ずっと愛してます5
羅衣 作
　第12話　世界中の誰よりきっと


　米国から帰国した１人の新たな若い美女が成田空港に現れた。
　数十人に達する同行者を従える彼女の名は、近衛桃子２１歳、女優中○美帆似で５大老アレス自慢の孫娘だ。

　彼女は名門ハーバード大学を飛び級で早期卒業を果たした秀才であり、米国の巨大投資会社に招かれて大活躍して既に統括マネージャー役職にあるスーパーエリートキャリアウーマンなのだ。

　中学進学時には既に大学生並みの学力であり、日本の教育の枠に収まらず早々に米国に留学した五摂家始まって以来の天才頭脳と称された存在だ。
　なにを隠そう九条家の瑠璃子が意識してライバル視していた存在こそ桃子なのだ。
　結果的には、桃子が学業でも、企業人でも、異次元のレベルであったために、早々に瑠璃子は現実路線に転換した経緯がある。
　五摂家の中では劣勢の近衛家であったが、次世代後継者の人材競争では桃子の存在感は凄まじくアレスの自慢であった。

　九条家以外の五摂家は、関西発「美あんず」席巻、百数十年間も不在であった「魔性」の女達が次々現れる事態に動揺し翻弄されて正直混乱状態であった。
　この事態に、「魔性」の因子を持つであろう娘達を各家総動員して体制の立て直し防戦一方であった。
　桃子は経歴からガリ勉のように思われるが、真逆な天真爛漫でキャピキャピキャラの「魔性」を持つ期待の１人でもあった。
　Ｍ＆Ａスペシャリストで突出しているゆえに、これまでは目立たなかったが５大老達にとっては瑠璃子と同じくらい期待している存在であった。
　
　規格外に優秀な彼女は、５大老達の管理範囲をはみ出して今では世界経済を動かすほどの影響力を発揮しており、彼女への本来の期待は諦めた感が強かったのだ。
　しかし米国に流失した才能は、５大老が知らないうちに実は開花していたのだ。
　仕事ばかりしているように見えて恋愛関係は超ド派手で、米国の名だたる財界の御曹司達や芸能人とゴシップな話題に振りまいており、現在の彼は将来は米国大統領になると期待される下院議員なのだ。

　男達を魅了して虜にして支配する理由は、既に覚醒している「魔性」のチカラによるものだ。
　元カレ達も彼女のことを諦めておらず、未だ熱狂的な支持者であるから、その人脈が彼女を最強に押し上げるのだ。
　それは彼女に敵対すれば、米国政財界において彼ら全てを敵に回すことを意味するのだ。

　現米国大統領にも個人的に面談できる影響力、そして動かせる経済規模が既に世界規模の彼女にとっては日本という国は小さく関心の対象外だった。
　彼女が日本で唯一関心があったのは、敬愛する祖父アレスだけだったかもしれない。
　孫娘に祖父から「美あんず」の話が伝えられて、にわかにオンナの時代が到来していて窮地の実家を帰国して立て直して欲しいとお願いされたのだ。
　もう数年間に渡って同様な要望をスルーし続けていたのだが、今回は唐突に彼女は反応した。

　経済人として、権力者として、そして女性として、充実している生活を送る彼女だったが、唯一未解決な自己啓発的な問題に囚われていた。
　それは「魔性」とはなにかという五摂家ですら明快な答えを導き出せない自分自身への問いかけだった。
　男達の異常なまでの自分への執着、そして自分に捧げられる無償の愛、それら全て彼女の頭脳明晰で論理的な頭脳でもってしても答えを導き出せずいたのだった。
　なにより性の快楽への自分自身に潜む動物的な貪欲な行動を抑制できない自己矛盾だ。

　「魔性」に目覚めた頃に直ぐに自身に違和感を覚えたが、米国という遠隔地にいたから参考にする事例もないし、それで困っているわけでもないので放置していただけであった。
　密かに自分で、これは幻と言われた「魔性」なのではと気がついていたのだが、だからといって帰国して５大老達の女神になるには彼女にとっては既に小さい事に過ぎず、捨てるものが多すぎて考える気も起きなかったのが正直なところだ。

　そんな中で「魔性」の女達が複数現れたと知ったのだった。
　急に桃子の中で、「魔性」とはなにか、自分は何者なのか、という自問自答が膨らんでくる。
　どんなに経済的に満ち足りても、男達との愛欲にまみれたセックスに溺れても、底なしの貪欲な快楽への渇望は決して満たされることがないのだ。
　それは自分自身への恐怖心でもある。

　桃子にとって数え切れない恋愛の果てで辿り着いた現在の彼氏は、今までで感じたことのないほどの深い劣情で惹きつけられている存在であった。
　俗に言えば結婚を初めて意識した相手であった。
　既に２度ほどプロポーズされて、２度とも答えを先延ばしにしているのだ。
　その理由が、自分自身は何者なのかという問いかけへの答えを出せてないことにあるのだ。
　彼女が前に進むには、その答えが必要だったのだ。


　空港で数十人の人種多様な集団を従える主は、一番年少で小柄の日本人女性であることは周囲から見ても明らかだった。
　ゆえに異様に目立つが、屈強なメンバーも多数居るので出迎えた空港スタッフですら気後れする状態だ。
　その集団の先頭を臆さずにどんどん歩いて行くので、皆が慌てて追従する様が滑稽でもある。
　出迎えた空港スタッフ達もあたふたしている状況だ。
　しかし当の本人はルンルンであった。

「ふう　やっぱり日本って遠いな」
「２年ぶりかぁ　お爺様お元気かしら」
「さてと 佳子　元気かな」
「あっ！！　あれ？」

佳子　「桃子　お帰りなさいぃ」

　桃子にとっては、綾小路佳子は同じ歳で幼少からの唯一無比の大親友だ。
　親類家族ですらほぼ交流無い彼女が、時間が許せば煩雑に会って楽しい時間を過ごす間柄だ。
　生き方は両極端な２人だが、だからこそお互い気兼ねせずものを言い合える関係を成立させていたのだ。


　佳子は幼少の頃から単独行動派だ。
　多人数で群れることを嫌い、他人と協調して行動することも苦手だ。
　彼女自身、１人で物事をすることを苦に感じないし、その能力も実行力もあるから困らないのだ。
　なにより立場的に取り巻きのような太鼓持ちが性に合わないのだ。

　そんな佳子にとっては桃子は唯一の例外だ。
　対等の五摂家子女同士で、なにより桃子が異次元の天才で佳子とは生き方や目指すものが違いすぎる。
　そして一番決定的なのが、遠隔地である米国に早々に留学してしまったことが大きい。
　ゆえに必要以上に距離が近づきすぎないし、適度な距離感で必要なときに、会いたい時に一緒に過ごすだけなのだ。
　これは桃子の方もその距離感と相対的な立ち位置が絶妙な心地よさだったのだ。


桃子　「えっどうしたの」
佳子　「てへへ　お出迎えに来ちゃった」
桃子　「あはぁ　ありがとう」
佳子　「だってぇ　桃子　めったに帰ってこないし」
　　　「貴重な瞬間は　見逃せないもん」
桃子　「ごめん　いつも来て貰ってばかりで」
佳子　「お気になさらず　遊びに行くには」
　　　「良い口実になってるから」
桃子　「そっかぁ　旦那様心配しているんじゃない」
　　　「うふふ」
佳子　「行きましょう」


　近衛家は佳子を伴って帰ってきた桃子に騒然としていた。
　２人が仲良しだというのは知っていたが、今ときめく佳子は九条家のセンシティブな存在だからだ。
　まして桃子は帰国についてはアレスと佳子にしか伝えないままで、実家には全く予告無しの里帰りなのだ。

　近衛家の内情は複雑だ。
　一応、桃子の父が当主ということになっているが、アレスの寵愛を一身に集めて、かつ飛び抜けて優秀過ぎる娘である桃子が全ての実権を握っている状況だった。
　結果的、父は桃子のお留守番のような立ち位置だったのだ。
　それが他家から見て、女に実権を握られた凋落した名門と映っていたのだ。
　残る家族達もそれが悔しい思いはあったろうが、桃子は全てが凄すぎて異論を唱えられない状況だった。

　その空気感は、使用人達にも伝わっている。
　一瞬にして、彼らは絶対者である桃子への気遣いで行動し始める。
　実際、桃子は実の母などの家族に一切興味も無いから挨拶もそこそこに、佳子と応接室に籠もって話し込んでしまう。
　そういうところは佳子の方が常識人だから、佳子が気遣いを見せるが桃子は大丈夫の一点張りだ。
　そこに訪問者だ。

　訪問者は桃子の実弟である近衛正輝（まさてる）１８歳だ。

正輝　「姉貴　やっと帰ってきたのかよ」
桃子　「おひさ　弟くん」
正輝　「まったく　呑気な」
　　　「糸の切れた凧　だよね」
桃子　「だって日本　退屈なんだもん」
正輝　「まあね　　あっ　佳子」
佳子　「お久しぶりね　正輝くん」
　　　「そう　東大合格おめでとう」
正輝　「えっ？　もう７月だよ　つれないなぁ」
　　　「そんなことより」
佳子　「あっ　えっ　ふぅっ」

　正輝は佳子の真横に座ると強引に引き寄せキスする。

佳子　「あん　駄目よぉ」
桃子　「えっ？　２人いつから　そういう感じなの」
佳子　「いや　違うの」
正輝　「違うも　なにも　俺の童貞奪ったのは君だよ」
佳子　「あれ？　そっだっけ？」
桃子　「そういうこと」
正輝　「俺が成人したらプロポーズするから」
　　　「待ってって言ったのに　裏切られた」
桃子　「まあ　そうなの」
佳子　「うふふ　ごめんなさい」
正輝　「まあ　俺は　まだ諦めてないよ」
　　　「もう　あの頃の俺とは違うよ」
佳子　「えっ　そうなの」
正輝　「つれないな　でも騙されないぞ」
　　　「あの熱い夜は　嘘偽りない」
佳子　「えっ・・・・・それは・・・」
桃子　「なるほど　そういうことか」
佳子　「えっ？」
桃子　「この子が急に成長したの陰に佳子ありなのね」
正輝　「それは言える」
　　　「俺は佳子に相応しい男になってみせるって」
　　　「やって来たからね」
佳子　「うんうん　良き」
　　　「あっ　えっ　うぐぅ」

　佳子は正輝の腕から逃れられず濃厚なキスに圧倒されてしまう。
　強がって突き放そうとしても、肢体の芯は彼を欲しているから強引にされるとキュンキュンしてしまう。

　佳子は半年ぶりに会った彼の急成長ぶりに狼狽えていたし、親友の弟との関係が親友にバレて気恥ずかしかった。
　正直、興味本位で当時中学生だった彼の童貞を奪った訳ではなく、本能的なものだった。
　当時少年であった彼に無限の可能性を感じて、一番乗りで試食して自分の存在を彼の中に植え付けたいと策謀したのだ。

　そして佳子が知りうる限り五摂家師弟の中ではダントツの才能に溢れる男子との見立ては間違っておらず、強烈な輝きを放ちだしていたのだ。
　ミイラ取りがミイラになりそうな状況の中、強がって彼の腕の中から逃れる。
　もちろん彼に未練はあるし、自らの選択についても思うことはたくさんあるが後悔はない。
　そんな感情を彼は言葉無くても理解してくれる。
　瞳で「ごめんね」と語りかけると、彼も瞳で「今は我慢するよ」と返してくれる。

　桃子にすれば、親友と実弟の濃厚な接吻を見つめているとむしろ親友に感謝の念が湧き上がる。
　彼女の知る近衛家は人材が枯渇して凋落の一途を辿っている状況であった。
　祖父から引き継いだ実父も実母も、そして叔父や叔母達も凡人ばかりであり、祖父が嘆く様を傍で見ていた桃子は悲しかったのだ。
　そんな家族の姿は優秀な桃子には耐えられなかった。
　逃げ出すように米国に留学した彼女を見送る祖父の悲しい瞳は今でも彼女を苦しめる思い出だ。

　日本から逃げ出した彼女に唯一手を差し伸べ続けてくれたのが、佳子だった。
　もとより桃子自身は女だったし、弟の存在があったから次期後継問題には関係ないとすら考えていたのだ。
　もちろん年少で留学した彼女も当時は余裕は無かったし、次第に学ぶ楽しさにのめり込んでいったのだ。
　その頃も帰国子女だった佳子は頼りがいのある友人であった。
　五摂家という名門子女同士という特別な絆もあるから家内の悩み事も共有することになる。

　駆け抜けるように社会人になると、自然と余裕が出来て実家に残してきた弟、正輝のことが気になる。
　日本にいる佳子に彼のことを見守って欲しいとお願いしたことも一度や二度ではない。
　そして佳子から伝え聞く、彼の成長ぶりに安堵したのも数え切れない。
　再会した彼は実姉である桃子ですら、トキメいてしまう程の笑顔を身につけた若者に成長していたのだ。

　男を成長されるのは極上の女の関与が最強の特効薬なのは、今の桃子自身も実感としてある。
　その役割を果たしてくれた親友に感謝しかない。
　ただ男が一流であればあるほど逆に魂を引っ張られてしまうのも女の宿命であるから、急成長していく彼の猛攻から親友を守っていくのが桃子の果たさなければならない役割だろう。
そんな女達の想いを越えてくるのが、男の熱い想いなのだと思い知ることになるのだった。


　正輝にすれば中学二年生の時に、姉の友人として認識していた佳子に誘惑されて童貞を失ったのだった。
　当時、高校生であった佳子は、年下の彼から見ても天使のような美しさだった。
　若い性欲は底なしだから、何度も彼女に縋りつきセックスに溺れていった。
　しかし唐突に逢瀬は終わりを告げる。

　もう彼女の肢体のことが頭の中で一杯なのに、もう子供だからここまでお終いと突き放される。
　何度も押し問答に近いやり取りを経て、LINEだけのやり取りだけは続けることを許される。
　それでも会うことは許されない日々。
　散々苦しんだ挙げ句に、彼女からもっと成長して、イイ男になって実力で自分を振り返らせてみろとの言葉に奮起する。

　勉強も頑張ったし、恋愛もセックスも貪欲に全力で駆けていった。
　常にLINEで相談にも乗ってくれるしアドバイスしてくれる彼女は、彼にとってはかけがえのない存在であり続けた。
　その中で、女性への思いやる気持ちやある種のリスペクトする考えも身につけていく。
　気がつけばガールフレンド多数の人気者になっていたのだが、それでも心にぽっかり空いた穴は塞ぐことが出来なかったのだ。

　東京大学法学部に首席で合格すると、自身の夢は政治家になって表舞台で国を動かすことに定めた。
　大学入学直前には佳子が結婚するというショッキングな出来事があったが、彼の佳子への熱い想いの火を消し去ることは出来なかったし、むしろそれは業火として燃え上がったのだ。
　彼自身も多忙だが佳子も多忙なので、会う機会もほぼ無い状況が続いて今日に至るのだ。
　だから姉に同行して現れた彼女を逃がす訳にはいかない。


　佳子にすれば何年も前の若気の至りだし、ずっと日常的にLINEでやり取りしている相手だし、なにより親友の弟で彼が成長する一助を担いたいとの想いも本心でもあったし、既に彼の気持ちも落ち着いていて多数のガールフレンドに囲まれて青春を満喫していることも知っているのだ。
　だからもう自分に対して、彼が未だ熱い想いを持っているとは思っていなかったのだ。

　もちろんそれを寂しいと感じる感情もあるが、自分は人妻になったとの区切りもあるし、新たに徹との関係に溺れているところもあるから、正輝は有望な子ではあるけど距離を取るのが賢明と割り切っていたのだ。
　「魔性」オンナ達の共通点として、自分自身への過小評価がある。
　彼女達を知った男達がどれほど執着するか、惹きつけられるか、を全く理解していないのだ。

　徹にとって郁美、デイビットにとって瑠璃子、凌にとって亜紀、真也にとって紗弥、多くの男達が彼女達に惹きつけられて、その存在が無かったらどれだけ空虚な人生を送ることになったかもしれないのだ。
　そして正輝にとっては佳子は、世界中の誰よりきっと最愛の女性であり続けるのだ。


　そういった男の想いには不思議と当事者のオンナは気がつかないものだ。
　これが自身の過小評価の結果だろう。
　しかし第三者になると目敏く察するという摩訶不思議な現象が起きる。
　佳子と繋いだ手を離そうとしない弟の様子に、桃子は熱い情熱を感じて眩しく感じるのだ。
　同時に弟の成長を実感するのだ。

　そういう男を愛おしいと思う感情が抑えられない。

「そうよ　これよ」
「この熱い想いが　わたしを狂わしてしまうもの」


　佳子は手の温もりから伝わる若い男の情熱に心が揺らぐのが分かるから焦る。
　佳子は恋多き人生を歩んできたし、選んだ男達は皆魅力がある者達ばかりだ。
　贅沢に物色した挙げ句に、打算と野心もあって魅力的で才能溢れる綾小路優貴を伴侶に定めたのだ。
　彼女が動けば男達も動き、早々に西園寺勇人は新たに出会った女性の元に去っていた。
　自分自身も、別の女性の夫である徹の素晴らしさに目が眩んでいたのだ。

　男と女の惹かれ合う物語は、１つの変化で玉突き事故のように連鎖反応を起こしていく。

　欲張りなオンナは、去って行く男にそれまで感じなかった未練を感じるから一抹の寂しさを覚える。
　それを他の男で埋めようとしてしまう。
　そんなタイミングで自らセックスの世界に導いた年下の男が、数年経っても変わらず自身に熱い情熱を注いでくれることに嬉しい気持ちもあるから立場からくる理性との狭間に迷いが生じるのだ。

　幾つかの押し問答のようなやり取りの後に、若さ迸る情熱に晒されてうっとりしてしまう。

正輝　「俺は　ずっと　そして今も　佳子のこと」
　　　「ずっと愛しているんだ」
　　　「これからも　ずっと　ずっと」
　　　「世界中の誰よりきっと　一番佳子に」
　　　「ふさわしいのは俺なんだ」
佳子　「正輝・・・・・」
正輝　「俺は　決して諦めない」
　　　「いつか　君を振り向かせてみせる！！」

　桃子は、弟の成長ぶりに唖然とするしかなかった。

　２人のオンナは、若い男の情熱エネルギーに圧倒されつつあった。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2023年9月23日掲載
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