良妻賢母は二度ベッドインする
保留守人 作
７．
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　入室したママは、すぐに壁のスイッチに触れ、明かりを灯した。
　手に持っていたセカンドバッグを鏡台に置いてからエアコンのリモコンボタンを押す。
　それから薄手の白い襟なしジャケットを脱いでハンガーに掛け、ネイビーカラーの半袖ワンピース姿のまま鏡台の前に立つ。
　頭のリボンを解くと黒髪がサラッと肩まで流れた。
　それから前ボタンを三つほど外すし、中の白いブラジャーがチラリと見えたところで両肩から袖を抜き、ストンと床までワンピースを脱ぎ落す。
　そのとき、パンストとワンピースが擦れ、パチパチという静電気の音が聞こえた。

　リカちゃん人形のようにくびれた腰。
　特に意識していたわけではないが、小学５年生頃を最後に、ママの下着姿は見ていなかったような気がする。
　薄いベージュ色のパンティーストッキングはヘソの上あたりまであった。
　今朝、目の前でママのスカートが捲れ上がったときには気が付かなかったけど、こうして見ると意外なほど逞しく思えるママの太腿。
　そのパンストのベージュ色が一段と濃くなっている切り替え部の中に、なんの飾り気もない純白のパンティが透けて見えていた。
　
　ママがチラっとこちらを見る。
　気のせいか、怒っているような顔つきだ。
　息子の目の前で、それでもママは何かを口にすることはなかった。

　翔太は間一髪のところでウォールインクローゼットの中に忍び込んでいたのだ。
　狭い空間で、ダイソンの掃除機を股に挟み、へっぴり腰の体勢を余儀なくされている。
　ちょうど目の前に丸い形をした小さなメッシュ状の通気口があり、否応なしにも寝室全体を見渡すことになる。

　　　　　　　　　　　　　　　

　ママは立ったままパンストを膝まで下ろした。
　隠れて見ているせいなのか、或はしばらくママのナマ脚を目にすることがなかったからか、白く艶やかな肌をした自分の母親の太腿を見て緊張感を覚えた。
　ママはベッドの端に腰掛け、膝から下の残りを片方ずつ丁寧に脚から抜き去った。

　再び立ち上がって、翔太からは右手に見えている鏡台の前に立つ。
　身に着けているのは白のブラジャーとショーツのみ。
　直立不動でしばらく鏡に映し出された自分の姿を見つめているのだ。

　小さな布きれのショーツが、ママの張り出したお尻にピッタリと張り付いているように見える。
　その前の方、股間の中心がなぜかモッコリとしているのが見ていて恥ずかしい。

　鏡をただ見つめているだけの時間が過ぎる。
　ママはいったい何を考えているのだろうか。
　その時間が少し長かったので、ただでさえ緊張しているというのに、さらにその度合が増されていくのを翔太は感じた。
　
　やがて徐に自分の白いお腹をゆっくりと右手で撫で始めるママ。
　ゆっくりと、ゆっくりと、である。
　つぎに少し腰をひねるようにして、左右に何度かツイストさせた。
　どうやらママは、自分の体形をチェックしているだけなのだと腑に落ちた。
　完全に体を横に向け、そのシルエットを映し出し、ショーツ越しのお尻を自分で撫でてから最後に《ハーッ》と小さなため息を漏らした。
　そして、あらかじめ用意してあったと思われる紺色のタンクトップを頭から被り、それから黒っぽい膝丈のスウェットスカートを履いた。

　きっとママはこのあと、トイレかバスルームに向かうに違いない。
　盛夏を迎えるこの季節、クローゼットの中は、長時間いると命すら落としかねないほどの蒸し風呂状態だ。
　とにかくママにばれることなく、一刻も早くこの劣悪な環境から抜け出したい。

　しかし……である。
　一度目をつぶってしばらくしてから目を開けたとき、ママはフローリングに正座をしていたのだ。
　苛立ちのあまり、思わずチッと舌打ちしそうになる。
　だが次の瞬間、ママは上体を前に倒し、ベッドの下に腕を伸ばしていた。
　そしてなんと、あの“勃起したペニス”を取り出してしまったのだ。

　激しく動揺している息子をよそに、ママはベッドボードに置いてあるウェットティシュを抜き取り、オモチャを丁寧に拭き始めた。
　ティシュをゴミ箱へ捨てると、またもう一枚抜き取り同じことを繰り返す。
　最後にオモチャを一瞬、鼻先に近づけた。
　たぶん匂いを確認したのだと思う。
　そして、ママはベッドの端にドスンと腰掛けるのだ。

　翔太はママのそんな姿を右横から見ていた。
　枕側であるベッドボードがある方が、奥に見える状況だ。
　勿論、クローゼットの中から覗いているのである。
　窮屈な体勢で、脚がしびれ始めている。

　ママはきちんと揃えた膝の上に両手を置き、しっかりとあのディルドを持っている。
　グロテスクで巨大な勃起したペニスの模型……。
　本当にあんな物がママの膣内に入ってしまったのか。
　ぼんやりと“オモチャ”に視線を落とすママの横顔を見ていた。
　
（ま…まさか？！）
　今ここで、それを使おうとしている？
　また大きな動揺の波が翔太を襲った。
　目の前で、自分のママがマスターベーションを始めようとしている……。
　この世の中で、自分の母親がオナニーをしているシーンを目撃してしまった息子は
一体何人いるのだろうか。
　きっとそれは息子にとって、地獄絵以外の何ものでもないはずだ。
　
　耳にかかる髪の毛を指で流した後、ママがいきなり首を横に振って、無表情にも、こちらをジーッと見つめた。
　自分と目がずっと合っている！

（……えっ！？　見つかった！）
　瞬時にそう思った。
　クローゼットに潜む人の気配をママは感じたに違いなかった。
　心臓が、口から飛び出そうなほど激しく鼓動する。
　ママが立ち上がってこちらを見ながら近づいて来た。
（もう……ダメだ）
　この直後、＜キャ〜ッ！！＞、と言いうママの悲鳴を聞くと予感した。
　堪らなくなり、自分の方から出ようと扉に手を掛ける…………。

　…………《♪ピーピー、パーパー、プープーポ〜》
　とそこへ、キラキラ星のメロディーが突然流れ出した。
　音源はセカンドバッグの中。
　ママは小走りで鏡台に駆け寄り、慌ててバッグの中からガラケーを取り出した。
　開いて通話ボタンを押す。
「はい……」

　翔太から見えるのは背を向けているママの後ろ姿。
　ただ、返事をしてから随分と沈黙が長い。
　間違い電話だったのか？

　しかし、左手で電話を耳に当て、振り返ったママは無言だったが微笑んでいた。
　誰からの電話だろう？

　沈黙のあと、ようやくしてママが応える。
「……おめでとうございます。お疲れ様でした」

「電話……くれないかなぁって…思ってたの」

「…勿論、見てたわ。こっちでは、大騒ぎよ」

「え？　わたし？　うん、今、家に帰ってきたところなの」

「翔太の学校で、三者面談だったから……」

「翔太はお友達のところ。主人はもちろん仕事よ。
　あなたのことホントに喜んでた……」
　そんな事を言って、ママはしばらく孝太郎にぃちゃんの功績を褒めたたえていた。

「そうだ、それとね、今晩、テレビ局の人が来るのよ」

「コーチに直撃訪問インタビューをするんですって。」

「あなたの高校生時代のことも、色々、教えて欲しいって……」

「フフフフッ…」

「お馬鹿さんね。そんなこと、言えるわけないでしょ？」

「そちらは今、何時なのかしら……」

「そうなんだ。何してらっしゃるの？」

「フフッ……」

「え？　そう、ひとりよ……」

「電話代、高くならない？」

「フフフッ、そうなのね……」

　話す内容から、電話の相手は孝太郎にぃちゃんであることは間違いない。
　しかしこの時、翔太はどうしても強い違和感を禁じ得なかった。
　意識的に声量を抑えてしゃべるママのその声は、優しく柔らかな感じがして、まるで付き合い始めたばかりの恋人に話しかけているような趣だったのだ。
　とても自分の知っている孝太郎にぃちゃんとママの会話のようには思えない。

「わたしもね、あなたのことを思い出していたところなの……ホントよ」

「ええ、そうね、会いたいわ。」

「え？」

「でも、あなたは有名人になっちゃったから……ね？」

　ママは話を続けながら再びベッドに腰かけた。
　そのすぐ横にはあの“オモチャ”が置いてある。
　昨夜のエッチで、父さんに無理やりママのアソコに入れられたディルド。
　もちろん孝太郎にぃちゃんにはそんな事、気づかれることはないのだが、なぜか翔太は気が落ち着かない。

「やだ、そんなこと言って、周りには誰もいらっしゃらないの？」

「そう、よかった」

「……そうね」

「フフッ…そんなこと聞いてどうするのかしら？」

「上はね、紺のタンクトップ。そう、ノースリーブよ」

「……黒いスカート。スウェットのヤツなの。え？　ミニってほどじゃないわ」

「パンスト？　履いてない…今、脱いだの」

「フフフッ…違うわよ、家の中だけよ」

「こんな格好で表に出たら、主人に叱られちゃうわ」

「そうよ」

「……ベッドにね、腰掛けて話してるの」

「……えっとね、真っ白で、シンプルなやつ」

「まだ、浴びてないわ。本当に帰ってきたばかりなんだもん」

「……もうやだ」

「でも、そうかもね。暑かったから……フフッ」

「え？……今？……」

「…やん、そんなこと、出来ない……」

「そ…そうなの？」

「……もうっ」

「やだ、世界記録の金メダリストがそんなこと言っていいのかしら」

「……」

　驚いたことに、ここでママは空いている右手をスカートの中へ忍ばせた。
　腰を少し浮かせたかと思うとショーツを引き下げ、脚を交互に持ち上げるようにして、それを完全に脱ぎ去ってしまった。

「……うん」

「……ダメ。教えてあげない」

「どうするの？」

「……あの時みたいに？」

「…ちょっと待って……」
　そう言うと、ママはベッドに這い上がり、電話を耳に当てたまま、頭をこちらに向けて四つん這いになった。

　続いて両肘を突き、背をエビ反りにして、ベッドボード側に向けたお尻を高く持ち上げる。
　するとスウェットスカートの裾が自ずと縮み上がり、ママの白い尻の山がふたつ、露わになった。

「ハァ〜……」

　悩ましいため息を漏らしたママが顔を上げ、じっとこちらを見つめる。
　またママと目が合う。
　翔太は目の前で起こっている事象が理解できないでいた。
　パンツを脱いだママがベッドで破廉恥なポーズをとっている。
　それも、孝太郎にぃちゃんと電話で話しながらだ。
　さらにママは、ちょうど目の前にあるディルドを右手に掴んだ。
　浮かせている腰の間にそれを回し入れる。

　かすれた声で言った。
「……そんなこと…言わないで…恥ずかしい……」

　ママの体がピクリと震える。
「ハ…ハァ〜……」

　しかしそこで、突然ママは慌てた様に口調を変えた。
「…え？　あっ…そうなの？」
　同時にベッドで体を起こす。

「わ…わかったわ」

「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」

「あ…はい、楽しみにしています」

「気をつけて帰ってきてくださいね」

「…うん、はい、それじゃ、さようなら……」

　最後の方は翔太も目を閉じていた。
《ピッ》と、短い電子音が通話の終了を教えてくれた。
「…もう、やだ……」と、ママの独り言を聞く。

　そのあと、長い静寂が続いた。
　長い長い静寂だった。

　翔太は信じられない光景を目の当たりにしてパニック状態になっている。
　孝太郎にぃちゃんと話しながらママがとった行為は、一体何を意味するのだろうか。
　クローゼットの中の暑さや極限だった焦燥感さえも吹き飛んでいた。
　その代わり、スーッと、気が遠くなっていくようで、目を閉じながら天を仰いだ。

　フラッとしそうになって慌てて目を開ける。

＜ギャァァァッ！＞
　と、声が出なかったのが不思議なくらい驚いた。
　今までに見た、どんなホラー映画よりも恐怖した。

　クローゼットの薄い扉を挟んで１メートルと離れていない目の前に、ママがじっと正面を見つめ立ち尽くしていたのだ。
　それは自分の心臓の音がママに伝わってしまうのではと思うほどの至近距離。

　無表情のようでもあり、悲しんでいるようにもとらえることが出来るのだが、前髪をおろしているママの姿は、息子にでさえ妖艶な色気を感じさせた。

　そうだ、よく考えれば扉には細い縦長の鏡が付いていたんだ。
　鏡に映る自分自身の姿をママは見つめていたのだ。

　いずれにせよ、もうフラフラだった。
　このまま前に倒れてしまいそう。

　まさに断崖絶壁のふちに足をかけているようなもの。
　そんな翔太を救ったのはその時鳴った《ピンポ〜ン》という、壁掛け式インターホンのチャイムだった。

　ママは後ろを振り向き、モニター付きインターホンまで駆け寄って、オンフックボタンを押して通話する。
「はい……」

《速急便です》

「お待ちください」

　それからのママは手際がよかった。
　床に落ちていたパンツを拾って、立ったままそれを履く。
　鏡台の鏡の前でササッと髪の毛を整えてから薄手のカーデガンを羽織り、小走りで寝室を飛び出して行った。
　
　ようやく、脱出のチャンスが訪れた。
　全身汗まみれになってクローゼットから抜け出すと、エアコンが効いた室内に、地獄から生還したことを実感する。
　混乱ともうろうとした意識の中、急いで部屋を抜け出そうとしたが、床に転がっていたディルドに気が付いた。

　肌色の、リアルでグロテクスな勃起の模型はさっきと違って滑りを帯びて光っている。
　拾い上げると期せずして、プーンとした生臭い匂いに嗅覚を刺激された。

　いつの間にか口の中にヌルヌルとした粘りを感じている。
　顔を上げたとき、鏡台の鏡に映っていたのは、汗で髪の毛がベチョベチョになっている自分が、ディルドの“亀頭”にパックリとかぶり付いている姿だった。

　舌に伝わるほんのりとした温かみは、直前までママの膣内に入っていた証。
　渡辺翔太。中学最後の夏休みが始まる…………

…………つづく
【前】/【次】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
2015年12月5日掲載
Copyright (c) 2015 保留守人 All rights reserved.
▲