝えようにも小百合の無反応に事実を確実に伝え切れているかはわからない。弁護士は小百合の様子を聞きとるが、神谷の伝える言葉を耳に入れるがその次の指示を出すことはなかった。




　日曜日、弁護士事務所の事務員の神谷は小百合の住む１ＬＤＫのインターホンを押す。鍵は神谷も持っているのだが、開けることはこの前の写真を見つけた日のみだった。三度鳴らしても応答がない。神谷は嫌な空気を感じながら鍵を開けた。

　いつもと変わらぬ匂いが漂う。小百合の名を呼びながら、神谷はＬＤＫの部分に踏み入れ、居ない小百合を探すように閉まった戸襖を開ける。

　綺麗に片付けられた布団。その上に置手紙を見つけた。神谷は、それを手に取ると、封を開ける。無地の便箋には、綺麗な字で誰に伝えるでもない言葉が書かれていた。

『山田弁護士、ならびに事務所のかたがた、神谷さん、ありがとうございました。もう疲れました、探さないでください。奥山小百合』

　神谷は、辺りを見渡し、消えているものを見回す。左程、大きな物の無かった部屋。小百合の所持品は、ほとんどが消えている。化粧品、着替え、バッグ、これらのものが消えていることに神谷はため息をついた。

「自殺、、じゃないよね。荷物もっていったんだもん。着替えも、、、かえってくるよね。」
　そう呟くと弁護士事務所に電話を入れた。

「せんせい、、小百合さんが失踪しました。置手紙を残しています。捜索願は？」
　弁護士の答えを聞いた神谷は言葉を失う。小百合との契約は昨晩までだと、神谷はそれを告げられて電話を切り、置手紙を残したまま部屋を後にする。

　弁護士の山田は、ネット上に出始めた明日発売のマンデーの中刷り記事を見ていた。

『本物流出、ローカル局女子アナの卑猥な姿。もしかして渦中の人？』

　山田はネットのまとめサイトを見ながらスマホを発信させる。

「譲二？、、、なぁ、高く売れそうだろ、、、週刊誌に載って箔がつけば桁が変わる。、、、第二段の後ぐらいが、売り時か？」
　山田はスマホの画像を見ながら譲二と呼ばれた男に話しかけ続ける。

「俺はいい弟を持ったのかなぁ。どこかのお坊ちゃんの弟と違ってよ、こんな値のはる動画を手に入れてくるなんて。」

　スマホをスピーカフォンにすると電話の向こうの声が聞こえはじめる。

「兄貴、山内って、、、どうなった？大学でみんなに聞かれるんだわ。」

「しらねぇな、別の弁護士に代わって、、、音沙汰も無い。嫌疑不十分にしてやったのに、挨拶も無い。」

「ま、そんなもんだよ、田舎の坊ちゃんは、、、あ、兄貴、山のＯＬさんが電話してきた、、、元の画像を取り戻しに来るよぉぉ。」

　フリー記者からではなく、弁護士である兄から聞いていた番号は『女子穴小百合』と表示され、山のＯＬとかつて呼んだ応輔の同級生の山田は、葱をしょってくる鴨を煮込みにするか、焼きにするか、それだけを考え料理の前に唾液が多く分泌されていた。

完
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2015年12月26日掲載
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