七月十一日（月本涼子監禁四日目）午後二時二十六分 高速道路のサービスエリアに立ち寄り、車内で遅めの昼食を摂り終えた直後、豊田隆夫の携帯が鳴った。 空の弁当箱を助手席に置いて、彼は電話を耳に当てた。 電波が弱いのか、ノイズがひどい。その雑音にまぎれて女の声が聞こえてくる。ひずんだ音色の悲鳴だった。時折、大声で泣いたりもする。 「だめえ、ゆ、許して……お願い、もう許してえッ！」 つづいて乾いた音。それが女の肉体を打つ鞭の音だということは、豊田にもわかった。 「……すみません、お待たせしました」 寺崎の声だった。 「取りこみ中だったもので」 「例の月本栄二の依頼か？」 「ええ」 ふたたび殴打の音が轟いた。二回、三回とたてつづけに鳴る。おそらくは数人で責めているのだろう。女の派手な悲鳴が受話器から何度も流れる。 豊田は、携帯を右手に持ちかえた。 「その月本栄二についてだが……」 「はい、さっそく調べなおしてみました」 「何かわかったか？」 「豊田さんの予想通りでしたよ」 観光バスの横で運転手と若いバスガイドが談笑している。 「今夜七時、月本栄二と面会する予定になってます。間にあいそうですか？」 「一、二時間もあればじゅうぶんだ」 「では、店でお待ちしています。詳しい話はそのあとで」 電話を切ろうとした矢先、女の大声がふたたび豊田の耳に飛びこんできた。 「いやン、そ、そんなの……そんな変なの入れちゃだめえ……あ、あーン！」 拒むふりをして喜んでいるような声だった。 寺崎との短い通話を終えると、豊田は、車のウィンドウを半分ほど開けた。セクターの腕時計に一度だけ視線を落とし、煙草に火をつける。それから再度、助手席の携帯を取りあげた。 呼びだし音のあとに女の喘ぎ声が流れてきて、豊田は眉を寄せた。 操作を間違えたのかと思ったが、そうではない。携帯のディスプレイ画面には、確かに寺崎とは別の名前が記されている。すぐに老人の野太い声がした。 「もしもし、豊田くんかい？」 「お遊びがすぎますよ、滝さん」 苦笑混じりにつぶやいた。 「遊びじゃない、尋問の準備だよ。仔猫ちゃんに協力してもらおうと思ってね」 「ミサを使うんですか？」 「うん、何せ相手は生娘だからな」 グチュグチュと下品な水音が耳に届いた。やけに明瞭な音である。滝が、電話のすぐそばで濡れた何かを突き揺さぶっているのだ。その音色の向こうで女が重く呻く。 「直接責めるよりもこっちのほうが効果的だろう？」 「なるほど」 「そっちの首尾はどうだい」 「寺崎が何か掴んだようです」 「ほう……いい感じだね」 その声が自分に向けられたものでないことは、豊田にもわかった。 「いい感じなんてもんじゃないな、これは。内も外もグッショリだ」 「ミサは優秀な娼婦ですからね」 「そうだね。優秀で淫乱で、どスケベな娼婦だ」 いやン、と女の恥じらう声が受話器から聞こえた。 「これから月本栄二の様子を見てきます」 「いい情報を期待してるよ。今日じゅうには戻れそうかい？」 「たぶん夜中になるでしょうね」 「なら、夜食が必要だね。仔猫ちゃんに頼んでおくよ」 「助かります。では、のちほど」 豊田は助手席に携帯を投げると、煙草を消してハンドルに手を伸ばした。 ☆ ワイシャツのポケットに携帯を戻し、滝は、女の愛液でたっぷりと濡れた指を口に含んだ。 「もう、滝さんったら」 ミサは肩で息をした。全裸の背中を壁に押しつけたまま、膣いじりの性感で朦朧とした目を玄関ホール内にさまよわせる。階段の踊り場に飾られた油絵の風景画が見える。 「こんな場所でするなんて」 「大丈夫さ、誰もきやしないよ」 すでに上畑と柳沢は地下室に入っている。拓海もパソコンの前で準備にかかりっきりだ。かといって、人に見られないという保障はどこにもない。彼らが雑用のためにホールを通る可能性だってあるし、見知らぬ他人が玄関の扉を開けることだって、ないとは言い切れないのだ。 「それとも、誰かに見てもらいたかったかい？」 滝の右手が動いた。意地悪な指が淫裂を撫でる。 「ああ……」 愛液の沼に沈んだクリトリスを押し潰されて、長い黒髪の女は乳房を震わせた。首輪から垂れさがった鎖も揺れる。 「期待があるからこんなに濡れてるんだろう？」 「……いやン」 「ほうら、また溢れてきた」 非常識な場所での悪戯だというのに、ミサの濡れかたはおびただしかった。肉芽を引っかいても、膣口の浅い部分で指を前後させても、感応する。何をしても新たな愛液がとくとくと漏出してくる。 滝は、濡れた指をミサの乳房に押しつけて拭った。尖った乳首が彼女自身の恥液で汚される。それからズボンのポケットに手を入れて、何か光るものを取りだした。 「少しのあいだ我慢してもらうよ」 美女の細腕に手錠をかけて、滝は、彼女の唇を塞いだ。 ミサもすぐに応じた。どちらも性技に長けた舌と舌が絡みあう。不必要にひろい玄関ホールにディープキスの卑猥な音が響く。 滝の身体が離れた。 「それじゃあ、いくとしようか」 床に落ちた女物のワンピースを拾いあげ、彼女の首から垂れた鎖を手にする。 「体調は問題ないかい？ 本格的なプレイは久々なんだろう」 「ご心配なく、慣れてますから」 首輪に手錠というマゾそのものの姿の女を引きつれ、玄関ホール奥の廊下を歩み、鉄扉を押した。 「手加減も無用ですわ」 「もちろんそのつもりだ」 ミサは不敵な笑みを浮かべた。期待に染まった顔だった。 ☆ 同日・午後二時四十分 薄暗い拷問部屋の中央で月本涼子が泣いている。はじめて裸にされたときと同じ、縛られた手首ごと裸身を吊るされた姿勢である。 「待たせたね、上畑くん」 重い鉄扉を片手で閉ざして、滝は、テレビで有名な男性俳優の前へと歩んだ。彼の横では、柳沢がビデオカメラの録画準備をしている。 「準備はいいかい？」 「いつでも大丈夫です」 「そうか。では、頼んだよ」 六つの目が無防備な裸身を見つめる。だが、涼子の意識は男たちとは別のところにあった。老人がつれてきた見知らぬ女。その裸身に、彼女の目は釘づけとなっていた。 何、なんなの、この人……。 恐ろしく美形の女であった。プロポーションもかなりいい。いや、それ以上だ。背丈は涼子とさして変わりないのに、ウエストなどこれ見よがしにくびれていて、手足もスラリと長い。どこもかしこも完璧な肉体だった。女としての小さな嫉妬が涼子の心をよぎる。 この女も自分と同じ境遇なのだろうか、男たちに無理やりさらわれてきたのだろうか。その女が、涼子のほうに歩んでくる。老人に背中を押されて、近づいてくる。 「さて、と。月本涼子さん」 正対するふたりの女の横で上畑は口を開いた。柔和な口調だった。 「話の前に、まずはきみに見せたいものがあるんだ」 困惑する涼子の前で、彼はミサの腕を掴みあげた。小さな鍵をさしこんで手首の枷を外し、かわりに今度はロープを巻きつけはじめる。 女に抗う気配はない。視線を床に落として黙っている。むしろ、不安なのは涼子のほうだった。 「口で説明するより、このほうがはやいと思ってね」 頭上で小さな輪が揺れている。涼子の腕を吊るした鉄輪である。 上畑は、ミサの手首を縛ったロープをそこに通した。二本の白い腕が引きあがり、涼子と同じ下垂の姿になる。 互いに向きあう形であるから、自然とふたりの裸身も接触する。突き出た乳房を中心にして、美女と美女の肌が重なる。上畑は、縄尻を女の手首に巻きなおして裸身を固定した。 短い声とともにミサの腰が揺れる。 「あ……」 涼子も狼狽の声をもらした。裸で吊るされるのも、そんな痴態を男に見られるのも、この上なく恥ずかしいことだ。しかし、こうして同性の女と裸で密着するのは、単なる屈辱以上の恥ずかしさがある。 不自由な姿勢のまま涼子は腰を引いた。すると、つられてミサの上体も前に傾く。 「あン。だめよォ、動いちゃだめ」 ミサが抗うと、今度は涼子の足がよろめいた。同じ鎖に吊るされている以上、片方が動けばもう片方の体勢が乱れるのは当然のことだった。そして、抗うほどに肌の密着も強くなる。 「いやン……こ、こんなの」 涼子の乳房がミサの乳房に当たる。ふたつの裸身に前後から圧迫されて、狭い箱に無理やり押しこんだ四つの風船のようになる。互いに並以上の巨乳の持ち主だから、見た目の迫力もいやらしさも大きい。そのような乳房のせめぎあいを間近から見つめて、女たちの顔にもより悩乱が濃くなる。 上畑は、ミサの首輪から垂れた鎖を手に取った。 もうひとつ別の首輪を先端に取りつけ、涼子の首にはめる。一対の環と短い鎖で連結されて、ふたつの裸身が、恐ろしく卑猥なひとつのオブジェと化した。静観する滝がほう、と低く唸る。 柳沢がビデオカメラの録画ボタンを押した。 「それじゃあ、はじめるとしようか」 上畑が手にしているものを見て、涼子は息を呑んだ。柄の先が無数の紐状になった鞭である。 「窮屈だろうが、少しばかり我慢してくれ」 「あ、あ……いやッ……」 「大丈夫さ、ひどいことはしない。きみには、ね」 テレビと同じ微笑の顔で、上畑は右手のバラ鞭を振りあげた。 ゴムの塊が破裂したような轟音が地下室に響く。 「いやあッ！」 反射的に涼子は瞼を閉ざした。膝が情けないほどに震える。だが、不思議と痛みはない。痛みどころか、蚊に刺された程度の感覚もなかった。 大きな乳房が一度だけ揺れただけだった。ミサの震えが、密接する肌を通して涼子に伝わってきたのだ。そして彼女が目を開けた直後、上畑がふたたび腕を掲げた。 鞭が唸る。手加減のない一撃が、涼子ではなくミサの尻を襲う。 「あうーン」 涼子のすぐ鼻先にある女の顔が歪んだ。痛々しいはずなのに、どこか艶っぽい表情だった。美人だから、何をしてもそそる顔になるのだ。 性交中の女もこのような顔をするのだろうか。と、涼子はふと考えた。このような女の顔に、声に、男とは興奮するものなのか。だから平気でひどいこともできるのだろうか。 状況も忘れて魅入る涼子の心を、新たな打音と女の悲鳴が粉砕した。 上畑にほんの少しの酌量も慈悲もなかった。同性すら魅了する美女の尻を、のけぞるほどに魅惑を増す白い背中を、たてつづけに叩く。延々と打ちのめす。時折やや間を置いて、沈黙から生じる恐怖を女たちに味わわせてから、また叩きあげる。 「ぐッ！ あ、ああゥ！」 ミサの口からひっきりなしに大声が飛んだ。叩かれていない涼子まで泣いた。たとえ痛みはなくとも、殴打の衝撃は伝わってくる。叩かれている女の恐怖と怯えが手に取るようにわかる。それが怖い。次は自分の番なんじゃないかという不安が常にあった。 「ここからは本気で叩くよ」 かれこれ二、三分は鞭を振るいつづけているというのに、上畑は息ひとつ乱れていない。 女を痛めつけるための凶器が空を切る。裸身が跳ねる。二対の乳房が狭い場所でぶつかりあい、圧迫と反発をくりかえし、さまざまな色っぽい球形に姿を変える。 どちらも魅力的な肉体なだけに、へたなＳＭビデオなんかよりよっぽど刺激的な光景だった。けれども、ふたりの魅力の種類は微妙に異なっている。 女としての成熟度という点では、ミサが上だった。涼子にくらべると身体の線はひとまわり細いが、そのぶん丸みとくびれのメリハリがきいている。腰まわりの曲線など特に絶品だ。しかし、乳房の量感では涼子が勝っている。 殴打の重い音が室内から消えた。 尻と背中を五十発ほども打ちのめされて、ミサの裸身が前のめりに折れた。涼子の肩の上で乱れた息をしばらくもらし、そのままピクリとも動かなくなる。 痛みとショックのあまり気を失ったのだろうか。そう思った矢先、和風の顔に不釣りあいな身体が揺れた。ああン、と悩ましげな声がこぼれる。上畑が、背後から尻の谷間に手を潜らせたのだった。 「フフ、すごいもんだね」 女の股間から指が離れた。おびただしく濡れて、糸を引いている。それが小便の濡れでないことは涼子にもわかった。 欲情しているのだ。身体を鞭打たれたというのに、ひどいことをされたというのに、この女は官能のあまり股を濡らしているのだ。 やだッ、そんなの……変態じゃないの……。 涼子は驚きを隠せなかった。男が無抵抗の女に暴力を振るい、女はそれを喜んでいる。容易には信じがたいことだった。彼女がこれまで培ってきたあらゆる価値観、あらゆる常識を転覆させる光景が目の前にある。 たちの悪い性夢ではない。実際、涼子もこうして吊るされているのだ。ならば、次はやはり自分の番なのか。叩かれるのだろうか。そんなのはいやだった。痛い思いはしたくない、叩かれて喜ぶ変態女になんかなりたくない。 愛液に濡れた手で上畑は鞭を握りなおした。 「さてと、そろそろ本題に入ろうか」 涼子は首を左右に動かした。じっとしていたら今にも発狂してしまいそうで、恐ろしくて仕方がなくって、黒髪ごと身体を振り乱した。 「月本涼子さん、きみにいくつか聞きたいことがある。きみとご亭主の関係、そしてきみ自身のことについてだ。答える答えないは自由だがね」 言いまわしは柔らかいが、これは、明らかな尋問だった。ひどい暴力を見せつけられた直後なのだ。拒んだら何をされるか、子供にだってわかる。 「黙秘をしてもかまわない。ただしその場合、こっちの女が鞭で打たれることになる」 「え……」 「それじゃあ最初の質問だ。月本涼子さん、きみは処女だね？」 気持ちの整理も収拾もつかないまま、いきなり恥ずかしいことを詰問される。 「ご亭主とも別の男ともセックス経験がない。間違いないね？」 顔をそむけて黙る涼子の前で、すぐに上畑は鞭を振りおろした。ミサの悲鳴が地下室に響く。 「だめ、やめて……やめてくださいッ」 涼子はつい口走った。これ以上に理不尽な仕打ちなどなかった。自分のせいで、見ず知らずの他人がいわれのない暴力を受ける。正常な神経の人間なら耐えられることではない。 「やめてほしいなら、正直に答えることだ」 言いながら、上畑はふたたび鞭を振るった。ひときわ強烈な一撃だった。 「ひいーッ！」 ミサの首が斜めにのけぞった。殴打の衝撃と彼女自身の重みで、手首を吊るす縄が重くきしむ。 すでに相当に叩かれたミサの顔は、まるで夢遊病者のようだった。目つきもひどく虚ろで、開きっぱなしの唇からは涎が垂れ落ちている。それが危険な状態だということは、涼子にも手に取るようにわかった。 「ああッ、もうやめてェ」 たまらず口を開いた。 「答えます、全部答えますから。だから……もうぶたないで」 「それじゃあ答えになってないよ、僕は処女かどうか尋ねてるんだ」 「そ、それは」 「どうなんだい？」 若妻の肩に顔を埋め、ミサは瀕死の息づかいをくりかえしている。濡れた唇が、舌が、涼子の首筋や鎖骨に当たる。 それが意図的な愛撫だなどとは少しも気づかず、涼子はつぶやいた。 「お、おっしゃる通りです」 「つまり、処女なんだね？」 「はい」 「だけど、きみは人妻じゃないか」 「……それでも処女なんです」 ミサの呼吸が落ち着きはじめる。かわりに、今度は涼子が嗚咽の声をもらした。 「では、次の質問だ。きみとご亭主の関係について答えてもらうよ」 泣きながら涼子は頷いた。女の愛液が太腿に付着していることにも気づかない。 |
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| 2010.6.12掲載 |
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