ずっと愛してます３
羅衣 作
第26話　瑠璃子様


　とある天候の良い日夕刻、神戸空港到着ゲートから、人目を一身に集めながら１人の美女が現れた。
　彼女は、スタッフらしい３０歳代らしい女性を２人と屈強な黒服の男達５人を従えており、一目で芸能人もしくはＶＩＰであることは周囲の目にも明らかであった。
　身長１５８㎝と小柄であったが、B:89cmのＥカップ、W:59cm H:87cmという圧巻のスタイルが自慢の、女優倉○カナ似の美女であった。

　到着ロビーに彼女ら一同を出迎えに来ていた、これまた屈強なダークスーツ姿の男達十数人もの一団が丁重に出迎えた。
　出迎えの一団に紅一点、これまた男達の視線を集めずにいられない女性がいて、到着した美女に対して深く会釈して出迎えていた。
　屈強な男達の存在が、周囲の者達が関わってはならない世界の住人と察して見て見ぬ振りと決め込むのは当然の成り行きであった。


　到着した女性は、５大老筆頭ゼウス最愛の孫娘、九条瑠璃子（２６歳）、お○の水女子大学を首席で卒業した才媛で、日本で最大の商社、三○商事に務めているキャリア商社レディであった。
　政財界話題の結婚したい女性ナンバーワンであり、ゼウスの寵愛を受ける存在ゆえに、彼女の愛を獲得して夫となれば内閣総理大臣も夢ではないと言われていた。
　生粋のお嬢様育ちながら、当の本人はとてもキャリヤ思考の強い女性であって、怒濤の如く押し寄せるお見合い話に正直ウンザリしているのだった。

　幼少期はイギリス、ロンドンで育った為、英語はネイティブレベル、そしてフランス語、ドイツ語、スペイン語をビジネスレベルで使いこなせるマルチバイリンガルであり、幼い頃から大人達を従わせてきた存在であったが故に、入社数年目の若い女性ながら部長クラスの権限を与えられて活躍しているやり手の商社戦士でもあったのだ。
　現在では、ドイツに駐在し数千億円レベルのビジネスを取り仕切るトップエリートであった。

　もともと海外政財界で顔を知られた彼女は、その名がネームバリュー抜群で圧倒的であった。
　それに加えて、なにも出来ないお嬢様というありがちな人格とは真逆の切れ者の洞察力優れた女性であったが故に、実力を伴った存在として他を圧倒していた。
　そんな彼女でも、祖父であるゼウスは大好きなお爺ちゃんであり、彼の前では年齢相応の女の子として姿を見せるのが唯一のギャップでもあった。

　ゼウスは若くして夫人を亡くしたこともあり、身の回りを使用人達に任せる生活を送ってきたのだが、イギリスから帰国した孫娘達の存在に盲目と言って良いほど寵愛し溺れた。
　特に、九条家の長女として生まれた瑠璃子に孤独を癒して貰ったのだ。
　瑠璃子も、幼い頃から孤独な祖父を思い遣り、なにかと世話を焼いて、そして祖父の孫として自分自身を高めるべく志を常に高く律していた。

　今では一族の長を、彼女が世代を超えて継承するのではと噂が立つほどの存在に成長遂げた瑠璃子であったのだが、それを快く思わない周囲からは阻止しようと女なのだからと嫁ぐことを求められる毎日であった。
　その状況を庇い彼女がやりたいことに邁進できるように、いつも味方してくれるのは唯一の存在が祖父であったから、ますます祖父と孫娘の結びつきが深まったとも言えた。
　それでも両親さえ嫁ぐことを望む状況にウンザリした彼女は、ドイツ赴任の話に手を上げて逃げ出したほどであった。
　瑠璃子自身は、一族の長など全く興味が無く望んでもいなかったが、優秀な彼女の存在を周囲は決してそう見てくれなかった。

　バックボーンがなくても人目を集める容姿端麗で、家事も器用にこなして男性が夢中になってしまう女子力は秀でていた。
　当然のことながら、狙った男性は必ず射止める才能にも恵まれていて苦労したことすらなかったが、まだ人生を託したい、彼女の眼鏡に適う男性には出会えていなかっただけなのだ。

　唯一、彼女が興味惹かれたのが、ゼウスが不肖の弟子と呼ぶ男性であったが、自身の気持ちが周囲に知られることは、そのまま一族内でのパワーゲームに利用されかねないものなので深く胸の内に秘めていたのだった。
　もちろん瑠璃子は男を知らない処女ではなく、それなりに充実した男性経験を持った女性であり、祖父が道楽と言いながら深く傾倒している「会」の活動についても知見もあり、多少なりとも出入りしたこともあるので、なにも知らないお嬢様とは別格の希有な存在であった。


　瑠璃子が従える２人の女性スタッフは、１人は同じ商社に勤める村西薫（３１歳）、もう１人は瑠璃子が幼少時代から仕える九条家のスタッフ亀梨弥生（３６歳）であった。
　２人とも美しい女性で、まさに瑠璃子の側近に相応しい優秀な女性スタッフであった。
　そもそも瑠璃子が美しすぎるだけに、彼女と一緒に行動するから目立たないだけであり、それぞれが男性からはモテるタイプであろう。

　実際、弥生は、女優、白石○帆似た女性であり、既に結婚して子供も２人いるキャリアウーマンであった。
　瑠璃子にとっては姉同然の存在であり、ある意味育ての母でもある彼女の存在は大きく、今でも彼女が最も大切にしているスタッフの１人であった。
　ドイツに渡る際には、家庭のある彼女を日本に留まらせていたが、帰国すると片時も離れず一緒に行動するほどの仲の良さであった。

　薫は、独身であったが、もともと結婚願望も無くキャリア志向の強く、商社では瑠璃子の先輩にあたる女優、芦○ 星似ている女性であった。
　男性中心の商社にあって冷遇され苦労していた彼女であったが、瑠璃子と出会って彼女の人生は一変した。

　当初は後輩として入社してきた瑠璃子は、まさに規格外の存在で入社２年目にはほとんどの男達を凌ぐ立場となっていた。
　そもそも名だたる企業の経営陣と面識がある彼女は別格で、あっという間に出世してチームを任せられるほどであった。

　その瑠璃子の目に止まったのが、女一人で孤軍奮闘してキャリアを目指して頑張る薫であった。
　商社の女性陣といえば多くは寿退社を夢見る出世頭の男達に目敏い集団であり、薫のようなキャリア志向の者は稀であり、ほとんどは夢半ばで夢破れて去って行くことが一般的であった。
　瑠璃子は、薫を自身が任されたチームリーダーとして抜擢して、実務の多くを任せていた。
　以来、二人は二人三脚で多くのビックビジネスを纏め上げて、会社始まって以来の女幹部社員として勇名を馳せていくことになったのだ。

　瑠璃子は決して驕らず年上の彼女達を信頼し頼りにしており、２人を実姉のように慕い尊敬もしていたのだ。
　気遣いも細やかで驕ったところもなくフレンドリーな瑠璃子を彼女達も実妹のように可愛がっていた。
　瑠璃子が、短期間で経済界で成功を納めたのは、この２人の存在があってことであり、その事を瑠璃子自身が自覚していたことが彼女達の絆を鉄壁なものにしていたのは言うまでもない。

　人前では、一応、２人は瑠璃子様と呼び、逆に２人をさん付けで呼び合う仲であったが、プライベートは姉妹のように呼び合うほどの親密さであった。
　弥生の結婚は、彼女が片想いして慕っている男性がいることを知った瑠璃子がキューピット役に徹して、２人を取り持った結果結ばれた夫婦であった。
　そして弥生の夫は、瑠璃子が尊敬する元上司にして、やり手の商社マンであった。


　瑠璃子に付き従う黒服の男達は、九条家が彼女に付けたプライベートのＳＰ達であり、彼女が幼女の頃から常に身近にいる者達であった。
　彼らは超法規的処置で銃の携帯も許された筋金入りの護衛のプロであり、片時も彼らは瑠璃子の元から離れることはない。
　そんな彼らにも瑠璃子は分け隔てなく接するため、彼女に対する忠誠心は人一倍強い者が多かった。

　そういう異様な一行である来訪者を、これまた屈強なダークスーツ姿の男達を従えた美女が出迎えたのだから周囲に緊張が走るのは致し方ない。
　恐らく多くの者が目線を外しながら、聞き耳を立てていたことだろう。
　空港の職員達も例外でなかった。
　出迎えた一団の中心人物は、藤井麻輝であり、瑠璃子達とは旧知の仲であった。


麻輝　　「遠路お疲れ様です」
　　　　「瑠璃子様　お待ち申し上げておりました」
　　　　「ずいぶん急な起こしなので」
　　　　「準備が行き届かず　失礼致します」
瑠璃子　「もう　麻輝さんったら」
　　　　「そんな言い方　よして下さい」
弥生　　「そうよ　たった半年ぶりなのに」
　　　　「そんな他人行儀な」
薫　　　「うふふ　お久しぶり　お元気そうね」
麻輝　　「はい」
　　　　「弥生さん　薫さんも」
　　　　「お元気そうで嬉しいです」
　　　　「瑠璃子様　今回は　どうされたのですか？」
瑠璃子　「知ってる癖に」
弥生　　「お二人　お車に　ここでは」
瑠璃子　「そうね」
　　　　「それにしても　えらい出迎えね」
麻輝　　「申し訳ありません」
　　　　「健二さんが　 どうしてもって」
瑠璃子　「うふっ　健二さん　お元気？」
麻輝　　「はい　お陰様で」
瑠璃子　「早く逢いたいわぁ」

　送迎リムジンの中で、瑠璃子は麻輝に来訪の目的を明かした。
　ゼウス翁が心奪われている郁美に会うため、そして健二の妻となった郁美に会うためであった。
　麻輝は女の直感で瑠璃子の初恋の相手が健二であり、その想いは今でも消えていないことを察していた。
　それは弥生も薫も同じであっただろう。
　ただ、それは瑠璃子が口に出さない限り触れてはいけない事柄だとも考えていた。
　特に麻輝は、瑠璃子と同年代女性として、健二への憧れの気持ちは共感としてあったのだ。
　
　瑠璃子にとってはゼウスは祖父であり、一族で全権を握る権力者であったが、独り身で孤独なお爺ちゃんに過ぎなかった。
　だからこそ、なにかと世話を焼いてきたし、彼女に無償の愛を注いでくれた大好きなお爺ちゃんであった。
　２人は時間が許す限り一緒に行動し、色んなことを一緒に経験したのだ。
　ゼウスの食生活から衣類のコーディネイトまで、全て瑠璃子が取り仕切るのが普通となっていた。

　瑠璃子は常に身近で、ゼウスの辣腕を最も身近で見聞きした存在であり、日本の歴史的転換点の裏側も全て知る数少ない存在でもあった。
　自然とゼウスの帝王学を継承した彼女は、いつしかゼウスにすら意見する知見を身に付けるのだが、そもそもゼウスに意見することが可能なのは彼女だけであった。

　致し方ないとはいえドイツに赴任した瑠璃子は、その任を疎かにしてしまったのは否めない。
　その間隙を縫って、瑠璃子の聖域を易々と奪い去った女性が現れたのだ。
　弥生からの連絡に、彼女は愕然とした。
　その女性は、瑠璃子の大好きなお爺ちゃんを夢中にさせただけでなく、彼女が独占してきた聖域も奪い、そしてなにより彼女が心を寄せる唯一の男性、健二の妻に収まっているというのだ。

　瑠璃子は何事においても負けたことはなく、学業も、スポーツも、容姿さえも、なにもかも完璧であり、欲しいと思うものは全て手に入れてきた。
　その彼女から奪うだけでなく、彼女が胸に秘めて手を出せないでいた男性まで独占するという究極のライバル出現に動揺を隠せないでいた。
　だからこその急な帰国であった。

　瑠璃子は大義名分はともかく、健二との再会に心躍らさせていた。
　中校生の時に、ゼウスの元で弟子として付き従う健二に出会った瞬間、彼に一目惚れしてしまった。
　当時の健二は、それまで瑠璃子の周囲には誰１人もいなかった行動、つれない態度で彼女を突き放した。

　一貫して子供扱いして、異性として１度として見てもらえなかったのだ。
　その代わりに瑠璃子をお嬢様扱いせず、普通の女の子として接してくれたし、大人の男性として色んな相談も気軽に応じてくれた。
　しかし、それは欲しいものをなんでも手に入れてきた彼女の唯一の挫折、失恋であった。

　彼女は悔しかったが、自分はまだ子供で、大人の女には程遠いレベルだと自覚したのだ。
　この経験は、彼女の大人の女として扉を開くきっかけになり、精神的に成長を促されることになる。
　瑠璃子の健二への憧れは、あれから１０数年の年月が流れていたが未だ消えることなく、彼女の胸の奥に潜んでいた。

　彼女は自身の恋愛感情が周囲に与える影響を理解していたので、ずっと想いを秘めることに腐心してきて、誰にも教えていない気持ちでもあった。
　そして自分の気持ちが抑えられなくなるのが怖くて、それとなく彼を避けてきたのだ。
　だからこそ瑠璃子にとって、正直、健二の結婚はショックであった。

　彼は祖父の弟子であり、自分自身とは結ばれぬ関係であると頭では理解していても、女の恋心はそんな単純なものでは治まらないのだ。
　実際、若い瑠璃子にとっては、そんな障害など、もはやどうでも良いことに思えつつあった。
　他の女に奪われた、盗られたという思いが、彼女の恋愛感情を一気に燃え上がらせたのだ。

　お嬢様という立場に驕らず、周囲の者達にも細かく目配りして、勉強も、仕事も全力投球してきたのも、「いい女」でありたいという気持ちの表れであった。
　そして肢体のケアも、もはや趣味ともいえるくらい拘って努力もしてきたし、投資も惜しまずしてきた。

　身長は思うように伸びなかったが、肌の美しさ、豊満なバストから流れるようなボディラインは誰にも負けないと自負するレベルであった。
　これらは全て、健二を振り向かせたい、健二に女として見て欲しい、という切ない女心であった。

「わたし　なんのために頑張ってきたの？」
「彼を盗られたら　わたし・・・・・・」

　そもそも健二には、麻輝、美帆という愛人がいて、今更そのように感じる自分に違和感があった。
　これは女の感、本能的なもので、祖父の件に代表されるように、本当のライバル出現に対する危機感が彼女を行動に走らせたのだ。
　だからこそ、いつもなら詳細に意思疎通を図るパートナーである薫とも、キチンと話し合いもせずに日本まで連れて来てしまったのだ。

　日本で合流した弥生も、何事かと考えているに違いなかった。
　ただいつものと様子の違う瑠璃子を心配して付き従ってくれているのだろうと分かっていたが、敢えてそれに甘えてしまう。
　この事態を言葉にして彼女達に話す、説明するという行為を自身がすると、敗北が確定してしまう気がして瑠璃子は怖かったのだ。



　健二は、瑠璃子の急な帰国、そして神戸にやって来ることに不安を覚えていた。
　彼女は彼が初めて出会った極上の「いい女」であり、彼の女性観の原点とも言うべき存在だったのだ。
　中校生時代の彼女は、まさに天使のような美しさであり、まだ下っ端性調教師だった彼には天女に等しい存在であった。
　師匠たるゼウスの孫娘であり、当時の彼など卑しい男が手を出して良い存在ではなかった。

　彼女からは好意を示して貰ったが、彼はビビって無理して距離をとったのだ。
　彼が初めて憧れた女性こそ、瑠璃子であった。
　そして数年後、瑠璃子に代わって補って余りある「いい女」に彼は出会い、その「いい女」を手に入れるまでに流離うことになるのだ。

　だからこそ彼が最も敬愛するたった２人の「いい女」同士が激突する事態こそ、一番恐れる事態であった。
健二は、仲介役として麻輝や美帆、亜紀、敬子などの同席を画策したのだが、全てもう１人の「いい女」に拒絶されてしまった。

　もう１人の「いい女」である愛妻、郁美は、台所で瑠璃子達を持てなそうと料理の腕を振るい、どう見ても彼の心配をよそにルンルン気分なのだ。
　細かい事情など話したわけではないが、察しの良い彼女は事情の全てを理解しているのは間違いない。
　こういう事態、男は苦手で、ソワソワして落ち着かないものだ。
　女はむしろ楽しんでいるのではないかと思ってしまうほどの彼女の落ち着きぶり、そしてその態度の余裕に、健二は敵わないと思ってしまう。

　正直、ここ１年間で郁美は、もはや別人ではないかと思えるほどにオンナぷりを上げたし、未だ天井知らずに成長し続けていると感じていた。
　あの麻輝、美帆も、もはや脱帽状態であった。
　家では家庭的な妻だが、ベットでは底無しの貪欲な天使に変身するし、「会」ではビックリするほどの淫乱な天使となって駆け抜けるのだ。
　あのお願い事御法度である５大老ですら彼女だけ例外になってしまったのだから、まさに歴史を変えた女なのだ。

　何度か料理味見をさせられるが、生きた心地がしない健二はうわの空の対応をしてしまう。

郁美　「健ちゃん　もう聴いてるのぉ！！」
健二　「うん・・・・・・はあっ？」
郁美　「困った人　心配なのは分かるけど」
　　　「当事者はわたし」
　　　「健ちゃんが　そんなんじゃ」
　　　「かえって話　変になるわよ」
　　　「わたしを信じて欲しいの」
　　　「健ちゃんのお陰で」
　　　「６年で　わたしは学んだの」
　　　「瑠璃子さんの気持ち　わたし分かる」
健二　「分かるって一体・・・・・」
郁美　「はあぁぁぁぁぁ」
　　　「男には分からないかっ　まあ」
　　　「とにかく　料理の味　どうなの？」
健二　「えっ　そっち？」
郁美　「もう！！」
　　　「そっちの方が大事に決まっているでしょ！！」
健二　「そうなのか・・・・・？」
郁美　「うふっ　デザート」
　　　「ダニエルのケーキだから」
　　　「負けないご馳走にしたいの」
健二　「そういうものですかね」
郁美　「ですよ　うふふ」
健二　「まあ　郁美にお任せします」
　　　「実際　それしかない」

　健二の長い夜の幕開けは、料理の味見から始まったのだった。

つづく
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あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2020年7月11日掲載
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