堕（おと）された完熟桃
極楽とんぼ 作
第７章　　次の日から始まった「秘密」

　３０日の月曜日の朝、庭で剪定をしていると、夫人が花の手入れをしているのが見えた。
　レッスンを行う時の服装なのだろうが、キリッとしたワンピース姿に見惚れた。
　長い髪を結い上げているのは、昨日と同じだったが、括れたウエストが腰の張りを強く印象付けたからだ。
　横から見た胸の隆起は見事なラインを描いていて、見惚れた要因の一つでもあった。
　白い足首の締まり具合も、むっちり張った真っ白な太腿を連想させた。
　既に施術で触っているので、夫人が動けば、どの筋肉がどのように躍動しているのか透けて見えそうな感じで、男の本能が強烈に揺さぶられた。

　目が合ったので頭は下げたが、どちらも声は掛けなかった。
　だが夫人は、男の気を惹く様な行動を採っていた。
　男の目が後姿を追っていると感じると、自然に少し腰を振って歩いたし、庭木に隠れる直前に振り向いていた。
　礼儀正しい隣の住人に対し、ご愛想している様にも見えたが、観察眼が確かな人から見れば、メスがオスを誘う媚態の一種だと、瞬時に見抜けただろう。
　コンドームが呼び起こした巨根に惹かれる危うさが希薄になり、隣人への「礼儀」を言い訳に、媚びを忍ばせているのに気付いていなかった。

　引っ越しの手伝いの後、蕎麦を一緒に食べたが、俊英と目が合う度に下腹部の奥が微妙に反応したのを覚えていた。
　自分の歳の半分以下の学生に！・・しかも、隣同士で！・・あり得ないわ！・・
　彼が女子大生とするのを想像したからだわ・・・厭らしい私！・・・
　身体の反応に動揺はしたが、まだ人妻の理性は働いていた。
　あのコンドームを使う女子大生が必ず訪ねてくる！・・・絶対確かめてやる！・・と、女の疼きは、逞しい男の相手が誰なのか？、それを探る方向に向かっていた。
　部屋に戻っても、離れを訪ねて来る女性は居ないか？と、観察する目配りは怠らなかった。

　昼食を済まして２階のレッスン教室から離れを観察していると、１時前に俊英が出かけるのを見た。
　学食で昼ごはん？と思ったが、女を連れて来るのでは？と、気になり始めた。
　だが、夫人の期待は裏切られ、俊英は１時過ぎに数冊の本を抱えて戻って来た。
　相手の女を見届ける期待は裏切られたが、遠目に見る姿は、凛々しくて逞しかった。驚愕した例のコンドームさえ、逞しい身体に似つかわしく思えた。
　頬が赤らむのを感じたが、ドキドキするような、ときめく様な、何とも不思議な感覚に戸惑っていた。
「あの男」に対しては屈辱感と淫らな欲情とが混じっていたが、隣の若者に対しては、清々しいときめきを感じていた。
　夫人は長い間、わくわくドキドキするような心の高揚を味わっていなかった。

　この感覚が、夫人をある行動へと突き動かした。
　ノートＰＣの修理は明日だろうから、何か別の、尤もらしい理由さえつければ良いと気付いた。
　昨日生徒が呉れたショートケーキが残っているのを思い出すと、階段を駆け下りていた。
　そこで一瞬立ち止まり、化粧台へ向かった。
　通常は基礎化粧だけだが、その日は少しばかり念入りに化粧をした。
　だが、服装にまでは気が回らず、俊英が興奮したワンピース姿だった。
　うん・・これなら良いわ・・・そう呟いてから冷蔵庫の中から２つ取り出し、紙箱を入れて庭に出た。

「あらっ！・・暇してるみたいだけど、大丈夫？・・・１０日も経てば授業が始まるわよ！・・・準備は、出来たの？・・・」
　軽いジョークのつもりで掛けた言葉だったが、これが俊英のペースに乗る要因となった。
　ジョークを織り込むと会話のテンポは軽妙になるが、それは容易にじゃれ合いに変化する。
　若い男と人妻とがじゃれ合うようになると、エッチな話も気安く交わせるようになる。
「暇じゃぁないけど、暇ですね・・・入学式だって９日も先ですよ！・・・履修届けが済むまでは、することも有りませんし・・・」
「あっ！・・忘れるところだった！・・・此は貰い物のお裾分けよ！・・・お願いなんだけど、５分ほどピアノを弾くから、どの程度響くか聞いてくれない？・・・」
　ピアノのレッスン教室が俊英の寝室と向き合っているのだが、窓を開けた場合と閉めた場合の響き方を知りたいのだと、その理由を告げていた。

　おっ！・・一人でこの離れに来るつもりだ！・・村田先輩の読みは当たってる！・・・
　理由はどうであれ、男一人の離れに上がり込んだと、夫に言う筈が無い！・・・
　これが、先輩の言った「秘密」の始まりか？・・・
　ワクワクしたものの、どう迎えたら良いのか？俊英は少しばかり狼狽えた。
　１０分程して、塀に面した台所の勝手口の戸を叩く音がした。
　人影の様子から隣の奥さんだと分かったが、現れ方の突飛さに驚かされた。

「潜り戸から来たんですか？・・・玄関を開けておいたのに・・・」
「境の塀が２ヶ所だけ扉になっているのよ・・・北側の方は、樫の木の枝が邪魔してるし蝶番もガタがきてるけど・・・玄関へは遠回りじゃない！・・・」
「じゃぁ、どちらからも自由に行き来できるわけ？・・・」
「亡くなった此処のお爺さんが、家の子供が自由に行き来できるようにしてくれたの・・・でも、もう鍵を掛けようかしら？・・・」
「何で？・・・」
「決まってるじゃない！・・・エッチな学生が夜這いするかも知れないじゃない！・・・」
　夫人のこの一言が俊英の戸惑いを吹き飛ばし、ジョークを飛ばしながら話せる切っ掛けになった。

「いきなり強烈なパンチじゃなぁ！・・・そんなに見える？・・・」
「冗談よ！・・・留美さんから聞いているし、信用できそうだから、尋ねて来たんじゃない！・・・」
「でも、夜這いなんて古い言葉を聞くのは、久しぶりですね・・・もう死語の類じゃと思うけど・・・」
「まぁー、年寄り扱いして！・・・」
　少しふくれた顔をしていたが、そのまま上がり込んできた。
「昨日はお世話になったから、コーヒーでもご馳走しましょうか・・・」
「遠慮せずに頂くわ・・・ねぇ、どうだった？・・・初めは締め切って、次に南側だけ開けて弾いたんだけど・・・」
「ガラス戸を閉めていると、寝室では殆ど聞こえませんでしたよ・・・南側の窓を開けると、僅かに聞こえる程度だし、気にする必要は有りませんよ・・・」
「そう？・・・西側の２重窓は開けることは無いんだけど、外の空気を入れたい時があって、南側は時々開けたいのよ・・・本当に大丈夫？・・・」
「気にしないでやってください・・・午前中はほとんど居ないし、帰りは午後の３時〜４時になる筈だから・・・ところで、さっき弾いていた曲は何なんです？・・・」　
　こんな事は家を建てる時に検討しているはずで、部屋に上がり込む口実だと直ぐに分かった。

「あれはねぇ、リストの愛の夢、第３番なの・・・あらっ！・・堀炬燵は使わないの？・・・今日は少し寒いから使っても良いわよね・・・」
　まるで我が家のような感覚で、仕舞っていた場所からカバーだけ取り出してきた。
「４月の半ばだから布団はいらないけど、布カバーだけ掛けたら良いのよ！・・・テーブルクロス感覚にね・・・昨日もしていたじゃない！・・・今日みたいな日は、これで十分だと思うわ・・・」
「さすが、主婦の知恵ってところですね・・・でも、大きな炬燵ですね・・・」
「この離れは本間造りだもの・・・江戸間造りとは違うわ・・・この炬燵だって、１辺は９０センチだもの・・・」
「じゃぁ、コーヒーを入れましょうか？・・・遠藤さんはケーキの方を頼めます？・・・」
「良いわよ・・・お爺ちゃん達が居る時には良く来ていたんだもの・・・何が何処に在るかは分かっているわよ・・・」
　いろいろ聞き出してやろうという好奇心の方が勝っているのか、若い男と２人きりだという緊張感など感じられなかった。
　引っ越しの時とは違い、夫人の香水の匂いが少し強いのに気付いた。
　此処へ来るのにしたのだとしたら、夫人の中の女の部分が刺激されたことを物語っている。

「ねぇ、このコーヒーは美味しいわ・・・また飲ませてもらわなくちゃぁ・・・」
「良いですよ、すぐ点てられる様にしていますから・・・引越の時は美女が２人居て、ずいぶん華やかな雰囲気になりましたが、遠藤さんが居ると明るい雰囲気になるから大歓迎ですよ・・・」
「まぁ！・・お世辞がお上手だこと！・・・留美さんは、世間知らずの無骨者だと言っていたけど違うじゃないの！・・・」

　コタツに差し向かいで座り、コーヒーを飲みながらの話は弾んだ。
　此方のことも探られたが、夫人の家庭の状態と生活リズムとが、ほぼ掴めたのが成果だった。
　夫は４２歳の地方公務員で、建設関係の技官をしているが、留美さんの夫とは釣り仲間らしい。
　子供は中２の男の子が１人で、サッカー選手になることを夢見て、全寮制の名門中学に入っているという。
　夫人と旦那とは東京で知り合い、旦那が岡山県庁に就職してからは、在学中の奥さんの方が帰郷をかねて通ったらしい。
　いわゆる出来ちゃった婚で、卒業して半年後に、新居が完成するのを待って結婚をしたというのだ。
　ピアノメーカー専属のレッスン教師を始めたのは８年前で、子育てが一段落した３０歳の時だと言った。

　メールで村田から届いていたコンピューターの仕様一覧を渡した。
　各パーツの詳細なメモと価格表は、ネットで調べて印刷して於いたのを渡した。
「一応、ご主人にも見てもらったらどう？・・・変更があれば早急に連絡してパーツを揃えてもらわないといけないから・・・」
「そうねぇ・・・でも、私のお小遣いで買うんだから、藤堂君にお任せするわ・・・」
「変更が無ければ、木曜日に組み立てるけど、見学したらどうです？・・・」
「うわっ！・・見たい！・・・パソコンの中って見たことないし、組み立てるのを見れるなんて、チャンスじゃない！・・・で、どれ位の時間が掛かるの？・・・」
　好奇心の強さは相当のもので、１も２もなく飛びついてきた。

「組み立てなら１時間も掛からないけど、マザーボードの調整とＯＳのインストール、アップデートは１時間以上掛かると思うな・・・それと、いろんなソフトを入れて、これもアップデートバッチを組み込めば、１時間弱ということかな？・・・ざっと３〜４時間とみたら間違いないと思うわ・・・」
「分かった、じゃぁ朝の９時半頃に来るから最後まで見せて！・・・おやつとコーヒー、それと簡単な昼の弁当は私が受け持つから・・・自分で動かしても見たいし・・・５時頃まで居ても大丈夫？・・・」
　そして、ＰＣ名の入力については、初めての専用ＰＣだから、ｙｕｍｉ―１にすることに決まった。
　木曜までに、インターネット接続に関する情報資料を持って来てもらうことも決めた。

　思わず心の中で村田に感謝したが、この企ては予想以上に効果的な楔となったようだ。
　冗談を交えながら会話は弾み、２時間以上も駄弁り、３時過ぎに引き上げた。
　パーツを入れ替えるノートＰＣが、明日の火曜日、３１日に時間指定で夫人宅に届くことになっている。
　そのことは教えずにいたが、潜り戸からやって来て上がり込み、見学することは間違いなさそうだ。
　これらの事も、夫には知らせないだろうから、秘密とやらが更に増える訳だ。

　この日のもう１つの成果は、炬燵の中での出来事だった。
　夫人の足も結構長いから、偶然触れ合うことが何度か起こったが、気にする様子は伺えなかった。
　素足が触れ合うのだから、くっ付けた侭とはいかず、どちらかが引っ込めるという具合だった。
　村田から前もって入れ知恵されていたが、足の触れ合い効果はかなりのものだと実感した。
　避けようとしなかったし、ドキドキしながら微妙なタッチを楽しんでいるのでは？と、思えるほどだった。

　庭に出て後ろ姿を目で追ったが、腰のラインと揺れ具合をを微妙に表現するワンピースの裾が、隠されている部分への想像力を掻き立てるように揺れていた。
　後姿を男の眼線が追っていると確信しているらしく、之で２度目だが、途中で振り向いて微笑み掛け、そして庭木の陰に消えた。
　スタイルに自信がある女が男の関心を惹こうとする時、自然にこうした所作をすると言う。
　まだ初心者の域を出ない俊英でも、性感を揺さぶる行為の様に受け取っていた。
　夫人の色香は強烈で、女を抱かずには居られない心境にされていた。
　バイクを飛ばして姫路に帰り、夜に未亡人教師の芳恵を訪ねるしか方法は無かった。
　新学期が始まったばかりで忙しくしていたが、芳恵は「９時に来て」とすんなりと受けてくれた。

　芳恵には悪かったが、呻きながら迎え腰を打ち返す遠藤夫人の幻影を見た感じがした。
　２時間以上抱き続け６発放出すると、さすがに興奮も収まった。
「ねぇ、今夜は激しかったわよ・・・入学式は金曜日よね・・・お祝いしてあげたいから遅くなっても来られる？・・・」
「そうしようか？・・・岡大に合格できたのも、芳恵に英語の特訓を受けたからじゃもんな・・・でも、１１時を過ぎるかも知れんぞ！・・・」
「良いわよ！・・・じゃぁそれまで一眠りしておくから・・・」
「一眠りしておく」とは、腰が抜けるほど受けてあげるわよ！と言う芳恵のシグナルだった。
「一眠りしておけ」だったら、一晩中でもしたいと言う俊英の方からのシグナルになっていた。
　夜中の１時に芳恵の家を抜け出し、バイクでまた岡山に引き返したが、怒張を咥え込んで腰を揺さぶり、妖し気に悶える遠藤夫人の姿を何度も想像していた。
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あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
2017年2月17日掲載
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