第2章



　今日の様に、いつも三人で食事や会話を楽しんでいるときに、時折、姉が見せる様子を怪訝に感じることが冴子にはあった。ぼぉーとしているような、トロンとしたような、心ここに在らずという感じなのだ。

（なんか・・・厭らしい女のような目をしてる・・）

　いつも優しく清楚な姉と猥褻なことは最も対極にあるイメージだが、淫靡としか言い表せないような、同性から見てもゾクッとするような目や表情をしていることが確かにあるのだ。あれは何なのだろう・・そんなことをふと考えた時、肘にフォークがあたりテーブルから落ちた。

「あっ！いっけない」

　忙しそうに動き回るホールスタッフの手を煩わせるまでもないと、テーブルの下を覗いてフォークを手にした時、冴子はもう一度「あっ」と、声を出しそうになった。中途半端に開いた姉の太腿の間が丸見えで、下着も履いておらず、しかも本来あるはずの黒い茂みが無く、ツルツルになっているように見えたのだ。短いスカートを履いているにも関わらず高めの椅子に浅く腰掛けて無防備に座っているため、低い位置から覗くと丸見えだったのだ。

　フォークを取りテーブルの上に顔を出して、ベージュの下着と見間違えたのかしら？と考えてはみたものの自分が目にしたのは間違いなく姉の無毛の恥部だった。何事もないように 無邪気に会話している姉と洋平の話しを上の空で聞きつつ、

（何故、理恵子はショーツを着けていないの？・・なんで？お姉ちゃん？）

（なんであそこがツルツルなの・・・？）

　その二つの疑問が頭の中をグルグルと駆け巡った。

　洋平はテーブルの上に顔を出した冴子の様子を見て、彼女が何を目撃したのを目聡く察していた。他愛も無い会話が続いた数分後、理恵子がトイレに席を立った。２人きりになるのを待っていたかのように、いつもはあまり見せない冷たく射るような眼差しをして、冴子にだけ聞こえる小さな低い声で洋平は囁いた。

「・・・びっくりした？ 」

　突然の質問に冴子は、なんの事か理解できず、一瞬戸惑った。

「え・・・・何が・・・・？」冴子は、首を傾げた。

「何がって・・・・わかるだろう・・・」洋平は、ジッと冴子の目を見つめた。

「・・・・・・」

「・・・見えたんだろ？・・・」

「・・・・・・」（もしや？）

「見えたんだろ？・・・テーブルの下で・・」

　冴子は、やっと洋平の質問の意図を完全に理解した。冴子は、自分が覗き見を見つかってしまったような気分になり、黙り込み俯いた。ゆっくりと洋平は言葉を続けた。

「冴子が驚くのも、わかるよ・・・でもね・・今日だけ特別じゃ無いんだ・・・」

　冴子はどう返事をして良いか解らず沈黙したままだ。

「冴子のお姉さん・・理恵子はね・・・・・マゾなんだよ」

　俯いたまま、冴子の目がカッと一瞬見開いた。（マゾ！！）

　いつも紳士で下ネタもしたことのない洋平の口から出た言葉とは思えなかった。

　洋平は更に言葉をつなげた。

「今日は、ショーツは履かないように命令してある・・・」

（・・命令・・どういうこと？）

「恥かしい事を命令されて服従する事が、彼女の喜びなんだよ・・本物の・・・マゾなんだ・・。」

（命令・・・ふ、服従・・・マゾ・・だなんて・・・）

　冴子は、姉の理恵子が時折見せるあの表情の意味が理解できた。あの表情は、卑猥な命令をされてそれに従っている時の、悦びの表情だったに違いない。

　冴子は相変わらず沈黙を守ったままだったが、洋平の口から発せられる言葉の一つ一つが、脳の中でこだましていた。

（なんで？いつもの優しく楽しい洋平さんじゃ無い・・・）

　冴子は、自分に突き刺さる洋平の目線が怖くて、唇を噛んだまま、顔を上げられない。

「下着を履いていないだけじゃない・・・見えただろ？・・・綺麗にしてあるのが」

「！！」

　やはり自分の見間違いでは無かった。姉の恥部は生まれたばかりのようにツルツルに綺麗に処理してあったのだ。

　どれくらい時間が流れたのだろう、わずか十数秒の沈黙が続いただけだったが、冴子にはそれが１０分にも２０分にも感じられた。沈黙を破って、洋平が口を開いた。

「冴子・・・脱ぐんだ」

「え？」

　店内の喧騒にかき消されて聞き取れなかった。聞き返す冴子に向かって、もう一度男が呟く。

「冴子も・・・脱ぐんだ・・」

「なっ！！！」

　冴子は、思わず大きな声を出してしまっていた。隣のテーブルの若い男が、一瞬こちらを振り返ったのを無視して、キッっと洋平を睨み付けた。さっきまで不安げな冴子はいなくなり、生来の勝気な面が戻り、顎を上げて洋平の目線をグッと跳ね返す。

　しかし、洋平は気に介さない。

「できるよ・・・冴子にも」

　怒りと混乱で赤い顔をして自分を睨みつける冴子の目線を外すことなく、全く悪びれた様子も無く、低い声で呟いた。

「できるよ・・・冴子なら・・できる」

（わ、わたしなら・・・？）その言葉に動揺し、又も不安げな冴子に逆戻りしていた。

「理恵子にできる事を、冴子ができない訳が無い・・・・」

「理恵子が帰ってきたら・・・・トイレに行くんだ・・・」

　冴子は、いつの間にか、洋平の言葉を一言も漏らすまいと洋平の言葉に聞き入っていた。

「スカートを捲って、下着を脱ぐだけ・・・・ただ・・それだけだ・・」

　男の言葉には、何か威厳のような響きがあった。言っている事はとても常識では考えられない破廉恥な事だが、冴子はいつのまにか、男の一つ一つの言葉に不安げに小さく頷いていた。

「それだけで、一歩踏み出せる・・・・」

（踏み出す？一体どこに踏み出すというの？）

「怖いか？・・・・」

「怖くなんか・・・怖く・・・なんか・・無い・・」

　こんなところで、本来の負けん気の強さが首を擡げてしまい言葉を返すと、男は口元を少し緩ませた。

「そうだ。冴子は恐れてなんていない。冴子はできる・・・できるんだ。」

「新しい世界に踏み出せるよ・・・冴子」

（新しい世界？・・・新しい世界って何？）下着を脱ぐ事と新しい世界とがどう繋がるのか、さっぱり冴子には意味がわからなかった。ただ、今は、催眠術を掛けられたように、この男の言葉に従わなくてはという強い思いが、身体全体を支配し始めていた。

（負けたくない・・・）

　何に負けるのかは自分でも解らないが、今、洋平の言葉に従わないと、姉にも洋平にも負けてしまうような気がした。

　男は、右腕を伸ばし、日焼けしたゴツゴツとした大きな手をテーブルの上に置かれた冴子の手に添え、優しく握った。軽く撫でながら、小さくて低い声で、冴子の耳にははっきりと聞こえるように最後の言葉を発した。

「・・・服従すれば・・・気持ち良くなれる・・・必ず・・」

　冴子は、弾かれたように身体をビクッとさせ、目線をあげ、男を不安げに見つめた。

　男は強い視線で、冴子の目を見つめ返し、ただ、数度頷いた。