鞭を執れ
はちみつ太郎 作
２８．


　あずさは、小春の声が入らない状態を１５分ほど聞いていた。

　それまでの会話の内容は、籠った音で聞き取れにくいが、ＭＡＤが手配した別の男と小春が交わっていることまでは、把握できた。

　音声のないガサガサ音だけの状態を続け、２０分が過ぎたとき、あずさは、小池に確認の電話を入れる。

「もしもし、お休みですか？」

「あぁ、どうした。」

「動きがありそうです。」

「そうか、どういう？」

「２０分ほど音声が入りません。」

「最中ではないのか？」

「その声も、ない。」

　小池の声が消え、確信を求める言葉を発する。

「グレー事態。」

「グレーか、お前一人か？」

「はい。」

「機動隊は？」

「二人での行動です。」

「機動隊の声は？」

「入っていません。」

「盗聴器の故障は？」

「それも捨てきれません。」

「ＭＡＤはいるのか？」

「いえ、確認はできませんが、車はありました。でも、声は入っていません。」

「そういう、プレイ中なのだろう。」

「判断できないので、お伺いをたてました。ご指示を。」

　小池は少し時間を置き、指示を出す。

「１時間放置。グレーから黒に変わるようであれば、残留物からの追跡とせよ。」

「ですが、どちらかが、先に始末、、、。」

「残留物、Ｎシステムからの追跡は短時間でできる。追尾はリスクが大きい。」

「今までの遺体が上がるまでのラグは？」

「拉致されてから、３日ほど。」

「３日あれば、Ｎシステムからでも追跡は可能だろ。残留物からの証拠も挙がる。人物の特定は可能だ。」

「、、、。」

「不満か？」

「いえ、指示に従います。１時間放置し、再度指示を仰ぎます。」

「それで頼むよ。」

　音声通話は終了し、もう一度盗聴器の音量と出力を調整する。かすかな、音は聞こえるが、肝心な言葉が聞き取れない。

　３０分の後、一言だけ不鮮明な声が聞こえる。

「ふく、、、しょ、、ちょう、、、の、、、。」

「副所長？」

　ＭＡＤの役職名を照らし合わせる。

「アストラス生命　広山営業所　副所長。」

「ＭＡＤがいるのかしら？」

　不明瞭なまま、ＭＡＤがいると確信したあずさは、１時間後の小池への具申の内容を考えている。



　午後０時を回る手前、小池への意見具申の時間だった。

「桧山です。」

「どうだ？」

「はい、ＭＡＤがいる気配があります。」

「そうか。音は戻ったのか？」

「いえ、かすかにＭＡＤの呼び名を読んだ音声があったので。」

「そうか、では、グレー事態のままで、黒に変わるまで様子見だな。」

「はい、申し訳ありません。」

「一度現場の前の様子を見ても良いのでは？」

「はい、１時に予定しています。」

「そうか。ご苦労さん。」

　電話を切ると、今までのガサ音が無く異様な静けさがヘッドフォンから伝わる。

「帰った？」

「まさかね、。」

　小春のスマホ位置情報はＭＡＤの自宅のままだ。車を移動の準備を始め、あずさは小春からの連絡をスマホを握り待った。


　１時が過ぎ、ＭＡＤの自宅前をあずさのハイブリッド車が時速１０ｋ程度で通過する。

　玄関の照明は点いているが、リビング、寝室、などの照明は点いていなかった。裏の駐車場に移動すると、あずさはＭＡＤの契約駐車場に計の車両だけが残されている。

「いない？」

「ＭＡＤの車で移動した？」

「位置情報は、、、自宅のままか。」

　もう一度車をＭＡＤの自宅前に回し時速５ｋに落とし、玄関前の様子を伺った。

　同じく玄関の照明のみ点灯で、それ以外は消えたままだった。

　少し離れたコンビニで、登録したサイトを開く。

　ＭＡＤの名のある投稿を探している。検索してもＨＩＴしない。

「どういうこと？」

　システムエラーと考えているあずさだが、何度繰り返してもＭＡＤの投稿はＨＩＴしないでいた。

「退会なんてしないわよね。」

「排除されたかしら。」

　いかがわしいサイトをＰＣ上で覗き込み、運転席で検索していると、所轄警邏の職質を受ける。

「すいません、ちょっといいですか？」

「あ、、、。」

　ＰＣのディスプレイを閉じようとすると、警邏の若い巡査は、不審に感じ、あずさに車を降りるよう命じた。

「何見てました今？」

「いえ、なにも、、、。」

「少し降りていただけますか？運転免許証を出してくれます？」

「え、、、、。これでも、、、だめ？」

　あずさは、警邏の巡査の持つものと同じバッチを見せた。

「あ、失礼しました。」

「敬礼なんてしないで、張り込み中。」

「申し訳ありません。」

　警邏の巡査は、後ずさりしながら、パトカーへ戻った。

「どうした？問題なしか？」

「いえ、同業者でした。」

「所轄？機捜？」

「いえ、わかりません。女性です。」

「何してた？張り込み？」

「いやぁ、、、なんか、ＰＣ開いて、。」

「何見てた、検索？」

「はい、、、ちら見えですけど、エロサイト、、、無修正っぽい。」

「はぁ？女の警官だろ？な、わけない。」

「いや、まじです、でも、結構美人です。」

「見たことあるやつ？」

「いや、ないっすね。」

「偽のバッジじゃないか？」

「そんな雰囲気無いっす。」

「よし俺が確かめるわ。」

「おまえ、番号検索しろ。」

「はい。」

　無線でナンバー照会をし始めると、巡査部長の方がパトカーを降り再びあずさのもとに向かう。

「ごめんなさい、もう一度、証明するものを見せていただけますか？」

　コンコンとされた後にＰＣモニターを閉じる。同じサイトを見逃すことはなかった。

　巡査部長はあずさに窓を開けてもらう。

「先ほどお見せしましたが。」

「偽物も出回っておりますので、パトカーへ来ていただけますか？」

「張り込み中ですけど、、、。」

「どうも、若いのが張り込み中に似合わないサイトをご覧になっていたと。」

　あずさは、バツが悪そうにＰＣのモニターを抱える。巡査部長はその動きに怪しさを感じた。

　承諾したように、パトカーへ向かうあずさ。

　後ろを歩く巡査部長はあずさの後ろ姿にくぎ付けられた。

　グレーのパンツスーツは少しショーツの跡が浮きだし、歩くたびに尻に見とれていた。あずさは後部座席に近づき、巡査部長が開けるのを待った。ドアを開け、中に乗り込む際も巡査部長に視線は、あずさの尻にいっている。

「申し訳ありませんね。確認させてください。」

　あずさは、呆れ顔でバッジを渡す。

「女性警察官は呼ばないのですか？」

「えぇ、今、応援で呼んでおります。」

「カメラもありますので、証拠には、なりますから、はい。」

「どちらの所属とか？」

　あずさは、所属先を述べることを戸惑った。密命本部など所轄巡査部長は知ることはないからだ。

「バッジから検索してください。」

「言えないのですね。」

　車の検索を終えた巡査は、怪しいとことはないが捜査車両ではないと告げる。

「個人車？」

「はい、いけませんか。」

「そんなことは、、、、。」

　巡査にバッジを渡し、番号を照会した。１分ほどで、照らし合わせが終わる。

「照会ナンバーの身柄を伝える。その者　警察庁　警視監付　桧山あずさ警部補、、以上　本部より。」

「了解。」

　巡査部長は、背筋を伸ばすと、平謝りにぺこぺことするだけだった。扉を開け、申し訳なさそうにあずさに声を掛ける。

　あずさは、自分の車に戻りかける。巡査部長は、助手席に移りあずさの尻を見つめる。

「おい、警視監付なんて役職あるか？」

「初めて聞きました。しかも警察庁の人でしょ。」

「あぁ、見てみろよ、あの尻の具合。パンツの線透けてたぜ。」

「まじっすか。」

「何のサイトだったんだろう、気になるわぁ。」

「俺見たけどよ、閉じる前に、投稿サイトぽいな、あれは。」

「そんなんですか？」

「多分な。そんなとこ捜査中？」

「上のしてることはわからんよ。我々では、さ、次にいこうか。」

　あずさの方を見つめなおすと、振り返り戻ってくるあずさに二人は目を合わせた。

　助手席の巡査部長に扉を開けさせ、後ろを開けるように言った。

　乗り込んだあずさはＭＡＤの自宅前に行くよう指示する。

　巡査部長は、運転席の相棒に指示し、ＭＡＤの家をめざした。あずさは、本部に連絡することなく向かうように念を押す。

　聞きたいことを、聞かず、あずさの指示に従った。
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2020年8月16日掲載
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