レビレート はちみつ太郎 作
３０ 　確認のため、暗い地下通路の先に案内される。 　間違いが無いことを警察官に小百合は告げ、シーツを被せた。手続きをすると病院の関係者、葬祭のとりまとめをする看護師が小百合の周りに近づくが、小百合は呆然とし耳にそれが入らない。 　栞を抱っこしていた豊乃が、割って入り、以後の取りまとめの窓口を自分にするよう告げる。豊乃は、栞を小百合に渡すと、それらの人間らと廊下で話を始めている。扉が閉まり、蛍光灯の灯りの下、物言わぬ圭輔と対面するが、小百合には出る言葉がなくなっている。 　圭輔の顔を見ることが出来ず、被せたままのシーツを見つめているが、零れる涙は、そう多くはなかった。 　軽い聞き取りを警察に尋ねられる。今晩の小百合の所在、圭輔の交友関係、トラブルの有無。事故と告げられた割には小百合への疑いを晴らすような聞き取りだった。 　大きな問題はないようだと、警察官は言う。小百合は少し正気に戻り、経緯を尋ねる。 「新宮町の交差点で、大型のダンプカーとの正面衝突でした。」 「、、、。」 「ダンプカーの運転手は、業務上過失致死に切り替えて逮捕しております。」 「、、、。」 「ダンプが移動する時間帯が少し変なので、奥さんにも聞き取りをさせていただきましたが、職務ですので、申しわけありません。」 「あ、はい、とんでも。」 　それ以降の言葉は小百合の口から放たれない。警察官も、霊安室から立ち去る。入れ替わりでノックなしで入ってきたのは、応輔だった。数時間前まで、交わりを続けていたことを隠すような表情で、応輔は圭輔の横に近寄った。 「天罰？」 「誰の？」 「私の、、、したことの。」 「だったら、俺に喰らうだろ。」 　小百合は眠る栞を抱っこしたまま、圭輔の方を向かず応輔に視線を移す。 「まだ、聞こえてるよ小百合さん。ここでは内緒のまま。」 「うん。」 　シーツを被ったままの圭輔に、聴かれるはずの無い会話を止めた。無音の中、栞の寝息だけがスースーと聞こえる。応輔はシーツを捲ることなく、手だけあわせ目を瞑る。 「事故なんだよね。」 「うん、ダンプと、、、。」 「こんな時間に？」 「うん、警察も言ってた。けど、事件性はないだろうって。」 「そうか。」 　応輔は、小百合の抱える栞を抱っこしなおす。小百合は、応輔に預けると、圭輔に近寄りもう一度だけとシーツを捲り傷ついた顔を覗く。応急で縫い合わされた顎付近の縫合を見ると、すぐにシーツを被せ、栞を抱いたままの応輔に抱きつきむせび泣いた。栞はそれに気づくことなく寝息を立てたままだった。 　葬儀も四十九日も終わった頃。栞と秋の終わりを感じるように吹き付ける山からの冷たい風を浴びている。栞になんども家に入るよう告げるが、言うことを聞いてくれない。ベビーカーの中が気持ちよいのか散歩をねだり続けている。 　強引に方向を変え、家のほうに向かうと栞はぐずり泣き声を上げている。背を押すような声を豊乃が背後から掛ける。その声に泣き止んだ栞は、ぐずることなく家路に向かった。 「おばあちゃんのことは聞くんだ。」 「おばあちゃんって、豊乃ちゃんよ、ねぇ、栞ちゃん。」 　栞は豊乃に笑みで答え、手をにぎにぎしながら何かを伝えようとしている。豊乃の表情を感じたのか、ベビーカーの中で疲れを感じ昼寝の時間に入った栞の頭をなでながら豊乃は、２ヶ月ほどの問いを小百合に掛けなおす。 「一度、籍は外すこと、理解できた？」 「え、あ、はい。」 「旧姓に戻しても、山内の家に居てもいいし、待遇は変わらない。」 「、、、。」 「人目も気にしなくていい。だって、栞もいるんだし。」 　小百合は俯き、返答をしない。圭輔のいないここにいる意味、応輔の存在がなければ「ない」と答えられるが、豊乃の無言の打診は、小百合の中でも返事が出来ていた。 「応輔さんとは、、、。」 「世間の目、その時間の問題だし、あの子もまだ２回生、すぐそれとは。」 「そうですね。」 「アパートの往来は、気にしないから、世間の目だけ気にしてくれれば。」 「はい。」 「世間の目、、、わかるわよね。二人目のタイミングも。」 「わかっています。」 　小百合は豊乃の顔を見ることが出来ず、声のあとで頷き豊乃への承諾とした。満足そうな、顔でベビーカーのもち手を小百合に変えると、来た方向に戻り姿を消していく。 　圭輔への背徳はこの頃には豊乃の姿のように現れては消えている。それよりも、応輔への気持ちが大きく寄りどころとしてしまっている自分に自責の念を感じていた。
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2015年12月2日掲載
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