若妻・預かります ひら 作
◆第１章 　６月初めの金曜日、時間は夜の９時。俺の前には大学時代からの親友である朝倉とその妻がソファに座っていた。 　俺はキツネにつままれたような気分で朝倉の話を聞いていた。 　彼が言うには、今日から２週間“妻を預かって欲しい”との事だった。何でも急遽、仕事でアメリカに出張する事となって、他に妻を頼める人間がいないと言うのだ。 「優美とは駆け落ち同然に結婚してしまったので実家とは絶縁状態だし‥‥、こいつは性格も内気なもんだから、近くに頼れるヤツが全くいないんだ」 　朝倉はさらにこんな事も話していた。 「それと、優美はある事件のせいで心に傷を負っていてな‥‥、一人でアパートに置いて行くのも非常に不安なんだ。その点、ここのマンションはセキュリティーがしっかりしているし、お前もガードマンとしては申し分のないヤツだしな」 　俺はそれを聞いて苦笑いを浮かべるしかなかった。 　朝倉は俺が女性に対して“勃起不全”であるという事を知っている。確かにそういう意味では、申し分のないボディガードかもしれないなと思いながら、俺は朝倉の妻であるという優美さんの様子を窺って見る。 　１年ほど前に朝倉が若い女性と結婚したという話は聞いていたが彼女とは今回が初対面である。年齢はまだ２２才になったばかりという事で、少女のような雰囲気を持ったとても綺麗な女性だった。 　何故かどこかで会った事があるような感じがしたが、気のせいだろうとすぐに打ち消した。 　そして、１０才近くも年下のこんな美しい女性を手に入れた朝倉に少し嫉妬を覚えつつ、緊張した面持ちで座っている彼女に声をかけてみた。 「いや、話は大体わかったけど‥‥、優美さんはそれでいいのかい？」 　彼女はハッとして顔を上げた。 「はい。もしご迷惑でなければ、よろしくお願いします」 　彼女の澄んだ大きな瞳で真剣に見つめられてしまうと、とてもイヤとは言えなくなってしまう。 　俺がどうしたもんかと思案していると、朝倉が勢いよく声をかけてきた。 「よし。それじゃあ決まりだな！ 上条、優美の事をよろしく頼む！」 　そう言うと、朝倉はさっさとソファから立ち上がり、玄関の方へと歩みを進めて行く。 　俺は一瞬、呆気に取られてしまったが、我に返ると慌てて彼の後を追いかけた。 「朝倉、ちょっと待て！ まだ承諾したわけじゃないぞ！」 「悪い！ これから職場に戻って、急いで海外行きの準備をしなけりゃならないんだ。２週間後に戻ってきたら、ちゃんと礼はするので、今回はとにかく頼む！」 　朝倉はそう叫びながら玄関のドアを勢いよく開けると、あっという間に走り去って行った。 　俺は誰もいなくなった玄関前で、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった‥‥。 　途方に暮れながらリビングに戻ると、ソファに座り直し、緊張した様子で身を固くしている優美さんの方を眺めて見る。 　彼女はフリルのついた白いブラウスに紺色のフレアスカートという服装で、長い黒髪を後ろでまとめてスカートと同色の可愛いリボンで留めていた。 　若妻らしい清潔な装いが何とも言えずに眩しく感じてしまう。 　背は１６５センチ前後だろうか‥‥。モデル顔負けの均整のとれたスタイルに、理知的で大きな瞳、きれいに通った鼻筋、ピンク色の愛らしい唇、そして真っ白な素肌を見ていると、よくぞあの朝倉がこんな“超のつく美人”を射止めたもんだと感心してしまう。 　俺は彼女の気持ちを少しでも和らげようと、とにかく話しかけてみる事にした。 「優美さんは、こんなどこの馬の骨ともわからないヤツと一緒に暮らす事になって、本当にいいのかい？」 「はい。夫が信頼している方ですもの。私も上条さんを信頼しています」 「そうか、そこまで言われちゃ仕様がないな‥‥。こうなった以上は責任を持って預からせてもらうよ」 「ありがとうございます」 「それと、優美さんはもう聞いていると思うけど、朝倉とは大学時代からの無二の親友で、俺が生きる気力を無くして自暴自棄になっていた頃にも随分と世話になったんだ。だから、決して親友を裏切るような真似はしないし、これも聞いているかもしれないけど‥‥俺はＥＤなんだ」 「ＥＤ？」 「ああ、ごめん‥‥。わかりやすく言うと、優美さんのような美しい女性を前にしてもペニスが全く機能しない精神的な病に罹っているんだ」 　彼女は顔を真っ赤にしながら頷いていた。 「まあ、だから安心して、自分の家に居るつもりで自由に過ごしてくれ。それと、わからない事があったら何でも遠慮なく聞いて欲しい」 「はい、わかりました。上条さんは夫から聞いていた通りの方だったので、すごく安心しました。短い間ですが、上条さんのために精一杯尽くしたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします」 「あ、いや、俺に尽くす必要は全然ないから。ここにいる間は本当に好きなようにしていてくれ」 「いいえ、夫から強く言われてますので。“上条のために全力で尽くして来い”と」 　俺はガクッと肩を落としながら呟いた。 「あ、朝倉の野郎、一体何を考えてやがるんだ‥‥。可愛い新妻がどうなっても知らないぞ」 「うふふ」 「あのなー、笑い事じゃないって」 「あっ、上条さんに一つだけ聞いてもいいですか？」 「ん？ 何でも聞いてくれてかまわないけど、その前に“上条さん”というのは止めてくれないか。単に“晃”でいいから」 「はい。それじゃあ、晃さん？」 「うん？」 「もし差し支えなければ、晃さんがＥＤになってしまった理由について教えていただけませんか？」 「ああ‥‥。それは多分、昔付き合っていた彼女が突然亡くなってしまった事に原因があるんだと思う」 「ご病気だったんですか？」 「いや、彼女は自殺したんだ‥‥」 「え‥‥？」 「暴漢に襲われた事を悲観して自ら命を絶ってしまったんだ‥‥。そして、彼女を救えなかった事に絶望した俺は、自暴自棄な毎日を送り‥‥、気がつくと女性に対して勃たない身体になっていた」 「そうだったんですか‥‥。す、すいません、興味本位に聞いてしまって‥‥」 「いや、いいんだ。いずれは話しておこうと思っていた事だしな。それよりも今日は疲れただろう。お湯を沸かしているんで風呂を使ってくれないか？」 「いいんですか？」 「ああ、いつでも好きな時に使ってくれてかまわないから」 「ありがとうございます。それじゃあさっそく使わせていただきます」
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2009年12月30日掲載
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