六章

　夫人の裸身を思い出して、再び依頼者からの連絡を待っていた頃だった。
　老師との面談が終わってから依頼者からの連絡は２週間ほど途絶えている。
　寒風が容赦なく事務所の窓ガラスを叩き、結露したガラスの水滴が流れてサッシに落ちていく様を眺めて、気だるい午後に退屈している最中に珍しく老師からの連絡が入った。
「依頼者のお嬢さんは、満足していたか？」
　唐突な老師の質問に、返答の術が無いので短い沈黙が答えの代わりだ。
「相変わらず、いい加減な男だ　それがお前の短所であり長所だな・・」
「老師、あの依頼者は復讐だけでなく他にも目的があるような気がします。」
　俺が聞きたかった質問を遠慮なく、ぶつけてみると
「世の中は所詮、男と女しか居ないのじゃ。お前でも考えればすぐに答えがでるだろう。金に拘ることはない、我々は十分な生活が出来ておる。余計な心配は無用じゃ。」
　いつもより携帯電話に耳を押し付けて老師の声を聞き漏らさないように必至だった俺に対して　抽象的な表現の答えには失望してしまった。
「金銭でなく、引き受けた仕事を断りたくありません。気になるのは・・・」
　俺の答えを遮るように老師は笑い出した。
「ファッ・・ハッハハ・・それほどあの若奥さんを犯したいのか？　それとも依頼者のお嬢さんの技に溺れたのか？　まぁ　ワシも若ければお前と同じ行動をとるかもしれないが・・」
　やはり老師は全てお見通しらしい。
「気取った事を言ってすいません　老師の言う通りです。ただ気になるのは依頼者が、なにか割り切れないような気がします。全て老師の判断にお任せしますので・・・」

　俺の言葉を遮るように老師が話し始めた。
「判断は当事者のお前が決めるべき事、ワシがお前に言いたいのは三つだけじゃ。一つはこの前会った場所に、怪しい男達が訪ねてきたこと。二つはお前が過去に拘らず自分の人生を歩めばよい事じゃ。三つ目は今回に限り術を一切使ってはならん。使えば相手の思うツボじゃ。敵は狂っておるぞ　変質者といっても言い過ぎではなかろう。相手が必死であることを決して忘れてはならん。」
　俺には敵が誰か解っていないので　狂っているといわれても理解できない
「老師、敵とは？　教えてください」携帯を握り締めて老師に教えを乞う。
「我々のことを案ずるな　お前は人生を楽しめ・・・・・」
　結局、答えを得ることが出来ず　熱くなった携帯からは機械的な信号音が続いていた。

　ソファーに身を沈めて、老師の言った敵について考えてみるが全く検討がつかない。
　術は最初から使うつもりは無いのだが、それを解っている老師があえて使うなと言ったのが気になる。使わざる場面が来るから老師が忠告しているのかもしれない。
　敵は変質者と言われても　そもそも今回は関係する人物が少なく変質者に該当する人物が見当たらない　依頼者も女　ターゲットも女　誰が変質者なのか？
　新しい情報が無い限り、考えても無意味なことに気が付いた俺はゆっくりと目を閉じた。
　デスクの傍にある加湿器の音が子守唄となって深い睡眠へ導いてくれた。
　目が覚めると、外は暗くなっていた。慌ててソファーから立ち上がると電話機のファックス受信を示すランプが点灯している。俺は家に帰るべく上着を取って暖房器具を消しながら受信されたファックスの印刷を開始した。明日見るつもりだったが送信者が友人だったのでそのまま印刷される紙の行方を気にしながら　戸締りの確認をおこなった。
　印刷の済んだ記録用紙を毟り取ると　電話を留守録にして事務所を後にする。
　車の中でエンジンの暖気運転中に友人からのファックスに目を通す。
　この前会ったときに言っていた仕事を終えて老師への送金が完了したことや当分暖かい国で過ごす事が書かれている。
　当分戻らないので休憩所の本は処分しておいてほしいと最期に書かれていた。
　おそらく面白い情報を入手したのであろう。
　俺と友人の間に休憩所の該当する場所は一つしかない。
　俺は車を路地裏の古いワンショトバーへ向けた。

　店の看板の照明は点灯されていないが木目の扉にＯＰＥＮの札が掛かっている。
　これは招かざる客が居る合図だ。
　躊躇した俺は店を素通りして看板の照明が見える最大限の距離をとると、照明が付くまで待つことにした。煙草を吸って時を待つ冷えた地面から足元へ寒さが忍び寄ってくるころには、遠目でも分かる屈強な体型の二人組みの男が店を出てきた。
　それから２０分後には看板の照明が点いて周囲をぼんやりと照らし出す。
　怪しい二人組みが歓楽街から離れた事をマスターが確認できたようだ。

　寒さに震えながら店の扉を開くと、いつも友人が座るカウンターの奥に腰を掛ける。
　マスターは冷えた水をグラスに注ぐと俺の前に差し出すと　その手で欠伸を隠すような仕草で口を覆った。
　これは、店をすぐに出て欲しい合図だ。用心深いマスターは盗聴器の存在を恐れているらしい。確かに最近の盗聴器は小さいので仕掛けられたら目視では見つける事ができない。
　俺は立ち上がるとカウンターの下にある小さな棚に手を伸ばした。
　手に当たったものを掴むとジャニスのＣＤケースだった。
　友人が好むミュージシャンの一人だ。
　俺は預け物を入手すると複数枚の万札をカウンターに置いて店を後にする。
　マスターの用心深さにはいつも助けられているので安いものだ。
　車に戻るとイグニッションキーを捻り火をいれた。
　最近の車はキーレスが多いので俺の好みではない。
　確かに便利だがエンジンに火を入れるのは鍵でするのが習慣になっているからだ。
　低い回転でばらつくタコメーターを見つめながらチョークの働きが無くなるのを待つ。

　老師と面談してから周囲が騒がしくなってきたことは否定できない。
　面談した場所にも怪しい男が出没したことから、あの場所を知る京子が関与しているのはまず間違いないはず。
　俺の車は盗聴器や発信機が取り付けられていないことを毎日チェックしているからだ。　事実から考えると彼女と怪しい男達との関与を否定できない。
　但し、あの店まで探し出すとは並みの相手ではなさそうだ。
　友人が身を隠したのも何かを察知したことが原因だろう。
　ジャニスのＣＤケースを開くと“うらみぐさ”と描かれたＤＶＤが姿を見せた　
　ナビの下のトレーを引き出してセットすると地図から切り替わったモニタから再生が始まった。恨みなんて恐怖の映像は見たくないのだが・・・
　周囲に目を配りながらモニタを眺めると　見覚えのある十字架が映し出された。
　社長夫人と京子が痴態を見せたあの部屋だ。俺はとりあえず早送りをしてみる。

　気品溢れる美しい女が白いレオタード姿であの十字架に縛られていた。
　漆黒のストレートヘヤーが胸元まで垂れている。どこか欧米の混血を感じる容姿だが、瞳は黒く、泣き叫ぶ言葉は普通の日本語だった。
「お願い、、、放して、、、」
　彼女の前の全裸の黒人にカメラが移る　隆々とした上半身から凶暴な大きい凶器まで、隅々をモニタが映し出す。凶器からは既に透明な液が滴り落ちていた。
　その先走り液を手ですくいとると張り付けにされた美女の秘所になすりつける黒いマニキュアの手がアップにされた。
「止めて・・今日は危ない日なの・・お願いです　進一さんも放してください・・」

　秘所に伸ばす手からカメラが徐々に引いていくと　皮のボンテージスタイルに身を包んだ京子が現れる。
　京子の腰には黒人に負けないぐらいの大きな黒いディルドウが照明の光を受けて黒く光っている。美女の秘所から手を離すと京子は床に鞭を振るった。
「これが最期・・答えなさい。おまえはどちらがいいの？　おまえが選ばなかったほうは愛しの進一さんに受け入れてもらうわ　どちらが良いの？・・」
　黒人の足元には全裸の日本人男性がお尻を差し出すように縄で縛り付けられている。

　彼の口元の猿轡からは、くぐもった叫びにならない低音が漏れ出している。
「最期だから、彼の意見も聞かなくちゃ・・・」
　京子は後ろ手に縛られて尻を差し出している男の猿轡を外した
「俺は黒人は嫌だ・・頼む・・金なら幾らでも払う、ここで起きたことも人には言わない、絶対に秘密は守るから安心してくれ。その黒人が病気を持っていないと誰が保証してくれるんだ！　」悲痛な叫びが進一の口元から飛び出すと京子が感心したように
「良い所に気が付いたわね。サミーにはキャリアの疑いがあるわ　バイセクシャルだから今回ここに来てもらってるのよ　当然感染していると考えるべきね」
　京子はさらに黒人の肉棒から液をすくいとると　薫の口元に近づける。
「止めて！　お願い！　私もお金なら沢山あります。エイズは嫌！」
　今まで進一を守ることを口にしていた薫が本性を見せた。
「貴方が先に裏切ったのよ・・進一・・ごめん・・　私を貫いてください女王様・・」
　京子は美しい薫の言葉に満足しながら　腰のディルドウに黒人の液をなすりつけた。
「やっと誓いの言葉を言えたのね・・これでも・・誓える？」
　黒人の体液が付着したディルドウに薫は少し顔色を変えたが
「誓います　私を貫いてください女王様　私は貴女の命令に従います」
　次のシーンを見るのが嫌になった俺はさらに長く早送りする。

　今度は全裸の進一が猿轡をされた十字架に貼り付けられていた。
　太腿からは凌辱の印である鮮血と白濁した精液が流れ落ちている。
　力なく顔を垂れている進一に京子が近寄ると同じ状態の進一の肉棒に軟膏を擦り付けた。
　さらに黒人にも軟膏を渡すと・・
「これならどんな男でも・・すぐに固くなるわ・・」
　進一の足元には全裸の薫が、ひざまずいている。
「薫・・愛した男の精液を飲むのよ・・3分以内に飲むことが出来なければ・・おまえの体は後ろの男に任せるわ・・」
　京子は英語で黒人に指示すると彼は自らの凶器に薬を擦り付けはじめる。
「女王様　私には出来ません」懇願する薫を無視して進一に近寄る京子は
「貴方にも復讐のチャンスを与える　３分我慢すれば・・分かった？」
　猿轡をされた進一は大きく首を縦に振って復讐の決意を示す
「一度犯されたぐらいで感染するとは分からないけど　３分我慢できなければ　もう一度サミーがお前を抱きたいと言っているから任せるつもりよ・・頑張って我慢して」
　異常な事態と関係なく　媚薬のせいで進一の肉棒は極限まで張り詰めたように勃起している　薫は諦めたように進一の肉棒に唇を被せた。
「薫、フライングだけど見逃してあげる　スタート！」
　京子は狂喜の瞳で時計を眺めながら　ゲームの開始を宣言した。