その7：綾乃（1）

　次の日、新宿の風俗店が立ち並ぶ界隈に藤井はいた。
　秋恵の娘綾乃に関して、里子が藤井に興味深いレポートを出しており、それを読んで藤井は、この展開までを予定に入れた。
　藤井がその一軒に足を踏み入れると、妙に腰の低い従業員が店のシステムの説明を始めた。セリクラと呼ばれるこの店は、オークションのように代わる代わる女の子が壇上にあがり、客同士が競りの形式で値を上げて「落札」した客が、その女の子を店外に誘い出すしくみになっていた。

　店内には藤井の他には気の小さそうな中年のサラリーマンが一人いるだけだった。
　やがて、一人一人女の子が従業員に連れられて壇上に上がってきたが、藤井は一切動かなかった。しかし何人目かにその少女が現れたとき藤井の目つきが変わった。

　身長は150センチに満たないだろうか、少し丸っこい体つきで、制服の紺色のカーディガンの上からでもわかる大きめの胸。
　スカートから伸びるやや太めの白い太腿。 愛嬌のある顔だが気の強そうな大きなくりっとした目は間違いない。秋江の娘、綾乃であった。

　この店では「まりな」と名づけられていた綾乃は、童顔ゆえかロリータ系の需要があるらしく、実際その嗜好を持つと思われる藤井の隣に座っていたサラリーマンが勢いよく札をあげた。
「いっ一万！」
　冷静な顔で藤井も札をあげた。
「乗せて1000」
「いっ！一万5000！」
「乗せて1000」
「二万！！」

　ずり落ちる銀縁メガネを指で上げながらサラリーマンが藤井を睨んだが、藤井は目を合わせず続けた。

「乗せて1000」

　サラリーマンが呆然とした顔で札を下ろし、綾乃は、いや「まりな」は藤井が落札した。

「伊藤さん！ごめんねぇ！」
　綾乃は拝む仕草で台から降りると、藤井の元に歩いて来た。
「よろしく！まりなでぇす」

　昼下がりの新宿の街は、まだ学校が終わってない時間とあって制服姿の綾乃を連れて歩くと少し目立ったが、この街はそんなカップルをいちいち振り返るような奇特な人間はいなかった。

　腕を組んでいる綾乃の胸が、藤井の腕に当たる。わりと大きめの胸でDカップくらいという所だろうか、母親もおそらくこの時期はそれくらいあったであろう。

「よかったぁ！あの人ぉ、うち嫌いだったんだよね」
「最近の女の子は『あたし』じゃなくて『うち』って言うのかい？」
「えー普通だよぉ！」
　この時期の少女は宇宙人と同じである。「普通」の概念を議論してもしょうがない。
　藤井はさっそく本題に入った。
「いくらだ？」

　綾乃はあっけらかんと答えた。
「デートだけで1万。ホテルはゴム付きでフェラ2万。エッチはもう3万。」
　藤井は吹き出してしまった。
「冗談だろ？女子高生なんてブランドはもう地に落ちているんだぜ？もっとも地に落としたのは君たち自身なんだけどさ」
　綾乃はきょとんとしていた。

「生で中出しありでせいぜい2万5千ってとこだな。それでいやならここでさよならだ」
　藤井が内ポケットから財布を取り出そうとしたら、綾乃は不機嫌そうになった。
「…いいよ」
「デート代は1万だったな」
「違うよ…2万5千で」
「生で中出しありだな？」
「…いいよ」
　ヤクザの経営するスナックでもあるまいし、藤井からぼったくるなんて10年、いや20年早い。実際綾乃の客は、さきほどの伊藤のようにケチな客が多く、2万5千円出す客は逃がしたくなかったのだ。
　コマ劇場の裏通りにあるラブホテル街に入ると、藤井はできるだけさびれた感じのホテルを選んだ。

　殺風景な部屋に入ると、綾乃は無言で制服を脱ぎ始めた。
　丸っこくくびれた綾乃の肌を包む下着は、上下おそろいの黒で制服には不似合いなくらいに派手目のものだった。