ずっと愛してます３
羅衣 作
第18話　ジャーナリストの矜持


　野口彰之介（３９歳）は、某全国区新聞社で記者を経て、某有名週刊誌に活動の場を移して幾つもスクープを上げてきた辣腕の社会派ジャーナリストであった。
　そして現在は、ある裏社会のネタを掴んで次なるスクープに取り組んだ矢先に、会社を追われるように辞めるハメに陥って、フリールポライターとなっていた。

　会社追われる理由が、彼自身も今もって理解出来ない理不尽なものであった。
　あれほど新聞社、週刊誌に貢献してきて、間もなく編集長も夢ではないというポジション評価だったのに、いきなり追放されたのだ。
　彼が理由として思い当たるのは、自身が注目して極秘取材を始めたネタにあると想像したが、その当時に彼が掴んだネタといっても失踪した有名企業ＯＬを追う取材で、人身売買と思われる裏社会の組織がありそうといった程度のものだったのだ。

　編集長からは、そのネタはやんわり追うのは止めようと１度却下されたものだったが、彼の嗅覚は敏感に反応して独断で隠れて取材を続けていたのだ。
　ネタを温める行為などはジャーナリストでは日常茶飯事であって、それでいきなり解雇同然とは聞いたことがない。
　しかし、いきなり解雇されたことが、野口のジャーナリスト魂に火をつけたのは事実であった。

　フリーになると、一応は支払らわれた退職金を全てつぎ込んで、ますますそのネタの取材にのめり込んだ。
　すると彼の身辺で、恐ろしいトラブルが頻発した。
　１度は死ぬ思いまでしたのだ。
　とある日の夜、酔って山手線ホームで電車待ちをしていた時に、いきなり突き飛ばされ線路に転落して気を失ったのだ。
　幸い落ちた場所が良くて電車と接触せずに無事であったが、間一髪であった。
　以来、常に身の危険を感じることが多く、身の危険を感じて警察に相談に出向いたが、信じられないことだが全く相手にされなかった。
　２年前に離婚して家族がいなかったので、それが不幸中の幸いだったのかもしれない。

　そうなると彼も意地になった。
　これは裏社会の挑戦、それに違いないと確信して取材を強行し続けた。
　そして常に周囲の目線を気にしつつ、孤独な戦いを強いられる男の戦いが始まったのだ。
　知人、友人を通じて取材を記事にしてくれる新聞社、週刊誌を探して回ったが、どこも門前払いであった。
　だが、その過程で彼はある事実に気がついた。
　彼が他者に取材内容を伝えると、間違いなく、それ相応の妨害、拒否にあうのだ。
　挙げ句の果てには、街を歩けば、何度も警察官に職務質問される有り様であって指名手配犯のような心境に追い込まれていた。
　次第に、社会そのものが敵なのではと、彼は思い始めていた。

　やむなく彼は、逃げるように東京から大阪に活動拠点を移した。
　警察ですら敵であったら命が幾つあっても足らない。
　それでも一向に状況は好転せず、大阪でも歩けば当たり前のように警察官の職務質問に晒された。
　活動拠点を移して住む場所を確保しようにも、全く賃貸物件を借りることが出来なかった。
　このままでは取材どころか、社会から抹殺される瀬戸際に追い込まれていた。

　以来、カプセルホテル、インターネットカフェなど転々としながら生き長らえて既に３年ほどの年月が経っていたのだ。
　その後、大阪、福岡、札幌、仙台、名古屋などを転々として、彼が立ち向かってしまったものは日本全国区の巨大なものなのだと思い知らされた。
　もはや彼は社会的に完全に抹殺されてしまった存在であったが、それでも細々と取材を続けていていた。
　それが彼にたったひとつ残されたものであって、「ジャーナリストの矜持」であった。

　そして彼は、今、神戸でカプセルホテルを根城に活動している最中であった。
　３年にも及ぶ取材活動を経て、彼はボンヤリと「会」と呼ばれる日本社会の裏側があることを掴んでいた。
　しかし、そのような生活も限界で所持金も尽きようとしていて、いよいよ野垂れ死にする日が目前に迫りつつあった。
　まさにそんな時に、彼は唐突に失踪した元有名企業ＯＬを百貨店神戸大丸前で偶然目撃するのだ。
　彼女は美しいと評判の美女で、瞼に焼き付けるほど彼女の写真を食い入るように見てきた彼にとっては見違うはずはない。

　そして、その美しさは当時以上で艶っぽさが増していて、歩いているだけで周囲の男達は目を奪われてしまう存在であった。
　芸能人のようなオーラと神戸の女性とは全く違う物腰が、彼を確信させた。

「遂に見つけた！！　浅山美帆！！」
「君はやはり無事だったんだ！！」

　決定的転機に心を躍る彼に、また邪魔者が現れた。
　警察官だ。
　尾行しようと焦る彼にわざとではないかと思うほど、のらりくらりと、そして執拗に職務質問して彼を足止めしてくるのだ。
　そんな中で、彼女は神戸大丸の店内に消えて行ってしまう。
　その日に限って、職質してきた警察官はしつこくて、彼を最寄りの派出所に連行した。
　不当だと思うが、マスコミも、なにもかもが彼の言動を封殺していたので、もはや彼は諦めていた。
　やっと開放されて、急いで戻って探し回ったが、彼女を見つけることが出来なかった。

　当然のことだが、彼女は野口のことなど知るはずもないし、興味も無いだろう。
　しかし彼にとっては、彼女の存在は、彼の失われた３年間そのものであったのだ。
　落ちぶれて荒んだ生活を送っていたが、彼のジャーナリストとしての才覚はいささかも錆びついていなかったのだ。
　彼は、彼女は夜の世界の住人になっていると確信していたので、夜の繁華街中心の活動に注力した。
　もちろん倶楽部などには金銭的にとても入店などは出来なかったが、もはや執念ともいえる張り込みを連日こなした。
　所持金も底を突き、ゴミ箱を漁って食いつないで頑張り続けた。
　彼は、それでも決してカメラなど取材の武器は手放していなかったのは、未だ彼がジャーナリストであった証だったろう。



　浅山美帆は、実は旧財閥一族の名門出身者であった。
　彼女は、岩永健二に出会い彼に夢中になってしまい、全てを投げ出して彼について行って姿を消したのだ。
　家族には相談無しに行方不明になった為に、当時、有名企業ＯＬ失踪事件として騒がれたのだ。
　当然、誘拐事件と想定されて、マスコミも情報の取り扱いは慎重にならざるを得ない状態であった。
　しかし実際には、警察も、マスコミも、具体的な捜索活動は行わず、自然消滅した事件でもあった。
　その過程で、野口は触れてはいけない部分に食い付き全てを失った。
　今でも未解決事件とされているので、彼は、彼女の生存だけでも大スクープであると信じていたのだ。
　そもそも報道で表面化したのも、「会」の手違いであって、すぐに情報管制で抹消された事件であった。

　その日、美帆は、郁美と共にイベントの打ち合わせの帰りに、悠希のいる店に立ち寄った。
　店のあるビル１階ホールで、見知らぬ男がカメラ片手で駆け寄ってきて、突然、声をかけてきて驚いていた。
　その刹那、男は、どこから現れたのか分からない屈強な４人の男達にあっという間に取り押さえられていた。
　屈強な男達は、田原が女子会メンバーに付けているＳＰであり、彼女達が意識しなくても常に護衛していたのだ。
　あの日、郁美が拉致された事件以来、田原は過剰ともいえる防止策を行ってきた結果であった。
　男達は、わめき叫ぶ男を制圧し黙らせると、たちまち連れ去ろうとした。
　郁美は、彼の身を咄嗟に案じた。
　彼らは有無を言わず彼にヒドイことをすると知っていたのだ。

郁美　「待って！！　連れて行っちゃ駄目」
美帆　「誰なの？」
郁美　「もう乱暴なんだから」

　ＳＰ達は、一言も発さず、郁美の指示に従った。
　それでも取り押さえた男の身体検査、持ち物の没収は手慣れた手つきで行ってしまう。
　誰かが騒ぎを通報したのだろうが、警察官が２名駆けつけてきた。
　しかしＳＰ達と二言三言話すと、敬礼して何事もなかったように帰って行ってしまった。
　兵庫県公安委員会に名を連ねる田原の影響力は絶大なのだ。
　郁美は、そんなことに構わず、取り押さえられた男のそばに行くとしゃがんで彼の様子を伺った。
　ＳＰ達は、郁美のそばで直立不動で身動きもしない。
　郁美が話しかけるが、男は既に泡を吹いて失神していたのだ。




　野口が目を醒ますと、久しぶりの寝具の心地よさに癒されていた。
　もう何年も寝具に心地よく身を包んだ記憶がなかっただけに、素直嬉しかったのだ。
　しかし彼は足元に感じた気配に視線を投げた途端に、悲鳴を上げて跳び起きた。
　ＳＰの１人が無表情で彼を見下ろしていたからだ。
　野口は咄嗟に殺されると覚悟した。
　その時、扉が開かれて２人の女性が室内に入ってきたのだ。

郁美　「やっと　お目覚めね」
　　　「ごめんなさいね　みんな乱暴だから」
　　　「大丈夫ですか？」
野口　「えっ？　はあ？・・・・・・・・」
郁美　「うふっ　そっかぁ　分からないよね」
　　　「あなた　彼らに取り押さえられて」
　　　「意識失っていたの」
　　　「今　ここは　わたし達の三宮事務所」
　　　「ここは安全よ」
野口　「・・・・・・・・・・・・・・・」
郁美　「あっ　彼は大丈夫」
　　　「あなたが変なことしない限り」
　　　「なにもしないわ」
美帆　「あなた　誰なの」
　　　「さっき　わたしの名前呼んだでしょ？」
野口　「えっ？　あっ　浅山美帆さんで」
　　　「間違いないですよね」
美帆　「あなた　探偵か　なにか？」
野口　「いえ　わたくし　野口彰之介と申します」
　　　「ジャーナリスト　いや」
　　　「フリーのルポライターです」
郁美　「あらら　報道の方なの」
野口　「あっ　えっえぇぇぇぇぇ」
　　　「貴女は　まさか　料理家の岩永さんですか？」
郁美　「うふふ　そうです　ご存じなのね　光栄だわ」
野口　「いつもネットカフェで拝見してます」
郁美　「それなら　あんなことしないで」
　　　「普通に取材申し込んで頂けたら」
　　　「こんなことにならず」
野口　「すいません」
郁美　「あっそうか」
　　　「野口さんは　美帆に用事があったんだっけ」

　野口は、なぜ美帆を取材しようとしたのか顛末を話した。
　そして自らの不遇の３年間についても、自嘲を込めて語ったのだった。

美帆　「野口さん　申し訳ないけど」
　　　「わたしの話は出来ないわ」
　　　「でも　誘拐でも　事件でも　なんでもないの」
　　　「言ってしまえば　駆け落ちなの」
　　　「だから」
野口　「それなら　「会」って　なんですか？」
美帆　「知ってどうするの？　無意味よ」
　　　「それだけの経験して」
　　　「その価値あるとは思えないわ」
郁美　「知らない方が良いわ」
美帆　「申し訳ないけど」
　　　「それを報道するところはないし」
　　　「ネットも無理よ」
　　　「書き込んだ途端　怖い人達が現れるわよ」
　　　「あなたは　知らなすぎる」
　　　「そして　わたし達はほんの一部でしかないの」
　　　「それを知ったとしても」
　　　「あなたの人生かける価値なんてないわ」
野口　「それでも　俺は　ジャーナリストなんです」
　　　「引っ込みはつかない　教えて下さい」
　　　「もちろん」
　　　「知った上で公表するかどうか決めます」
　　　「方法があろうが　なかろうが　取材するのが」
　　　「本当のジャーナリストだと俺は信じています」
郁美　「信念ってヤツなのかな」
　　　「分かったわ　ただし」
　　　「野口さんの質問に答える形だけで」
　　　「宜しいかしら」
美帆　「郁美さん　それは」
郁美　「分かってます　責任は　わたしがとります」
　　　「その代わり　野口さん」
　　　「あなた今より危険になるの覚悟して欲しいわ」
野口　「はい　ありがとうございます」
美帆　「野口さん　あなた　馬鹿よ」

　野口は、３年にわたって知り得た事の全てを郁美に質した。
　彼女は隠し隔てなく答えてくれたのだ。
　無意味に思えた３年間が、たちまちジャーナリストとして生きた輝かしいものに変わっていった。
　同時に自分は、今の日本社会を破壊する行為に勤しんできたことを知ったのだ。
　今の政治、経済、地域社会、なにもかもが「会」によって培われてきたことを知ったのだ。

　自分はジャーナリストとして邁進してきたと思っていたのに、実は社会ではテロリストと見られていたことに気がついたのだ。
　それで毎日のように繰り返される警察官による職務質問の意味が分かったのだ。
　彼らには、野口はテロリストの容疑者に見えていたのだ。
　「社会の敵」という認識は、彼を徹底的に打ちのめした。
　ジャーナリストとは真実を知らしめ、万民に判断を委ねることで社会正義を守る存在だと信じて生きてきたのだ。

　彼の掴んだ真実は、もはや万民に知らしめることが、万民の生活の全て破壊することを意味した。
　日本社会は恐らく崩壊するだろう。
　それまで信じていた社会正義も薄っぺらいものであった。
　そしてこれは恐らく日本だけの話でなく、世界レベルの話であって、噂、伝説で語られることが多いフリーメイソンに繋がるとジャーナリストとしての感が見抜いていた。

　野口は、人生の全てが虚しく思えた。
　社会正義に燃えて新聞記者として生きてきた人生が、所詮はピエロだったと知ることが幸せなことなのだろうかと思った。
　全ての人々を同じような絶望に追いやることに、意味があるとは考えられなかった。
　それに今の彼には、ボイスレコーダー、カメラなどの取材の道具もなにひとつ残されていないし、今の問答を記録する術は残されていなかった。

郁美　「それで　これから　どうされるの」
野口　「分かりません　もう」
　　　「俺には　なにも残されていません」
郁美　「そうね　少し考えた方が良いと思うわ」
　　　「ここにいる限り　安全よ」
　　　「でも　お願い　勝手に出歩かないで　危険よ」
野口　「そのようですね　ありがとうございます」
美帆　「あなたが」
　　　「全てを忘れてくれるって約束してくれれば」
　　　「わたし達は」
　　　「あなたの居場所は用意できると思うけど」
野口　「ありがとうございます　考えさせて下さい」
美帆　「わたし　なんか責任感じちゃう」
郁美　「なんとかしましょう」

　その日から１週間ほど、野口は考えた。
　郁美達は彼を守り人間らしい生活を保障してくれた。
　彼は、みるみる生気を取り戻し、折れかかった誇りを取り戻しつつあった。

　そして彼は、ある決断を固めたのだった。




　ゼウスは久しぶりの郁美とのデートを楽しんでいた。

　彼女と出会ってから、彼の行動がすっかり変わってしまっていた。
　以前は、店舗ごと貸し切ったりすることが当たり前であったが、今では六甲山で森林浴を楽しみにながら彼女の作ったお弁当を楽しむなど、健全な過ごし方が多くなっていたのだ。
　もちろん帰宅途中には彼女を滞在するホテルに連れ込んで楽しむことは欠かさなかったが、基本的には彼女と一緒に穏やかに過ごすことを好むようになった。
　今でも彼女を後妻にすることを諦めてはいなかったのだが、次第にそれも違った形に変化しつつあった。

　その日は、レジャーシートを広げて彼女の膝枕でお昼寝を満喫していた。

郁美　　「ゼウス様　起きていらっしゃいます？」
ゼウス　「なんじゃ」
郁美　　「実は　お願いを聞いて頂きたくって」
ゼウス　「ほう　そちがお願いなぞ　初めてじゃな」
郁美　　「申し訳ありません」
ゼウス　「気にするな　予は　そちの願いなら」
　　　　「なんでも聞いてあげると」
　　　　「いつも申しておるじゃないか」
郁美　　「ありがとうございます」
ゼウス　「そちは　予の天使じゃ」
　　　　「そちに出会って　幸せなんじゃ」
郁美　　「実は　１人の記者さんを」
　　　　「助けてあげて欲しいのです」
ゼウス　「なんじゃ　男か？」
郁美　　「お考えのようなものでは　ありません」

　ゼウスが手を上げると、３人の黒服スタッフが駆けつけてかしこまった。

ゼウス　「アテナが申す　記者とは何者じゃ説明せよ」

　彼らの報告は、一緒にいた郁美ですら知らないことまで詳細に行われた。

　郁美は改めて「会」の情報収集力に感心していたが、同時に、夫である健二がこのチカラを手に入れたがっていることに、一抹の不安を抱いた。
　ゼウスは、興味なさそうに彼女の太腿を撫で回している。
　明らかに彼の興味は、報告内容より彼女の肢体に興味があるのだ。
　そもそもゼウスには、一介の記者の人生がどうとなろうが全く興味ないのだ。
　彼女は健二にそんな男になって欲しいとは思わない。

　人は皆、母という女が命を賭けて生んだ、かけがえのない存在なのだと、彼女は女として強く思ったのだ。

ゼウス　「ほおぅ　それを助けたいと」
　　　　「まあ　放置しておいても」
　　　　「なにも出来はしないが」
　　　　「社会が存在を許さんじゃろうな」
郁美　　「どういうことでしょうか？」
ゼウス　「排除は　ほとんど」
　　　　「誰にも命じられて行われている訳で」
　　　　「ないのじゃ」
郁美　　「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゼウス　「社会構造そのものが　そう機能するのじゃ」
　　　　「実は今話題のイジメ問題　その副作用じゃ」
郁美　　「それでは彼は　このままでは」
ゼウス　「まあ　少なくとも」
　　　　「アテナの元でなら」
　　　　「そやつも無事じゃろうな」
　　　　「そもそも　そちの保護下の者に」
　　　　「手を出したら」
　　　　「予がいかなる者も許さんからな」
　　　　「そちを泣かす者は　予が絶対許さん」
郁美　　「ありがとうございます」
ゼウス　「もう良いか　その件は　そちに任せる」
　　　　「それより　今日のおやつ　が楽しみじゃ」
郁美　　「うふふ　もう　ゼウス様たら」
ゼウス　「予は　あと５０年は生きるぞ　がははは」

　黒服スタッフ達は、あっという間に去って行く。
　郁美は、安堵した。
　ゼウスの発言は、彼らを通して実行されるであろう。

　あとは、あのプライドの高い野口を如何に説得して、神戸に留まらせるかであった。

　彼の安全は、まだ彼女の影響下だけに保証されただけなのだ。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2020年5月16日掲載
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