堕（おと）された完熟桃
極楽とんぼ 作
第９章　　堀炬燵で始まったＰＣ指導　　

　早朝の拳法練習を終え、学食で朝食を済ませて離れに戻ると８時だった。
　村田に入れ知恵されている俊英は、事態の推移を冷静に判断することが出来た。
　隣の夫人は９時半に来ると言っていたが、考えてみると、引っ越しの日曜日から新ＰＣをセッティングする金曜日まで、連日出会うことになる。
　離れと言う閉ざされた空間で、組み立ての見学やアプリの解説となると、密会に等しい出会いの継続だと言われても反論の余地は無い。
　その殆どを、瑠美義姉さんにも旦那にも隠しているとなると、本人の心の内でも、貞操観念が痛む筈だ。

　度が過ぎた出会いを続けていると、夫人の中でモラルのブレーキが掛かるのでは？と、心配になった。
　何はともあれ、愚直な坊主に徹し、ＰＣの組み立てとアプリの扱い方を教えることに徹しようと考えた。
　今日は午前中だけだから、バックアップと復元の方法、それと、音楽ファイルの無料ダウンロードの方法とに絞ることにした。

　俊英は自重し、朴訥で丁寧な対応をしようと決めていたが、現れた夫人の様子を見て拍子抜けがした。
　胸の張りとウエストの括れ、ヒップの張りを印象付けるワンピース姿で、甘い香りの香水が先日より強いように思えた。
　どう否定しても、若い男を意識しての衣装だし、化粧だと看破出来た。
「あらっ！・・炬燵のテーブルは準備完了に整えられているけど、先にコーヒー頂くのはダメ？・・・」
「直ぐに手持無沙汰になる時間が有るから、コーヒーはその時にしません？・・・今日は、ドライブＣのバックアップと復元の実習と、音楽ファイルのダウンロードと編集・加工技術に絞りませんか？・・・」
「経過をじっと見ているだけの時が有ると言うことね！・・・分かった！・・・厳しい先生みたいだから、従います・・・」
　ふざけた心算なのだろうが、遠藤夫人の返答には親近感が滲んでいる感じだった。
　気の所為か、香水の甘い香りが之までで一番強く感じた一瞬でもあった。

「最初に、ＯＳとソフトが入っているドライブＣが壊れた時の対策と、その時に使うバックアップデーターの作成の２つをやります・・・」
「デスクトップとノートＰＣと、やり方は同じなの？・・・」
「基本は同じだけど、少し違う・・・ノートの場合は、ハードディスクが一つだから、バックアップデーターは、外付けのＨＤＤに取って於くけど、デスクトップの場合は、２つのＨＤＤを積んでいるから、そのどれかにデーターを残して於くことになります・・・」

「違いはそれだけ？・・・外付けのＨＤＤは貸してくれるの？・・・」
「それだけじゃが、バックアップデーターは通常の使用時に作って残すが、復元の時は、ＯＳなどが入ったＨＤＤが壊れた時の作業だから、手順がややこしいだけ・・・でも、マニュアルを作って於いたから、出来るよ！・・・これから順にやって見る？・・・勿論、外付けのＨＤＤは貸しますよ・・・」
「じゃぁ、ＨＤＤをＵＳＢで繋いでくれる？・・・先ずは、バックアップファイルを作ってみる・・・」
　呑み込みは早く、手順書に目を通しただけで概略は掴んだようだ。
　外付けのＨＤＤに、バックアップファイル保存用フォルダを作り、パラゴンソフトを起動して作成に入った。

「ねぇ、操作手順はこのマニュアル通りで良いのよね！・・・間違ったら、直ぐに教えてよ！・・・」
「大丈夫！・・・見ているから！・・・」
　操作画面をきちんと見ようとすると、どうしても顔が近寄り、香水の香りと共に夫人の体臭も嗅ぐようになる。
　目を画面から離すと、襟元の切れ込みの奥の真っ白な乳房の麓が垣間見える。
　勃起しそうになる程のフェロモンを浴びながらの指導になっていた。

「えーっと・・保存先には、さっき作ったバックアップファイルホルダを選択して、次へをクリックしたけど、これで良い？・・・」
　急に顔を向けて尋ねて来ると、目と目が合ってしまい、眼を逸らすと、乳房の麓の白さが飛び込んで来る。
「あぁ、それで良いです・・・進行状況を示すダイアログボックスになっているでしょう？・・・」
「横の棒線が少しずつ伸びている！・・・あっ！・・残り時間が表示されている！・・・エーッと、１８分位となっている！・・・アーッ！、これがコーヒータイムと言うこと？・・・」
　３８歳の熟女が茶目っ気たっぷりで振る舞う姿に、俊英は圧倒されていた。
「じゃぁ、此処でコーヒーを入れますが、ショートケーキはもう少し後にします・・・」
「分かっているわよ！・・・ねぇ、復元する時も、こんな感じになるんでしょう？・・・」
「そうです・・・時間も同じぐらいです・・・」

　夫人は次の工程に興味を示し、マニュアルを見ていたので、コーヒーは俊英が入れた。
　本間の炬燵板なので９０センチ四方有り、コーヒーを並べる余地は十分に有った。
　夫人がコーヒーを口にしながら復元方法を研究している間に、バックアップ作業は終了した。
「復元は、少し手続きが複雑です・・・ウインドウズとアプリ群が入ったＨＤＤやＳＳＤが、壊れた場合の処置ですから、ウインドウズに代わるソフトを入れてパラゴン・バックアップソフトを操作します・・・」
「と言うことは、ウインドウズに代わるものを入れて、それから、パラゴンソフトを作動させると言うこと？・・・」
「いや、段階を踏まずに、ウインドウズに代わるソフトと、パラゴンソフトとを同時に働かせるように出来ています・・・」
「ふぅーん！・・・同時にとは、巧く考えているんだ！・・・じゃぁ、簡単なのと違う？・・・」
「ねぇ、そうなんでしょう！？・・」と言わんばかりの顔を向けて来て、眼を覗き込むように首を傾けて来た。
「ま、そうなんですが・・・２つ程確認して於かねばならない事が有って・・・」
　フェロモンに当てられて、俊英の対応もぎこちなさを露呈していた。

「２つの内一つは、リナックスか？ウインドウズＰＥか？のどちらを使うかでしょう？・・・もう１つは何？・・・」
「ドライブの起動順位をどうするのか・と言うことです・・・通常は、ドライブＣが起動順位の１位に決定されているけど、ドライブＣには何も書き込まれていないから、ＰＣは起動しません・・・」
「・・・とすると、リナックスかウインドウズＰＥが書き込まれているＤＶＤドライブから起動させるよう、起動順位の設定を変えれば良いってこと？・・・」
「読みが早いですね！・・・その通りです！・・・メーカーによって、起動順位の変更方法は違いますが、基本は、マザーボードを動かすソフト、ＵＥＦＩを操作して行います・・・詳細は、参考資料の１０ページに書いていますから、読んでから取り掛かりません？・・・」
「じゃぁ読んで見るけど・・・リナックスとウインドウズＰＥのどちらが使い勝手が良い訳？・・・」
「ウインドウズＰＥの方が良いと思います・・・理由は、ＰＣに多くのパーテーションが有ると、個別にアルファベットの記号が割り当てられますが、ウィンドウズＰＥの場合は、ウインドウズ７と同じ表記になりますが、リナックスでは入れ替わる事が有るからです・・・」
「と言うことは、復元先のパーテーションを正確にしなさいって事よね・・・じゃぁ、やって見るから見ていてくれる？・・・」

　こうなると、夫人も一生懸命で、マニュアルを見ながらも、ＵＥＦＩを開いて起動順位の第１位にＤＶＤドライブを設定する方法をマスターした。
　ウインドウズＰＥが便利だと言われたからか、それを使ってパラゴンバックアップソフトを起動させることにも成功した。
「ねぇ、間違ったら、直ぐに指摘して呉れないとダメよ！・・・ピアノでも、間違いを見逃すと癖になるのか、直すのが大変なんだから！・・・」
「分かっています！・・・操作手順は全て確認していますから、何も言われなければ、合っていると思って次に進んで下さい・・・」
「分かった・・・」
　夫人の返事は小さな声だったが、それは彼女が習得に夢中になっていたからだった。
　操作する手を離せないのか、膝を突いたり、足先で突いたりしながら、「これで良いの？・・・」と、確認を求めるようになった。
　１０分足らずで、ボタンをクリックすると復元が始まる場面まで漕ぎ着けた。

「はい、此処で小休止しましょう・・・ケーキを用意しますから、今までの手順を頭の中で実行して見て下さい・・・」
「ねぇ、教え方って似ているわね！・・・私も生徒に、イメージを描きながら頭の中で反芻させるもん！・・・」
「教え方って、同じだと思いますよ・・・拳法でも、身体を動かして覚え、イメージの中で再現しながら身に着けますし・・・」
「お気に入りの教師になりそうだわよ！・・・真面目に習うから、メモにして出だした事、全部教えてよ・・・」
　少しばかり甘え声になっていたが、何の恐れも抱いては無さそうで、金曜と月曜の夜にも離れにやって来そうな感じがした。

　ショートケーキを食べて次の課題に入ったが、夫人がダウンロードしたいと思っている曲は、サラブライトマンの歌曲だった。
　これも、ダウンロードサイトの一覧表と、ダウンロードの方法をプリントしていたので、夫人はそれを参考にしながら、要領良くダウンロードし始めた。
　殆どがＭＰ３で、時にＣＤ規格のファイルが有ったが、出来るだけ高品質のを選ぶことを教えた。
　ダウンロードしたファイルは、音量レベルが違うので、これを一定レベルに合わせるソフトの使い方も、夫人は難なくマスターした。

「そうねぇ・・ボリュームが違うと、聴く時に困るから、大切な作業だと分かったけど、ＣＤにしたり、ＵＳＢメモリーに入れる時の注意点は有るの？・・・」
「そうですね・・・再生装置、オーディオ機器やＰＣ等が、どの形式のファイルだったら再生できるか知って於いて、それに見合ったファイル形式にすると言うことかな・・・・」
「家のオーディオはＣＤとＭＰ３だけのよう・・・ＰＣの場合はどうなの？・・・」
　この場合も、夫人の膝小僧が俊英に膝を突き、眼を合わせるように顔を向けて聞いて来た。
「ＰＣの場合は、コーディックをインストールしてやれば、大抵のものは再生できるし、ファイル形式の変換も可能です・・・」
「理屈は分かったわ・・・ＰＣが出来上がった後に、変換の仕方や、それをＣＤに書き込む方法も教えてくれる？・・・」
　１２時近くになったことに気が付いたようで、夫人は帰り支度を始めたが、ＰＣ組み立て後のレッスン課題を確認していた。

　夜の７時過ぎに、デスクトップＰＣのパーツ一式が入った宅急便が届いた。
　点検を兼ねて箱出しをして、仕様書やマニュアル、アプリのインストール用ＣＤの類は、Ａ４版クリァーファイルに綴じ込んだ。
　もう何度もやって来たので、見出しのインデックスを付けることも忘れなかった。
　全部揃っていることを確認し、全パーツを居間に並べ、必要な工具やテスター類も揃え、明日夫人が来たら直ぐに組み立てられるよう準備を終えた。
　密室に近い離れで、しかも掘り炬燵に入っての修理や指導は、夫人の開放的性格に助けられたが、俊英には苦行に等しかった。
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2017年3月4日掲載
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