５．

　健治は自宅に戻ると、早々にリビングで缶ビールを開けていた。
　もちろん、そこに中西の姿はない。
　台所で家事をこなす奈津子を余所に、淡々とビールを流し込んでいく。
「そういやあ、あいつ大丈夫だったのか？」
「ええ、昼頃帰ったわ．．．まだ、酔ってたみたいだったけど。」
「そうか。かなり飲ましちゃったからなあ．．．ところで、お前に話があるんだが。」
　健治はEDの事を妻に告白しようとしていた。
「えっ！？．．．な、何？」
　急に静かな口調になった夫に動揺する。
　まさか自分たちの関係がばれたのかと感じ、その焦りから顔が強張った。
「ごめんない、今日は何だか疲れちゃって．．．悪いけど、先に休ませてもらうわ。」
　奈津子は本当にクタクタだった。
　それもその筈である、昼食を摂った時以外和室に篭りっきりだった。
　中西の底無しの性欲は、夕方まで奈津子を離さなかった。
　夫と目も合わさず、そそくさと二階へ消えた。
　健治も告白のタイミングを逃してしまった。
　…ちぇっ！なんだよ〜折角決心したのに…
　このタイミングの遅れが、さらに夫婦の溝を広げる要因となる。
　だが、上機嫌な事に変わりはなく、一人だけの晩酌は夜遅くまで続いていった。

　次の日の夕方、健治は言われた通りクリニックへ電話を入れていた。
「電話お待ちしてましたわ．．．早速で申し訳ないんですけど、今から当院へお越し願いますか。」
「えっ？今からですか．．．」
「いろいろ治療法について相談したい事がありますから。」
「わ、解りました．．．何とか都合付けて伺います。」
　会社から自宅へ連絡を入れてから、明日の会議の準備を済ませて、そのままクリニックへ直行した。
　黄昏の街に車を走らせていく。
　結局、到着したのは電話をしてから１時間後の事だった。
　すでに入り口のガラス扉にはブラインドが下ろされ、閉院のサインボードも掲げられていた。
「ちょっと遅すぎたかあ．．．」
　入り口でウロウロしていると、突然ブラインドが上げられた。
「お待ちしてましたわ。」
　結城真琴が立っていた。
「すみません、先生。もっと早く着く予定だったんですが。」
「お気になさらないで．．．どうぞ。」
　女医はにっこり笑って、健治を招きいれた。
　静寂の院内に誘う結城の手招きに、変な期待感が湧く。
　それに何だか様子が、というより雰囲気が変わっていた。
　髪を後ろで纏め、唇もルージュの色使いのせいか、妖しく潤っていた。
　昨日と同じ廊下を、女医に従って付いて行く。
　妻とは異なる女体のフェロモンが、一瞬鼻を霞めた。
　さらに廊下の奥を進み、メンタルセラピーと書かれた部屋に通された。
　向かって右にデスクと診察イス、反対に木製のセミダブルのベッドが置かれていた。
　少し緊張しながらイスに座った。
「あのう、もう時間外だったんじゃないんですか？」
「いいの、頼んだのは私なんだから。それに医者に時間の拘束なんてないわ。」
「すみません．．．それで治療法の話というのは。」
　結城女医もスチール製のデザイナーチェアに腰を下ろすと、スカートからすらりと伸びた脚を組んだ。
「まず、ED治療というのは薬を使用する事が一般的なの。聞いた事あると思いますけど、バイアグラは知っていますよね。」
「はい、知っています。」
「だいたいの治療では、これを使用します。バイアグラの場合、即効性もあるし副作用も滅多に起こりませんから。」
　健治は、女医の言葉に納得しながら、話に聞き入っていく。
　しかし、どうしても悩ましい脚に視線が向いてしまう。
「でも、あなたの場合、まだ年齢もお若いですし、バイアグラを処方する必要はないと思います。」
「どういう事なんでしょうか？」
「つまり、メンタル的な治療とそれに伴うトレーニングをお勧めしたいんです．．．少し時間は掛かりますけど。」　
「それで、どういった治療をすれば．．．」
「今日は、あなたの心に秘めた本心を引き出す、云わば催眠療法をベースにした事をします。」
「えっ、．．．催眠療法？」
「そんな驚かないで、最近ではこの方法も有効なんですから。」
　女医は、デスクの上にあった錠剤を手に取った。
「これは、レム睡眠を誘発させる薬です。睡眠薬の様な強いものではありませんから．．．さあ、これを服用して下さい。」
　錠剤と一緒にコップの水が渡された。
「ほんとに大丈夫なんですか．．．？」
　健治は少し不安になり、結城女医を見た。
「私を信じて．．．それに完全に眠りに入るわけではなく脳は起きている状態になりますから。」
　覚悟を決めて呑み込んだ。
　しばらくの間、女医のEDに関する話と知らぬ間に流れていたヒーリング音楽を耳にしていると、すっーと体の力が抜けていくのが解った。
　女医に付き添われベッドに体を預けた。
　ふわふわした感覚に囚われていく。
　見えていた天井の模様が、少しづつ暈やけていった。
　そんな健治の様子を見て、結城女医はゆっくりと立ち上がった。
　幼子を見守るように健治に寄り添い、治療とは懸け離れた行動を始めた。
　純白の白衣を悩ましげに脱いでいく結城。
　隠されていた二つの肉房のボリュームが、紺のブラウスの上からはっきりと自己主張していた。
　レム睡眠に入った健治の体に手を伸ばす。
「あら、以外にたくましいのね．．．うふ。」
　医者らしからぬ色気を漂わせ、ワイシャツのボタンを外しに掛かる。
　無駄な脂肪のない引き締まった上半身と共に、柑橘系の淡い匂いが女医を刺激した。
　胸元を肌蹴させると、手の平で擦りながら顔を埋めていった。
「．．．ああ、素敵。久しぶりの若い肉体だわ〜」
　顔全体で、男の温もりを確かめていく。
　健治も僅かに反応し、微かな吐息を漏らした。
　すでにトランス状態に陥っている様だ。
　いまだ眠っている体に対し、脳細胞は活性したままだ。
「あなたは素晴らしい男なのよ〜もっと自信を持って〜」
　蕩ける様な女医の言葉が聞こえる。
（何だ、この感じは．．．体が熱い）
　男性ホルモンが下半身に分泌されていく。
「男の本能を曝け出して．．．」
　女医の手が股間を弄り始める。
「．．．あ〜いい気持ちです．．．」
　目を閉じたまま、健治が反応した。　　
　脳の欲意識が限界を超えた時、一気に下半身を覚醒させた。
　先ほどまでフラットだったスラックスの股間部分は、見事なまでに膨張していた。
　結城女医はその方向に振り向くと、さらに奮起させようと激しく揉み出した。

　結城真琴、彼女には裏の顔があった。
　と、いうより性癖だった。
　治療に託けては、お気に入りの男性患者に淫術をかける魔性の女だった。
　しなやかな手付きで健治の肉分身を取り出した。
　そこにはここ何日かの性欲衰退からの復活が、証となって聳えていた。
　女医は吸い寄せられる様に唇を近づけていった。