ずっと愛してます３
羅衣 作
第9話　ドＳの女王様


　長老ポセイドンは、毎回のことながら美帆のボンテージファッション姿に惚れ惚れしていた。

彼女定番スタイルで、フロントから見るとオーソドックスだが、バックスタイルはバックルだけという超セクシーな黒い光沢本革製ストラップレスドレスだ。
　ポセイドンは、彼女が健二に連れられて初めて「会」に現れた時の衝撃を今でも忘れられないのだ。

　彼女は男達に潜むＭ性をいとも簡単に炙り出す才能があって、他ならぬポセイドンですら初めて自身にＭ性が潜んでいると自覚させられたほどであった。
　今は高齢ゆえに自重して鑑賞だけに留めていたが、彼女のプレイは決して見逃せないものであった。

　本日の生け贄は、全国的に有名な飲食店チェーンなどを経営する企業グループを創業し、今では高齢者向けの宅食事業も手がける男であった。
　一代で財を成した男は、当然の如く日本財界の本体ともいうべき「会」への仲間入りを果たすことになる。
　この男の経営方針は徹底した能力主義であり、能力が低い者は非情と揶揄されるほどの冷遇が特徴であった。

　ただ彼に言わせれば、ゆとり教育を受けた世代と日本に蔓延する権利主義の者達があまりに国際水準以下の労働力でしかない結果であって、民間企業は能力のない者に払う給料を払うボランティア企業ではないということであった。
　彼の企業はブラック企業と糾弾されていたが、全体的に経営が苦しい飲食業界の中で彼の企業グループだけは業績好調であった。
　その彼は、その経営姿勢そのままの裏の顔を持っていたのだ。

　それは港区東○布にあるＳＭホテル「アル○ァイン」の常連客であり、その世界では知らない人はいないサディストであった。
　犠牲になった者達の数は、彼の事業成功の数と共に数え切れないほどであった。
　その彼が「会」入会にあたって希望したのは、ＳＭ部門主体の参加であったのは当然の流れであった。
　彼にすれば、自身の企業グループに勤める女性社員の中から仕事能力が劣るが容姿が優れる者を選んで、それまでは半ば非合法に生け贄にしてきたので、これからは生け贄探しに苦労せずリスクが少なくなる目論見があったのだ。

　「会」の方からすれば、新参の成り上がり企業家に大きな顔させるなど全く有り得ない話であった。
　彼の度し難い性癖は、結果的に彼の弱みであって、そこを丸々と抑えることに繋がるので都合が良かっただけであった。
　とはいえ彼の悪評は「会」は把握していたので、死者まで出されると面倒になると考えて、生け贄女性２人と共に、浅山美帆を派遣したのだ。
　人間という生き物は、ＳＭに代表される極端な性癖を示すと必ず潜在的に正反対の性癖を持っているものなのだ。
　これは本人が自覚しているかどうかの違いであり、反対の性癖がもたらす興奮を知っているからこそ、相手が悦ぶ行為が出来るのであって、正に表裏一体の人間の業そのものであった。

　美帆は「会」が放った刺客、そして教師役であった。
　彼には自覚がないのは明らかなので、彼の「ドＭ」性を引きだして調教する必要があったのだ。
　新参者の彼は、自身年齢の半分以下に過ぎない、若く美しい美帆が「会」では名が轟く性調教師とは夢にも思わなかった。
　「会」から派遣されたコーディネーターという触れ込みに、いとも簡単に騙されたのだ。
　それ以前に、彼には美帆が最高の生け贄に見えていたのだった。
　そんな２人は、「アル○ァイン」の４０１号室「奴隷市場」で激突した。


　美帆は若く可憐な容姿ながら実は合気道六段「師範」の資格を持つ武道家でもあったので、並みの男では太刀打ちできないじゃじゃ馬という顔を持っていたのだ。
　「ドＳ」を自負していた男は、抵抗虚しく変形椅子の餌食となってしまった。
　そこからの調教は、同行して見学していた生け贄役の女性２人が失神するほどの苛烈なものであったらしい。

　丸々３日間責めに責め抜かれた果てに、やっと開放された男は、真逆のＭ男に変貌を遂げていた。
　実際、美帆は「会」のイベントで、医師が必要なほどに激しい折檻を行う超弩級のサディストとして名が轟いていたほどであった。
　しかし彼女の激しい責めによる痛みを乗り越えると、男ではなかなか味わえないと云われるオーガズムが訪れるという。
　そこに墜ちた男達は、もはや美帆の奴隷であった。

　黒い革製の拘束具で自由と視界を奪われて四つん這いの姿勢で、美帆の足元に縋り付いている哀れな男の姿があった。
　僅か数ヶ月前までは、豪腕とサディストとして有名であった姿はもはや見る影もない。
　さすがのポセイドンも唖然としていた。
　自身も鎖骨とあばら骨を１本ずつ折られながらも経験したことがない快感を味わった身であったが、人というものは性癖の裏側にある深淵の恐ろしさを思い知らされた思いであった。
　高齢のために医師団からドクターストップがあったので、ずっと我慢して見学者という立場に留まっていた。
　今でも美帆への特別な想いは、いささかも衰えていなかったのだ。

　ボンテージファッションに身を包んだ美帆は、まさに鬼女であった。
　残酷な行為を眉ひとつ動かさずに、やってのけるサディストの化身であった。
　武道家という顔を持つだけに人体の弱点を知り尽くしていることが、逆に恐ろしいまでの過激プレイに繋がっているのだ。
　それでも骨折など日常茶飯事であったが、その痛みが体験者の極上の快楽の果てに存在するだけに感謝されることはあっても、トラブルに成ったことは一度も無いという有り様であった。

　その結果、彼女に苛められたいという会員は増加の一途で、相手役になるには大金を積まねばならない狭き門であった。
　普通の神経の持ち主であれば、見ているだけで卒倒してしまうだろうプレイが展開することになるのだ。
　マリアという通り名は聖母という意味を表しているのだが、それはドＭ街道に墜ちた男達にとって彼女がまさに女神のように崇めている証であった。

　マリア（美帆）は、最強の支持者であるポセイドンへ流し目で目配せしながら、当たり前のように２０㎝はあろうかという黒いピンヒールで縋り付く男の右手の甲を踏みつけていた。
　彼女が比較的な小柄の女性とはいえ、凄まじい激痛が男を襲いかかっているのは明らかであった。
　目隠しをされて、更にボールギャグを咥えさせられている男は、ウグゥワァと呻き声を漏らし身を痙攣させることしか出来ない。
　そこに容赦なく、実際に競馬に用いられる鞭が男の背中に振り下ろされる。

　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！

マリア　「いつ　わたしに触れて良いと言った？」
男　 　 「ウルグゥグハッギュハァッハァッハァツ」

　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！

　たちまち男の背中は、ミミズ腫れで真っ赤に染まっていく。
　全く手加減無い鞭打ちであった。
　もはやプレイではなく拷問であった。
　マリアは仮面を付けたりは決してせず、いつも美しい顔を晒してプレイするのだが、そのお陰でゾッとする冷酷な表情がよく分かるのが人気の一要因であった。
　彼女の表情は、演技などではない本物の冷たいものであることは誰にでも分かるほどであった。

　常識から言って、これは一方的な暴力暴行であった。
　しかし、この男は数千万円というお金を払って、本日の生け贄に自ら志願したのだ。
　もはや普通の人には理解できない常軌を逸した世界であった。
　ただ、それが事実であり、現実なのだということを男の股間が証明していた。
　鞭打たれて全身を激痛に包まれるたび、股間の一物はドンドン硬く勃起していったのだ。
　もう男は例えようのない快感に打ち震えていたのだ。

　それはポセイドンなど見学に集まった数十人に上る同好の者達の股間も同じであった。
　口元から涎が止まらぬ者、股間のズボンに既にカウパー腺液が滲みてしまう者などが続出していた。
　他ならぬポセイドンも肉棒をいきり立てて、鼻息が荒くなっていたのだ。
　そして全員共通の思いは、「男と代わりたい」であった。
　鞭の音が男達の興奮を加速するアクセルであった。

　視界を奪われているだけに、痛みが生み出すカタルシスに男は思わず女神に縋ってしまう。
　それがマリアの怒りを買い、ますます鞭打たれることになるが、麻薬のような常習性で男をますます狂わすスパイラル地獄であった。
　唐突に男の手を踏みつけていた足を放すと、そのまま男の脇腹を蹴るように踏みつける。
　ピンヒールでいくら急所を外しながらも、そんな風にされたら想像を絶する激痛を生む出すに決まっていた。
　一撃で男は射精して失神してしまった。
　男はプレイが始まって５分も経っていないのに落ちたのだ。

　それすら更なる折檻のきっかけになるだけであった。
　男は失神したまま蹴倒されて、仰向けに転がされる。
　着衣は股間を晒した黒革の奴隷ウェアであったので、床に飛散した精液の上に転がる形になってしまう。
　失神しても肉棒は狂ったようにいきり立っている姿が滑稽であった。

　肉棒はステンレス製アナルボールウィズコックリングでアナルとジョイントされるように拘束されていて、１度勃起してしまうと血流を規制されて萎えることが許されない状態であった。
　このアナルボールウィズコックリングは、マリアが最近好んで愛用するグッズのひとつで、奴隷化した男達を極楽浄土に誘う魔法アイテムであった。

　容赦なく鞭の先端で男の肉棒を突きいたぶり始める。
　たちまち男は意識を取り戻すが、大事な肉棒に加えられる陵辱に悶絶する。
　男が興奮すればするほど血流は肉棒に流れ込むが、細く絞られたリングのお陰で血液は流れ出ることがスムーズに出来ない。
　結果、ますます肉棒は太くいきり立つが、太くなるとますます血流が阻害される悪循環に陥る。
　そこは男性にとって一番脆い部分であって、今となっては腫れ物のように敏感な部分となっていた。
　見ていた男達の息が止まってしまう恐怖の空気が部屋に充満していた。

　不意にマリアの鞭を持った腕が高く持ち上げられていった。
　それはストップモーションのように、ゆっくりとした動作であった。
　張り詰めた空気を操っているのは女王様なのだ。
　視界が奪われていても、空気でなにが今から起こるのか男は察して必死であがいていた。
　膨張しきった肉棒は、男にとって一番敏感な神経の塊であって、そこだけは守りたい部分であったろう。
　一瞬、男は死を覚悟したに違いない。

　マリアは表情を全く変えない氷のような冷たさを感じさせていて、ゾッとするような蔑んだ目線で男を見下していた。
　そして迷うことなく同じ男性同士では決して出来ない悪魔的行為を彼女は実行するのだ。
　張り詰めた室内に空を切る鞭の音が唸りをあげる。
　その瞬間、ポセイドンは本物のサディストに生涯初めて出会ったと思い知らされたのだ。

　バッシイィィィィギィィィィィィィ！！！！
　グガッキィィィ！！

男　「ぐげぇがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！」
　 　「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

　あまり激痛に男が咥えていたボールギャグは粉砕されていて、破片で口内を傷つけたことによる出血が惨劇を演出していく。
　部屋にいた男達は、文字通り足がすくんで動けなかった。
　男達は基本流血に弱い生き物で、一様に狼狽える。
　初めてマリアのプレイを見た男達は、今まで見たオママゴトのようなＳＭプレイではないという恐怖に圧倒されていた。
　そして彼女の表情を見た瞬間、一様に凍り付いた。
　一目で怒っている表情で、はらりと前髪が垂れ下がってきた。

　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！

マリア　「いつ　ギャグを壊して良いと　許した」
男　　　「ギャアッァァァァァァァァァァァァ！！」
マリア　「調子にのるんじゃないよ！！」

　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！
　バッシイィィィィィィィィィィ！！

　もうこうなると誰も手をつけられない。
　以前止めようとした男性スタッフ５人を逆に袋叩きにした伝説が、もはや女王様に絶対的なチカラを与えていた。

　見ていたポセイドンは、射精した。
　マリアのプレイは、日々衰えていく老体にとって最高のスパイスであった。
　鞭打たれている男は悶絶しながら、連続して射精していた。
　発狂したように、のたうち回りながら男は異常なオーガズムの真っ直中だったのだ。

　気絶することも許されない激痛の嵐の中で、その果てに訪れる極限のオーガズムは女性のものに匹敵すると言われている。
　マリアは、短時間で男を奈落の底に落とす達人であった。
　自然と室内でマリアを賛美する言葉が溢れていく。
　男達は彼女のまわりに円陣を組んで、跪いて彼女への崇拝を誓う言葉を発していた。
　「会」では、彼らをマリア教団とか、マリアグルーブと、呼んで特別視するようになっていたのだ。

　折檻されている男はもはや限界で、口から泡を吹き過呼吸で危険な状態に陥っていた。
　いつものことだが、もう誰も止める者などいない。
　そこにタイミング良く岩永健二が現れて、マリアを呼ぶのだ。
　冷酷なサディストと化したマリアを止めて、一瞬にして美帆に戻せる男は健二ただ１人であった。
　別人のような少女の笑みを浮かべて、彼女は全てを投げ出し健二の元に駆け寄って行ってしまう。

　ポセイドンは、マリア（美帆）の魅力は、このギャップにあると考えていた。
　普段の彼女は、健康的な活発な女性だ。
　彼女の武道をしている姿は男達をゾクゾクさせる存在であり、健二と一緒にいる時は少女、ベット中では貪欲な天使であった。
　しかしボンテージファッションに身を包んだ彼女は、想像を絶する超弩級のサディストであった。
　「会」では彼女に勝てるサディストは存在せず、今ではアメリカの裏社会でも話題の人物となっているほどであった。
　そんな彼女が関西支部移籍という事態になり、「会」内部は未だにゴタゴタしているのは事実であった。

　彼女が健二に付き従って部屋を立ち去ってしまうと、その空間はたちまち不快な男達の精液臭で充満してしまい、自然と見学者達も立ち去ってしまう。
　数十畳もある広い部屋をたった１人で支配していたのは、彼女だったということを改めて思い知らされる。

　ポセイドンは、スタッフを促して生け贄となった男の介護をさせながら、その男があまりに不甲斐なくて場が長続きしなかったことを残念に思っていた。
　本来では早くても１時間は行われるショーが、ものの十数分で終わってしまったからだ。
　結局、成り上がりに過ぎない男には、伝統ある「会」では所詮新参の小者だということであろう。
　彼に期待して、この機会を与えた自分自身の愚かさを悔やんでいた。

「この期待外れがぁ！！」

「それにしても近年の人材不足は深刻じゃな」




健二　「マリア　今日は　えらい短気だったな」
美帆　「だってぇ　あの人　つまんないだもん」
　　　　「もともとの素養が無いの」
　　　　「お金で　弱い人　苛めていただけで」
　　　　「サディストじゃないの」
　　　　「イジメ好きの変態なの」
健二　「そうかもしれないが」
　　　　「良いスポンサーだからな」
　　　　「手加減しなきゃ」
　　　　「ポセイドン様も不満足だったろうに」
美帆　「ポセイドンは大丈夫」
　　　　「彼は　わたしの　しもべよ」
健二　「ほんと　怖いオンナになったもんだ」
美帆　「へへへ　わたしの最大の理解者だもん」
健二　「やれやれ」
　　　　「それにしても」
　　　　「マリアはボンテージファッションが」
　　　　「よく似合う」
美帆　「うふっ　でも気がついているはず」
　　　　「凄い逸材　いるでしょ」
健二　「まだ早い　彼女は」
　　　　「それは　まだ誰にも言うなよ」
美帆　「そうなの　分かったけど」　　　　　
　　　　「それはアテナ（郁美）にも内緒なの？」
健二　「それは・・・」
美帆　「言わなくても　アテナ知ってるわよ」
健二　「なに？」
美帆　「健二　鈍感過ぎよ」
　　　　「アテナは　まだ秘密がある気がする」
健二　「俺が選んだ人だからな」
美帆　「わたし　知らないから　あとは頑張ってね」
　　　　「ところで　徹は今どこかな」
健二　「妬けるなぁ　また徹か？」
美帆　「悪い？　わたしを捨てて」
　　　　「アテナと結婚したくせに」
健二　「それとこれは」
美帆　「オンナにとっては　同じ」
　　　　「それに可愛い弟弟子を心配するのは」
　　　　「オンナとしては当然よ」
健二　「とほほ　こりゃ一生言われそうだな」
美帆　「当然です」
健二　「徹は」
　　　　「照明制御室でアグライア（亜紀）と」
　　　　「一緒の筈だよ」
美帆　「そう　さすがアグライア」
健二　「うん？　なに？」
美帆　「うん　なんでもないわ」

　健二には、オンナ達が心配する徹の精神状態のことなど分かるはずも無かった。
　美帆は、ずっと心配していたのでフォローしようと気遣っていたのだが、取り越し苦労だったことに苦笑いであった。
　肉体的には強い結びつきを、お互い自覚している美帆と徹だが、それを越える絆が徹と郁美、そして亜紀との間にはあるのだと改めて思い知った。
　美帆は、自身に生じた気持ちの変化をどうすれば良いか迷っていたのだ。
　健二の結婚、女子会との出会い、徹との出会い、それらが彼女に、ありきたりな女性共通な気持ちを芽生えさせていたのだ。

「わたし　結婚したい」
「ずっと　ひとりなんて　嫌」

　若くして裏性社会で活躍して、ドＳ女王様と慕われるマリアこと浅山美帆は、結局、ただの女だったというのは皮肉な話であった。

　そんな彼女の中に生じた大きな変化を、まだ誰も気がついていなかった。

　実は本人自身も自覚していない変化であった。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2020年3月15日掲載
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