鞭を執れ
はちみつ太郎 作
５３

　水曜の朝８：００、小春を起こさないようにし、身支度を調える。玄関で靴の紐を結びなおしている計は、起こしたくない気持ちと、いってらっしゃいの言葉を掛けてほしい気持ちの交差をさせる。

　寝室の寝息は聞こえないまま、視線だけを向けた。

「計さん、、、いってらっしゃい。」

　眠い目をこすりながら、小春が起きてくる。計は、行ってくるよという顔をしながら小春の近づきを待った。

　軽めの口づけを小春からしたあと、一度離れて、今度は計が口を重ねる。少し、舌をねじ込み小春がはなれ文句を言う。

「歯、、、磨いてないよっ。」

「臭くないよ、、、甘かった。」

「気を付けてね、、、風俗はだめだよ。」

「うん、、、帰ったら、、、。」

「うん。」

　計は、玄関のノブを握り、扉を開けた。小さく手を振り、計を見送った。窓から小春は計の車が移動するのを見ている。コンビニの角を曲がったあと、深いため息をついた。

「、、、。2泊かぁ。」

　ため息交じりに口に出した言葉と同時に、あずさへとメールを送る。

『今日と明日は、祖父の命日のため、お墓参りに行くので、有休とさせてください　瀧井』

　送るとすぐに、あずさからメールが戻る。

『承知しました。　お土産は甘いものでいいよ。　連絡は取れるように。』

　あずさのメールを見た後、Signと記されているアプリを起動する。

　アプリ内にあるMの頭文字の上に数字の①が記されたアイコンをタップすると、アドレスだけが記されている。

　アドレスを再びタップすると、地図画面に切り替わり、表示された場所のみが履歴として残った。

　Mのアイコンはスマホのアプリから消え去った。

「、、、消えちゃった、、、。」

　マップアプリの履歴で指示された場所を確認し、そこまでの到達時間を考慮した。

「45分かな、タクシーで行くかなぁ。あ、また来た、、時間かな。」

　再度Signアプリを起動すると、数字だけの指示があり、すぐさま消えた。

「10時、、ちょうどって、、、。」

　指示されたピックアップと記された地点までの距離を考えると、身支度にかけられる時間は20分だった。

　計が出勤した間もなく、小春は時間外手当のない出勤へと準備した。


　10時の少し前。

　別画面を見ていると、Signのアプリが鳴動する。

　小春は、指示された付近のコンビニで10時までの時間をつぶしていた。

「、、、黒のハイエース、、、２８３９。」

　小春は店内から黒のハイエースが前止めしたのを見つけた。中からサングラスをした男が手を振っている。

　認識した顔の男は間違いなく、MADだった。

「コーヒー、買いました、、、ブラックでしたよね、、賢さんは。」

「ありがとう、覚えてくれてたんだ、、、。」

　運転席からドリンクホルダーに収めると、小春がすぐ飲みますと尋ね、ストローを差し込んだ。

「いい奥さんだ、、、。」

「そうですか？」

「いや、、、悪い奥さんだな、やっぱり。」

「、、、ですよね。」

　小春は、恥ずかしそうに自分の持っているコーヒーを飲み、コンビニに行きかう客の眼を気にした。

「知り合いはいないでしょ、、、ここだったら。」

「ですね、、、。」

「家は遠いの？」

「、、、内緒ですよ、、、絶対。」

「今晩は、小春ちゃんの家でエッチ、、、って考えたんだけどね。」

「無理です。」

　小春は口をとがらせて言った。

「でも、今日は旦那さんに内緒で来てくれたじゃない、、、もう、ハードル下げても。」

「だめっ。」

　小春は半笑いながら、拒絶の意思を曲げない。賢も、それ以上は言わず嫌われない程度で矛を収めた。

「今日は仕事じゃないんですか？」

「有休取ってるんだ、、、2日間。」

「えっ？」

「今、一泊二日のエッチマラソンって思ったよね。」

「えぇぇ、、、違いますよ。」

「旦那さんは、、、出張だし、、、ね、家で、、、。」

「だーめっ。」

「ま、無理だと思ってね、、、行くところは先に決めてるよ。」

「え、、、どこに？」

「まずは身支度調えて、、、。」

　賢はカーナビの設定で、アウトドアショップを記した。

「キャンプ？」

　小春は後ろの道具も見定めて賢に聞いた。

「その通り、、、誰もいない、、、闇の世界で。」

　設定されたアウトドアショップに向け案内を始めたカーナビ地点登録のその先には、とあるダムの履歴があった。


「お似合いですよ、、、ねぇ、旦那さん。」

　アウトドアショップの店員は年の離れた夫婦と見極められたのか、賢に商品の賛同を求めた。

「じゃ、これで、、、小春、、、このまま着ていくよね？」

「え、、、あ、、はい、、、。」

「では、タグだけ回収してレジに回しますので、奥さま試着室で失礼します。」

　小春は、店員と試着室に入りタグの回収ではさみを入れる。

「これからキャンプですか？」

「はい、、、。」

「いい旦那様ですね、、、結構年の差？あ、ごめんなさい。」

「、、、いえいえ、いいですよ。」

「じゃ、ここに紙袋おいておきます、着てこられた服は、この中にしまってください。」

「ありがとうございます、、。」

「どこのキャンプ場ですか？」

「知らされてないんです、、、行き当たりなのかなぁ。」

「サプライズ好きそうですね、旦那さん。」

「はい、、、ですね。」

　店員はカーテンを開けタグをレジに持ち込んだ。小春は着てきた服を丁寧にたたみ、店の袋に入れ込んだ。

　身支度を整え、カーテンを開けるとレジで支払いをすます賢がいた。レシートを取ると店員に会釈し、小春の元に近づいた。

　金額の話はせず、小春の帽子を直したりしているさまを店員が声かける。

「お気をつけて、行ってらっしゃい。」

　店員に会釈した小春は、着心地の良いＴシャツと、ハーフパンツ、レギンスに躍動感を感じた。

「履き心地よいです、これ。」

「気に入ってくれた、、、うれしいな。」

　車に乗り込んだ賢はまず先にカーナビの設定画面に触れる。地点登録のボタンの後、履歴の2番目に残されていた「神流川ダム」をタップする。

　２時間のドライブとなることを推察できるその地点は、潜入目的の犠牲者が最初に見つかった土地であった。

　小春は、平静を装いながら賢に聞いた。

「キャンプ場で？」

「いや、ダムキャンプだよ、、、昼間は釣り人まれにいるけど、夜は、、、二人きりで、、、。」

　賢はそういうと小春のレギンス越しの膝がしらをさする。小春は抵抗せず、飲みかけのコーヒーに手をかけ、ストローからほろ苦い味を飲み込んだ。
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2023年10月10日掲載
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