若妻・預かります ひら 作
◆第３章 　そんな騒動が落ち着いて長風呂からやっと上がった後、俺はナイトガウンを羽織りながら、未だに恐縮している優美さんに向かって話しかけていた。 「当分の間、俺は居間のソファで眠るから、優美さんは寝室のベッドを使ってくれ」 「そ、それは、晃さんに申し訳ないです。勝手に押しかけて来て迷惑ばっかりかけているのに‥‥」 「気にしないでいいって。仕事で残業した時などは、よくソファで眠ってしまっているから」 「でも‥‥」 　彼女は自宅から持参して来たのであろう、ピンクの可愛いらしいネグリジェを着ただけの悩ましい姿で考え込んでいた。 　ブラは着けていないようで、淡く透けて見える形のいい乳房のシルエットに思わずドキッとしてしまう。 「‥‥晃さん、私と一緒に寝てくださいませんか？」 「はぁ？」 「私‥‥、ある事件で酷い目に遭って以来、一人で寝るのが物凄く怖いんです‥‥。こんな初めての場所で一人っきりにされてしまったら、どうにかなってしまいそうで‥‥」 「そ、それって‥‥朝倉が言っていた“心の傷”と関係しているのかい？」 「ええ‥‥。自分でも面倒な女だということは十分にわかっているんですが‥‥。晃さん、ぜひ一緒に寝てください！ お願いします！」 　彼女は真剣な顔つきで俺をすがるように見つめてきた。 　先ほどもそうだったが、俺は彼女に頼まれるとイヤとは言えなくなってしまうようだな‥‥と思いながら頭を掻く。 「ふう‥‥、しっかしなぁ、いくら俺がＥＤだからといっても、君は親友の奥さんなんだぜ。それこそ朝倉に顔向けできないよ」 「晃さん。私が一人で寝られないことは、夫も当然知っています‥‥」 「あ、そうか‥‥。って、あ、あの野郎‥‥、それを承知の上で愛妻を置いていったというのか‥‥」 「夫はそれだけ晃さんのことを信頼しているんだと思います」 「にしたってなあ‥‥。俺だったらこんなにきれいな嫁さんを、他人の手には絶対に委ねないぞ‥‥」 「うふふ、ありがとうございます」 　そんなやり取りがあって、結局俺は優美さんと寝室のセミダブルベッドで一緒に寝るハメとなってしまった。 　当然の事ながら、狭いベッドで寝る以上はお互いの身体を密着させなければならない‥‥。 　彼女はしばらくの間、布団の中でモゾモゾ動いていたかと思うと、俺の胸にそっと手を伸ばしてきて、半ば抱きつくような体勢になってやっと落ち着いてくれた。 　しかし、俺の方はというと、右側面にぴったりと柔らかな身体を密着され、おまけに彼女の発する甘い香りがすーっと漂ってきて、とっても眠りにつけるような状況になかった。 「優美さん、こんな状態では眠れないよ」 「え？ なぜですか？ やっぱり私のこと‥‥ご迷惑ですか？」 「あ、いや、そういうんじゃなくて‥‥、こんなにきれいな女性に密着されていたら、ドキドキして眠れないという‥‥」 「ああ、よかったぁ。実は私も同じで‥‥、おまけに、晃さんが私のことをきれいだって言ってくれたから、さらにドキドキしてしまって‥‥」 「いや‥‥だったら、もう少し離れて寝た方がいいんじゃないか？」 「それはイヤです。晃さんを少しでも感じていたいから」 　彼女はそう言いながらさらに強く抱きついてきた。柔らかな乳房が俺の身体にグニュッと押しつけられる。プルプルと揺れる甘美な感触にたまらなくなってくる。 　心の中で“彼女は人妻なんだ”と何度も唱えながら、“思いっきり抱き締めたい”という衝動を何とか抑えていると、彼女が俺の耳元で囁くように聞いてきた。 「私のこと‥‥嫌いですか？」 「嫌いなわけ‥‥ないだろう？」 「私は、晃さんのことが‥‥好き」 「俺も‥‥優美さんが好きだよ。‥‥けれど君は親友の奥さんでもあるんだ。“好き”という以上の関係になってしまってはいけないと思ってる。それは優美さんも同じだろう？」 「そうでしょうか‥‥？ 本当に好きになってしまったら、そんなこと関係ないんじゃないですか？」 「うっ、とっても人妻とは思えないセリフだな‥‥」 「だって、本当に愛してしまったら‥‥、相手が結婚しているかどうかなんて‥‥全然関係なくなってしまうと思うんです」 「確かにそうかもしれないけど‥‥、いや、仮にそうだったとしても、俺はその相手を満足させてやる事さえできない‥‥欠陥品の身体なんだ」 「晃さん、それは私も同じですよ」 「え‥‥？」 　彼女は俺の肩口に顔をうずめながら震える声で話し出した。 「私も‥‥男のヒトとのセックスで‥‥イケない身体なんです」 「その理由を‥‥聞いてもいいかい‥‥？」 「はい‥‥。私が中学３年生の時のことでした‥‥。夜中に息苦しくなって目を覚ますと、大好きだった叔父が身体の上に乗って私の首を絞めながら“おとなしくしていろ”と強い口調で命令してきたんです‥‥」 「私は飢えた獣のような叔父の姿にガタガタと震えながら頷きました‥‥。そうすると、叔父はニヤッと笑いながら私のパジャマを剥いでいき、身体中をべろべろと舐めまわして、最後には私のアソコに大きなモノを挿入して来たんです‥‥。私は痛くて悲しくて怖ろしくて、ボロボロと泣き続けました‥‥」 　俺はあまりにも衝撃的な内容に話す言葉を失っていた。 　そして、先ほどのバスルームで、俺の大きくなったペニスを見て、彼女が激しく動揺した理由がわかったような気がした。 　幼い頃から信頼してきた肉親の一人に裏切られ、そして強姦されたという悲惨な出来事は、間違いなくペニスというモノに対する激しい恐怖へと繋がっていったはずだから‥‥。 「そんな怖ろしい出来事が、それからも何度か続いて‥‥。私の異変に気づいた母に詰問されて正直に打ち明けたところ、私はすぐに自宅から遠く離れた私立の女学校に転校させられてしまったんです‥‥」 「それからはずっと学校の寄宿舎で生活してきました‥‥。幸い寄宿舎では優しいルームメイトに恵まれて、ボロボロだった私の心も徐々に回復していきましたが、それ以来、男のヒトのアソコには恐怖しか感じないようになってしまって‥‥」 「君の人生を滅茶苦茶にした‥‥その叔父という名の“人でなし”はどうなったんだ？」 「あれ以来、会っていませんが‥‥、何事もなかったように暮らしているはずです」 「そ、そんなバカな！」 「私の家はある製薬会社の経営者一族で、当時はその叔父が社長で、私の父が常務を務めていたんです‥‥」 「そうか‥‥。身内のスキャンダルが会社の信用失墜に繋がる事を怖れて闇に葬ったというわけか‥‥」 　俺は悲しい過去の事件を話し終わり、全身を小刻みに震わせている彼女の姿を見た瞬間、その身体を思いっきり抱き締めていた。 「私は‥‥、夫とのセックスでもイケない身体なんです‥‥」 「優美、もういい！」 「私の方こそ、好きなヒトを愛する事ができない汚れた身体なんです‥‥」 「そんな事はない！ 君の心と身体はとってもきれいだ！」 「うっ、うっ‥‥、晃さん、ありがとう‥‥」 　彼女の流す涙が俺の胸をしっとりと濡らしていく。彼女の悲しみが俺の心を深く濡らしていく‥‥。俺はそんな彼女の震える身体をきつく抱き締めると、美しい黒髪を何度も何度も撫でてやった。
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2010年1月9日掲載
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