全裸で拷問台に繋がれているのは、月本栄二の妹、春香だった。 頭部と両手首を一枚の板で固定した、いわゆるギロチン台である。左右の足にも鎖のついた革枷が巻かれ、身体の自由のほぼ大半が奪われている。 かろうじて腰を揺らすことはできるが、その程度では戒めから抜けられない。むしろ身体が前のめりとなり、よけいに尻を突きだす形となってしまう。あらゆる男が生唾を呑みそうな、いい尻だった。まだ夏前だというのに、日焼けの跡が色っぽく残っている。 その臀部に、男がＳＭプレイ用のバラ鞭を振りおろした。 「はァン。い、痛いッ」 月本春香の背中がのけぞった。若さと色気を備えた二十五歳の裸体が衝撃で揺れる。 さらにもう一発。今度は別の男が背中を叩きあげた。コンクリートの壁で囲まれた室内に鞭音が反響する。 「ああゥ……や、やァン。こんなのいやよォ。お願い許してェ！」 尻と背中を軽く叩かれただけだというのに、はやくも月本春香は半狂乱の形相だ。 フランス革命時の恐怖政治の象徴とされ、マリー・アントワネットの斬首刑でも有名な悪名高きギロチン台である。こちらは刃のないプレイ用の模造品だが、そんなことは関係ない。大仕掛けの磔台に裸で繋がれて正気でいられる人間などいない。 何をされても抗えない状況に変わりはないのだ。泣き叫ばずにはいられない。けれども、男たちは容赦しなかった。 「そうら、もう一発だ」 膝を曲げて重心を低く取り、肩から手首にかけてを柔らかくしならせ、鞭を振りおろす。大昔の罪人と同じ姿の娘を交互に打ちのめす。慣れた鞭さばきだ。彼らが単なるＳＭマニアの素人でないとすぐにわかる。 ただやみくもに鞭を振るうのではなく、強弱さまざまな力加減で背中と尻だけを的確に打ちのめしてくるのだ。女を性的に屈従させるための拷問だから、決して感情にまかせて叩いたりはしない。そして、どんなふうに叩かれても月本春香は大声で泣いた。 「痛い！ ひンッ、い、痛ああァい！」 百五十四センチの小柄な肉体が悶える。乳房も股間も丸だしの姿のまま、強姦よりも残酷なことをされる。 彼女本来の魅力のせいか、あるいは、大仰な拷問台の威圧感がそうさせるのか、ふたりの男に責められる女の姿は、どこか常軌を逸した妖しさがあった。ベッドの上で乱れるよりも、縄で縛ったよりも、はるかに淫靡さがきわだって見える。 不自由な姿勢のまま右に左に動く、量感的な丸い尻。顔立ちは十代の女子学生のようだというのに、ウエストから太腿にかけての曲線は女そのものの成熟である。 これまで彼女と性交した男たちも、ほぼ例外なく彼女の尻に心を奪われたものだった。ベッドの上で裸にさせ、犬のポーズを取らせ、淫裂をさんざんに口舌で貪ってからバックスタイルで挿入するのだ。乳房を責めるよりも、口でしゃぶらせるよりも、それを優先した。はじめて関係を持った塾講師の男もそうだった。月本栄二もそうだった。 電車通学をしていた学生時代も、ほぼ毎日のように痴漢の餌食にされたほどだ。その美臀が、今は無慈悲な暴力の嵐にさらされている。窓ひとつない不気味な部屋に押しこまれ、裸で拷問台に繋げられ、鞭で折檻されている。だというのに、彼女の陰部はおびただしい愛液で濡れはじめていた。 尻と背中の皮膚が真っ赤になるまで打ちのめし、発狂の一歩手前まで女を追いこんだあと、男の手が尻の谷間へと伸びた。 「あン、何……やだッ」 少女の面影が残った美貌がこわばった。指やペニスとは別の何かが淫裂に当たっている。 ギロチンの板に首を押しこんでいるため、自分の目で下半身を確認することもできない。見えないぶん、不安も大きい。Ｂカップの乳房が緊張のために震える。 彼女の視界を黒い影が遮った。 「今からこいつをぶちこんでやる」 バラ鞭の柄を女の顔に押しつけ、スキンヘッドの男は不敵に笑った。 「淫乱女にはお似合いの尻尾だ」 「いやン、そ、そんなの……そんな変なの入れちゃだめえ……あ、あーン！」 拒絶の声が喘ぎ混じりの悲鳴へと変じた。もうひとりの男が、鞭のグリップ部分を淫裂に押しこんだのだった。 力をこめてねじこむ必要などなかった。たっぷりの愛液で濡れた淫裂は、長さ二十センチほどのグリップをいともあっさり呑みこんだ。針穴に糸を通すより簡単だった。ふたりの男は声を揃えて嘲った。 「鞭だけでこんなに濡らすとは、あんた、相当の好きモノ女だな」 「ち、違う……」 「それとも、別のものを突っこんでほしいってわけか？」 スキンヘッドはズボンに手をかけた。女の眼前でペニスを取りだし、右手を巻きつけてしごく。もうひとりの男も着衣を脱ぎ捨て、全裸となった。 「玩具と本物、どっちがいい？ あんたが選べ」 「どっちもいやです」 「なら、鞭打ちの刑だな。あと百発ほど叩くとしよう」 「いやいやッ、絶対にいやーッ！」 信用金庫に勤めるＯＬの女は大声でわめいた。股から垂れたバラ鞭の尻尾が揺れる。 「ねえ、もう許して。お願いだからもうぶたないで。痛いのはいやなの」 「痛いのがいやなら、何がいいんだ？」 「……い、痛くないのがいい」 月本春香は眼前のペニスに視線を注いだ。怯えと情欲の混ざった目である。 「それがいいです。それ、ください」 「ちゃんと言え、何を入れてほしいんだ」 「お、オチン×ン」 「オチン×ンじゃなく、チ×ポだ。そんなにこれが好きなのか？」 「は、はい。チ×ポが好きなんです」 錯乱しきった様子でつぶやいた。まるで親に叱られた幼女だ。しかし、幼女よりもはるかに成熟した肉体を彼女は持っている。 「なるほど。では、あんたの大好物をくれてやろう。ただし、その前にあと十発ほどケツを叩く。お楽しみはそれからだ。我慢できたら何度でもイカせてやる」 膣口から鞭が引き抜かれた。その感覚だけで春香は割れた声をあげる。 「それと、条件はもうひとつある。それが呑めないというなら、挿入はなしだ。今度はオッパイを叩くぞ。いいな？」 「はい、はい」 ふたりの男は顔を見あわせて笑った。 「ようし。では、おねだりをしてみろ」 「カメラに向かってあんたのやりたいことを言うんだ。おらッ、はやくやれ」 「わ、わたしにチ×ポください。お尻を叩いてからハメてください！ セックスでイカせてくださァい！」 女の顔にビデオカメラのレンズが接近した。 ☆ 七月十一日・午後七時八分 鞭打ちで赤く腫れた女の尻を両手で掴んで、スキンヘッドがペニスを挿入しようとする。そこで画面の映像が不意に切れて、寺崎智寛は、ノートパソコンを閉ざした。取りだしたディスクをケースにおさめ、まだ愕然とする月本栄二に手渡す。 「つづきはのちほどご確認ください、いちおう最後まで撮影してありますので」 「え……あ、ああ」 「それとも、何かご不満でも？」 空調がきいたホテルの室内だというのに、月本栄二の額には汗が浮いている。 「妹さんの『再教育』を依頼したのはあなたでしょう？」 「それはそうだが、何もここまで……」 「この程度じゃあ拷問のうちにも入りませんよ、単なるお遊びのプレイです」 「しかし」 「それに、これがわれわれのやりかたですから」 月本栄二は息を呑んだ。 「では、これで取り引き成立ですね」 壁際に立つ豊田に目配せをして、寺崎は席を立った。 「そのディスクがあなたの手にある以上、この先、妹さんから脅迫される心配はないでしょう。本人にもじゅうぶん言い聞かせてありますしね」 「妹は、春香はこれからどうなるんだ？」 「当面のあいだこちらで保護します」 ノートパソコンを片づけながら寺崎は答えた。 「横領の件もありますしね。今、外にだすのはまずい」 「それじゃあ、涼子は」 「悪いが、それは答えられない」 豊田が口を開いた。 「あの女の所有権はすでに俺たちにある」 「それはそうだが……いや、しかし」 「よけいな詮索はしないほうがいい、お互いのためだ」 強面の男に低い声で忠告され、月本栄二は出かかった言葉を呑みこんだ。 長い沈黙のあと、ようやく彼の口から小さなため息がこぼれた。疲れた動作で席を立ち、窓際へと歩む。 窓の外にネオンの夜景が見える。高級なシティホテルだから、眺めもいい。 「その、涼子は僕のことを何か」 男たちに背中を向けたままつぶやいた。 「……いや、なんでもない。もう出ていってくれ。これ以上、用はないんだろう？」 「ええ、二度とおあいすることはないでしょう」 「そう願いたいもんだね」 月本栄二は唇を噛んだ。背後で扉の閉まる音がした。 ☆ 「豊田さんの予想通り、月本栄二はゲイでしたよ」 ホテルのエレベーターに乗りこみ、扉が閉じたのを見計らってから、寺崎智寛は口を開いた。 「女性関係や近親相姦のほうに目がいきすぎて、さすがの南雲さんもそっちはノーマークだったようですね。ネタを見つけるのに半日とかかりませんでした」 「しかし、驚きだな。まさか本当にそういう趣味だったとは」 「正確にはゲイじゃなくバイですけどね」 「バイ？」 「男女どちらもいける、ってやつです。もっとも、ここ数年は同性愛の嗜好のほうが顕著だったようですが」 「月本春香の影響か」 「ええ。本意ではない肉体関係を重ねたことで、異性に対する嫌悪感が強くなったんでしょう、たぶん」 「レイプされた女と同じ心理だな」 月本涼子の顔が豊田の頭に浮かんだ。 「ましてや、相手は血の繋がった女ですから」 「罪の重さがあった、とでも？」 「そう思いますよ」 「実の妹をさんざん好き勝手にしておいて、罪の重さもないと思うがな」 「誰だって視野が狭くなるものですよ、楽しいことに夢中なときはね」 扉が開いて、中年の女がエレベーターに乗りこんできた。やたらと厚化粧の女だった。豊田の顔に一度だけ怪訝な目線を向けたあと、彼女はホテルフロントのある一階でエレベーターをおりた。 「悪人顔も苦労しますね」 遠慮もなしに皮肉を言って、寺崎は苦笑した。 「ま、月本栄二に関してはそんな感じです。近親相姦に対する罪悪感、財政面での圧迫。何より自らの保身のためにも、妹をどうにかしたかった。不都合なものを排除する必要があった。かといって、自分で手をくだす勇気もない」 「そのために妹を他人に陵辱させて、さらには自分の妻まで、か」 「奥さんに関しても同じ理由でしょう」 「月本涼子があの男にとって不都合な存在だったと？」 「結果的にそうなったということです」 それが彼の癖なのか、首から垂れた携帯灰皿をさわりながら寺崎は言った。 「もともと彼女との結婚も、妹に対する防波堤の意味あいが大きかったようですから。多少は心を許していたようですが、それ以上の愛情も執着もなければ、性的な興味もない。だからこそのセックスレスであり、僕たちとの取り引きにも応じたのでしょう」 エレベーター内には女の化粧の匂いが残っている。 「そして今、妹という不安要素が彼のなかから消えた。月本涼子と名ばかりの夫婦でいる必要もなくなり、好きな恋愛を自由に楽しめるようになった」 「まさか、ほかに女が？」 「女ではなく、男ですがね。結婚直後から交際をはじめた十七歳の少年がいます」 「十七歳ってことは……」 「学生です。制服が好きなようですよ、彼。男女を問わずね」 「あきれたもんだな」 「下衆な男だと思いますか？」 「思わんよ。下衆なのはこちらも同じ、むしろ上だ」 ふたりでエレベーターをおりて、地下駐車場の車へと戻った。豊田が助手席に、寺崎が運転席に乗りこむ。 「終わったのね、話」 後部座席で女の声がした。 「お兄ちゃん、わたしのこと何か言ってた？」 「できの悪い妹を持つと苦労する、だそうです」 「何よ、それ」 「冗談ですよ」 車のエンジンを入れながら、寺崎は、バックミラーに映る女の顔を見た。 「身体のほうは大丈夫ですか、春香さん」 「大丈夫じゃないわよォ」 月本春香はミニスカートの腰を片手でさすった。 「本気で叩くんだもの、あの男たち。まだ身体じゅうヒリヒリするわ」 媚びた口調でそんなことを言って、春香は足を組みなおした。ワンピースの裾が太腿の上まで捲れ、黒いパンティの一部が見える。 「手足も痛いし」 「仕方ないでしょう。へたに手加減なんかしたら、すぐに演技だとばれてしまう」 「でもォ……」 「報酬だって三倍だしたんだから、多少のことは我慢してもらわないと」 「まあ、ね」 月本春香は不敵に微笑んだ。 「本当のことを知ったら驚くでしょうね、お兄ちゃん」 「くれぐれもよけいなことは言うんじゃないぞ」 「よけいなことって、誰に？」 「月本栄二に決まってるだろ」 強面の豊田に厳しい目で見据えられても、月本春香はてんで涼しい顔だった。臆した様子など少しもない。 「大丈夫よ。あんな男、もう知らないわ」 車の発進とともにワンピースの胸が揺れた。 「実の妹を他人にレイプさせるだなんて、最低よ。ほんっと信じらんない。こっちから縁を切ってやるんだから」 「じゃあ家には戻らないのか」 「もちろんよ」 月本春香は後部座席から手を伸ばした。寺崎の腿に白い指を添える。 「あたしね、寺崎さんのとこでお世話になることに決めたの。だって、ＳＭってすっごく刺激的なんだもの」 「痛いのはいやなんじゃなかったのか？」 「そこがいいのよ。耐えることで快感も膨らむの」 春香の手のひらが男の股間を包んだ。ズボンの上からペニスの形状を確かめ、何かを期待するように擦る。人さし指で亀頭を探る。 「あんなに興奮したセックス、はじめて」 仕草や目線もいちいちなまめかしい。自分の魅力を熟知した女の姿態だ。 苦笑しながら、寺崎は女の手を払いのけた。 「今はミサって女がナンバーワンなんでしょう？ すぐにあたしが追い越してやるわ」 窓の外に視線を向けて、豊田は小さくため息をついた。オレンジの灯が右から左へと流れていく。 地下駐車場の緩いスロープをのぼり、車が夜の街へと飛びだした。 |
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| 2010.9.4掲載 |
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