８．

　今日から待望の夏休みだ…。と普通の奴等なら思うかもしれないが俺は少し憂鬱だ…。今日から兄貴のキャバクラでボーイのバイトを夏休み中しなくてはならないからだ。
「俊か？俺だ。」
「あっ、兄貴。」
　兄貴からの電話…。
「親父から聞いたぞ。相変わらず女を妊娠させたり喧嘩に明け暮れてるのか？」
「ちがうよ。そんなことしてないよ。」
「いっそ、俺の下で本物になるために修行しろ。」
「やだよ、ヤクザなんて。」
「まぁ、いい。店の方には話しを通しておいた。宮下という店長がいるから、そいつを訪ねろ。」
「うん。わかった。」
「あと、親父からの命令だ。俺の弟だというこｔy達も色々で怒鳴る人もいれば、近くに寄ってきて小声で励ましてくれる人もいる。
「おはようございま〜す。」
　ちらほら、女性も出勤してきた。すげ〜〜え。綺麗な人ばっか…。
「おい、女の子見てないで手を動かせよ。手を！！」
「は、はい。」
「おはよう。新しいボーイさん？」
「はい。よろしくお願いします。」
　嬉しい。女性が笑顔で話しかけてくれる。
「頑張ってね。」
「はい。」
　最高だぁ！！キャバクラ！！
「そろそろ朝礼を始めるぞ。」
　店内のセットアップが済むと女性が店内に座り、俺らボーイは前に立って店長の宮下さんが話しを始めた。売上のこととか、客に電話やメールをして動員しろとか…。
　最後に俺が一瞬だけ紹介された。
「松村俊です。よろしくお願いします。」
　頭を下げて、一言で紹介終わり。ん？美沙？なんか視線を感じた方を見ると美沙が俺を睨んでソファーに座ってる？そんなわけないか。別人だよな。
「今日も一日、頑張りましょう。よろしくお願いします！！」
　店長の一言で解散しボーイは持ち場に散って行った。俺は客のいない店内にいても仕方ないので、先輩の一人と店の前に立って客引きをさせられた。
「はい、キャバクラ。今の時間、１時間４千円で飲み放題。」
「どうですか、キャバクラ。１時間４千円で飲み放題。」
　道行くリーマンに、このセリフを言いまくった。」
「お前さぁ、素質あるよ。普通のやつは声が出ねえからな。頑張れよ。」
　いっしょの先輩は一応、褒めてくれた。でも、他の店の客引きと顔なじみなのか、道路の隅で、だべってるだけで仕事をしようとしない。まぁ、俺も慣れるまでは一生懸命仕事をしよう。
「可愛い子いる？」
「もちろんいますよ。２名様ご案内。」
　ピンマイクで店内にいる付回しのチーフとしゃべりながら客を店内に案内していく。結構、お客さんも入ってきた。
「おい、松村。戻ってこい。」
「はい。」
　チーフから呼ばれた。店内に戻ると店の中は客で一杯だ。
「すいませ〜ん。」
　女性が手を上げて、なんかジェスチャーをしている。朝礼のとき美沙に良く似ていてあせった人だ。でも、本当に良く似てる…。
「客がトイレに行ってるんだよ。おしぼりだよ。早く持って行け。」
　そうか、あの手つきは、おしぼりを持って来いってことかぁ。チーフに言われて、おしぼりを席に持っていく。
「私のこと忘れた？」
　立ち去ろうとしたとき、突然話しかけられた。
「美沙…。」
　やっぱりお前だったのかぁ…。嘘だろ！！ここで何してるんだよぉ〜〜！！
「超最低のボーイさん。灰皿と氷チェンジして。」
「はい。」
　それからが地獄だった。美沙に、あれしろこれしろとこき使われ、持って行ったドリンクを、あいつはわざと手を滑らせてテーブルに落としたり、俺をメチャクチャ困らせる。タバコを買ってきても頼んだ銘柄と違うと平気で嘘をつく…。
「美沙、あの日のことは謝るから、簡便してくれよ。」
「なんのこと？」
　謝っても許してくれない。っていうか相手にもしてくれない。ただ陰険ないじめが続くだけ…。当然、俺が悪いんだけど…、美沙、簡便してくれぇ〜〜〜！！

　バイトを始めて三日目。相変わらず美沙の俺への陰険ないじめは続いている…。でも仕事の方は慣れてきて先輩や女の子の顔や名前も憶えた。朝礼や終礼で、どの女の子の人気が高いかもだいたい分かってきた。驚いたことに美沙はベスト５に入っているようだ…。
「松村君、ちょっと話しがあるから。」
　店長に声を掛けられた。あと、美沙と人気ＮＯ１の真紀さんも…。
「松村君、慣れてきたみたいだから、二人の担当をしてもらうから。」
「担当？」
「まぁ、ベテランの二人に色々教えてもらいなさい。」
「はい…。」
　店長はそれだけ言ってスタッフルームを出て行った。
「よろしくお願いします。」
「よろしくね。松村君。」
　ＮＯ１の真紀さんが笑顔で接してくれた。本当に綺麗な人だぁ…。
「よろしく。」
　美沙は当然のように無愛想に返事をする…。
「松村君、お店が終わったら三人で食事にでも行こうか？美沙ちゃんは大丈夫でしょ。」
「はい…。別に用事はありませんから。」
「俺も全然用事ないです。ぜひ連れてってください。」
　真紀さんが誘ってくれてる。嬉しい！！美沙がいっしょっていうのが気になるけど、まぁいいかぁ…。俺は宙に浮いたように、客引きの仕事で外に飛び出した。
「松村、お前、真紀ちゃんと美沙ちゃんの担当になったんだって？」
　先輩がかったるそうに俺に声を掛けてきた。
「はい。店長に言われました。」
「まあ、頑張れよ。二人が売上落としたら、二人に代わってお前が店長に怒鳴られるんだから。」
「そうなんすか？」
「そうだよ。女の子が無欠したり、とにかく問題起こしたらお前の責任だから。」
「えっ？担当ってそうなんですか？」
「ましてや、二人が辞めてみろ。お前もクビだな。」
「…。」
　俺がクビになったら、それこそ親父や兄貴に、どんな目にあうかわからない。それは絶対にまずい。
「と、とにかく頑張ります。」
「とにかく頑張れ。」
　先輩から脅かしと励ましを受け一日は終わった。不思議なことに、今日は美沙からのいじめは無かった。担当になったからか？

「タクシーで行きましょ。」
　真紀さんと美沙と俺は店が終わったあと３人でタクシーに乗った。真紀さんが行き先を運転手さんに告げている。
「食事するところ遠いんですか？」
　なんとなく気になったので適当に聞いてみた。
「１０分くらい。私のマンションだから。」
「えっ？真紀さんの部屋に行くんですか？」
「そうよ。ダメ？」
「そ、そんなことないです。」
　予想もしなかった場所で驚いた。もしかしたら、真紀さんの手料理？

「綺麗な部屋ですねぇ〜。」
「適当に座って。」
　真紀さんに言われるがままリビングのソファーに座った。
「美沙ちゃん、ビールを持ってきて。」
「はい、お姉さま…。」
　えっ？今、美沙のやつ、真紀さんをお姉さまって呼んだかぁ？
「あんた、美沙ちゃんを、ぼろ雑巾のように捨てたんだって。」
　真紀さんの態度が変わった…。
「お姉さま、こいつ超最低なやつなんですぅ。」
　美沙がビールを持ってきて真紀さんの横に座って訴えてくる…。
「あんた、美沙ちゃんに、どうやって責任とるの？」
「責任？なんすかそれ？」
「捨てた責任に決まってんじゃん。」
　真紀さんお口調も厳しくなってきた。
「捨てたって…。１回やって終わっただけっすよ。真紀さんには関係ないでしょ。今日の食事ってこれですか？」
「こいつ、逆切れかよ！！」
「はぁ？」
「１回やって終わったで済むのかって聞いてんだよ！！」
「なんだぁお前。関係ねぇだろ。」
　真紀さんの凶変した態度に驚いたけど、これだけ女に舐められると俺も切れる。
「お前さぁ、口の聞き方なんだよ。お前はうちらの担当だろ。それに年下だろ！！」
「関係ねぇだろ。そんなの。」
「はあ〜ん。だったら、二人して、適当にお前のせいにして店を辞めてやるよ。お前もクビだよ。」
「おい、そんなん卑怯だろ。」
「卑怯？お前がいうセリフかよ。」
　確かに…。でも、クビはやばい。絶対にやばい。
「どうしろって言うんだよ。俺に。」
「口の聞き方。分かってるぅ、自分の立場？」
　この野郎…。こんなバイト関係ねえ〜よ。お前らふたり犯したろかぁ？とは絶対に言えない。危ない、あやうく切れるところだった。
「すいませんでした。俺はどうすれば良いんすか…。」
「どうする？美沙ちゃん。こいつのバイト代、全部貰っちゃおうか？」
「それだけじゃヤダ。」
「ちょっと待てよ。調子くれてんなよぉ！！」
　バイト代全部ってふざけんなよ。しかも、それでも足りない？ソープだって１回、３，４万だろ。
「そうよねぇ。それだけじゃイヤよねぇ。じゃ、どうしようかぁ。」
　俺の言うことを無視して、二人で楽しそうに会話している…。
「こいつが私にやった恥ずかしいことを、こいつにやり返したい！！」
「はぁ？」
　なんだ、その恥ずかしいことって。
「こいつ、俺は変態でサディストだから、縛ったり、鞭で叩いたり、ローソクを垂らしたりって…。」
「おい、美沙。確かに言ったけど、実際はしてないだろ！！」
「したもん。痛かったし、熱かったし。それに、お尻まで犯したじゃない。」
「そんなひどいことしたの？こいつ？」
「…。」
　絶体絶命のピンチだぁ…。

（続く）