ずっと愛してます4
羅衣 作
第11話　女帝の帰還２


　亜紀は九条家親族達との親睦もそこそこにして、急ぎ東京に戻り武史と会って話すことにした。

　出自に関わる重大事だし、先日までの亜紀に対する周囲の特別扱いが武史に及ぶのは間違いないから急いだのだ。
　東京に戻る車中で、既に亜紀の元に承認案件として、「当主後継者森川武史様　警備体制について」という数百ページにわたるＰＤＦデータが送られてきたのだ。

　九条家警備本部統括責任者である綾小路優貴の概要説明動画も添付されていて、いちいち読まなくても概略は理解できる。
　書類は暇なときに目を通せば良いようで、基本は担当者の解説動画で済むような配慮がされているらしい。
　いきなり何十人の専属スタッフ体制を作りますとか、いろいろ解説あるが、そんなにＳＰいるのかと思った途端にこれは最小限の人数ですからと、強調される始末。
　まあ変更指示は随時賜りますというから、様子見でそのまま承認してしまう。

　こんな具合に武史の環境は激変するのだろう。
　ふと環の扱いが気になるから、書類をみると彼女も同数の専属スタッフが付くらしい。
　九条家に戻ることを安請け合いしたが、これは大変なことになったと今更実感する。
　となると夫、凌にいち早く連絡する必要がある。
　FaceTimeで夫に事の次第を報告するが、こういう時の夫は凄いと思う。
　一瞬驚くが、直ぐ理解して九条家との役割分担などは俺が調整やるから亜紀はなにも心配するなと言ってくれる。

　武史の自宅に辿り着くと、もうＳＰらしい男達を見かける有様だ。
　弟は唐突な姉の訪問に、何事かと困惑している。
　事の次第を話すと、意外に弟は冷静で考え方がドライだ。
　今更親族と言われてもピンとこないし、ずっと姉さんと２人で生きてきて、それはこれからも変わらないから深く考えたくないと言い切った。
　いずれにせよ医学の道極めてから考えたいらしい。
　ちょっと拍子抜けの亜紀だが、まあ確かに自分たちでどうこうできる話でもないから、弟のように積極的放置も有りなのかもと考えを新たにした。

亜紀　「そう　大事な話忘れてた」
武史　「は？」
亜紀　「瑠璃子さんのことだけど」
武史　「ああ　最近　あまり会えてないんだ」
亜紀　「あら」
武史　「結構　研修とか忙しくて」
亜紀　「そうなんだ」
武史　「それにしても　彼女　従姉妹だったんだ」
亜紀　「そうなの　だから」
武史　「うぅぅぅ　でも　会いたいのが本心」
亜紀　「まあね　今は彼女も会いたいみたい」
武史　「がはぁはぁ」
　　　「まあ　自重する方向には努力します」
　　　「環　越してくるまで　あと２ヶ月無いし」
　　　「環が来たら　ちょっと余裕無くなるから」
亜紀　「あら」
武史　「姉さん達　環　けしかけ過ぎ」
亜紀　「え？」
武史　「もう連戦連敗の俺・・・・・・」
亜紀　「あらら　え？」
武史　「ふふ　まあ　俺　超幸せ者かもしれない」
亜紀　「なるほど」
　　　「環ちゃんは　郁美の２番弟子だからね」
武史　「ふむ　俺も努力足りないのかも　反省」
亜紀　「女は成長早いし　先生が凄いからねぇ」
武史　「それは納得です」
　　　「そう言えば　郁美さん調子どうですか？」
亜紀　「元気よ」
武史　「良かった　ああ　逢いたいなぁ」
亜紀　「ふふ」
　
　その日は夜通し姉弟で語り合った。
　思えばまともに会話したのは久しぶりであった。
　姉は弟に苦労かけたと詫びると、弟は今があるのは姉のおかげで姉が払った犠牲は一生かけて恩返しする覚悟だと、お互いのことを思い合う２人であった。

武史　「今しかないから　姉さんに伝えたいことある」
亜紀　「なに？」
武史　「俺　男として　ずっと姉さんに憧れていた」
亜紀　「そうかぁ　うん　なんとなく私」
　　　「感じていた」
武史　「今こうして　やりたかった医学の道」
　　　「出来たのも　姉さんのおかげ」
亜紀　「まあ　ずいぶん凌にも助けてもらったのよ」
武史　「うん　姉さん　凌さん　いや　義兄さんには」
　　　「一生かけて　恩返ししていく覚悟だよ」
亜紀　「私は良いの　凌は私も恩返ししたいわ」
　　　「愛してくれているって実感されっぱなし」
武史　「それも　姉さんがブレなかったからだよね」
亜紀　「えっ？」
武史　「そういうとこも　憧れるよ」
　　　「実は　義兄さんに訊いたことあるんだ」
　　　「姉さんのどこが好きなのかって」
亜紀　「・・・・・・・・・・」
武史　「まさにそこ　ブレない生き方」
　　　「周囲に流されない生き方」
　　　「俺と同じ思いで」
　　　「姉さんのこと見てくれているって知って」
　　　「俺は初めて義兄さんのこと心底信じれたんだ」
亜紀　「武史・・・」
武史　「やっぱり姉さん凄いや」
　　　「彼を見つけたんだもん」
　　　「そして」
　　　「郁美さんに会わせてくれてありがとうね」
亜紀　「えっ？　郁美？」
武史　「だよ　彼女に俺はいろいろ教えてもらった」
　　　「精神的には　俺にとって初めての女なんだ」
　　　「おかげで　環に出会えた」
　　　「めっちゃ　幸せなんだ」
亜紀　「ふふ　郁美にも聞かせたいわ」
武史　「でも　全ては姉さんがいたからだよ」
　　　「今までありがとう　これからもよろしく」
　　　「で　１度で良いから抱きしめて」
　　　「キスだけしていいかな」
亜紀　「あら」
武史　「環が奥さんになる前に　１度だけ」
　　　「姉さんの温もりが　思い出に欲しいんだよ」
亜紀　「そうね　分かったわ」
武史　「姉さん！！」

　２人は抱き合いキスした。
　２０数年間の共通の思い出が走馬灯のように流れていく。

　思えば激動の時を過ごしてきた姉弟だったが、数々の出会いがあった。

　何事にも屈しない姉が切り開いてきた人生を、弟は姉を信じてついて生きてきた。

　弟は姉が選んだ人生を今までもこれからも信じてついて行くだけだった。




　亜紀達の九条家帰還は、五摂家の間で衝撃のニュースとしてあっという間に広まっていった。

　ゼウスが最高権力者ではあったが、男系嫡流が長らく不在だった五摂家筆頭の九条家は徐々に権威が衰えつつあったのは事実だ。
　もしゼウスになにかあれば、筆頭から外れてポセイドン率いる鷹司家に主導権が移る事態も予想されていたのだ。
　九条家と鷹司家の争いに巻き込まれることを望まない他の３家にとって、九条家の安定は望ましい展開でもある。

　ただゼウスが九条家当主を退き、最高顧問になったことによる地殻変動は予想以上だ。

　ゼウス以外の５大老達は既に当主は退いて顧問となっていた経緯があり、当主は代替わりして後継者がいる状況で５０から６０代の者が務めていた。
　そこに世代飛び越してまだ２０代の亜紀が　実質的に当面、九条家当主となるから、彼女がそのまま五摂家最高権力者となった形になるのだ。

　表だって不満を述べる者はいなかったが、微妙な空気が五摂家の間で流れたのも事実だ。
　ただ不満に思う者達を恐怖させることも同時進行していたのだ。
　それが九条佳子と綾小路優貴の婚姻だ。

　多くの五摂家の者達は優貴を成り上がり者と下にみて侮っていたのに、九条家の姫を妻として地位を盤石にしただけでなく、名実共に実力組織と諜報組織を掌握した実力者に成ってしまっていたのだ。
　汚れ仕事をこなしてきたが、その手際の良さは際立っており同時に目的遂行のためなら非情さも知られていたので、それが恐怖をかき立てる。
　気がつけばそれらが九条家に独占的に握られてしまったという事態に、気がついた時は手遅れであった。

　もともとは綾小路家は謀殺や陰謀を司る家系であり、十二家あった名門を五摂家までに争いの果てに減らしていった中心的な存在でもあったのだ。
　平和な時代とともに直系が途絶えていたものを、ゼウスが寵愛し育て上げた優貴に綾小路家の門地を与えたのも、こうなる展開を予測していたのかもしれない。
　彼は完全に九条家の守護星で国家権力実力組織まで掌握しているから、他家にはもはや対抗する術がない。
　
　


　亜紀は瑠璃子を伴って、神戸空港の最終便直後に到着するプライベートジェット「HondaJet Elite」で帰ってきた。
　機内では亜紀が分からない五摂家のしきたり事情や風習などいろいろ確認していたところだ。
　とはいえ到着すれば、我が子と凌に一刻も早く逢いたいのが本心だ。
　我が儘言って離乳食後期に、司法修習に行ってしまったのだから母親失格だと自覚していた。

　降りて空港ロビーに入ると、凌が迎えに来てくれていた。
　思わず駆け寄って凌に抱きついてしまう。
　彼はお帰りの一言だけだが、背骨が軋むほどキツく抱きしめてくれる。
　自分自身の出自に関することではあるが正直疲れたのが本心であり、本来はお気楽に女の人生を満喫する気でいたのに、それが叶わなくなったのは気が重い。

　そんな自分で一杯一杯な亜紀を受け止めながら、凌はしっかり瑠璃子を出迎える。
　もちろん亜紀の従姉妹としてのもてなしだ。
　当たり前のように一緒に案内してくれる彼に瑠璃子は恐縮してしまう。
　こんな急な話でも彼は見事に消化して適切な態度がとれるのだ。
　彼女の目から見ても関西地区にとどまるレベルの器量を持つ企業人には到底見えない。

　自宅に着くと、我が子達の再会でベッタリになる。
　龍哉と恵梨香の２人も幼いなりに何かを感じて相当我慢していたようで、亜紀の顔見た途端、火がついたように泣き出して抱きついて離れない。
　改めて亜紀は自分の行動は子供達にとっては非情な仕打ちだったのだと思い知る。
　それとなく自身の出自は気がついていたし、九条家の事情や関係する出来事が周囲の愛する人たちに負担になるケースも出始めていたし、「会」の動向も変化が早く悩んだ末の決断であった。

　当初は日帰りでゼウスとの面談も考えたのだが、出自に関することが先に進行してしまうと、自分の夢だった弁護士への道が閉ざされる可能性もあるし司法修習も正式な形で受けられるなくなるかもしれないと考えた。
　実際、先に司法修習受けたが、それでも生徒側なのに異例な待遇を受ける有様だったから、その予測は正しかったとも言える。

　まだ自分自身は良いが、弟の医学の道に支障があってはならない。
　幸いそのあたりを制御する権限は亜紀自身にある形になったから、少なくなくとも弟にはそのような不可解な思いをさせられずにすみそうであるのが救いだ。

　亜紀も不思議に思うが、こういう時に先に落ち着くのは女の子の恵梨香だ。
　泣き止むと、もう母親はどこにも行かないと察したのか、安心してご機嫌さんになる。
　亜紀は傍に居た瑠璃子に恵梨香を託する。
　ちゃんと叔母さんに愛想振りまく社交的なところを発揮するという我が娘ながら感心してしまう。
　対照的に龍哉は赤ちゃん帰りしたように、おっぱいを欲しがる。


　瑠璃子は亜紀と子供達の様子を見ていて認識を新たにしていた。
　母親になるということはこういうことなのだ。
　そして自分は、この子達の叔母さんなのだ。
　戸惑いが先にあるが恵梨香を託されると、違う感情が溢れてくる。
　恵梨香の温もりを感じているだけで、自分は女なのだと思い知らされる。
　弥生や薫には結婚を勧めながら、自分自身はすっかり乗り遅れた感満載だ。

　ふと視線を感じて恵梨香を見ると、まん丸な瞳でまっすぐ瑠璃子の表情を見つめている。
　心の奥底まで見通しそうな瞳だ。
　まだ幼いのに目チカラはたいしたもので、瑠璃子ですら負けそうだ。
　そんな力強い彼女の瞳に励まされたような気がする。
　そこで乗り遅れたのではない、今からなのだと思い直すと自然と笑みが漏れる。
　恵梨香が突然キャッキャッとご機嫌さんになる。
　瑠璃子は不思議な感覚に囚われる。
　恵梨香は九条家の血を引く姫なのだと感じたのだ。



　亜紀を訪ねて続々関係諸氏が集まってくる。

　出産予定日目前の里奈を除いた郁美や紗弥も集まっていた。
　亜紀達の出自に皆驚くが、もとより亜紀の支持者ばかりだから納得感が広がっていく。
　腰を抜かさんばかり驚いて動揺したのは健二だろう。
　九条家そのものが亜紀に集約された形だし、その彼女と肉体関係もあるのだから天と地がひっくり返った思いだったに違いない。
　なにより驚いたのが唯一、妻の郁美はその事実を知っていたということだ。
　郁美と亜紀の繋がりが別格な関係であることを思い知らされた。

　同時に亜紀と瑠璃子が想像以上に親密であることが明らかになり、いくら従姉妹同士とはいえ打ち解けるのが常識的に早すぎる。
　以前からこういう場では亜紀と郁美は手を繋いでいるケースが多いのだが、そこに当たり前のように瑠璃子が加わっている状況だ。
　そしていつの間にか、郁美の義姉になる恋が「美あんず」の主要メンバーになっていて、今回もFaceTimeでテレビ電話で参加している状況だ。
　男達が知らぬとこで、既に亜紀の触手は張り巡らされているのだった。


　いずれにして対外的なものは別にして、「美あんず」などの人間関係には変動無いし、「会」おいて亜紀が九条家当主代行だからといって権限は駆使せずゼウスに引き続きその方面は一任する考えだと明かした。
　ただこのことによって「美あんず」の対外的な影響力が高まるのは避けられないので、形として亜紀を総代表とし、郁美が関西地区代表、瑠璃子が関東地区代表、そして恋が九州地区代表に、という提案があり皆が了承することになった。


　急遽、皆で祝杯上げて盛り上がるが、そこに「美あんず」病院から急報だ。
　里奈が無事次男出産との知らせだ。
　それはもっとめでたいと、皆で「美あんず」病院に大移動だ。

亜紀　　「おめでとう」
　　　　「早すぎて　驚いちゃった」
一同　　「おめでとう」
里奈　　「みんなありがとう」
　　　　「なんか　安産過ぎて」
　　　　「きたぁと思ったら　ポンと生まれちゃった」
祐司　　「それは凄い」
里奈　　「陣痛きたら　もう出始めちゃって」
亜紀　　「そっ そうなんだ」
郁美　　「いいなぁ」
一同　　ｗｗｗｗｗｗ
紗弥　　「赤ちゃん見たいな　行ってきます」

　皆ぞろぞろ乳児室に行くが、亜紀と郁美は残る。

郁美　　「お疲れ様です　お見事です」
里奈　　「うふふ」
亜紀　　「ちょっと本気で驚いちゃった」
里奈　　「実は　本人も驚いてる」
　　　　「朝　普通だったし　予定日　３日後だし」
亜紀　　「確かに　その時に　あっ　だもんね」
郁美　　「そっかぁ　そうだよね」
里奈　　「郁美　７週目だっけ？」
郁美　　「うん」
里奈　　「あと８ヶ月か　頑張ってね」
郁美　　「なんとか安定期まで」
亜紀　　「そうね　まずはね」
里奈　　「あっ　さっき言い忘れた」
亜紀　　「えっ？」
里奈　　「この病院　最高よ　凌さんにお礼言いたい」
郁美　　「そっか　前ここ無かったもんね」
里奈　　「こんな快適なところで　過ごせて」
　　　　「出産できるって　最高の環境よ」
亜紀　　「そうだね　凌　完璧主義者だけど」
　　　　「ここは　そのお陰だね」
里奈　　「そう　女にとって　ここの存在でかいよ」
郁美　　「うん　実感する」

　里奈は２人に手を伸ばす。
　手を取り合う３人。

里奈　　「２人は私のかけがえ無い戦友よ」
　　　　「いつもありがとう」
　　　　「そしてこれからも　よろしくね」
亜紀　　「はい　こちらこそよ」
郁美　　「はい　わたしこそ」
　　　　「２人に出会えたことが最高の幸せよ」
亜紀　　「まあ　あまり言うと」
　　　　「変なプレッシャーになると嫌だから」
　　　　「郁美はマイペースで良いからね」
　　　　「私たちがいつもいるからね　ガンバ」
郁美　　「うん」
里奈　　「うふっ　そうそう２人も見てきて」

　西川義則が息を切らせて駆け込んできた。

義則　　「里奈！！　はぁはぁはぁ」
　　　　「あれれ？」
里奈　　「生まれちゃった」
亜紀　　「おめでとうございます」
郁美　　「はい　おめでとうございます」
義則　　「はやっ！！」
里奈　　「ごめんね」
義則　　「いや　まあ　安産は良いことだから」
郁美　　「うふふ　まあ気持ち分かります」
里奈　　「義則　名前だけど　裕樹　で良いよね」
義則　　「ああ　今回は　里奈の案でいきたいから」
亜紀　　「なるほど　裕樹ちゃんね？」
郁美　　「よし　裕樹ちゃんに会いに行こう」
義則　　「俺は後で　里奈　ありがとう」

　亜紀も郁美も複雑な心境だが、この思いを里奈と共に墓場まで持って行く覚悟だ。
　なにかあっても２人は里奈を守る立場を貫く決意だ。
　途中、敬子が戻ってきているのに出会う。
　先日、徹も関わっていることだから、里奈と相談して４人で集まって敬子に諸事情を話したのだが、敬子は里奈の辛い思いを察して泣き出してしまった。

　４人で、この女目線都合ばかりの身勝手な行為を４等分して一生十字架を分かつ誓いを交わした仲だ。
　里奈は皆を巻き込んだことを謝るが、亜紀、郁美、敬子はむしろ積極的に里奈支持を表明したのだった。
　敬子は、３人が苦しい胸の内を明かしてくれたことを感謝していた。
　逆に今までの心労を思うと、泣きそうになってしまう心境だったのだ。

　そしてなにより女の身勝手な都合で巻き込まれてしまった夫、徹を生涯かけて守るのが妻である自分の責務だと決意を強くする敬子だった。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
羅衣さんの作品集→羅衣さんの他作品
2021年5月30日掲載
Copyright (c) 2021 羅衣 All rights reserved.
▲