レビレート
はちみつ太郎 作
２６

　ミキのいった言葉は圭輔の心に突き刺さっていた。ミキの言葉は小百合が性のさなぎから蝶になった瞬間を圭輔に告げ、かごに囲うことを勧めていた。

　が、その後起きたことで、かごに預ける間もなく蝶になった小百合は、少しの間幼虫を見守る母になっていた。

　撮影が佳境に入り、残りのポーズをＭＩＲＵＫＯが煽っていた時だった。仰け反り腹を押し出し、張った乳房を抱きかかえるようにした時、瞬間的に苦悶の顔に変わっていた。ＭＩＲＵＫＯは、異変と小百合の苦悶の顔までも撮影し、カメラを置く。ミキは小百合に寄りかかり、産気づいたことを悟る。

　圭輔に産婦人科までの距離を尋ねると、２０分ほどの距離だと言われ、救急車を呼ぶのをやめた。圭輔の車をスタジオの玄関に廻し、その間に小百合に服を着させたのはミキだった。小百合は、黒のＴショーツは穿き替えた方がいいかと尋ねるが、ミキは着替えは婦人科で出来るし、そのままでもいいと伝える。

　着てきた服を羽織り、圭輔を待っていた小百合は、陣痛の間隔を産婦人科に連絡している。３０日前とはいえ、二日前の検診ではいつでも産まれても良いといわれていたためか落ち着くことが出来た。

　圭輔が玄関に車をつけ、小百合はミキの肩を借りて助手席に乗り込んだ。ミキは小百合に声をかけ、「いい子を産んでね」とだけ伝え窓を閉めた。ＭＩＲＵＫＯは、その後ろで涙顔で見送っていた。

　産婦人科に到着後、もろもろの診断を受け、子宮口の開きなどをかんがみ、数時間で産まれるのではと、陣痛室につれられていく。

　ものの２時間だった、「おぎゃぁ」と産声を上げた。分娩室の向こうには豊乃と豪輔がおり、出てきた圭輔にどちらなのかと尋ねた。

「女の子だよ。」

　豊乃も豪輔も喜んだ顔をしていた。が、豊乃の心の中にはもう一つの顔がある。分娩直後の小百合に豊乃は、母の顔だけを見せる。「おめでとう」とだけ言葉を残し、小百合はストレッチャーに乗せられ処置室へと消えた。小百合は長女出産の余韻のなか、次なる生殖をここにいない応輔に施してもらうことを考えなければならなかった。が、真実が白日のもとになりえる事を担当の看護師が尋ねていた。

　産まれてまもない赤子の血液を検査すると看護師が告げた。小百合の血液型はＡ型。これは問診ならびに初診の際に記載していた。その次だった。圭輔の血液は聞かれることは無かった。

「旦那さんって何型ですか？」

「あ、そうですね、ＡＢです。多分。」

「じゃ、ＡかＢかＡＢですね。」

　小百合は、出産後であるからではない、血の気が引いた。応輔の血液型は覚えていない。母の違う応輔と圭輔。血液型も違うのではと、想像が血流を引かせた。

「Ｏは出来ないんですか？」

「ＡとＢならありえますけど、旦那さんがＡＢなら０はありえないですね。」

「あ、はい。」
　小百合は血の気を引かせる看護師の言葉を一時だけ忘れようとするが、応輔の血液型を思い出そうにもそういう会話はしていないことに気がついている。


　病室が決まり、個室に入った小百合。目が覚めた頃には、圭輔の姿と豊乃の姿がある。応輔は、何かに気兼ねしたか、姿はない。

「目が覚めた？」

「あ、はい、お父さんは？」

「商工会の寄り合いで出たよ。」

「あ、そうなんだ。」
　小百合は豊乃の顔を見ると喉をならしツバを飲み込んだ。ごくりと渇いた喉の音が聞こえると、圭輔は、気を利かせるようにお茶を買いにいくと個室を後にする。

　扉が閉まるのを豊乃も小百合も見つめて目をあわす。扉が閉まり、自販機の場所を尋ねる声が消えると、どちらからとも無く言葉を発した。

　豊乃は、

「男の子はまた次ね。」

　小百合は、

「応輔くんって、血液型は？」

　即答したのは豊乃だった。

「応輔は、Ｏ型よ。」

　小百合は再び血の気が引いた。

「どうしたの？」

「Ａと圭輔さんのＡＢじゃ、、Ｏが出来ないんです。」

「え、看護師に？」

「、、、赤ちゃんの血液検査もするからって、、、それで、、、。」

「ＡとＯだとどうなの？」

「多分、ＡかＯだけだったと。」

「確率的にはＡも出来るんでしょ。」

　小百合は口ごもる。豊乃は、小百合の子が応輔のものであると聞くことも無く、小百合の言質を取った。豊乃には血液型のことは大きな障害でもない。

「圭輔さんがＢなら、、、Ｏでも問題はないらしいんです。」

「じゃ、それでいいじゃない、看護師が圭輔に聞くことも無いでしょ。あの子はＢ型、そういっておけばいいわ。心配しないでいいの。」

　会話の終わりと同時に圭輔が人数分のお茶を持ち帰っていた。会話の中身にふれず、お茶を受け取ると小百合は会話の中身ごとのみ干していく。


　面会時間の終わりが近づき、その旨を看護師が告げに来る。二人は、腰を上げ、小百合に必要なものの聞き取りを行い、明日また来ると伝え、帰宅した。看護師は血液検査の結果を少し眉を細めながら小百合に伝える。

「山内さん、血液検査の結果ですけど、、、。血液に大きな問題はありませんでした、ビタミンＫが不足しているのでシロップを飲ませています。」

「はい、悪いんですか？」

「いえ、どの子も新生児の時は少ないんで、補うために処方していますから、心配しないでください。それより、、。」

「他にも？」

「旦那さんって、、ＡＢなんですよね。」

「あ、いえ、あ、Ｂでした。」

「あ、Ｂなんだ。」

「どうかしました？」

「え、赤ちゃんの血液型がＯだったから、ま、新生児の場合少し時間を置いて検査したほうがはっきりするんですけど、ちょっと気になったんで。」

「あ、そうなんですね。Ｏ型ですか。」

「もうすぐ、お連れしますんで少しお待ちくださいね、お乳、出そう？」

「あ、はい、張ってて、。」

　看護師は小百合の胸を少し押さえながら、授乳の仕方を伝えていた。別の看護師が、小百合の子を連れ個室に入る。抱きかかえたわが子は母の目を見つめ戸惑うようにしている。小百合は大粒の涙をこぼしながら赤子に話し掛ける。言葉にならない感謝を伝え、その言葉に看護師も貰い泣いていた。

　張った乳房をブラから放し、先の尖った黒豆のような乳首を赤子の前に差し出す。本能のようにその乳首を吸い上げ、目を母の顔に向けたまま吸いつづけていた。母になった喜びを大きく感じた小百合は、一時この先のことこれまでのことを忘れ、まだ名の決まらない我が娘を愛しむように乳を与えていく。
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2015年11月21日掲載
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