鞭を執れ
はちみつ太郎 作
４３．


　小春は手枷、足枷、ラバーマスクの施されていない日常は何日ぶりか、首輪の鍵だけは後ろに回され、いかなる時に拘束されるかを想像している。

　一方、手枷、足枷、が施された全裸の計は、首輪を壁のフックに固定され、動きを制限されたままで、小春の姿を見つめている。

　会話は、筒抜けで一言でも声を上げると、抗弁っと聞こえてしまいそうで、二人は会話をする事さえ躊躇っていた。

　ただ、１時間の時が過ぎ、お互いが空白の時間を埋めている安らかな時間を感じているのは共通している。

　小春が、計への視線を投げかける。計はそれに答える様に頷くだけだが、小春はそれを見るだけで、涙をこぼしてしまう。化粧気のない小春の顔に涙の筋がこぼれる。

　それを拭い去ると、動きを制限され、壁に固定されているオブジェのような計の足元に寄り添った。

　太もものそばに寄り添い、計の体温を感じている。何度か、計の陰部に視線を移す小春は、計の体の変化、異常を目視している。細かな傷は、あるが、致命的な人体の損傷はないように思った。

　小春の全裸を見ても、陰茎は膨らむことなく、うなだれたままのそれは、被った皮を纏い自律神経の不調をきたしているのだろう。

　小春が立上り、計の横に同じく壁を背に立った。

　計は、小春の顔を覗き込み、守れずごめんと小声で言った。小春は、聞こえない程度の声で、まきこんでごめんと言った。

　今度は、計が涙をこぼし、とめどなく流れる滴を小春が拭い取っている。

　檻の外で、その姿を見た長野は、マイクで指示を与えた。

「お涙ちょうだいの場面、感動するねぇ。」

「自分が蒔いた種でかわいい嫁に、つらい思いをさせて、、、。ってか。」

　計は、悔しそうな顔をし、小春は、計の耳を塞ぐ。

「かわいい嫁ちゃんだねぇ、、、よーーし、俺も鬼じゃない。」

「１時間、だ、、、好きなように、、、俺にお前たち番の姿を見せてくれ、いいな。」

　マイクの放送を終えるとすぐに、檻が開き、３８０９が入り込む。計は、顔をそむけ、小春は計に寄り添っている。

　計の首輪のロックを外し壁から放すと、２ｍほどのチェーンを首輪に固定し、その反対を小春の首輪につないだ。

　手かせ足かせはそのままで、計は反撃も出来ぬまま、小春と同じくしゃがみこんだ。小春は計に覆いかぶさり３８０９からの仕打ちの盾になっている。

「おぉ、嫁ちゃんの強さと言ったら、、、ないねぇ。」

「今生の別れになるやもしれん、、、、１時間、、、、好きなようにしていいぞ、、、、。種を残すもよし、、、、残されるもよし。」

　３８０９は、そういうと檻を後にし鍵をかけた。

「１時間は、、、天国だ、、、、そのあとは、、、、どうなるかなぁぁ。」

　足音が消え、最後の扉が閉じられる。小春は、最善策を計に伝えようとするが、闘争心を無くしてしまった計は、涙を流すだけで、小春の策を聞き入れていない。

「１時間、、、そのあとに何があるかわからない。でも、、お互いを信じてる。」

「ごめん、、、お、おれ、、、もう、、、。」

「あきらめちゃダメ。私も、、、、あきらめたいよ、、、、でも、、、でも。」

「一つだけ、、、策というか、、、聞いてほしいことがあるよ。絶対に聞いてほしい。」

「うん、、、。」

　計は、小春の耳元で言った。

「どちらかが、ぼろぼろにされてやつらの気を引けるなら、それは俺が担う。小春は、俺の事はいないものと考えて行動して。」

「、、、。」

「小春の方が状況を、今後の状況も判断しやすい、、、俺には情報が少ない。」

「、、、。」

「共倒れは、避けるべきで、、、俺が、消えても、、、支障が少ない。」

「、、、。」

「だから、、俺をスケープゴートにしていい、、、、絶対、、、気にするな。」

「、、、。」

「最後に、、、、もし、、、、生きて、、、、帰れたら、、、、。」

「、、、。」

　小春は、最後の計の言葉を聞かず、頷きながら唇を塞いだ。手枷足枷の計は仰向けになりうなだれた陰茎は重力に負けている。

　唇塞ぎ、カメラの集音マイクに届かぬよう、小春は計の思いに答えた。

「絶対、結婚しよ。」

　計は、小春の言葉を聞き、涙を流している。陰茎に血流が流れるのを感じ、小春はうなだれた陰茎をゆっくりと扱き、血流の復活を感じていた。

　仰向けのままだが、陰茎は重力に勝ち、小春の指の動きに呼応している。

　モニター越しに番の営みが始まろうとしているのを見つめ、横に通された小太りの男に声を掛けた。

「あまり抵抗したとしても、生き締めまでだ、セレモニーには時間が早い。予行演習、本番は、明後日、いいな。」

「、、、俺は、、、執行日が、、、。」

「いや、、、明後日に、もう一件、、、隠してるんだろ、げろってもらう。小笹にな。」

　長野の視線をかわすようにモニターの中で始まる小春と計の営みを見つめていた。



　小笹との接点を晒した、滝は、横顔を隠すように酒を飲むあずさに視線を移す。バーテンは、あずさに酒を注ぎ終えるとグラスの洗浄を始めた。

　滝は、遠目で見ていたあずさの存在に気が付いていた。

　調査対象にしようとしていた女がすぐそばにいるとは、思いもよらなかったからだ。小笹との関係も気になるが、あずさへの対処を考察する間に、あずさはＷＣへと消えた。

「おい、バーテンよ。」

「なんでしょう？」

「あの、女、、、常連かい？それとも演者か？」

「ま、プライベートは、、、お答えいたしかねます。」

「そうか、口が堅いのはいいことだ。」

「えぇ、申し訳ありません。」

　滝は、ＷＣの方を見つめ、バーテンに物を頼む。

「タバコあるか？」

「銘柄は？」

「なんでもいいや、、、メンソールならなんでも。」

　バーテンダーが、バックヤードに引っ込むと、あずさの酒に化合物の結晶を振りまいた。溶け込む様子を見ながら、指でかきまぜる。あずさが戻るのと同時に、男たちが勘定を頼んだ。

　タバコを手にしたバーテンダーは、どうするか聞く。滝は必要ないと告げ、男に金額を提示する。

　札を多めに出し、カウンターに座りなおしたあずさの方に視線を向ける。あずさは、男の素性を知らぬふりで、カウンターの酒を一飲みすると、同じように勘定を頼む。

　男らは、飲み干したグラスを置いた後、店を後にする。

　あずさは、お金を出し、おつりの有無を気にせず、男たちの数十秒後に店を出た。

　店を出る前、バーテンは、先に出た男たちの素性を気にするようあずさに伝えた。あずさは、笑みだけ浮かべ、指で丸印を作り扉を閉める。

　エレベーターは、上から降りてくる。８階から下がり、５階に停止すると扉が開いた。脇に二人の男がいる。先ほどの男だった。

　滝は、あずさに声を掛ける。

「上の店は、一杯だったよ。」

「景気がいいんですねぇ。」

「５階の店にいたよね。」

「あ、えぇ、、、。」

「すごいエロい店だけど、女一人だけでって、。」

「、、、。」

「もしかして、、、、小笹の、、、？」

「、、、え、、、こ、、、ざ、、、、さ、、、。」

　あずさは１階にエレベーターが辿り着く手前で、滝の肩にもたれかかってしまった。相棒の良太は、女の素性を知らぬまま、もたれかかった肩を抱きエレベーターから出ていく。

　裏のコインパーキングにあずさを連れ行き、後部座席に乗せる。

　良太が運転席に乗り込むと、滝は後ろの席に着き、あずさの体を身体検査した。

　持ち物を後回しにし、バストのボリューム、ウェストの閉まり具合、太ももの張。車が走り出すまで、意識を飛ばしているあずさの体を掌握した。

「良太、、、今日も　　フッ化部屋に行け、、、薬剤残ってるよな。」

「は、、、はい、、、この前の男の分だけですから、、まだ。」

「あ、この前は男じゃなかったな、去勢済みの?馬だ。」

「え、、、てことは、、、この女、、、溶かしちまうってことですか？」

「そうなるな、、、間違いなく。」

「滝さんの因縁の女？」

「いや、、、、兄貴の因縁の女。」

「若頭の、、、ってことは、、、ポリ？」

　良太は、一度振り向きあずさの顔を覗き込む。

「ええ女じゃないっすか、、、許可がいるんですか？」

「溶かすんだ、問題ないよ。」

　あふれる欲求を滝はごまかすことが出来ないでいる。あずさの所持品の中に、警察関連の物はなく、携帯も持っていなかった。滝は、そこに違和感を感じることなく、あずさの身体検査を続けていた。
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
はちみつ太郎さんの作品群→はちみつ太郎さんの他作品
2020年10月15日掲載
Copyright (c) 2012-2020 はちみつ太郎 All rights reserved.
▲