若妻・預かります ひら 作
◆第７章 　俺は一生忘れる事ができないであろう忌まわしい事件の記憶を、ポツリポツリと噛み締めるように話し始めた。 「今から３年前‥‥、俺には結婚を約束した春香という恋人がいた。彼女は周りの友人たちをいつも気遣うような優しくて温かい性格の女性だった‥‥。そんなある日の事、二人で飲みに行った帰りの夜道で、３人の卑劣な男たちに襲われたんだ」 「俺は後ろからいきなりバットで殴られ、意識が戻った時には、彼女は全裸に剥かれており、身体中に痛々しいアザをつくっていた‥‥。俺は何とか彼女を救おうともがいたが、両手両足をロープで縛られ、口には猿ぐつわをはめられていて、身動き一つとることができなかった‥‥」 　俺は悔しさに奥歯を噛み締めながら声を吐き出していく。 「俺はそんな情けない状況の中で、愛するヒトが凌辱されていくのをただ呆然と眺めていたんだ‥‥」 「そ、それは、晃さんのせいじゃ‥‥」 「いや、俺のせいなんだ‥‥。春香は俺の目の前で犯されていった‥‥。そして彼女は、最初こそ激しく抵抗していたが、男たちに何度も何度も犯されていくうちに、明らかに感じ始めていったんだ‥‥。俺にはとても信じ難い光景だった‥‥」 「‥‥そして彼女は‥‥甘く切ない声を張り上げながらついにイッてしまった‥‥。その時俺は“彼女に裏切られた”と心の底から思った。俺を愛していると言った彼女の言葉が信じられなくなっていた。凌辱されながらも激しくよがりまくる春香の気持ちが全くわからなくなっていたんだ‥‥」 　優美は悲しげな瞳でじっと俺を見つめていた。俺の腕をつかむ彼女の指先に力がこもってくる。俺はそんな彼女のためにもその先を続けていく。 「そんな時だった。彼女の視線と俺の視線とが交錯したのは‥‥。気がつくと彼女を激しく睨みつけていた。俺には彼女がどうしても許せなかったんだ‥‥。春香はそんな俺を見てポロポロと涙をこぼした。しかし俺はそんな彼女の姿を見てさえも、“イイ気味だ”と思っていたんだ‥‥」 「そして、そんな悪夢のような状況の中で彼女はさらに凌辱されていった‥‥。俺は悶えまくる春香の姿を凝視しながら、心の中で“そんな淫売女は徹底的に犯されてしまえ！”と叫び、そして激しく乱れまくる恋人の姿に興奮し、終いには勃起までしていたんだ‥‥」 　そう話しながら俺は頭を下げて懺悔をしていく。死んでしまった春香に対して、そしてこんな俺のことを好きだと言ってくれた優美に対して‥‥。 「次に、俺が目を覚ましたのは‥‥病院のベッドの上だった。俺は抜け殻のような状態で、ずーっと白い天井を眺め続けていた‥‥。翌日になって、やっと同じ病院に入院したという春香の病室を訪ねて行ったが、本人の“会いたくない”という一言で俺はあっさりと引き返していた‥‥」 「俺は正直ホッとしていたんだ。彼女に会うのがたまらなく怖かったから‥‥。けれど‥‥、それが彼女との最後になってしまった‥‥。その日の夜遅く‥‥春香は‥‥病院の屋上から飛び降りたんだ‥‥。“愛してる”というたった一言のメモを残して‥‥くっ」 　優美は俯きながら話を続ける俺の頭を優しく抱いてくれた。俺はそんな彼女に対して自分の心の弱さを告白していく。 「あの時、彼女の身体は‥‥確かに快感を感じていたかもしれない‥‥。けれど、彼女の心は変わらずに俺を愛してくれていたんだ‥‥。彼女が自殺をして初めてその事に気づいた俺は、半狂乱になって泣き叫んでいた‥‥」 　俺は頭を垂れたまま絞り出すように声を出していく。 「俺は死を選ぶほどに追い込まれていた恋人を救えなかったばかりか、そんな苦悩する彼女に欲情してしまった最低のクズなんだ‥‥。こんな男が‥‥ヒトを愛する資格なんて‥‥無いんだ」 　優美はそんな愚かな俺の頭を優しく撫でながら、胸の中にずっと抱き締めていてくれた‥‥。 　俺はその温かくて柔らかい二つのふくらみに抱かれながら、３年間にわたる後悔と苦しみがすーっと昇華していくような、そんな気分に浸っていた。 　その晩、俺はベッドにもぐり込むと、白い天井をずーっと見つめていた。あの日、病院のベッドで目覚めた時と同じように‥‥。 　どれぐらいの時間、そうしていただろうか‥‥。ふいに俺の耳元に温かな風が当たり、優美の囁くような声が聞こえてきた。 「晃さん、まだ起きていますか？」 「ああ‥‥。優美も起きていたのか‥‥」 「私、どうしても言っておきたいことがあって‥‥」 「ああ、わかってる‥‥。優美が感じたことを正直に話してくれるか‥‥？」 「はい‥‥。私は自ら命を絶った春香さんの気持ちがよくわかります。私もそうだったから‥‥。でも、やっぱり納得できません‥‥。亡くなったヒトに縛られ続けるなんて間違っています」 「そうじゃないんだ‥‥。俺は自分自身が信じられないだけなんだ‥‥」 「どうしてですか？」 「また、同じ過ちを犯してしまいそうで‥‥」 「私が‥‥あなたのことを心から信じていると言ってもダメですか？」 「え‥‥？」 「あなたは自分の弱さ、脆さを正直に話してくれました‥‥。私はとってもうれしかった。あなたが私のことを心から信頼してくれたんだ‥‥と思えたから」 「ああ‥‥。俺も君に話せて本当に良かったと思っている。自分の過ちを正直に話すことができたのは君が初めてだ‥‥」 「でしたら‥‥、晃さんが私のことを信じて話をしてくれたのなら、あなたを信じる私の言葉も信じてください。晃さんはけっして弱いヒトじゃない。同じ過ちを何度も繰り返すようなヒトじゃありません！」 「ゆ、優美‥‥」 「それが私の信じる晃さんです‥‥。私が好きになった晃さんなんです！」 　彼女はそう叫ぶと身体を投げ出すようにして抱きついてきた。俺はそんな彼女の身体をしっかりと受け止めながら、彼女の発した言葉の意味を噛み締めていく‥‥。 　気がつくと俺の頬に涙がこぼれ落ちていた‥‥。宙を仰ぎながら、「優美には敵わないな」と呟く‥‥。彼女はそんな俺を見つめながら天使のような微笑みを返してくれた。 　俺はそんな彼女の身体をきつく抱き締める。そうすると彼女もきつく抱き返してくれた。 　彼女の温かくて優しい心が俺の身体中に染み渡っていくようだった。全ての不安や怖れが消失して、優美という存在だけで心が満たされていく‥‥。 　俺はやっと正面から彼女に向き合う事ができたように感じていた。 　そうして長い時間、お互いの温もりを感じながら抱き合っていると、優美が俺の胸に頭を押しつけるようにして話し出した。 「晃さんは‥‥ズルいです」 「え？」 「晃さんが春香さんのことを話してくれたのは、私があなたにこれ以上深く関わって来ないようにするため‥‥でもあったんじゃないですか？」 「ああ‥‥。そうかもしれないな‥‥。君がこれ以上俺の心に深く入ってくるのを止めたかったのかもしれない‥‥。そうしなければ、手放せなくなってしまうような気がしたから‥‥」 「‥‥いいですよ」 「え‥‥？」 「もしもそうなってしまったら‥‥、その時には‥‥そう言ってください。晃さんが真剣に考えて決めたことなら‥‥、その時には‥‥私もしっかりと覚悟を決めて、これから先のことを考えてみますから」 「ふう‥‥。優美には‥‥本当に敵わないな」 「うふふ。ありがとうございます」 　彼女には愛する夫がいる。それでも彼女は、こんな俺のために将来の事を一緒に考えてくれると言ってくれた‥‥。 　俺はそんな彼女の精一杯の気持ちに応えるためにも、彼女から逃げずにしっかりと向き合っていこうと心に決めていた。
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2010年1月23日掲載
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