とりかえっこ○○

蔵人一文字 作
『Ｂａｄ　Ｓｑｕａｒｅ　−危険な四人−』をお先に読まれるとより楽しめます。＞管理人。

　この小説はフィクションです。
　実在する名前、団体名などとは一切が無関係です。


１　悪夢の始まり

　他人にとっては、彼女の生まれや生い立ちは幸福なものに映っているかもしれない。
　けれども、彼女自身は今の自分に満足していなかった。

　ある意味、それは彼女の若さの象徴なのかもしれない。自分自身が何に満足していないのか分からない状態。
　そして何をすれば満足するのか、何をしたいのかが分からない状態。
　ごく普通の若者にもよくある現象なのであろうが、彼女のそれは他者とはやや違っていた。

　彼女…口縄璃緋都（りひと）はある財閥の一人娘として生まれた。両親には他に子供がないため、自分があとを継ぐことになるかもしれない。
　事実、両親は自分を溺愛してきたし、口を開くと『いずれはあとを継ぐのだから』と言ってはばからない。
　高校に入学する前から、すでに経営関連の勉強をしてきた（させられた？）し、自分もそつなくそれらをこなしてきたと思う。
　しかし、それが禍いして回りからは才女だの天才だのお嬢様だの言われ肩身が狭い思いをしてきたものだった。

　他人から見れば羨ましい状況なのかもしれない。しかし、璃緋都はそんな境遇の中で、常に他のものと距離を置くようになった。
　次第に無口になり、勉強以外に打ち込めるものがなくなった自分。彼女は自分が空っぽな存在であることに腹を立てていたともいえるだろう。

　そして、恵まれた『お嬢様』であるにもかかわらずあまり自分のことをしゃべらない璃緋都のことを周りは『気難しいけど別に高慢ではないお嬢様』だと思っているところがあった。
　男子も女子も割と気軽に話しかけてくるものの、璃緋都から話しかけることがあるのはほんの数人だけだった。

　『当たり障りのない日常』を無駄に過ごしている…璃緋都はそんなふうに思っていた。


「…はぁ…」
　夕焼けに染まる放課後の教室の中、璃緋都は窓から空を見上げつつため息をついていた。
　根拠のない、ぼやけた不満と不安が、このごろそうやって形として現れるようになってきていたのだ。
（自分の人生って、なんなんだろう…）
　今の自分の成績は、クラスどころが学年でいってもトップクラスだし、両親もそれを喜んでいる。
　しかし、このまま進んでもあらかじめ用意されていた道の上を歩いているにすぎない…そんな気がするのだ。
　他者から見れば、ただのわがままだったであろうけれども、彼女にとって見れば深刻な問題なのだ。

　あと数分もすれば、いつもどおりに車がやって来るだろう。誰の車かといえば、璃緋都の迎えの車だ。
　両親が極度の親バカのため、彼女の登下校にすら護衛がついている始末である。
　本人にとっては心底迷惑な話なのだが、車を無視して歩いて帰った際にこっぴどく怒られたため、今では待たざるを得ない状況なのだ。
　そのため、璃緋都は登下校をクラスメイトと一緒にする、といったことがなかった。

　実際問題、璃緋都に護衛が必要な理由はあまりない（と本人は思っている）。
　彼女自身が護身術として合気道や空手をやっているからである。
　璃緋都にしつこく言い寄ってきた上級生を投げてしまった、という事件は有名であるし、その事件のせいもあって、璃緋都は異性のことを『うっとうしい』と思うようになってしまったきらいもある。

「璃緋都、そろそろ外出てたほうがいいんじゃない？」
　そんな声をかけられて振り向くと、クラスメイトの内藤美月（ないとう　みづき）がいた。
　分厚い丸メガネに三つ編みと、どこか古風な雰囲気を持つ少女で、外見印象どおり文系の人間である。
　成績では文系では璃緋都を上回っているが、体力面ではまるでダメという典型的な文系人間だ。
　ある種璃緋都とは反対方向にある彼女ではあるが、なぜかクラスのなかでは璃緋都と一番近しい存在となっている。
　そして、美月自身も璃緋都の親友を自負していた。
「お迎えが来るよ？」
「その言い方だと、別の世界からお迎えが来るみたいなんだけど」
　体を美月のほうへ向けつつ、璃緋都がぼやく。確かに、璃緋都に向かって冗談を言えるのは、美月くらいのものだろう。
「来たら来たで待たせておけばいいのよ。どうせ、わたしには逆らえないんだし」
「でも、お父さんお母さんに怒られるでしょ。わたしも見たことあるけど、璃緋都のお父さんお母さんって璃緋都にべったりなんだよねぇ」
「…それが嫌なんだってば…」
　美月の言い方に、璃緋都が深いため息をついた。
「まあ確かに分からないこともないけどね。放課後に友達と歩いて帰ることもできないし、買い食いもできないし、出会いがないから彼氏も作れないし、夜遊びもできない…羨ましい反面ぞっとしないもんね」
「人事みたいに…って実際人事なんだけどね。あの二人はどうせわたしに家業を継がせる気だろうけど、わたし自身の意思が絡まないんだもの」
「その気がないの？」
「ないわけじゃないけど…少しはわたしの意見も聞いてほしい、ってこと…。ただ単に『言われたから継ぐ』なんて絶対嫌」
「…ある種贅沢な悩みねえ…って、璃緋都、お迎えが来たわよ〜」
　美月の声に、再び璃緋都が窓のほうを向くと、校門の側に黒い車が停まっていた。
「…お父さんのバカ…あれじゃいかにも『すごい人が乗ってます』って車じゃない…」

「口縄さーん、お迎えの車到着してるよ〜」
　クラスの男子が、璃緋都をからかうように言った。
「…」
　美月を押しのけながらゆっくりと振り返り、教室を出て行く璃緋都。無言のままだったが、その視線は先ほどの男子を刺すように睨み付けていた。

「…あんた、度胸あるわね」
　睨み付けられて固まっている男子を、今度は美月がからかうように言った。
「…口縄さん、やっぱりいいなぁ…令嬢なのに気取らないところとか…」
　男子が言葉を漏らすのに、美月はあきれたようにこう言った。
「やっぱりあんた度胸あるわ。いろんな意味で…」

「…あんたたちもいい加減うちの親バカに付き合わされて災難ね…」
　車に乗り込むなり、璃緋都はそう言った。半分本気、半分皮肉である。
「ははは…。私は親ではありませんが、お嬢様が生まれた頃から面倒を見ておりますから、お館様のお気持ちはよく分かりますよ。今日もなかなか出てこられなかったものですからいささか心配していたところで…」
　執事兼運転手の言葉を、璃緋都の大きなため息がさえぎった。
「…お嬢様、そんな顔をなさらないでください。不自由かと思いますが、これも…」
「…分かってる。お父さんたちの気持ちも分からずにわめき散らすほど子供じゃないから。ただ、こんな状況をなんともできない自分がイヤなだけ…」


「さて、そろそろわたしも帰るかな…名物『お嬢様のお迎え』も終わったことだし」
　同じ頃、美月もため息をついていた。美月自身はお嬢様生まれではないが、璃緋都の気持ちはよく分かっているつもりだった。
　だからこそ自分からうるさいくらいに堂々と声をかけるし、特に『お嬢様』を意識してもいない。
　周りの連中は明らかに璃緋都のことを『特別な存在』だと認識しているが、自分はそうあってはいけない、と思っている。
「生まれながらに裕福なほうがいいのか、貧乏でも自由なほうがいいのか、どっちなのかしらね…」
「そりゃ裕福なほうがいいさ。今の時代、金さえあれば何だってできるし」
　さっきの男子がそう言ったのへ、美月はあきれたように言い返した。
「どうかしらね。少なくともわたしは…帰り道を璃緋都と一緒に、おしゃべりしながら帰りたいとか思ってるわよ。璃緋都ったら、わたしから話しかけないとほとんど何も言わないし、わたしは璃緋都のことをほとんど知らないもんね」
「まぁ、毎日お出迎えは確かに嫌でしょうね」
　…と話に加わってきたのは、帰る用意をしていた熊田澄江だ。璃緋都が万能系、美月を文系とするなら、こっちは体育会系だ。
　女子のなかでは背が高いため、一緒に立つと美月を見下ろすかっこうになる。
「あたしだったらうんざりして両親殴り飛ばしてるかも」
「あんたがいうと冗談に聞こえないのよ」
　言いながら明るく笑う澄江を、美月が睨む。大柄な見た目から威圧感を感じる人が多い澄江ではあるが、美月は見下ろされながらもごく普通に話ができる。もっとも、美月の気が強いのではなく、いろいろな意味でマイペースだからなのだが。
「でも、どうしてそうしないんだろうな。いや、殴り飛ばすまでいかなくても両親に主張することはできるんじゃないか？何もせずに従ってるだけだなんて、口縄さんらしくないというか」
「それができたらやってる人間だよ、璃緋都は。『イヤだ』と思ってても自分の立場を『解ってる』のよ。璃緋都のお父さんお母さんだって、この学校じゃなくてもっと上の上、大学までエスカレーターのエリート学校に通わせたかったらしいけど璃緋都が無理やりこの学校の受験受けて合格したって話だし、璃緋都自身逆らえることは逆らってるんじゃないかな。
　だけど、自分が財閥の娘、しかも一人娘だってことは、いつかは継ぐ必要がある。でなければ、両親がやってきたことが無駄になる」
　そこまで話したところで、美月は周りが驚いたような顔をしていることに気づいた。
「…伊達に親友を自認してるわけじゃないんだなぁ」
「あのねぇ、璃緋都だって普通に接してもらいたいに決まってるのよ。あんたたちが勝手に色眼鏡つけて璃緋都を見てるだけでしょ。
　璃緋都の境遇だけ見てないで璃緋都本人を見なさいよ。でなきゃ友達にすらなれないわよ。少なくともわたしはそう努力してるつもりよ」
　…と言ってから、美月は二人を見回しつつ
「…ま、いくらがんばったところで、一の親友はわたし以外にないけどね」
　と言った。


（ふぅ…わたしは確かに璃緋都を見てるつもりだけど…肝心の璃緋都はまるでわたしを見てないのよね…）
　すっかり遅くなった家路のなかで、美月はそんなことを考えていた。

　実のところ、美月が璃緋都をよく観察してその心情を理解しているのは、親友でありたいからではない。
（あぁ、璃緋都が男の子だったらなぁ…。じゃなきゃわたしが男だったらなぁ）
　目の前で堂々と『好きです』といえるのに、と深いためいきが夕暮れの空へ飛んでいく。

　そう、美月は璃緋都に対して『親友』以上の感情を持っていたのである。
　最初は、財閥の令嬢らしくない璃緋都に少し興味を持っただけだったものの、彼女の心をなんとか開けないかと努めるうちに、信頼を超えた感情…恋心を抱くようになっていたのである。
（今のままじゃ、『ただの親友』だもの。いつかきっと、璃緋都の心も体も奪ってやるんだから）

「あ痛っ！」
　そんないかがわしいことを考えながら歩いていると、美月は突然何かにつまづいて転び、悲鳴を上げていた。
「…やっぱり歩くときはある程度は下を見るべきね…って何コレ？」
　すり向いた膝から眼を離し、自分が何につまづいたのかを見ると、その場所には一冊の本が落ちていた。
「…分厚い本ね。洋書かな？なんでこんなところに落ちてるんだろ。誰か忘れたのかな」
　こげ茶色の、飾り気ない表紙の分厚い本。彼女がつまづいたのはこれだった。なんとなくだが、国内で書かれた本でないことは分かる。
「何の本かしら。どうせ読めないだろうけど…」
　分厚い本を拾い上げると、両手で持ってもズシリと重い。
「…ダメね、やっぱり読めないわ。日本語じゃないし、英語でもないし…」
　適当なページを広げてみると、美月が見たこともない文字が並んでいた。現役学生である美月は、一応英語を少しだが読むことはできる。もちろん話すことが出来るかどうかは別の話なのだが。

「…あ、なんか魔法陣みたいなのが描いてある…ひょっとして、黒魔術書じゃないでしょうね。…ってそんなわけないか。誰かの落し物かもしれないし、あとで警察にでも届けるか…」
　こういうとき、美月は妙に律儀である。普通の人ならば、そのまま置いて帰ってしまうだろう。

（美月って、やっぱり璃緋都に『その気』があるのかな…）
　美月に一足遅れて校舎を出た澄江が、先ほどの美月の態度を思い浮かべながら校門を出ようとしていた、そんなときだった。
「君」
「はい？」
　予期せず声をかけられ、澄江はそっちを振り向く。
（うっわ、綺麗な人…どう見ても日本人じゃないよね…胸も大きいし…）
　そこにいたのは、ブロンドの長い髪を持つ美女だった。細面にすらりとしたスタイル、そしてたわわに実る二つの胸。
　よく言えばスレンダー、悪く言えばメリハリのない澄江にとっておおよそ『理想的なスタイル』であるその美女は、いきなり流暢な日本語で話しかけてくるのだった。
「この辺りに本が落ちていなかったか？」
「本？」
　日本語で話しかけられたことにも驚いたが、ずいぶん妙なことを尋ねてくるものだ、と澄江は思った。てっきり道を聞かれるか何かかと思ったのに。
「ああ、焦げ茶色の表紙の、分厚い本なんだが…わたしの『連れ』がこの辺りに落としたらしくてな、さっきから探しているんだが」
　澄江は首をかしげた。もとよりそんな本は見かけていないのだが、なぜ連れが落とした本をこの人が探しているかを疑問に思ったのである。
「この辺りにあったことは分かってるんだが、誰かに持っていかれてしまったか…厄介なことになったな」
「厄介なこと？」
　特別な意味もなく、澄江は聞き返していた。本を落としたくらいで厄介なことになるはずもない。
　もっとも、親の形見だとかそういう可能性もなくはないが…。
「…いや、なんでもない。もう少し探りを入れてみるしかないか。時間がかかりそうだが…。すまなかった、失礼する」
「あ…」
　澄江が何か言う前に、彼女はさっさと背を向けて遠ざかっていてしまった。
（一体、なんだったんだろう。誰かが持っていってしまったかって、わたしの前には美月が出て行ったけど…）
　そこまで考えて、澄江は『まさかね』と首を振った。
「さて、どんどん遅くなるから帰るとしますか」


「…ただいまー…って、持って帰ってきちゃったわね、この本…。帰り道に交番も警察もないから仕方ないといえば仕方ないんだけど…」
　すっかり暗くなった中で帰宅した美月の腕には、あの拾った本が抱えられていた。
「お帰り。ずいぶん遅いから心配したわ。夕食温めなおさなきゃ」
「うん、お願い。鞄置いてすぐ行くから」
　何気ないいつもの親子の会話の後、美月は急いで階段を駆け上がる。腹が減っては戦ができぬ、である。
　手早く上着を脱ぐと、持っていた本もベッドの上へと投げる。どさり、という重そうな音がしたものの、美月はまるで気に留めず、夕食を求めて階下へと再び降りていく。


「…うーん、一体何の本なのかしら。わたしじゃどうやっても読めないわね。ひょっとしたらすごい曰くつきの本かも！」
　夕食と入浴を終えてパジャマになって戻ってきた美月は、ベッドの上であの本を広げていた。例の魔法陣つきのページである。
　あきらかに何らかの魔術的なものが記述されているようだが、それが何なのかは文面からはとても分かりそうもない。
　それなのに美月がページを開いてしまうのは、何か惹きつけられるものがあったからかもしれない。
「…さて、そろそろ寝ようかな。こんな本いつまでも読んでたって仕方ないわね。どうせ読めないけど」
　やがて彼女はすっぱり諦めると、本を机の上に投げ出し、自分の体はベッドの上へ投げた。

（…あー、なんか下半身がムズムズする…）
　…が、美月はなぜか寝付けなかった。元々寝入りはいいほうで、眠いときはベッドに入って数分のうちに眠ってしまうものなのだが、
　今日に限ってはなぜか眠れない。
　下腹部が妙にむずがゆいような、妙な感覚がするのである。
（…そういえば、しばらくしてないわね…下着が濡れない程度にやっちゃおうかな…）
　眼を閉じたまま、ベッドの中で横を向いてうずくまる。そのまま両手をパジャマの中身へ。
（…あ…）
　久しぶりの感触は、すぐに美月自身を堕とした。璃緋都に比べると少し幼く見える（美月曰く『璃緋都が大きすぎる』）乳房の先端はすでに硬くなっており、すでに雌蘂は潤っていた。邪魔になったズボンはベッドの外に投げてしまった。
「…んふっ…！」
　ゆっくりと右手人差し指を亀裂の中へと挿入していく。まずは第一関節まで。そして、指を曲げて中身を引っかく。
「…んふぁっ…り、璃緋都…璃緋都ぉ…」
　普通の人間ならば、憧れる異性を思い浮かべるのだろうが、美月がこんなときに思い浮かべるのは、璃緋都の顔である。
　同じ女性である璃緋都と素裸で抱き合い暖めあう自分を想像してしまうのだ。
（や、やばっ…イッちゃいそう…）
　いつの間にか、指がさっきよりも大きく亀裂に食い込んでいるのが分かる。人差し指一本挿いれているだけなのに、指の感覚が鋭敏になっているのか、膣内の形が分かるような感じまでする。
　『下着が濡れない程度に』と思っていたものの、彼女が漏らした愛液はもはや、濡れない程度どころか使い物にならないくらいに彼女の下着を濡らしてしまっていた。

　頭の中で、璃緋都が自分の膣内に入れた指を激しく動かしてくる。自分の体を抱きしめてくれる。
　現実ではすべて自分で行っていることなのだが、美月の妄想はもはや止まることを知らず、むしろ激しくなっていく。
「あっ、ふぁっ…璃緋都…そんな激しくしたらわたし、い…イくっ…！」
　ついに上り詰めてしまった彼女はベッドの中で大きく体をのけぞらせた。
　自然に背筋がびくびくと震え、いつまでも止まりそうになかった。
「…璃緋都、璃緋都ぉ…」
（あぁ、わたしが男だったら…璃緋都にまっすぐに『好きだ』って言えるのに…）
　「はぁ…はぁ…」
　溢れた膣から指を引き抜くと、美月は激しい疲労に襲われた。よほど激しく指を動かしていたせいだろうか。

　彼女はやがて、役に立たなくなった下着を脱いでベッドの下に投げてから、下半身裸のままで寝息を立て始めてしまった。


　遠くで、母が自分を呼ぶ声がした。いつの間にか朝になっていたようだ。
（…もう朝かぁ…うふふ、昨日のは気持ちよかったなぁ…久しぶりだったし）
　ゆっくりと体を起こすと、眼鏡をかけてから時計を見る。いつもならベッドから起きて朝食をとっている時間だった。
「…ん？何か下半身に違和感があるような…結構激しくやっちゃったからなぁ…ベッドが汚れてるかも」
　ベッドから出ようとしたとき、美月は自分の体に『重み』のようなものを感じた。いつもはない『重み』のような違和感…。
「あれ？…わたし、昨日下だけ素っ裸で寝ちゃったんだ…」
　ベッドの下に落ちている下着とズボンを見て、なんとなく頬を染める。
（まずは着替えますか。遅刻しちゃうし）
　そう思って、彼女は下半身裸の体から布団を退けた。

「…っ！？きゃあああああっ！？」
　しばしの絶句の後、家中を揺るがすような悲鳴が上がった。
「な、な、な、何コレっ！？わ、わたしの股間にヘンなのついてるッ！しかも上空を突き刺さんばかりに立ち上がってるッ！？」

「どうしたの美月っ！？」
（やばっ！）
　母の強い足音に危機感を覚えた彼女は、股間には眼をやらずに体を翻してベッドに再びもぐりこんだ。
　ドアが開け放たれたとき、間一髪、彼女はベッドの中にいた。
「…あ、あははは…ごめん、なんか寝ぼけて変な夢みてたみたい…」
「…もう、しっかりしなさいよね。早く着替えないと遅刻するわ」
　一瞬呆れ顔の後、母はすぐにまた階段を下りていってしまった。

「…夢…じゃないわよね、これ…う、うん、ついてる」
　布団をめくったり戻してみたりしながら、今度は落ち着いて自分の股間を見る。
　…夢ではないが、決してありえない光景がそこにあった。昨日まであったはずの雌蘂がなく、そこには本来男が持つべきものが生えていて、元気に立ち上がっていたのである…。
（…こ、これって…まずいんじゃ…こんな姿誰にも見せられないし、銭湯にも行けないし、海にも…ん？だけど…）
　再び恐怖がわきあがってくるなか、美月は『あること』をはっ、と思いついた。かと思うと、なぜか微笑を浮かべていた。

（…だけど、『合法的』に璃緋都を押し倒すいいチャンスでもあるわけじゃない…？）
　彼女の考えはそういう方面に執着し、勇んで着替えを始めるのだった。

　しかし、立ち上がってしまった『モノ』を押さえ込み、なおかつ下着の中に納めるのに苦労した彼女は、結局遅刻してしまうのだった…。
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
2008.9.27掲載
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