七月八日（月本涼子監禁一日目）午後八時十一分 洋館の地下には異質な空間がひろがっていた。 廊下灯の光が点々とついてはいるものの、コンクリートの壁で仕切られた通路はひどく薄暗かった。まるで、大昔の防空壕のような印象がある。狭い通路の左右には四つの扉があって、そのうちのひとつに滝は鍵をさしこんだ。 室内は思いのほかひろかった。 たとえＳＭ趣味の人間でなくとも、ここがなんの目的で造られた部屋なのかは、すぐに見当がつく。鈍い光を放つ鉄鎖や拘束具、多種多様な形状の磔台。この場所で辱められた女たちの苦悶が、性悦が、複雑な異臭となって壁に染みついている。 部屋の隅には鉄格子で仕切られた牢屋があり、六畳ほどのその空間だけに照明の灯が落ちている。月本涼子はそこにころがっていた。手足を縛られ、口枷をかけられた不自由な姿のまま、手負いの小動物にも似た目が男たちを見据える。 鉄格子の扉を開けて、滝と上畑、つづいて豊田が牢屋に入った。 「ンンゥ……」 月本涼子はあとずさりをするが、緊縛された状態では限界がある。手足が揺れるだけだった。柳沢が鉄格子の外に三脚を設置し、ビデオカメラのレンズを彼女に向ける。 すぐに女は抵抗を諦めた。かわりに、ベビーフェイスの顔立ちが小刻みに震えはじめる。その姿を間近で見おろしながら、豊田は床に片膝を落とした。 「最初にふたつだけ言っておく」 男が短い言葉を発しただけで、月本涼子の肩がビクッと揺れた。 「今から猿轡を外してやる。だがな、声はだすな。泣き叫んだところで、ここには俺ら以外に誰もいない。もし叫んだら、すぐに猿轡を戻すぞ」 「ウ、ウ」 「声さえださなければひどいことはしない。命だって保障する」 口枷の奥で月本涼子は息を呑んだ。逆に解釈すれば、抵抗したら命の保障はないということだ。 「いいな、絶対に声をだすんじゃないぞ。それが守れるというのなら、一度だけ首を縦に振れ」 涼子は従った。それ以外に選択肢などなかった。 「よし、それじゃあ本題に入るとしよう」 鉄格子の外のカメラに豊田は一度だけ目線を向けた。 「これからあんたに話さなくちゃならないことがある。あんたにとっては非現実的な内容の話だろうが、すべて事実だ。意見も拒絶も認めない。いいな？」 彼女の答えを待たずに豊田は手を伸ばし、彼女の猿轡を外した。 涼子は大きく息をした。長時間ボールギャグを噛まされていたせいか、すぐには口を閉ざすことができなかった。涎の糸がドレスワンピースの胸元を汚す。 後ろ手に縛られているから、身体を起こすこともできない。不自由な唇をワナワナと震わせる月本涼子の前で、豊田は言った。 「月本春香のことは知っているな？」 彼女の夫、月本栄二の妹の名である。 「一ヶ月ほど前から月本春香の消息が不明になっている。家にも戻らず、会社も無断欠勤のまま。出張中の月本栄二はもちろん、実家の両親にも連絡を入れていない。そして同じ時期、彼女が勤務する信用金庫で横領事件が発覚した」 「え……」 「顧客から預かった金が使いこまれていたんだ、六千万ほどな」 事件が明るみとなる直前、月本春香の上司に当たる男が彼女と同様に姿をくらました。ギャンブル好きな男で、相当の借金をかかえていたという。調査の結果、ふたりは愛人関係にあり、共謀して金を着服していたことが判明した。 「……当事者のふたりが見つからないので、信用金庫は互いの家族に弁償を要求してきた。当然、その話は月本栄二の耳にも入り、彼はすぐに金の工面を画策した。あんたも知っての通り、出世意欲の強い男だからな。万一、信用金庫が告訴にでも踏み切れば、自分の将来にも影響しかねない。そう考えたんだろう。この先はあんたにも想像がつくだろ？」 月本涼子の顔から見るみる血の気が引いていくのが、豊田にもわかった。 「そうさ。あんたは亭主に売られたんだよ。損害額の半分、三千万円でな」 「嘘です、そんな……そんなの嘘」 はじめて月本涼子が口を開いた。顔立ちのせいか、口調や声音までひどく幼く感じられる。 「栄二さんがそんなことするわけありません」 「口答えは認めないと言ったはずだ」 まだ何か言いたげな月本涼子を目線で制して、豊田は言葉をつづけた。 「あんたには今日から二ヶ月間、この檻のなかで生活してもらう。それがスポンサーのだした条件だ」 「ス、スポンサーって」 「三千万円を立て替えた出資者だよ。月本栄二もこの件は承諾してる」 「嘘です、でたらめです」 「信じる信じないはあんたの勝手さ」 不意に男たちの手が伸びてきて、涼子は短い悲鳴をもらした。左右から挟む形で豊田と上畑が女を抱き起こす。 「いやッ。な、何を」 「すぐにわかる」 後ろ手に縛りつけていた彼女の縄を解き、今度は身体の前で両腕を縛りなおした。左右の手首を交差させる形だから、多少暴れたところで縄が緩むことはない。 牢屋の頭上には梁から垂れた鎖があり、手すりに似た鉄輪が先端で揺れている。上畑はそこに縄尻を通し、長さを調節して女の手首に巻きなおした。 月本涼子の顔に悲壮の色が濃くなる。だが、大声で泣くようなことはなかった。派手に身体を揺さぶることもしない。抵抗すら忘れるほどの恐怖が彼女の心を押し潰しているのだ。その証拠に、白い歯だけがカタカタ音をたてている。 豊田は、折りたたみ式のナイフを取りだした。 冷たい刃物を肌に押しつけられて、涼子の震えがさらに大きくなった。何かを叫びたがっているようだが、うまく唇を動かせないのか、ほとんど聞き取れない。豊田は顔を近寄せた。 「……殺さないで」 寝息のような細い声だった。 「心配するな、命まで奪うつもりはない」 首筋から鎖骨の上へとナイフが滑る。ワンピースの肩紐に刃先が引っかかり、肘のあたりまで落とされる。 左右の紐を肩から外すと、次に豊田は、腰に巻かれた飾りのリボンに刃物を押しつけた。別のナイフを手にした上畑も彼女の背後へとまわる。彼らの意図を理解して、涼子の吊るされた腕が重くきしんだ。 布地の裂ける音と女の悲鳴が同時に響いた。 「悪く思わんでくれよ、これも仕事なんでね」 傍観する滝がつぶやいた。 二本のナイフが前から後ろから女体にあてがわれる。ターコイズの着衣が見るみる穴だらけになり、白い背中が、ブラジャーの胸が、次々と顕現する。 月本涼子は首から上だけで抗った。セミロングの黒髪をひっきりなしに揺らした。男に衣服を脱がされるのは恥ずかしい。だが、刃物で衣服を破かれるのは、単なる恥ずかしさ以上の屈辱と恐怖があった。 「あんまり暴れると肌に傷がつくぞ」 そう言われると、息を詰めて身体を固くする。けれども、またすぐに首を横に振りはじめる。そんな幼な妻の姿を、男たちの目とカメラレンズが冷たく注視する。 ワンピースの上半分がすっかりと切り刻まれて、女の腰に垂れ落ちた。 豊田はそこに刃先を押しこんだ。ナイフの背で下へと押しさげる。たいした力はこめていないというのに、ワンピースの残骸はあっさりと足元の床へと落ちた。 下着だけの裸身が檻のなかに残された。それは、薄暗い地下室にこつ然と咲いた一輪の花だった。 「ほう……」 滝は顎に指を添えた。 細めた目で裸身の隅々までを観察する。ファッションモデルのような細身の身体つきではないが、太めというほどでもない。むしろ、男好きしそうな丸みである。 顔立ちも巨乳の娘にありがちな丸型だが、やはり肥満な印象はない。つぶらな目と小顔のために、愛らしさと幼児性だけがきわだっている。裸にすると、よけいにそれが顕著になる。首から上と下の容貌があまりに両極端なのだ。 「こいつは驚いたね」 上畑はつい苦笑した。職業がら、童顔でプロポーションのいい娘なら山ほど見てきている。が、そういった女たちの大半は単に童顔風というだけで、よくよく観察すれば、雰囲気や仕草に何かしらの成熟が滲み出ているものだった。十代半ばの少女ならともかく、二十歳をすぎた女ならそれが普通のはずだった。 ところが、月本涼子にはそれがない。普段の表情も、泣き顔も、何から何まで内気な女子中学生そのものの容貌なのだ。性的な淫猥さが見えてこない顔立ち。だからこそ、並外れた量感の乳房がことさら目を引くのだ。 豊田は、ナイフの刃をブラジャーの肩紐にさしこんだ。そこで、ようやく月本涼子の口が動いた。 「許して」 かろうじて聞き取れるような声だった。 かまわず豊田は手を動かした。数箇所ほど切り裂き、ターコイズの下着を身体から奪い去る。あたかも圧迫から解かれるのを待ちわびていたかのように、大きな乳房がプルンッと揺れた。 男たちは揃って息をもらした。 「すごいね、これは。豊胸の手術でもしているのかねえ」 滝でなくともそう勘繰らずにはいられないほどの、超がつく巨乳だった。それ以上に、形状の美しさで目を引く乳房だった。これほどの量感だというのに、重さのために垂れることもなく、薄紅色の乳首ごと前に突き出ている。握ってくれといわんばかりだ。重力の定理を根底から覆す乳房をこの二十二歳の幼な妻は持っていた。 「最近じゃそういうのが流行りなんだろう？」 「そういった経歴は資料にはありませんでしたよ」 「つまりは天然ものというわけか。いや、しかし……これは本当にすごいねえ」 滝の口からまた感嘆の息がこぼれた。 涼子は首を横に捻った。すると、規格外の乳房も左右に揺れる。彼女が何をしても重たそうに波を打つ。まるで、細い枝に実をつけたふたつの果実だ。 無慈悲な刃はパンティにも迫っていった。鈍い音をたててゴムがちぎれる。足首にも縄を巻かれているから、ろくに抵抗もできない。女の腰だけがクネクネと動いた。 豊田は、女の肉体から奪い取った下着を空の段ボール箱に投げ入れた。ワンピースもそこにおさめて、牢屋のなかに入ってきた柳沢に渡す。 「こいつは明日の朝に焼却処分する。玄関の横にでも置いておけ」 彼女にも聞こえるような声で言った。涼子の口から、とうとうすすり泣きの声がこぼれはじめる。 「安心しろ、これ以上は何もしない。今日のところはな」 段ボール箱を外にだしてから牢屋内へと戻って、柳沢は、縄で吊るされた女の裸身にデジカメのレンズを向けた。三人の男たちが見守るなかで、さまざまな角度からシャッターを切る。新妻女子大生の白肌が、見るものを圧倒する巨乳が、股間にけぶる陰毛が、何度も白いフラッシュの光に包まれた。 やがて、力なく下を向いた彼女の表情にレンズを向けようとしたところで、不意に柳沢は顔を起こした。 「豊田さん」 彼が指さす方向に三人の男たちは目を向けた。 月本涼子の半開きの唇から涎が垂れ落ち、妙な異臭が漂っている。挿入どころか、まだ指一本も触れてなどいない。拷問にかけたわけでもない。 腕を吊るして裸にしただけである。ほかには何もしていない。だが、事実は事実だった。あまりの恐怖にそうなったとしか説明のしようがなかった。 豊田は、タオルとモップを持ってくるよう柳沢に指示した。 「やれやれ、心情は理解できないでもないが」 女の足元にひろがる水溜りに視線を落としながら、滝はため息をついた。 「最初からこれじゃあ先が思いやられるねえ」 「仕方ありませんよ、少しずつ慣らしていくしかないでしょう」 「まあ、ね」 滝の手がそっと乳房を掴んだ。見た目の通り、弾力性に富んだ感触だった。柔さのなかにも指を押し戻す独特の硬質感がある。この弾力こそが美麗な乳房のフォルムを維持しているのだ。 滝の指はさらに下半身にも伸びた。しかし、涼子は悲鳴をあげたりはしなかった。陰毛や尻を撫でても、反応がない。俯いたまま黙るだけだった。 月本涼子は失禁しながら気絶していた。 ☆ 「滝さんは小学生みたいだって言ってたけど……」 パソコン画面に映る女の裸身を眺めながら、杉田拓海はポツリと口にした。 「写真よりぜんぜん大人っぽいですね、この月本涼子って人」 「そう？」 「うん、綺麗なお姉さんタイプって感じかな」 「拓海くんはこういう女の子が好みなのね」 「別に、そういうのじゃないけど……」 微笑の目でミサに見つめられ、拓海は視線をモニター画面に戻した。用もないのにパソコンのマウスを揺らしたり、となりに座る女を横目で気にしたりする。妙に落ち着きがない。はじめて目にする強姦現場の風景に、緊張しているのだ。 「これから二ヶ月、地下室で監禁されるんですよね、この人」 「ええ、そうよ」 「無理やりセックスをしたり、苛めたりするんですよね」 「同情してるの？」 拓海は黙った。 「彼女はまだましだわ、柳沢さんはもちろん、ほかの三人も優しそうな男性だもの」 「わかってます。だけど」 「わたしのときはもっとひどかったわ」 かえす言葉に窮して、拓海はキーボードに指を走らせた。映像が切り替わり、月本涼子の横顔が画面に映しだされる。 「……それにしても、不思議だなァ」 強引に話題を変えようとする。 「彼女が監禁された理由って、横領事件が原因なわけですよね」 「ええ。ご亭主の妹さんのね」 「いくら肉親の不始末とはいえ、自分の奥さんをそう簡単に売り飛ばせるものかなあ」 彼の疑問は的を射たものだった。 「奥さんは無関係なわけだし」 「そうね。普通の神経じゃあ考えられないことでしょうね」 「まさか、最初から売り飛ばす目的で結婚したとか」 「ありえないわ。横領が発覚したのは一ヶ月前なんだから」 ミサはキャスター椅子を揺らして画面を注視した。足を斜めに揃えたモデル風の座りかたである。背筋もピンと伸びて、姿勢がいい。彼女がもともとは育ちのいい女なのだと容易にわかる。 「……なら、夫婦関係がうまくいってなかったとか」 「そんな情報、資料にはなかったわ」 「それじゃあ、なんで」 「不仲なのは奥さんじゃなく、むしろ妹のほうだったみたいね」 「え」 拓海はミサの横顔に目を向けた。その角度だと、夏物セーターから覗く胸の谷間がはっきりと見える。 「……月本栄二は妹のことを避けていた。と同時に、妹を守らなくてはならない事情もあった。奥様を犠牲にしてでも、ね」 「どういうことですか、それ」 「そのうちわかるわ」 パソコン横のスピーカーから呼び鈴の音が流れた。地下室からの合図である。 「どうやら終わったみたいね。拓海くん、コーヒーの用意をして」 ミサは、キャスター椅子から静かに立ちあがった。 |
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| 2009.10.3掲載 |
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