ずっと愛してます３
羅衣 作
第32話　奈落１



　九条瑠璃子は、レクサスＣＴ２００ｈの助手席で夢心地であった。
　憧れの岩永健二とデートしているのだ。
　まだ我が儘な少女の頃、初めて意のままにならない男性として出会ったあの時、初めて異性を意識した。
　叶えられることのない初恋が、蘇ったのだ。
　健二との出会いが、彼女が自分自身を見つめ直すきっかけになり、傲慢で高飛車な女にならずに済んだのだと思う。

　その彼とデートする時がくるなんて、夢のようであった。
　チラチラ彼が送ってくる視線が、女として意識してくれている証であったので、子供扱いされた悔しかった思い出が癒されていた。

「わたし　健二さんに　やっと認められたのね」


　健二は冷静を装っていたが、本心は一刻も早くホテルに連れ込んで、極上の肢体を堪能したいと考えていた。
　妻、郁美がお膳立てしてくれた絶好の機会を逃す気などサラサラ無かった。
　彼が予想していた以上に遙かに美しく、イイ女に成長した瑠璃子は、最高級のご馳走であった。
　遠慮無く頂いて、我がものにして、自身の帝国を確固たるものにするだけであった。

　狭い車内に２人きり、彼女から香る薫りが彼をいつケモノに変えてもおかしくなかった。
　それでも我慢出来たのは、順風満帆で序列ゴボウ抜きの「１２人衆」襲名を果たした余裕であったろう。
　それは神々しい瑠璃子に近い地位に登り詰めたことを意味しており、遂に彼女に手が届く男になったという自信の裏返しであった。

　そもそも平安時代から続く公卿から始まる名家血統以外で、この地位に就いたのは健二が初めてであった。
　それだけにとどまらず、妻の郁美も空席が出来次第就任する次席指名受けているのだ。
　２人とも近代に辺境地方で勢力を得た地方豪族と思われる血統であり、名家血統からは程遠い存在に過ぎなかった。
　にもかかわらず抜擢されたのは、ゼウスら５大老が郁美の色香に惑わされたのも理由のひとつではあったが、それ以前に名家血統の衰退に伴う人材不足が深刻であったことが背景にあった。

　既得権益に固執する余りに、日本という国を世界大戦に進ませ存亡の危機を招いたのも記憶新しい。
　昭和から平成、令和と平和を享受しながら、再び既得権益に固執する輩が台頭して世論を動かし始めていた。
　その危機感が５大老にあって、次の世代への警告を意味した人事でもあったのだ。
　更にタイミング良く、「１２人衆」に空席が生じたことも健二には追い風にもなったのだった。

　健二の野心の果てには、「１２人衆」に食い込みたいというものもあったのは事実であった。
　これは夢のような究極目標であったが、まさか３０代で、その地位に就けるなど彼自身も想像だにしない事態でもあった。
　さすがの彼にも、５大老の気まぐれを理解しかねていたのだ。
　そもそも彼らが、いくら郁美の魅力に夢中だったとしても、その恩賞にしては過剰な待遇であったからだ。
　いずれにせよ、彼らの思惑は恐ろしくもあったが、今は素直に享受しようと考えていた。

「今　いろいろ　考えても　分かるはずも無し」
「それより　十年越しの夢が叶えられるチャンスに」
「全力を注ぐべきだ」


　心地よい車の走行振動に、瑠璃子の肢体は打ち震えていた。
　身体の芯に残っている経験したことがないオンナの悦びが、楔のように子宮に熱く脈打っていた。
　目を瞑ると瞼に亜紀達と経験した白い肢体が重なり合う熱い情交が生々しく蘇ってくるのだ。
　男性とのセックスで逝った経験もあったのだが、それとは比較にならない熱く深いアクメの淵に堕とされて、前後不覚になるほど乱れに乱れてしまった。

　もちろん女性同士の関係は初体験であった。
　当たり前であるが、女だけの秘密の領域、そこは敏感で触れたら怖い領域を女同士だと容赦なく責め立てられてしまう。
　男性相手とは全く違う、女だけに許されたアクメがあるのだと初めて知ったのだ。
　結果、それまで彼女が知ったかぶりしていた性の知識が根底から覆った。

　禁断ともいうべきアクメを共有した女同士しか持ち得ない相互理解が不思議な感覚をもたらした。
　以心伝心とは、正にこのことをいうのではないかと感じていた。
　もともと女性は感性と直感で通じ合う生き物だけに、言葉無しに意思疎通が出来るようになると男性には全く分からないネットワークが出来てしまう。
　昨晩の嵐のようなエクスタシーに包まれて、亜紀達から伝えられた彼女達の考えが詳細まで肢体に刻み込まれてしまったのだ。
　そして誰よりも瑠璃子の協力と参加を期待されていることを知ったのだった。

　しかしそれには越えなければならないことがあった。
　それは彼女の芯に今も息づいている健二への想いであった。
　純粋な少女時代から抱いていた初恋の想いを、彼女達は大切にする様に共感してくれた。
　なにより彼の妻である郁美から、健二との関係を理解してくれた悦びは小さいものでは無かった。
　だからこそ今朝の大胆行動に繋がったのだった。

「今日　わたし　生まれ変わる」
「健二さん　わたしを変えて欲しいの」


健二　　「瑠璃子さん」
　　　　「今日はコンパクトカーで申し訳ない」
　　　　「北野は　この方が便利なんで」
瑠璃子　「うふふ」
　　　　「わたしは　健二さんと一緒なら　いいの」
健二　　「おっ　そうか」
瑠璃子　「それより　さん付けは　もうやめて」
健二　　「だが・・・・・」
瑠璃子　「昔のように　瑠璃ちゃんで良いの」
健二　　「・・・・・・・・」
　　　　「じゃあ　２人だけの時に」
　　　　「いいね　瑠璃ちゃん」
瑠璃子　「うん　で　まずはどこに」
健二　　「まあ　定番で　「うろこの家」から　かな」
瑠璃子　「わたし　神戸って　実は初めてなの」
健二　　「マジか？　そうかぁ　分かった任せろ」

　健二は、初めは煩悩を滲ましていたのだが、次第に純粋に美女とのデートにのめり込んでいった。
　「美あんず」の女性達も周囲から注目の的であるが、瑠璃子には併せて高貴な匂いが嫌味でないほどに香るので、その注目のされ方はハンパない。
　多くの者達が芸能人かもしくは著名人だと感じたことであろう。

　それでも誰も声をかけてこないのは、彼女の纏うオーラの凄さであった。
　お土産品を少女の様にはしゃいで選んでいる彼女に、デートしている健二ですらテンションが上がるほどであった。
　一流の色事師、性調教師を自称してきたが、未だ女という生き物を理解出来ていないのだと再認識した。
　だが、だからこそ、自分はそんな女達が好きで好きで堪らないのだと実感していた。




　ゼウスは、瑠璃子の動向に戦々恐々としていた。
　なにより彼女が健二に想いを寄せていたと知った時の驚きは小さいもので無かった。
　更に郁美だけでなく、亜紀と出会ったことにも頭を抱えていた。
　オンナ達の動向は、ゼウスが想定していたより早く展開していたのだ。
　他人の人生を意のままに操る権力を欲しいままにしているゼウスにも、愛すべきオンナ達には無力なりつつあったのだ。
　下手に干渉して、彼女達が怒ったら彼はどうしたら良いのか途方に暮れてしまう。

「瑠璃子よ　まだ早いのじゃ」
「余は　どうすれば良いのじゃ」
「健二のヤツ」
「まさか瑠璃子の心まで盗むとは　甘く見ておった」
「部下達には」
「瑠璃子の側近達に　逆らうことは出来まい」
「むむむ」
「このままでは」
「部下達では　どうすることも出来まい」
「そうじゃ」
「ここは佳子に協力して貰って時間を稼ぐほかない」

　ゼウスの行動は早い。
　彼は藁にもすがる思いで、もう１人いる溺愛している孫娘、九条佳子を呼び寄せて頼ることにしたのだ。
　瑠璃子の実妹である佳子は、瑠璃子と正反対の性格で天真爛漫で奔放な行動が目に余る現役の女子大生であった。
　それでも名門である九条家の血を引く、ゼウスからすれば目に入れても痛くない孫娘であり、瑠璃子と共にゼウスの寵愛を欲しいままにしていた。

　彼女は、姉とは正反対にゼウスの庇護を効果的に利用する強かな一面を持ち合わせていて、ある意味、ゼウスの一番の理解者でもあった。
　結果、姉すら知らないゼウスの一面にも通じていて、ゼウスが女しか分からない局面に直面し難儀した時は何度も彼女が活躍していたのだった。
　ただゼウスにとって佳子は諸刃の剣であり、その代償はいつも高くつくのであった。

「やれやれ　これで　また」
「余は佳子に頭が上がらなくなる」




　亀梨弥生は、若い武史のエスコートを楽しんでいた。
　彼女にすれば一回り以上も年下の若者であり、若い男性が如何に自分を口説いてくるのかと興味津々なところもあり、まだ余裕があったのだ。
　既に人妻であって２人の子供を育てる母親でもあり、大人の女としての自負があるだけに、若い男性の欲望のかわし方には自信があった。
　そもそも彼からすれば、自分は熟女であって、彼のようなモテモテであろうイケメン男子に言い寄られるなどホストでもなければ有り得ないシチュエーションであった。

　その認識から彼が郁美から命じられて頑張っているんだと察していただけに、彼が彼女に対して抱いている気持ちを思い遣って、温かい目で見ていたのだった。
　瑠璃子の学生生活における色恋にも、なにかと母親代わりに深く関わってきただけに、なにかと若い男性の欲望についても理解が深かった。

　結果自身の恋愛が二の次になってしまい、逆に瑠璃子に気を遣われて恋のキューピットされてしまうことになった程であった。
　瑠璃子という圧倒的な恒星に最も身近にいたことで、彼女は自身を過小評価する傾向があって、自分が周りの男性からどう見られているかなど考えた事もなかったのだった。

　大好物であったお蕎麦が美味しくて、自然とリラックスしてしまう。
　当然会話が弾むが、彼から見せかけの優しさや下心が全く感じられないのが彼女は意外であった。
　会話の内容も、思わず年上の男性と話しているのではないかと錯覚してしまう懐の深さであった。
　それでいて時折彼が見せてくれる若々しい笑顔が女心を刺激する。

　警戒心がある女は敏感だ。
　相手が本気で自分のことを思い遣って接してくれていることは空気で感じる。
　不意に、この若者は自分を口説こうなど考えているのではなく持てなそうとしてくれていると思い至る。
　そうなると弥生も女だ。
　若いイケメン男子と過ごす時間が楽しくないはずもない。

　理性は今頃理解していたが、既に彼女の肢体は嬉しくていつの間にか彼とスキンシップを楽しんでいたのだ。
　笑いながら若者の腕に絡みついているのは彼女の方であった。
　端から見たら誘惑しようとしているのは彼女の方だと見えたことであろう。

　いつの間にか、会ったばかりの彼に、仕事と母親しかなくなっているという愚痴をこぼしていたのだった。
　そんな彼女を、女として接してくれる彼が輝いて見えてくるのだった。

　弥生は「会」には参加したことはなかったが、立場上色んなことに通じている。
　当然、色んな男性とも出会ったが、瑠璃子の身近に現れた男性に心奪われた経験があった。
　そして口説かれてセックスの素晴らしさを教えられてしまう。
　やがて仕えている瑠璃子の憧れの男性が、その男性だと知ってしまう。

　その苦悩は深刻なものであった。
　それは決して公に出来ない、叶えられない恋となったことを意味したのだ。
　彼女は身を焦がす情熱を、理性で押さえつけ自身の感情を封じ込んだのだった。

　今回、瑠璃子が健二との再会を意図した行動を取ったことを立場上は諌める立場にあったのだが、彼女自身も健二に会いたくて便乗して同行してしまった。
　彼女にとって健二は特別な男性であることは、十数年の年月が経っても変わりなかった。
　そして瑠璃子の後ろから、今でも恋い焦がれている健二の姿にときめいていた。

　既に彼には郁美という若妻がおり、彼女自身も夫と２人の子供がいる妻としての顔があって、表面上は何事もなく過ごしていたが、心中は穏やかではなかった。
　多少は健二が自身の姿に何かしらの反応があるかもしれないと、期待が無かったといえば嘘になるであろう。
　しかし彼の瞳には美しく成長した瑠璃子しか映っていないことを知った時の彼女の心は涙に濡れていた。
　女は感情の生き物であり、そこがバランスを崩すと精神的にも揺らいでしまう。

　辛くなった彼女は、お手洗いに逃げ込んでしまう。
　そんな彼女を気遣い手を差し伸べてくれたのは、なんと健二の若妻である郁美であった。
　彼女は、いつの間にか弥生の心の奥底を見通したような優しい言葉をかけてくれたのだ。
　さすがゼウスが絶賛するだけのことがある洞察力であった。
　そして再三に渡ってゼウスがこぼしていた言葉が脳裏に蘇ったのだ。

「余は　アテナの前では　素になってしまう」
「そして　本当のことを言ってしまうのじゃ」
「すると　アテナは　驚くべき行動力で」
「対処してくれるのじゃ」

　気がつくと健二の妻である彼女に、今まで誰にも話せなかった健二への想いをうちわけていた。
　一回りも年下の女性に、なぜ明かしてしまったのかと今でも不思議に思う。
　それでも大丈夫いつか叶えられて癒される日がきっとくるからと抱きしめられたのだが、それでどれほど救われたか。
　お陰で昨日は最後まで普段通りの弥生として過ごす事が出来たのだ。
　あのアテナこと、郁美という女性は凄い人だと実感していた。
　その時の反応が武史という若者なのだと理解した。


　武史は郁美からの意向を受けて弥生を持てなすことになったのだが、ひと目で女優、白石○帆似た容姿の彼女に心惹かれていた。
　彼女は、絵に描いたような仕事が出来るキャリアウーマンと母親を見事なバランスで両立している自立した女性だと見抜いていた。
　それでいて、大人の女性としてオンナの悦びも知っている故に漂う色香を伴う仕草が素敵であった。

　無知な男達では、ただの色香と一緒にしてしまうであろうが、それは限られた女性しか持ち得ないものであった。
　武史は、そばにいるだけでクラクラするほどの魅力に惹きつけられてしまう。
　それなのに彼女は、現在は満たされていないと知ってしまう。
　母親である前に女なのだと理解して欲しいのに、周囲は母親としての彼女しか見ていないのであろう。
　正直勿体ないと思った。

　だから武史は、徹底的に弥生に女として楽しんで貰おうと行動したのだった。
　その効果は抜群で、気がつけば彼女が少女のようにケラケラ笑うようになっていった。
　年上の彼女だったが、彼は心底可愛いと思った。
　そうなると車中の彼は、前にも増して饒舌になる。
　学生生活を面白おかしく語り、彼女から女性としての見解を引きだしていく。
　それに多少オーバーにリアクションして、会話を盛り上げていくのだった。
　そして唐突に電撃作戦で彼女を落としにかかった。


　弥生は車中から流れていく景色を楽しみながら会話も楽しくて、すっかりリラックスしていた。
　もちろん結婚以来、夫以外の男性に肌を許したことは無いし、好感を抱いて心は既に許していた武史といえども肌を許すつもりは毛頭無かった。
　不意打ちで唇を奪われないように注意もしていた。

　彼は一向にそんな素振りもみせないので、次第に油断していたのもの事実であった。
　帰り道の六甲山、差し掛かったファッションホテル街で、まさか彼が急に狼になるなんて想像だにしてなかった。
　唐突の進路変更に彼女は絶句して言葉が出なかった。

　ホテルの駐車場で、彼を一喝して思いとどまらせようと気合いを入れて身を乗り出した瞬間であった。
　あっという間に唇を奪われて、先手を取られてしまった。
　大胆に侵入してくる舌を思わず受け入れてしまう。

　そしてグイと力強く抱き寄せられて、弥生の肢体奥底に眠っていたオンナのスイッチが入ってしまう。
　目が白黒してしまう彼女であったが、女の部分に火がついてしまう感覚に次第に従順になっていってしまう。
　肢体は、かつて味わった極上の快感をずっと覚えているのだ。
　武史という若者に健二と同じ匂いを感じてしまう。
　そもそも、こういう展開を自分自身も望んでいたのではないか、と想いながらキスに溺れていってしまう。


　武史にすれば、多少稚拙かと思いつつの電撃作戦であった。
　だから彼女が怒り出す前に唇を奪った。
　彼ほどの経験があれば、女の動きを予想するのは容易い。
　後は環がいつもトロトロになってしまう情熱的なキスで、年上の女性を溶かしてしまえるかに掛かっていた。

　もし失敗しても、彼にはまだ第２第３、更に第４、第５の策謀があったので余裕で冷静であった。
　それでいて交わすキスは、超がつくほど情熱的なものであった。

　彼女が折れてしまうのではないかというほどに、強く抱きしめる。
　郁美仕込みのオンナスイッチを入れるコツを忠実に実行する。
　不意に彼女から甘い吐息が漏れる。
　そして彼女の手が巻き付いてきた。
　そもそも武史ほどイケメン男子は、女に好意を抱かした段階で既に勝ち組であった。
　そこに郁美の女視点に基づいた指導が行き届いて、無意識に実行する器量があるのだから、もはや究極の色事師であった。
　女の悦びを知っている弥生はひとたまりもなかった。


　弥生がハッと気がついた時には、ホテルの１室にあるベットに押し倒されていた。
　抗おうにも肢体は歓喜の声をあげて、武史の愛撫を受け入れていた。
　咄嗟にシャワーを浴びたいと願ったが、若い欲望をいなすどころか圧倒されて、もはや年上の女性としての余裕など皆無であった。
　首筋に顔を埋められて、肢体に走るゾクゾクする喜びに負けて覚悟を決めてしまう。

「あなた　ごめんなさい」
「わたし　抱かれてしまう」
「もう駄目　我慢出来ないの」
「あなたが悪いのよ」
「わたしを何年もほったらかしにして」
「ママなんて　ずっと呼ぶ　なんて」
「わたし　女なの　それなのに　　あん」

　弥生は、その時考えもしなかったが、たった一度の過ちに過ぎないと油断していたが、結果的に引き返せない奈落の底に墜ちていってしまう始まりだったのだ。

つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2020年8月22日掲載
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