レビレート
はちみつ太郎 作
３７

　小百合も警察に呼ばれていた。顔見知りの警察官もよそよそしく、声をかけてはくれない。圭輔への保険金殺人について、小百合にも嫌疑がかけられた。

　身柄を拘束されるほどではないが、背後の関係を調べられていた。何回目かの取調べの時だった。

「お子さん、栞ちゃんでしたか。」

「はい。」

「血液型が、、、違うそうですね。」

「え、、、。」

「亡くなられた旦那さんとでは、、、出来ることのない、、、ＡとＡＢのお子さんが、、、Ｏ型だと。」

「、、、。」

「その辺りをはっきりしないと、、、あなたの共謀も、、、疑われます。」

「言わなければ、、、いけませんか。」

「できれば。」

「、、、弟の応輔さんとの、、、子です。」

「、、、。」
　３０過ぎの捜査員は、目を大きく見開くと、言葉が詰まり聞くことを忘れるほど動揺した。小百合は、豊乃からの無言の圧力を伝えた。子の出来ない体ではと疑われ、圭輔の無精子のことを告げ、山内の血を繋ぐように応輔の子を宿したと。

「弟さんとは、その、、、愛情、っていうか、、、そういう感情はあったのですか？」

「、、、。無いわけでは、、、でも、最初は、、、一回だけ、、、子を授かるまでだけと。」

「そうですか、山内豊乃に命じられた。」

「直接的ってわけでは、なかったのですが、そういう雰囲気を、、。でも、少なからず、、、応輔さんへの、、、愛情はありました。」

「今でも？」

「あ、はい。、、、時がたてば、、、籍を入れたいと。」

「それで、亡くなられた後、旧姓に戻されたんですか。」

「はい、、、。」

「で、旦那さんの事故、、、あ、殺害されたときは？」

「、、、。応輔さんと一緒に、、、自宅に。」
　捜査員は、何をしていたかまでは聞かない。事故当時の調書を見ながら、その時二人の交わりを想像していた。圭輔という男の不憫さを表現することは出来ず、小百合への軽蔑の眼差しだけを送る。聞かれるであろうマスコミへのリークをどこまでするか、ねた的に高価な代償を受けられることをほくそ笑み、小百合への質問を続けていく。

　つじつまの合わない部分はない。小百合が金銭を受けとったのもごくわずかな共済保険のみだった。事故の自賠責なども全て会社に管理され、３００万ほど小百合の口座に残されていることを捜査員は調べていた。その部分も問いただすが、お金の流れに大きな差異はない。

「では、今日のところはこれまでです。」

「私は、、、応輔さんは？」

「あ、うーーん、起訴うんぬんは、、、検察のほうで判断します。」
　捜査員はそう伝えるだけで余分なことは言わないでいる。

「そうですね、あと一回くらいは、御伺いするかもしれませんので、ご協力を。」

「はい。」
　小百合は捜査員の蔑した眼差しを背に感じながら、取調室を後にした。ロビーで待つ、弁護士に問いかける。

「私も？」

「逮捕ですか？それは、ないと思います。応輔さんも、同じく。」

「本当ですか。」

「えぇ、恐らく、嫌疑不十分となると、、、。かかわってもいない犯罪を構成している用件なんて恐らく、見出せないでしょう、警察は。」

「、、、。」
　小百合は少しの安堵の後、署の玄関に待ちわびる同業者を目にした。避けるように裏口を利用する小百合。弁護士の車に乗り込むと、わずかばかりだが囲み記者を避けることが出来た。

「これからは、こっちの目ですね。」

「、、、。」

「警察は、飲み食いのネタにあなたのスキャンダルを使うでしょう。」

　小百合は返事もすることなく、今後訪れる好奇な目と、あらぬ噂を想像し大きなため息をついた。誰が自分を守るのかという問いかけに答えを出すものはなかった。

　山内の家には、数台のカメラと記者が張り付いていた。弁護士は、門から入ることをためらい、小百合にどうするかを問いかける。

「娘も、いますし、中に。」

「次ぎ出るのも大変です、娘さんは誰かに連れてきてもらいましょう。ビジネスホテルとか？取りますか？」

　小百合は頷き、弁護士の男の指図に従った。お手伝いの美鈴に連絡を入れ、栞のことをお願いした。美鈴は、嫌なこと一つ言わず、涙ぐんだ声で小百合を励ました。その声に、小百合は堰を切ったように零れる涙を抑えることはできなかった。弁護士は車を市街地に向け走らせ始める。小百合は電話を切ってもなお止まることのない涙をハンカチで押さえていた。

　小百合との入れ違いで、応輔も警察に呼ばれている。担当の弁護士は同じ事務所の弁護士だった。任意で呼ばれた応輔は、取調室での質問に答えている。

「お兄さん、山内圭輔さんの亡くなられた事故のとき、どちらで何を？」

「前にも言いました、実家に居ました。」

「どなたと？」

「事故のときも言いましたが、小百合さん、、、あ、義姉と。」

「、、、。山内、あ、奥山小百合さんとですね。」

「はい。」

「事故の時間は、遅い時間でしたが、同室に？」

「え、あ、そうですね、何をしていたかは忘れましたが、、、一緒に居たと。」

「そうですか、何をしていたかは覚えが無い。」

「必要ですか、そこ？」

「あ、それほど必要でもないのですが、、、一応。」

「僕は、疑われているのですね。圭輔兄さんを、、、って、思われてますよね。」

「全てを疑うのが仕事ですから、申しわけありません。」

「僕が兄さんを殺す動機なんて、、、あるはずが無い。」

「無いとも言い切れないんです。無いとも、、ね。」

「どういうことですか？」

「山内小百合さん、、、あ、奥山小百合さんと、、、あなた、男女の関係が、、、ありますよね？」
　応輔は、「なんでそれを」と、言う顔をし、捜査員にそれを悟られる。

「ありか、なしかで、、、大きく変わります。」

「、、、。」

「お答えください、、、あったんですよね。」
　応輔は、口を閉じ大きく息を吸い逆に質問した。

「小百合さんが、言ったんですか？」

「そういう質問には答えられませんが、、、。」
　捜査員の含み持った語尾に応輔は、小百合が伝えたことだろうと悟る。

「はい、、、関係はあります。」

「ありました、、、じゃなく、あります。、、、、ですね。」

　応輔は語尾を取り上げられると、顔を下向かせ、捜査員の顔を見られなくなった。捜査員は、続いて浴びせる。

「栞ちゃん、、、戸籍上は、山内圭輔さんの長女ですが、、あなたとの子だと、、、奥山小百合さんはおっしゃっているが、、、そこのところ、、、どうですか？」

「え、、、ちょ、ちょっと、、、、それは、、、え、あ、それも、小百合さんが？」
　応輔のたじろぐ仕草を見た捜査員は、真実を見抜いていた。

「知らなかった、、、ようですね。お子さんのことは。」

「、、、。」
　言葉に出来ない動揺を抑えることが出来ず、応輔は捜査員の質問に答えるどころか、自ら小百合との関係の始まりを話し始めている。つい先日まで、関係が続き、この騒ぎの中その関係が続かなくなっていることを告げる。

「そうですか、事実関係ははっきりしてきました。どうも、あなたを種馬として宛がったのは、、、山内豊乃の差し金でもあり、それを暗黙で了承した君に好意のあった奥山小百合。あなたも山内圭輔さんも知らぬところで行われていたということで、、、。」

　応輔は、愕然と肩を落とし、こう話し掛ける。

「母は、兄を嫌っていた。僕を、後継者にとなんども父に言っていたのを覚えています。でも、まさか、こんなことをしてまで、兄を殺してまで、僕と小百合さんを、、、で、子供までって、、、。」
　応輔は、スチールテーブルにおでこをなんどもぶつけ、痛みで事実を忘れようとしているように見えた。慌てた、捜査員は応輔の肩を制し、持ち上げると質問を中断し、ありていを弁護士に伝えた。配慮を求める弁護士に任意での聴取を終わらされた捜査員は、連れられる応輔を見つめながら呟いた。

「種馬は言い過ぎたか、、、でも、女子アナの義姉さんといい思いしたんだ、、、これからの地獄をじっくり味わえよ。」

　応輔の背中を見送る捜査員は、雑誌記者との会食の日時が気になってしかたがなかった。
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2015年12月23日掲載
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