鞭を執れ
はちみつ太郎 作
２９．


「ウ―――――――。」

　短いパトカーのサイレンが住宅街に何度か響く。職質でもするように、通り過ぎた自転車に呼びかける。

　少し大きめの音声で呼びかけ、自転車はＭＡＤの家の前で止まる。

　呼び止められた大学生は、巡査部長の問いかけに素直に従った。

　赤色灯の赤がＭＡＤの家の玄関を染めている。

　あずさは後部座席から、ＭＡＤの家の動きを見届けた。変化のない状態を見届けていき、細かな動きに注視した。

　１０分ほどで、職質は終える。何も問題はないのは明らかだが、あずさはＭＡＤの自宅の動きの無さにこだわっている。

「なんで、動きがない。」

「は？なにも、問題はありませんが。」

　職質の事を巡査部長はあずさに伝える。別次元の話をあずさは巡査部長にかけてみる。

「ちょっといい、あの家、ピンポン押して、中の様子調べてくれない？」

「え、どういうことで？」

「抱えている案件の重要人物の住まいなの。いるかいないか、はっきりさせたくてね。」

「責任の所在は？」

「私が全部、警察庁　小池警視監のお墨付きで。」

「小池さんは存じ上げませんが、、、。」

「この案件、始末できたら、私と同じ階級になれる、試験なしで。」

「、、、。」

　巡査の方がノリが良かった。

「僕行きます。」

「じゃ、俺も。」

　二人はドアを開け、ＭＡＤの家の呼び鈴を鳴らした。何度も鳴らすが、応答はない。

　そうこうしていると、隣人の男性が、うるさいなと顔を出し、警察官に声かけた。

「１時間前にお出かけしたよ。バタバタ荷物積んでたけど、友達と出かけたんじゃないか。」

　あずさに状況を説明する巡査部長。

　隣人に対する質問はあずさがうけもった。後部座席から出ると、

「きれいな、警察の人始めてみたよ。」

「ありがとうございます。お隣さん、何時ごろに？」

　少し照れたように顔をそむけると、ＭＡＤの自宅の動きを伝えた。

「時々さ、ちょっと変な声聞こえるから、、、気になってね。」

「そうなんですね、で？」

「あ、うん、０時半ごろかな、少し大きめのバッグ、なんていうんだろ、軍人が持つような大きな奴。」

「それを？」

「一人が担いでね、お隣さんじゃないと思うけど、車に乗せてた。」

「他はねぇ、同じ人か知らないけど、酔った感じの千鳥足の男性を肩に担いで、車に乗せてたね。お隣さんの車。」

「じゃ、お隣さんは？」

「暗くて分かりにくいから。ピンポン押していないなら、一緒じゃないの？」

「ありがとうございます。少し、ごそごそしますけど、申し訳ありませんが、ご協力願います。」

　あずさの後ろで巡査部長が、玄関の異変に気が付いた。

「警部補、これ。」

　玄関タイルに張られたピアノ線。

「なにこれ、トラップ？」　

　巡査はぐるりとＭＡＤの自宅を窓からのぞく。

　カーテンは閉められているが、少し隙間の開いたリビングのカーテンを見つけると、懐中電灯の明かりをそこに集中させる。

　覗き込んだ巡査は、ベッドの乱れ、椅子の転がりを目にした。

　あずさを呼び目視で確認させる。ベッド脇に転がるバッグを見つけると、小春の物と確信した。

「カバンを置いてなんて、、、。」

「え？」

「いや、なんでもない。」

　あずさは、時計を見た。丑三つ時に近づいている。巡査を窓際に残し、小池に連絡を取った。

　あずさと巡査部長はパトカーであずさの車に戻る。あずさは、盗聴、位置情報を確認するがＭＡＤの自宅からの動きはない。

「桧山です、グレーから、黒になりました。」

「そうか、状況は？」

「盗聴器、位置情報も確かですが、ＭＡＤの自宅を確認したところ、小春のかばんは残されたまま。」

「、、、。」

「隣人の話によれば、０時過ぎに何やら動きがあり、黒田計を連れ出す見知らぬ男が目撃されています。」

「瀧井巡査は？」

「判別できませんが、同じ動きで大きな荷物を持つ男が同じ車に入れて、、、。」

「間違いないな、黒へ移行している。所轄の力を借りているのか？」

「はい、警邏の二人に。職質されて、、、。」

「１０１７号を秘匿し、駒として使え、所轄副署長には通達する。」

「Ｎシステムの手配を願います。車両は、ＭＡＤの所有車両で。」

　あずさが、ＭＡＤの自宅に戻る際、巡査から無線が入る。

「警部補、さっきのピアノ線が。」

「どうした、ピアノ線が？」

「あ、巡査部長、間違って踏んでしまって。」

「で、？」

「そしたら、なんか、、、少し音がしたんですけど。」

「どんな？」

「流しの方でボンって。」

「流しは確認できるか？」

「カーテンが閉まってて、見えないんですけど。」

「ピアノ線をたどってみろ。」

「了解しました。」

　あずさは、巡査部長に問いかける。

「音がしたって？」

「えぇ、ボンって。確認させています。」

　無線入電から５分ほどしてＭＡＤの自宅へもどったパトカーに巡査部長を残し、あずさは巡査の姿を追った。

　トラップの先を見つけるべく、裏の方へあずさも探索する。

　懐中電灯の明かりを見つけるとあずさは声を掛ける。

「どう、なにかあった？」

「ピアノ線が、電気の引込のところに差し込まれてて、その先は。」

「、、、。ん、焦げ臭くない？」

「そ、そういわれれば、少し風邪気味で、鼻が利かなくて。」

　あずさは、電気引込盤をこじ開けるとプラスチックの溶ける匂いが鼻につく。

「１１９」

　巡査は、あっけにとられる。

「早く、１１９に。火事よ、火事。盤がショートしてる。」

　巡査部長を呼び玄関をこじ開けさせた。中に人がいないか呼びかける。ショートしているため、電気は点かないでいた。

　懐中電灯の明かりを元に、分電盤位置に近づくとはっきり焦げ臭いにおいがする。

「消火器、ない。」

「水は出るんじゃ？」

　溶けた盤の奥に火の気が見える。あずさは、初期消火を巡査部長に委ねた。たらいに水をくみ何度か水を掛けながら消防を待った。

　あずさは、小春の所持品を見つけ、小脇に抱えると、内容物を確認した。スマホ、お金、カバンに埋め込んだ盗聴器、

　ないものは、ダミーで作った運転免許証、保険証。

「証明物だけない。」

　計の所持品は、何もなく、暗闇で調べるのをあきらめた。

「ウ――――――――。」

　パトカーとは違うサイレンが鳴る。

「消防が来た。」

　巡査部長は初期消火に尽力し続けている。防火服の男が二人上がってくる。あずさの姿に驚き、家人かと尋ねる。

　巡査部長がいきさつを説明する。

　あずさは、事件性があることを消防士に伝え、トラップの行方を伝えると、証拠物の保持を優先させた。

　小春の所持品を抱え、玄関から外に出ると、中から巡査部長の声がした。

「警部補、ちょっとぉぉ。」

　あずさは振り返り、もう一度、建物に入る。

　リビングの三枚引戸を開けたところに巡査部長が手招きしている。

　懐中電灯で照らした先は、クロゼットパイプに首を吊ったＭＡＤの姿があった。

　黒の事態は、寸前のところで証拠を残してくれていた。
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2020年8月22日掲載
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