３　僕の中に女性願望が
　
　休みの日だった。
ケータイが鳴った。先輩の深尾さんからだった。
「おまえ、ちょっと、付き合えよ」
「どこへ？」
「今度、新しく出来た、ホームを見に行きたいんだ」
「なら、了解しました」

　僕は、先輩の車に乗せてもらい、市内から１時間、走った。
　海岸線に出た。
　砂浜があった。とてもきれいな白砂の海岸だった。
　そして、そこに、真新しいホームが建っていた。
「先輩、いいところですね」
「だろ？。俺、ここに勤めることにする」
「えっ？」
「俺、いやなんだ。出世とか、お金もうけ、とか。ここで、のんびりとやりたいんだ」
「でも…」
「確かに、市内からは遠い。でも、俺は、くるま、好きだし。通勤は苦にならないんだ」
「でも、なんか、町外れで。さびしくないですか？」
「まぁ、そうだが。しかし、これを機会に、あの女と、手を切りたいのよ」
「えっ！」
「だろぉが。俺は、おもちゃじゃない。バイブのちん○んでもない。ちゃんと、感情というものがある」
「ウン？」
「あいつは、俺の部屋に来ても、アレが終わると、すぐに帰る。まるで、何事もなかったような顔をして。そくさと帰り支度して、すぐに帰っていくんだ。もう、俺の神経、ずたずたなんだ…」
「……」
　僕は、黙っていた。実際、その場に立ち会ったこともないし。ただ、思えることは、深尾先輩としても、セックスだけでなく、澤田班長と、しんみりとした話がしたかったのかもしれない、と思った。
　体の交わりだけでなく、心のふれあいを、深尾先輩は求めたのだろう。僕は、それが自然なような気がした。深尾先輩の、心のふれあいを求めたい気持ちがわかるような気がした。
　でも、僕は、いたずらっぽく、言った。
「先輩は、それでいいにしても、澤田班長は、どうなんですか？」
「俺は、とにかく、区切りがつけたいのよ。だから、おまえ、ここのホームのこと、誰にも言うなよ。それに、俺、ここの近くに、引っ越すし、な」
「先輩、大丈夫なんですか？」
「俺は、大丈夫さ。そして、あの女も多分、大丈夫さ。あの女、近頃は、新しい事務部長と仲良く、やってるらしいからなぁー」

　深尾先輩は、秋口に入って、ホームを辞めた。
　そして、深尾先輩の補充として、専門学校を出たばかりの若い女の子が入ってきた。ともかく、２１歳にはなっているはずなのに、まるで、高校生みたいに、子ども子どもしているような子だった。
　僕は、その子が、女の子だとは思わなかった。異性という感じがしなかった。だから、僕は、気楽に声をかけてやり、仕事のことなんかを教えてやった。
　もっとも、僕が由香に仕事を教えていると、そばから、澤田班長から、口を挟んだ。
「篠塚君、そんな、いいかげんなこと、教えないでよ。由香ちゃん、わたしに聞きなさい、わからないことがあったら」
　で、僕は、班長がそばにいるときは、あまり、松尾由佳とは、しゃべらないようにした。由香としゃべっていると、澤田班長の機嫌がわるくなるからだ。
　僕は、班長のお小言には慣れている。しかし、由香が、僕と仲良くすることで、班長にいじめられるようになると、僕としては、困るのだ。由香が、かわいそうだ。

「啓介さん、どこ、行くの？」
「あっ、茶店」
「あたしも、いいかな？」
「ウン？」
「いいでしょ！」
　僕は、ことわりきれなかった。
　で、昼休み、ふたりで、喫茶店に行った。
「啓介さんは、情報工学をやっていたの？」
「はぁ、ア〜ン？」
「澤田班長さんから、あたし、聞いたもん」
「また、あの班長、要らんこと、言って。僕は、中退じゃ、中退じゃ」
「でも、まだ、そんなことに、興味あるんでしょ」
「なんでや、ねん？」
「だって、啓介さん、今日の、ニュートリノに質量がある、って新聞記事、ものすごく真剣に読んでたもの」
「あれっ、おまえ、変なとこ、見てるんだなぁ」
「だって、啓介さんは、いっつも、なんか、考えているんだもん。きっと、まだ、夢を捨てきれていないんだ、って、あたしには見えるよ」
「そう、かなぁ？。でも、ともかくさ、１９８７年にね、小柴昌俊さんが、超新星からのニュートリノをはじめて観測されたのよ。で、もって、今度は、２００４年、国際共同実験チーム（代表・西川公一郎）が、ニュートリノに質量がある、ってことを確めたんだ」

「あらっ、あなたたち、仲、良さそうね」
　見上げると、澤田班長が、そばに立っていた。
　僕は、由香との話に夢中になっていたんだろうか？、入り口の方が見えるところに座っていたのに、澤田班長が茶店に入ってくるのが、全然気がつかなかったらしい。
　そんなことを自問していると、もう、澤田班長が、僕の横に座っていた。化粧の匂いがきつかった。
「ねぇ、篠塚君、由香さんの歓迎会、してあげようよ。あなた、幹事、やりなさいよ」
「えっ？、でも？」
「あっ、やりたくないの？。ライバルだから？」
「何ですか？、ライバルって？」
　澤田班長が、店の女の子に、コーヒーを注文していた。
「あのね、由香ちゃん、うちの部長がね、来春、欠員補充で、正規の職員を採用する、ってよ。あなた、受けなさい。あなたなら、大丈夫だから。もっとも、ペーパーの試験とかもあるから、今から、勉強しておきなさい」
「あっ、そりゃ、よかったね、松尾さん！」
　僕は、目の前の由香に、そう言った。
「あらっ、篠塚君は、受けないわけ？」
「いや、僕は、ホームより、病院がいいので」
「まぁ、高望みしちゃって。何でもいいから、受けなくっちゃ」
「僕は、いいですよ。松尾さんが受ければ、それで」
「ったく、あなたって、ぼんぼん、なんだからぁ〜」
　目の前の、由香はうなだれていた。
　なんか、気まずい、雰囲気になった。
　で、僕は、ホームの職員採用試験の話から、話題を変えたかった。
「しかし、ニュートリノって、質量があるんですよね。それなのに、何で、ニュートリノって、どんな物質もすり抜けられるんでしょうかね、透明人間みたいに」
「篠塚クン、そういうのも、いいけど、まず、自分の足元、固めなさい」
「アインシュタインによれば、質量はエネルギーに変換される。ニュートリノって、結局エネルギーそのものなんだろうか。エネルギーそのものに変換できれば、モノは何でも、どこへでも、トランスポーテーション（瞬間移動）、できるかもしれない」
　由香が、真面目そうな顔をして、僕の方を見ている。
「ねぇ、啓介さん、アインシュタインって、犬よね、あの、映画の、バック・トゥ・ザ・フューチャーに出てくる。それなのに、物を考えるの？」
「ハァ、アン？」
　と、僕は、由香に、小首を傾げていた。
　今度は、そばから、澤田班長の声がした。
「篠塚君、真面目に勉強しなさい。そんな夢みたいなこと、考えずに」
　完全に、場は、白けてしまった。
　しかし、とにかく、僕は、松尾由香の歓迎会の幹事をおおせつかってしまった。

　由香の歓迎会を、僕が仕切った。
　僕は、けっこう、気を使い、バタバタしていた。
　なにせ、ビールだけにしておいてくれればいいのに、ワインが欲しい人、チュウハイがいい人、水割りがいい人、カクテルが飲みたい人と、いろいろ、あって。
　で、次は、カラオケボックスへ、と皆さんを案内して。
　そこでも、僕は、皆さんの、飲み物とか、おつまみとかを注文して。なかには、スパゲッティーとか、焼きそばとか、寿司を食べたいとか、いう者もいて。
　ようやく、歓迎会が終わった。
　僕は、由香のために、タクシーを呼んでやった。
　僕は、歩くことにした。タクシー代がもったいない、駅までは歩こうと思った。そこから、タクシーに乗ってもいい。

「ちょっと、篠塚クンって、待ってよ」
　後ろを振り返ると、澤田班長だった。
「どうしたの、ひとりで」
「ハァン？」
「由香ちゃんは？」
「帰りましたよ」
「あらっ、ちゃんと、送ってあげなくっちゃ」
「そんな、いいおとながぁー」
「ったく、あんたって、気が利かないのよねぇー」
「ウン？」
「由香ちゃんは、君のこと、好きなのに」
「そんな馬鹿なこと、言わないでくださいよ」
「ちょっと、屋台のラーメン、食べて、帰ろうか？」
「はぁ…」
「じゃ、行きましょ」
　僕は、班長に、腕をつかまれていた。

　僕は、班長に、屋台に連れて行かれた。
　ラーメンを食べるつもりなのに、班長は、おじさんに、ビールとおでんを注文しているのだ。
　で、いつのまにか、僕のグラスには、ビールが注がれ、僕は、班長に、アゴで合図され、班長のグラスに、ビールを注がされていた。
「ところで、篠塚クン、深尾さん、どうしてる？」
「えっ！。僕、何も、知りませんよ」
「あらっ、とぼけちゃってぇぇ」
「知りませんよ、先輩のことなんか」
「まぁ、いいわ。男同士の友情って、やつでしょ、どうせ」
「……」
「結局、深尾さんも、弱い人間だった、ってことかな」
「そんな。そんな言い方したら、先輩が、かわいそうですよ」
「何で？」
「先輩だって、悩んでいて」
「あの人、そんな、悩むような人じゃないわよ。わたしから逃げられて、ほっとしてるわよ」
「そうでしょうか。そんなに、すぐに割り切れるものなんでしょうか」
「ぉっお〜、君も、けっこう、大人びたこと、言うんだね」
「すみません、生意気なこと言って」
「いいよ。でも、わたしも、割り切るまで、けっこう、悩んで。彼の、将来のこと、考えたら、もう、この辺で、彼のこと、解放してあげた方が、いいんじゃないかと、思って」
「そうですか…」
　横を見ると、澤田班長は、肩を落としていた。
　やはり、深尾先輩から捨てられて、ショックは、ショックなんだと、僕は思った。
　僕は、ビールを飲んでいて。かなり酔いを感じていた。しかし、班長の声が耳に入った。
「今は、さみしいな」
「でも、班長。班長はいいですよ、深尾先輩の方が、むしろ」
「どうして？」
「だって、班長には、ご主人もおられるし…。それに、事務部長さんも…」
「あらっ、やっぱり、篠塚クン、深尾さんから、何か、変なこと、聞いたんだ」
「そんなこと、聞いてませんよ」
　僕は、顔を赤くしてしまった。
「何で、他人って、ああいう、うわさ、したがるのかしらね」
「班長、やっぱり、あれは、うわさなんですか！」
　僕は、自分でも、びっくりするくらい大きな声で、聞いていた。
「馬鹿ねぇー、篠塚クンも。そんなうわさを気にするなんて。やっぱり、女は損よね。上司と飲んでいても、噂されるんだからぁ。男同士でお酒を飲みに行っても、まったく、それは、あたりまえのことなのにぃ…」
　僕は、うなだれていた。班長の言うことは、実際、そのとおりだった。しかし、僕もやっぱり、男なんだと思う。同じ働く仲間なのに、やはり、男女という、性の違いに、特別な感情を持ってしまう。
「すみません、班長。僕も、偏見な見方しかできなくて…」
「これからは、やはり、仕事の世界でも、家庭生活においても、男女共同の考え方を持つべきだと、わたしは、思うけど…」
「そうなんですよね。仕事の面でも、家事の面でも、男女対等ですよね」
　班長は、頷きながら、僕の生意気な言葉を受け止めてくれた。

　班長は、遠くを見るような目をして、僕に、しゃべりかけていた。
「わたしたち夫婦はね、恋愛結婚なのよ。あの頃は、主人も優しかったのよね。でも、あれから２０年も経っちゃった。２０年も経つと、男の人は、熱が冷めるのかなぁー。わたしが班長になった時、彼は喜んでくれて。そして、応援してくれて。言葉だけじゃなくて、料理に洗濯に、掃除にと、家事にも協力してくれて。でも、近頃は、彼は、家事のことは、何もしなくなって。男女は対等な立場で、自然にふたりで補い合いながら、やっていけると、わたし、思っていた。でも、彼の場合は、『俺は、仕事で遅くなるおまえのために料理をつくってやっている、おまえが疲れているから、家事の協力をしてやっている！』みたいな意識があって。昔は、愛情とか思いやりとかで、そういう意識が覆い隠されていて。でも、結婚生活も長くなってくると、愛情が薄れ、そういう、協力してやっているというような意識が前面に出てくるようになって。でも、わたしは、わたしさえ変われば、彼の、そういう意識も変わってくれると思っていたわ。でも、わたし、今は、そういう努力さえ、しようという気力を失ってしまって…」
　見ると、澤田班長は泣いていた。
　僕は、何も言えなくて、じっと、うつむいていた。
　愛情というものは、時間とともに、そんなに徐々に、薄れていくものなんだろうか、僕は、ひどく寂しい気持ちになっていた。

　それから、僕は、自分の無力さを感じ、ビールを飲み、何とか、班長を元気づけられないだろうかと考えていた。しかし、班長は、さらにビールを注文し、手酌で入れて、グラスを開けていた。
「班長、そんなに飲んで、大丈夫なんですか？」
「だいじょうぶよ」
　班長の顔は赤くなっていたが、その目が濡れていて、僕は、ドキッとして、次の言葉を失っていた。
　僕は、なぜか怖くなっていた。
　僕は、急に立ち上がっていた。
「では、班長、もう遅いので、僕はお先に、失礼します」
　僕は、後ろも振り返らず、急ぎ足で、駅の方に向かっていた。
　タクシーに乗り、僕は、ほっとした。ほっとした時、『あっ、お金、払うの、忘れた』と思った。いまさら、引き戻せなかった。明日、お金を返せばいいと思い直した。
　そして、あの班長の濡れた瞳を思い出し、なぜか、ドキッとした。

　僕と、由香は、それからも仲が良かった。
　しかし、何かと、僕と由香の間に、澤田班長が割り込んでくるのだった。僕は、うるさくてかなわなかった。しかし、由香は、いつも、笑っていた。
　僕は、由香と、休み時間に、長いすに座って、缶コーヒーを飲んでいた。
「由香、変なこと、聞いて悪いけど、澤田班長は、おまえのこと、いじわる、してないよな」
「うん。とっても、親切にしてもらってるよ。どうして？」
「なら、いいさ。僕は、班長にきらわれている。おまえが、そんな僕と話をしていて、班長に疎まれると、いやだな、と思ってさ」
「啓介さん。班長さんは、きらってないよ」
「へぇ、そうかい？。僕は、いつも失敗してのにぃ…」
「むしろ、班長さんは、啓介さんのこと、好きみたいだよ」
「まさか？！」
「だって、班長さん、わたしによく聞くのよ、『篠塚クンとは、どんな話をしているの？』って」
　僕は、そんなこと、あるわけない、と思った。

　冬になり、ようやく、僕は、仕事にも職場にも、慣れたような気がする。
　班長に、お小言をいただくことも少なくなったし、由香も、仕事と、正規職員の採用試験に向けての勉強と、両立させながら、がんばっているみたいだった。
　１２月２８日までが、僕の勤められる期間だった。
　年が明けてから、育児休業の職員の人が、職場復帰される、ということだった。
　僕は、クリスマス・イヴの日、宿直をすることになった。
　その日の夕方のことだった。澤田班長が僕のところにやって来た。
「篠塚クン、今晩のビデオ鑑賞会ね、このビデオにして」
「はい」
　僕は、班長から、ビデオを預かった。
「啓介さん、何、それ？」
「あっあ、これね、入所の皆さんに見せる、機能訓練用の啓発ビデオ！」
「なんで？」
「いや、今晩、僕、宿直だから。夕食のあと、皆さんに、見てもらおう、かな、と」
「あら、そうなの？」
　僕は、ひやっとした。
　しかし、なぜか、由香には、こんなものは見せたくなかった。就職試験前に、変な雑念を入れるのは、まずいと思った。
「それよりさ、由香、ちゃんと、問題集、やってるか？」
「あのぉ、啓介さんは、どうするの？」
「僕は、来年、４月から、募集の案内書、取り寄せて、色々と、病院関係を受けてみるさ」
「あると、いいね」
「ああ。僕は、県外の病院も受けてみるよ」
「さみしくなるね」
「ばぁ〜か」
　僕は、面倒臭いので、カバンを持って、宿直室へ逃げた。

　ビデオ鑑賞会は、６時半からだった。
　ローソンで買っておいた、カップ麺を僕は食べていた。
　ひまだったので、ビデオの入っている箱を開けてみた。中を開けると、パンフが入っていた。それに、なんか、ビデオのあらすじが書いてあった。
　どうも、時代背景としては、昭和の初期のものらしい。芸者さんと、学生さんとの恋物語で、森鴎外の『雁』という小説が、下地になっているらしかった。むろん、僕は『雁』という小説など、読んだことはない。ただ、大学のセンター試験受験のため、森鴎外には、ドイツ３部作として、『舞姫』、『うたかたの記』、『文づかひ』というが３つの作品がある、というぐらいな知識しかない。
　僕は、遊戯室に行った。暖房をかけ、パイプ椅子を２０個ばかり並べ、ビデオカセットにビデオを入れ、いつでも、スタンバイ・オッケーの状態にしておいた。
　男性入所者の人たちが集まり、僕が、遊戯室の蛍光燈を消そうとした時だった。
　澤田班長が現われたのだ。
　しかし、僕は、皆さんが待っておられるので、ライトを落とした。
　そして、一番後ろのパイプ椅子に座って、リモコンのスタートボタンを押した。
　と、そばで、化粧の匂いがした。
　僕は、驚いていた。そばに、班長が座っていた。自分で椅子を持って来たらしい。近過ぎる。
『なんで、こんなに近くに座るんや、まだ、空いてるとこ、いっぱいあるのにぃ』
　そして、寒いのか、班長はひざ掛け用の、小さな毛布を、膝の上に掛けていた。班長は、なんか、真っ直ぐに、ヒデオ画面を見ていて、僕は、話し掛けられなくて、何も言えないまま、視線を正面に戻していた。
　なんと、ビデオは、カラーでなく、白と黒のモノクロであった。そして、活弁士とかいう活動写真の口頭解説者の解説入りだった。セリフは字幕スーパーとしても出ていたが。
　でも、おじいちゃんたちは、シーンとして、見ていた。
　しかし、僕としては、ストーリーの流れが、スローテンポで、かったるくて、退屈だった。
　そのうち、ビデオの画面では、芸者さんが、自分の部屋へ、学生を引き入れていた。そして、なんと、芸者さんが、学生さんの首の後ろに手を回し、自分の方から、キッスをしているのだ。
『んな、馬鹿な。昔の女の人は、慎ましかったのに。こんな馬鹿なことはない』と、僕は、ちょっと、舌打ちしていた。
　しかし、なにか、こんな風に、じっくりと長く、男女がキッスをやってるシーンを見せつけられ、芸者の女の人の恍惚とした顔の表情を見ていると、かったるいどころじゃない、僕は、股間のモノが硬くなっていくような気がした。
　と、僕は、股間のモノが誰かに触られているのに気がついた。見ると、僕の膝の上には、いつのまにか、毛布が掛けられていた。そして、その毛布の下で、僕以外の誰かの手が蠢いている。僕は、顔を右に向けた。班長の、真面目な顔をした横顔があった。班長の顔は、正面の画面の方に向いている。下を見た。班長の腕が、僕の方にある。
　僕は、びっくりした。
　班長の腕をどかそうとした。しかし、なぜか、僕の右腕が、緊張のあまり動かせないでいた。
　画面から、僕は、目を落としていた。そして、とにかく、大きくなったモノを平常時の状態に戻そうと、僕は、懸命になっていた。
　しかし、僕の右側から、毛布の下を潜り抜けて、侵入してきた手が、なにやら、微妙な動きをして、僕の頭の中は、混乱しはじめていた。
　僕は、ロボットの手なのだ、と思おうとした。
　しかし、それは、機械ではない動きをした。僕の予想しない動き方なのだ。まるで、その手に意思があるような動き方だった。
　そして、その手は、ズボンのチャックに当てられる。
『班長、やめてください』
　しかし、声が出せなかった。それで、僕は、からだを前に突き出し、右の斜め上の、班長の顔を覗き込みながら、首を左右に振って、『ダメダメ』という合図を送っていた。
　しかし、班長は、画面に向けた視線を逸らさなかった。僕の方を見てくれないのだ。
　僕は、怒って、無視することにした。
　僕さえ、興奮せず、冷静になって、やわらかく、平常時の大きさに戻せば、相手も、それ以上、しつこくしないだろうと思った。
　しかし、そうは簡単に行かない。小さくならないのだ。チャックを降ろした、女性ロボットの手は、今度は、僕のスボンをずらし、トランクスの上にやってきた。そして、その、まるで、人間の手のように、あつく熱を帯びた手は、トランクスの上から、硬くなった僕のモノを、撫でさするように愛撫していくのだった。
　なんという手の動きなのだろう。これは、すごい数のシナプス（神経支）系細胞のプログラミングが施されているにちがいない。アニメ映画では、人間の動きと同じような動きを登場人物にさせるには、すごい数の原画を積み重ねていくように、ロボットでは、知能制御システムの中に、すごい数のソフト・プログラムを組み込まないと、こんな動きは出せないはずだった。
　ついに、女性ロボットの指先が、トランクスのわきから、中に侵入してきた。
　まず、陰茎の根元、蔭嚢のすぐ上のところを人差し指が、なぞっている。その人差し指が、陰茎の裏側の中ほどに至る。
　もう、陰茎を、元のやわらかな、海綿体状態に戻すことは、不可能に近かった。陰茎は、全身から血液を集め、すでに、下腹部にぴったりと、くっ付くほどに、その勃起度を高めているのだ。
　ロボットの指先が、陰茎の裏側を這って、やがて、先頭部の雁首に達する。
　親指が上部付近の陰茎を撫で、人差し指と中指の腹が、先頭部に優しい刺激を与えていた。先頭部の裂け目になった、通常は尿酸水という黄色の色をした液体が排出されるところの出口からは、すでに透明な色をしたカウパー氏液がにじみ出ている。
　大脳の総司令部では、全員、沈着に対処するよう、命令が出されているが、もう、みんなの顔は、蒼白で、沈痛な面持ちであった。
　ロボットの、人差し指と中指が、硬い陰茎を、前側と後ろ側から挟みつけ、上下動による、強い刺激を加えはじめている。その動きに、大脳の総司令部の全員、もう誰もついていけない。単純なる往復運動ではなく、途中、予測しない時点で、「ひねり」が入るのだ。異星人による攻撃の手法は、誰にも予測がつかなかったのだ。大脳の総司令部室で、スクランブル・サイレンが鳴り響いた。
　と、その時、僕の目の前で、超新星が爆発し、多量のニュートリノが、闇の宇宙へと飛び散って行った。
　ビデオが終わっている。僕は、急いで、リモコンのストップ・ボタンを押した。
　僕は、急いで、トランクスと、スボンを引き上げ、大声で、参加者のおじいちゃんたちに告げた。
｢今晩は、これで、終わりです。アンコールアワーはなし、です｣
　僕は、遊戯室を飛び出していた。
　気体素粒子群のニュートリノは飛び出したはずなのに、液体系の放出物は、海綿体にまとわりついていた。
　宿直室に戻る。
　そして、スボンを脱ぎ、ティッシュで、やわらかくなった陰茎のまわりをきれいに拭き、トランクスについた、液体系の放出物をぬぐった。
　どうも最近、問題集の問題解きをしていて、Ｍａｓｔｅｒ・べーしょんというやつをしなかったのか、情けないほどに、ティッシュが多く要った。もう、なくなった。
　ローソンに買いに行くか、トイレの固い紙でもいいかと、思いながら、ドアの前に立つ。
　ノブに手を掛けたら、ドアがひとりで、開いて。澤田班長が、立っていた。
「あなたね、勝手に、逃げて。わたし、セットを片付けて、皆さんに解散してもらいましたよ」
　そんなこと、言いながら、班長は、宿直室へ入ってきて。後ろ手で、班長が、ドアをカチリと、ロックしている。
　僕は、スボンがずれていて、格好わるくて、下を向いていて。
　班長の顔が動いたように思われた。僕は、顔を上げた。班長の顔が、こっちに向けられていて、その目が開けられ、その目が僕の方をしっかり見ていて、その目が濡れていた。
　僕は、一瞬金縛りにあったような。
　僕は、班長の目をじっと見詰めていた。
　そして、僕は、後ずさりしながら、尻餅をついていた。
　班長も、畳の上に座り、僕の目を看ていた。
　僕は、班長の目に、言葉にならぬ言葉をかけていた。
『班長、やめてください。あなたには、ご主人がおられるのですよ』
　そのとき、班長の目が、僕に、語りかけてきた。
『あなたが好きだわ、わたしは、あなたと、やりたいの』
　僕は、声にはならぬ、班長のささやくような言葉を、班長のくちびるの動きから察していた。
　僕は、恐ろしかった。
　おそるおそる、後ろ手に、腕を畳につき、尻を動かして、後ずさりをしはじめていた。
　班長が、膝を進めながら、僕の方へにじり寄って来る。
　と、班長が、僕の肩の上に、手をあずけてきた。僕は、右手を伸ばし、震える手で、肩に置かれた、班長の手を振りほどこうとしている。しかし、その班長の、僕の肩に置かれた手は、僕の肩に張り付いていて、びくともしなかった。
　僕の、脳細胞に、冷たいものが走った。
　恐ろしかった。
　班長が、さらに、にじり寄って来る。僕は、右手を伸ばして、班長の腿のあたりに置き、班長を、後ろの方へ突き放そうとする。しかし、班長の腿には意思があって、僕の手は跳ね返されている。
　班長の長い髪の毛が、僕の顔に降りかかる。化粧の匂い、そして、雌の匂いがした。
　僕のくちびるに、班長のくちびるが、おおいかぶさってきて。
　熱い班長のくちびるが、僕のくちびるを攻める、口を開かせようと。
　くちびるで、僕の口が、こじ開けられる。
　と、僕の大脳が、痺れた。
　僕の目に、涙がにじんだ。大脳の細胞が弛緩した。もう、理性的には物事がきちんと整理できない。
　後ろ手で、僕は、自分の上体を支えていたのに、頭が落ちて畳に付き、上体が仰向けに寝かされ、班長が、覆いかぶさってくる。
　班長のくちびるは、濡れていた。
　その班長の、くちびるの濡れを、僕の心の中の感情が、受け入れ、僕の心を濡らしていた。
　僕は、まるで、女性ロボットの持つ感情プログラムを外部から、胸部に挿入されたような気がした。
　僕の頭の中で、大きな男性の陰茎が裂け、やがて、それが広がって、女性の大陰唇、小陰唇に変貌していく。
　そして、陰茎の先頭部は、細胞分裂でも起こしたかのように、女性の陰核、尿道口へと分離していった。
　左右二つの男性の陰嚢が、凝縮し、硬くなり、そして、それが股座の間を裂くように体内に侵入して行く。
　そして、股座に、陰嚢が食い込んだとき、膣という名の、女性のみが持つ、筒状のものに変形して行く。
　そして、陰嚢の中にあった、ふたつの丸い男性特有の核は溶解し、中から、女性特有の分泌液を放出した。
　放出された分泌液の中の女性ホルモンは、膣という筒状のものから、子宮、副腎、乳房、甲状腺、脳下垂体、大脳へと這い上がり、からだ中に、広がっていく。
　その女性ホルモンが、大脳総司令室に侵入した。
「アン、班長さん、やめて！」
　僕は、女性っぽい声で、班長に懇願していた。
「篠塚、静かにするんだ。僕は、君が欲しいのだ」
　班長は、男性っぽい声で、上から、僕を威圧しようとしていた。
　澤田班長は、おとこになり、僕は、おんなに変わっていったのか！？
　
　澤田純子さんは、僕のからだの上にのしかかり、僕を征服しようとしているのです。
　純子さんは、女なのに、男のように、僕の唇を吸いながら、僕の平べったい乳房を撫でています。
「アン、いやぁ〜ん」
　僕の乳房には、性感帯はないはずなのに。
　でも、純子さんの手で揉まれると、僕は、胸の辺りが気持ちが良くて。
　純子さんは、自分の口を僕の耳元へ。
　そして、ささやくのです、僕に。
「篠塚、俺は、前から、おまえのことが好きで…」
　純子さんは、僕の耳からうなじへと、舌を這わせて。
　そして、僕の乳房を揉みながら、乳首を自分の口に含んで。
「あああ、いやいや！」
　でも、僕は、そう言いながらも、陰核が尖り、膣内の襞肉が、濡れていくのがわかるのです。
　純子さんの手が、僕の硬くなった陰核に触れて。
「アッ、アアアッ！」
　背筋が、ゾクゾクッとして、電流が背中から、足先にまで流れて。僕は、腰をよじり、背中を逸らしていました。
　純子さんに、陰核をやさしく、なぞられるたびに、新しい僕の、空洞の壷に、蜜がジワッと湧き出てくるのです。
　でも、純子さんは、なかなか、僕の蜜壷に、自分のモノを入れてくれません。
　僕は、手を伸ばして、純子さんのモノを探し、掴みます。
　純子さんのモノは、小さくて。小指くらいしかなくて。でも、とっても、硬いのです。それを早く、僕は、僕の中へ入れてもらいたくて。
　純子さんに、乳房やわき腹を口びるや舌先で愛撫され、指先で陰核を撫でられると、もう、僕の頭の中は真っ白になり、蜜壷だけが意思を持って、純子さんの固いモノを欲しがっていて。
「はやく、はやく」
　僕は、腰を浮かしていて。
　純子さん、入れてくれた。
「アン、いいーっ！」
　僕は、入れられただけなのに、それだけで、のけぞり、暗いブラックホールの中に、体ごとスーッと吸い込まれ、意識を失って行きました。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（おわり）