【レベル　１】

　店をしばらく臨時休業することになると、ダメ人間な僕はさらに自堕落になってしまいそうで、さすがに危機感を感じていた。
　こうなったら、一日でも早い再開を目指すのがベストなのだが、この量の本を前にすると、どこから手をつけていいか、まったく思いつかない。
　さすがにいつもより早起きして、店への入り口の前で唸っていると、台所にある勝手口がガチャリと開く音。
「あ、こじろ〜さん、早いですね」
　と笑顔で入ってくる瞳ちゃん。良い事ですとテーブルに本日の朝食のお握りをおいて、薬缶を火にかける。
「しかし、どっから手をつけたモンかねぇ」
　僕も席につき、お握りを手に取りパクつき始める。
　まず、雪崩れな本を何とかするところから始めないといけないのはわかっているのだが、その労力、考えただけで気が滅入る。
「わたしも手伝いますから、がんばりましょ」
　とやる気を見せるのは瞳ちゃん。その様子が可愛いので、思わず顔が綻んでしまう。
「まずは、本のサルベージからかなぁ」
「さるべーじ、ですか」
　うちの古本屋、親父が趣味を高じさせたのモノなので、取り扱う本がかなり偏っている。若年層が喜びそうなマンガ等は一切なく、あるのは古今東西のミステリー小説と時代小説が大半。今回崩れたのは、昭和四十年代メインのミステリーの文庫棚がメインだった。　親父の自慢の、シャーロックホームズの二十世紀初頭に出された翻訳版とか、池波大先生の鬼平犯科帳初版サイン本とかが被害にあっていたら、親父は心臓麻痺を起こしていたかもしれない。
　被害にあったのが、一冊百円とか二百円の棚なので、金銭的にはそんなに被害はないか。とりあえず、一冊一冊拾って、ダンボールにでも詰めてから、新たに棚を新調する。そんな感じだろう。
「ダンボール、うちにあったっけ？」
「う〜ん、そんなに無いと思いますよ」
　ならダンボールの調達からか、と淹れてもらったお茶をずずっと啜って今日の予定を立てる。
　腹もこなれたので、なんか脱力してしまっている。皿を洗っている瞳ちゃんをボーっと見ていると、なんか忘れモノをしたような気がしてきた。
　ピンと来た。いかんいかん、大事なことを忘れていたぞ、僕。
「瞳ちゃん、ごめんごめん」
「ん、なんです？」
　謝り近づく僕に、キョトンとする瞳ちゃん。この人の警戒心は、生まれたての子犬並のようで、毎日セクハラされているのに、僕の接近に何の対応もしない。
「朝の挨拶、忘れていた！」
　と、本日は上を先に攻めることに決定し、瞳ちゃんの背後からまた、胸を両手で掴む。
「へみゃ！」
　よく毎日、違う発声が出来るなと感心する、瞳ちゃんの悲鳴。ようやく一日が始まったって感じがする。
「あ、あ、あさの挨拶じゃ、ありません、よ、それ」
　切れ切れの声での抗議、手には布の感触があったので、不平ももらす僕。
「またブラしてる、瞳ちゃん。外してって言ったじゃん」
　なんとなくだけど、瞳ちゃんが気持ちよくなる揉み方が分かってきた。丹念に円を描くように、両の乳房を捏ねるような感じで触る。ビクンビクンと跳ねるように、瞳ちゃんが反応するのを腕の中に感じていた。
「だ、だって、ハズカシイです・・・」
　抵抗のつもりなのだろう、僕の手に手を置くようにして、動かすのを止めてくれ的な意思を示している瞳ちゃん。僕を見上げる涙目な瞳が、色っぽく艶っぽくて、なんかドキっとした。
　瞳ちゃんは、今日は白基調のＴシャツに膝丈のスカートという大人しめないつものスタイル。夏も近いので、どんどん薄着になっていくのが嬉しい。
「いいじゃん、僕と瞳ちゃんの仲なんだし」
　掌の中で硬くなっていく瞳ちゃんの乳首。実際見たことはないけど、身体の割りに大きい気がする。
　じゃあ、今日こそは、つまんでやろうと考えた時、このセクハラ風景にある違和感を覚えた僕。なんだろう、この感じと考え、すぐ答えが出た。
　親父が居ないから、この家は二人っきり。親父にバレたら勘当モンなので、いつもはキリがいいところで切り上げるのだけど、今日はそのストッパーがない。
　ってことは、やりたい放題？
　背筋を戦慄に似た衝撃が駆け抜けた。この僕の腕の中で力なく抵抗しているつもりの瞳ちゃんに、やりたい放題？
　ここで彼女を押し倒しても・・・・・・　とそこで僕の思考は首を横に振る。いや、違う。
　僕は瞳ちゃんとセックスをしたい、そんな感じじゃないと思う。この欲望の種類は。
　うまく言えないんだけど、僕の瞳ちゃんに向いている欲望は、彼女が抵抗しない状況で、じっくりイジメルことのような気がする。
　瞳ちゃんを無理に犯したら、僕らの関係はそこで終わりのような気がする。だから、僕がするのは、したいのは・・・・・・
「ねぇ、ブラはずしてよ、瞳ちゃん・・・・・・」
　耳たぶを軽く噛む。
「はふ、だ、ダメです・・・　あ、あぁん！」
　耳元で囁くように僕は続けた。
「外してくれないと、ずっと触ってるよ、僕」
　その言葉じたいに、瞳ちゃんはビクンと反応した。今にもこぼれそうな涙目で、僕を見る。
　右の掌の動きを止めて、指で乳首を探り当てる。やっぱり、少し大きめな気がする。
「で、でも、は、恥ずかしいです・・・・・・」
　こんな軽い脅しで、瞳ちゃんの心の天秤は肯定の方に傾いてくれている。この人、いじめている本人の僕がいうのもなんだけど、Ｍっ気強すぎじゃないだろうか？
　右の乳首をつまみ始めた。あまり強くない力でやっているんだけど、瞳ちゃんは首をのけぞらせて反応している。見上げるように僕を見ている瞳ちゃん、その目からは、別の光が宿っている気がした。
「大丈夫、瞳ちゃんなら出来るよ」
　傍から見たら、意味がわからない励ましを送る僕。その僕の後押しを受け、瞳ちゃんの心が揺らいだのがわかった。僕のいたずらに応える息も心なしか荒くなっている。
「ね、頑張って」
　と、首筋に唇を這わせる。ゾクゾクと瞳ちゃんが震えるのがわかった。首も弱いようだ。
　しばしの逡巡が感じられたので、手を動かすのを止めてみる。上気した顔を伏せ、考える仕草を見せる瞳ちゃん。
「は、はい、わ、わかりました・・・・・・」
　とコクンと頷く瞳ちゃん。心の中でガッツポーズに万歳三唱の僕。よく押した、押し切った！
「で、でも、どこで外せば・・・」
　せっかく決断してくれた瞳ちゃんの気をそぐのはマズイと判断した僕は、ある提案をする。
「じゃあ、僕は部屋で外しておいでよ、下で待ってるから」
　と促しながら、背を押して階段まで連れて行く。
「はい、わかりました・・・・・・」
　小声で答え、トントンと階段を上っていく瞳ちゃん。階段の傾斜が急なおかげで、ちょっとだけ、パンツが見えた、今日は青白の縞パンのようだ。
　一人になると、少し暴走気味だなぁと自省する。これからの僕の望む展開としては、瞳ちゃんを傷つけないように、セクハラ度をアップさせていくことか。
　う〜ん、でも、どこまでやれるんだろう、セクハラのくくりで？　僕にも少しは性欲はあれば、征服欲のようなモノもある。でも、それをあからさまにぶつけるのは、やはりよくないだろう。瞳ちゃんが僕の行為を、神様のような広い心で許容してくれているからといって、調子には乗っても、油断してはいけない気がする。焦らず、じっくりと時間をかけてこの行為を続けていこう。
　僕の最大の楽しみで趣味なんだから。
　考えがなんとなくまとまったところで、トントンと瞳ちゃんの気弱さを表すような階段を降りる音がした。それがピタッと止まり、次に出てきたのは、ニョっと赤い顔を出す瞳ちゃん。
「は、は、外してきました、よ・・・・・・」
「ご苦労様、で、何やってるの？」
　壁があって、瞳ちゃんの全身は見えない。わかっているけど、訊いてみる。
「恥ずかしいんです・・・・・・」
　こういう反応をみると、この人は本当に三十歳なのかと考えてしまうくらい可愛らしい。
「こっち来ないと、僕があがるぞぉ」
　と、手をワキワキといやらしく動かし、陽動すると、ビクッとした瞳ちゃんは、諦めた顔になり、ゆっくりと階段を降りてきた。
　赤い顔を背け、手を後ろに組んで、拗ねたような顔をしている。手には、外したらしいブラを所在無く持っていた。こっちは、白か。
「・・・なんで、ブラを外さないといけないんですか、私？」
　この拗ねた顔は、理不尽を悟った為のよう。でも、その理不尽を実行してくれる瞳ちゃん、ますます大好きになってしまう。
「僕の崇高な趣味の為だと理解して」
　むーっと少しご機嫌斜め顔のまま、僕の向かいに腰を下ろす。顔はこっちに向けてくれない。怒っているぞ、と意思表示中らしい。
「で、悪いんだけど瞳ちゃん、お茶淹れて」
　怒った瞳ちゃんは、ただ可愛いだけなのでなんの脅威にもならない。僕が何気なく頼んで、湯飲みを渡す。
「あ、はい」
　怒った顔をすぐに改め、あっさり承知して、湯のみを持って立ち上がる瞳ちゃん。ブラは椅子に置いたようだ。　　
　よっと、瞳ちゃんが後ろを向いた隙に、椅子に放置された脱ぎたてのブラジャーに手を伸ばす。まだ暖かいそれを手に取り、マジマジと見つめる。女性の下着を手にとって観察するのは初めてなので、興味深い。
　デザインは地味めで、瞳ちゃんの性格そのもののよう。これであの感度のいい胸を押さえているのかと思うと、感慨深く思えてしまう。
「わぁ、だだだだダメですよ、それ！？」
　お茶を持って振り向いた瞳ちゃん、僕が手にしたブラを目にして、あわてている。
　湯のみをドンと置くと、ジタバタしながら、僕のところにくる。
　ブラを取り返そうと手を伸ばすけけど、運動関係が全般苦手という瞳ちゃん、その手の追求を逃れるのは座った状態でも容易かった。瞳ちゃんは僕に抱きつくように密着して、必死に手を伸ばしている。
　そのおかげで、生の胸の感触を、身体のあちこちで確認できた。柔らかさ、三倍増しってところかな。
　早く直に触りたい欲求がもたげたけど、それは一先ず置いておく。明日の楽しみとしよう。
「かえしてください〜〜」
「はいはい、わかりました」
　動きが面白いので、もう少しからかいたかったけど、ころあいを見て、ブラを瞳ちゃんに返してあげる。
「も、もう、ダメですよ、人の下着をさわっちゃ・・・・・・」
　ブラを取り返したことに安堵したのか、瞳ちゃんはホッとした様子で、席に戻る。
「瞳ちゃんだって、僕の下着さわってるじゃん」
　と笑いながらの僕の抗議に、また顔を赤らめる瞳ちゃん。彼女は僕の洗濯もやってくれているので、当然、パンツも触っているはずだ。
「あ、あれはお洗濯だからいいんです、お義父さんのパンツも触ってます」
　そんなことまで生真面目に宣言しなくてもいいと僕は思うのだが、それが彼女の人柄なのだろう。
　ほほえましいったらありゃしない。
　新しく淹れてもらったお茶も飲み終え、僕は背筋を伸ばす。瞳ちゃんといえば、その間も、手に持っているブラジャーを、どうしようかとキョロキョロしていた。
「んじゃ、いつまでもセクハラしてちゃ進まないから、始めようか」
　とりあえず、今日はここまで、と僕は瞳ちゃんに呼びかける。彼女の性格的に、やらなきゃいけないことをやらないで、放置していたら、僕への心象が悪くなりそうだし。
　一瞬、キョトンとした瞳ちゃんだが、安心したようにハイと頷き、立ち上がる。ブラはしかたなく、椅子に置いたみたいだ。
「僕は、ダンボール買ってくるから、瞳ちゃんは掃除でもして待ってて」
「わかりました」
　サンダルをつっかけ、近所のホームセンターへ向かうことにする。外に出ると、夏がすぐそこに来ているのがわかる暑さだった。