ずっと愛してます4
羅衣 作
第12話　　even if


　西園寺勇人はあの日以来、時間が許せば毎週のように神戸にやって来ていた。

　九条佳子と綾小路優貴の婚約発表で「王妃の三銃士」は有名無実化して、その根拠が失われてしまった。
　３人とも五摂家筆頭「九条家」の姫である佳子を射止めようという集まりであり、ライバル関係だったので当然と言えば当然の結果であった。

　３人からすれば伏兵に出し抜かれた形であって、ある意味惨めな境遇であったが、彼らは佳子に対しては純粋に愛していただけに不満は抱いていなかった。
　その反動は綾小路優貴への怒りにも似た感情に集約されたが、成り上がりの者ではあったがゼウスが寵愛しているだけに表だって異議も言えない状況が辛かった。
　しかし佳子が優貴に対する情熱的な愛情を示す姿を目の当たりにして、次第に佳子が幸せであれば容認しようという妥協にも近い諦めの意識になりつつあった。

　３人の１人であった勇人は、既にあの日頃から佳子への思いに諦めにも似た感情が芽生えていただけに、彼女の婚約は一番自然に受け入れていた。
　そしてあの日にあった加奈こと中村佳菜子に夢中になっていた。
　五摂家「西園寺家」の出身でホステスである女性との結婚など許されるはずもない状況であったが、三男という気楽な立場でもあったので彼女が受け入れてくれるなら家を捨てる覚悟もしていたほどだ。
　もう彼は五摂家の家同士勢力争いはうんざりで、１人の男として愛する女性と生きていきたいと願っていた。


　毎週の様に佳菜子がいる「倶楽部」通っていたが、あの日以来彼女は店外デートに付き合ってもくれないし、お酒の付き合いも目に見えて悪い。
　嫌われてしまったのかと思うが、席についてくれた時に応対は決して悪くないし、素敵な笑顔を見せてくれるから正直よく分からない。

　意を決して直接訊いてみようと来店した時に、悲しい現実に直面する。
　彼女はしばらく休んで店に出ないというのだ。
　先週なぜ教えてくれないのかと失意に包まれる。
　絶望して帰り支度をしていると、悠希がやって来てくれる。

悠希　「西園寺様　いつもありがとうございます」
勇人　「由紀さん　こんばんわ」
　　　「今日は　もう帰ります　すいません」
悠希　「あら　さっきいらっしゃったばかりでは」
　　　「えっ ひょっとして」
　　　「なにも聞いていらっしゃらないの？」
勇人　「はい　長期休暇なら先週教えて欲しかった」
悠希　「・・・・・ごめんなさい」
　　　「あの子　ちょっと余裕ないのかも」
勇人　「なにかあったんですか？」
悠希　「今　ここでは話せないわ」
　　　「今日　後で　待ち合わせしてよろしいかしら」
勇人　「もちろんです」
　　　「では　もう少しお邪魔しますね」
悠希　「よろしいの？　無理なさらなくても」
勇人　「大丈夫です」
　　　「でも由紀さん　できるだけ来て欲しいです」
悠希　「あら　ありがとうございます」
　　　「間もなく敬子様も遊びに来られますから」
　　　「こちらに　ご案内してもよろしいかしら」
勇人　「おお是非　よろしくお願いいたします」

　勇人は佳菜子のことは気になるが、それは悠希が教えてくれそうだからひとまず待つことにした。

　結果的に敬子にも再会できるし、悠希ともたくさん話が出来るのは元来女好きの本性があるから純粋に嬉しいのは隠しようがない。
　悠希の話の内容によっては、彼女にベットで慰めてもらうという流れも期待してしまう。
　正直、もう数ヶ月セックスはご無沙汰であった。

　それだけ彼は佳菜子に本気であった訳ではあるが、あまりに彼女の自分に対する扱いがつれないものだったから悠希の話を聞いて避けられている理由が分かれば納得して諦める覚悟を決めたのだ。
　仮にも本気で好きになった女性に身勝手な一方的な気持ちを押しつけるのは彼の信条に反する。
　とはいえ男の劣情はモヤモヤするから、悠希ほどの美女で満たして新規一新したいと思ったのだ。

　悠希ほどの夜の女であれば、この程度の我が儘は受け入れてくれるはずだし、まして彼女の可愛がっている子の色恋後始末なのだから遠慮なく甘えたいと思った。
　今思えば、ずっと毎日のように女性となにかしらセックスしていたのに、あの日以来佳菜子のことしか目に入らなくなっていたのだ。
　ふと思う。
　ひょっとしてこれって俺・・・・ガチ恋なのか。

　名家に生まれ育ち、気楽な三男坊で欲しいものはなんでも手に入ったし、学生時代も教師より上位に扱われ気に入らない奴は一方的に排除することすら可能だった。
　当然、気に入った女子達を独り占めにする人生。
　そんな思い上がった人生に立ち塞がったのが、佳子だった。
　彼女は彼より上位者で、初めて彼が望んでも手に入らない年下の女の子であった。
　彼は一目で可憐な佳子に夢中になった。

　五摂家の彼と似た境遇の同年代１００人を越える男達の間で争いが勃発した。
　もともと九条家の姫ということで皆打算で近づくが、皆が彼女の魅力に心奪われてしまい、深刻な争いに発展していくケースもあったほどであった。
　ただ彼女が最上位にいるだけに、そもそも彼女から声が掛からない限り話にならない。
　事実上の支配者であるゼウスの孫娘であり、非紳士的な方法は企てただけでも発覚すれば、間違いなく一族全体に害を及ぼすことは必至だった。
　
　その争いに勝ち抜いた３人が勇人もいた「王妃の三銃士」であった。
　ある意味、彼らは勝利者であり、あと少しで一族のヒーロー目前だったとも言える。
　ただ佳子は気まぐれな天使で男達の意図したとおりには動かないし、男の思考回路では全く理解できない言動と行動ばかりで翻弄されっぱなしだ。
　それでも彼ら３人だけは最高のご褒美である経験を共有していたので、彼女に対する執着はかなりのものであった。
　
　佳子とのセックスは彼らを一夜にして魅了し、彼らを縛っていった。
　絞られたライバルだとお互い認識していたが、どこか彼らは受け身であり不思議と争いにならず奇妙なライバル関係でもあった。
　彼らそれぞれが自信家でも有り、自分が選ばれるはずだとの奢りがあったこともあっただろう。
　しかし彼女は想定外の男を選んでしまった。

　ただここ最近では三銃士の誰のも元にも降臨しない状況が続いていたので、彼らの心の中でも一抹の不安があったのは事実であり結束は揺らいでいたのだ。
　そして先日の神戸遠征がよく分からない結果を生み、そのまま彼女は別の男に走ってしまったのだから中途半端な終わりを迎えたことになる。

　三銃士３人の中で、早々に離脱の兆しを見せていたのが西園寺勇人であった。
　神戸に来て夜の女として野心が見え隠れする若い女に出会って衝撃を受けた。
　そして芸術的な肌の白い裸身に魅了された。
　一夜にして心奪われた彼は彼女に会いたくて毎週のように神戸に通うようになる。

　しかし彼女はあの日以来、店外デートすら許してくれない。
　彼にとって望んでも手に入らない女が再び現れた。
　佳子の喪失感が大きすぎて彼を苦しめて、彼はその現実から逃避しようとした部分もあるだろう。
　店外デートなどが無くても、次第に彼女と話すことが癒やしになっていく。


　結局、「倶楽部」閉店まで滞在してしまった彼は思いがけない来訪を受ける。
　もう店内は悠希と敬子、彩佳以外は何人かの黒服が残るのみであり、気を遣った彼は帰ろうとしたのだが悠希から残るようにお願いされたからいた状態であった。

勇人　「なんか閉店なのに申し訳ありません」
悠希　「いえ　お気遣い無用です」
　　　「わたくしが　待ってと申し上げたのだから」
勇人　「はあぁ　ところで」
　　　「そろそろお話聞かせて頂けますか？」
悠希　「うふふ　もう来るから」
勇人　「？？」

　唐突に入り口の扉が開き誰かが入ってくる。
　閉店しているのにと思いつつ視線を入り口に走らす勇人。

勇人　　「あっ！！」
　　　　「加奈ちゃん！！」
佳菜子　「ごめんなさい　西園寺様」
勇人　　「わざわざ　来てくれたんだ」
　　　　「ありがとう」
佳菜子　「いえ　先週　私がお伝えしなかったのが」
　　　　「悪いです　申し訳ありません」
勇人　　「いや　なんか迷惑かけてしまったみたいで」
　　　　「まあ　元気そうなんで　分かったよ」
佳菜子　「はい　ただ１年ほど」
　　　　「お店お休みすることになりました」
勇人　　「そうなんだ」
佳菜子　「すみません」
勇人　　「もし良かったら　嫌だったら」
　　　　「良いけど　理由訊いてもいい？」
佳菜子　「・・・・・・・・」
勇人　　「そうかぁ　分かったよ」
　　　　「まあ言いたくないこと無理に訊くことは」
　　　　「しない主義だから」
　　　　「まあ今日は顔見られたし　素直に帰るね」
彩佳　　「ちょっと待って」
　　　　「佳菜子　良いの　それで？」
敬子　　「せめて教えてあげたら？」
悠希　　「まあ　それも夜の女の選択だけど」
　　　　「今回はね　私も敬ちやんと同じ意見かな」
佳菜子　「でも・・・」
　　　　「私　勇人さん　縛る気なかったの　ただ」
悠希　　「分かるよ　女だもんね」
勇人　　「え？　なに？　加奈ちゃん何があったの」
悠希　　「言っちゃった方が楽だよ」
佳菜子　「あのね　勇人さん　わたし子供出来たの」
勇人　　「えっ・・・妊娠かぁ　ああ」
　　　　「おめでとう　えっ？　あれってそれって」
　　　　「まさか！！　あの日」
佳菜子　「勇人の子よ　だから　もう会えないと思う」
勇人　　「なに言ってるの？」
　　　　「俺　加奈ちゃん　大事に思ってるし」
　　　　「夜の女だと思ってないし」
　　　　「だからこうして　毎週会いに来てるし」
佳菜子　「でもね　あなたは私とは別世界の人」
勇人　　「誤解しているよ」
　　　　「俺は　加奈ちゃんのためなら全て捨てる」
彩佳　　「あら」
勇人　　「加奈ちゃんがシングルマザーになるなんて」
　　　　「俺は納得しない」
　　　　「その子は俺の子でもあるんだよ」
　　　　「一緒に悩んで　一緒に笑いながら」
　　　　「協力して育てたいし」
　　　　「その権利はあると思う」
敬子　　「熱い！！」
悠希　　「気持ちは分かったけど」
　　　　「佳菜子を」
　　　　「あらゆることから守る覚悟あるの？」
勇人　　「はい　俺は自力で既に仕事もしてるし」
　　　　「家からの干渉からも　守ってみせる」
悠希　　「佳菜子　どうする？」
　　　　「彼は本気みたいよ」

　突然、勇人は立ち上がると佳菜子の前に跪くと、一気に叫んだ。

勇人　　「加奈さん　絶対幸せにします」
　　　　「俺と結婚して下さい！！」
　　　　「もちろん加奈の夢も潰したりしない」
　　　　「一緒に子供育てさせて下さい！！」

佳菜子　「わたし・・・・・」
悠希　　「ここは女は度胸よ　わかるでしょ」
彩佳　　「うん」
敬子　　「勇人さんに一票！！」
勇人　　「皆さんありがとう」
　　　　「俺は」
　　　　「加奈をずっと愛していくこと誓います」

　佳菜子の女の打算が駆け巡る。

　もともとは彼女の一目惚れから始まった展開だ。
　女の我が儘で彼を誘導し身籠もったのだ。
　理由は単純ではないが、夜に生きる女の複雑な感情で瞬時に女の直感で彼の子供が欲しくなったのだ。
　もとよりこれで彼に結婚を迫ったり、縛ったりする気は全くなかったし、好きな男の子供を１人で産み育てるのは夜の女の特権だと考えていたほどだ。

　しかし今回は不倫ではないし、実は相思相愛の若い二人だ。
　彼の家柄が気になるが、真正面からプロポーズされて女として嬉しくない訳がない。

　なにより自分には悠希と亜紀という心強い先輩がいるし、その彼女たちに追いつくにも彼ほどの男性を夫とするのは理想的だし、悠希から託された銀座のトップを取るという夢を実現するにも彼は支えになるのは間違いない。

佳菜子　「勇人さん」
　　　　「わたし初めて会った時から」
　　　　「一目で　好きになっちゃったの」
勇人　　「実は　俺も」
　　　　「改めて言う」
　　　　「加奈さん　幸せにします」
　　　　「俺と結婚して下さい！！」
佳菜子　「こんなわたしでよろしければ　はい　です」
勇人　　「うぉぉぉぉやったぁ！！」
一同　　「おめでとう♪♪」

　悠希は話の急展開に慌てて亜紀に連絡を取る。
　「美あんず」は吉報に沸き立つ。
　亜紀から直ちにメンバーに集合が掛かる。
　「美あんず」病院に皆が集まる。
　実は佳菜子もここに今住んでいて、一人暮らし彼女を心配した凌が、いつもの過保護ぶりを発揮して一時的に引っ越しさせていたのだ。

　急な展開でみんなから祝福されて照れまくる勇人。
　佳菜子の弾けるような笑顔に、皆が眩しく感じた。

　彼女も気丈に一人で育てると言っていたが、シングルマザーになるのはやはり不安だったのだろう。
　もちろん環境的にも皆がいるから普通のシングルマザーとは違うし、実際祐司と凌が彼女を支援し守ろうと動いていたのだ。
　だから祐司と凌は誰より勇人の男気を評価していた。

　勇人は関西支部の主要メンバー全員に会ったのは初めてのことであったが、もちろん佳菜子が光り輝いてて見えてはいたが「美あんず」全員が美女揃いであることに驚く。
　今話題となっている郁美に初めて出会って、その色香のオーラに唖然となった。
　あのゼウスを初めとする５大老が彼女に魅了されてしまうのは致し方ないと納得していた。
　その郁美のそばに佇む高貴なオーラを放つ亜紀に圧倒される。

　この時、既に実家から遠ざかりドロップアウト気味であった勇人は、亜紀が九条家一族で当主代行に就任したという事実を全く知らなかったのだ。
　それでも瞬時に亜紀が「美あんず」に留まらず、関西支部の主宰なのだと理解したのだった。

　亜紀から妹のように可愛がっている佳菜子を託すからには、その分頑張ってもらわないとの言葉をかけられたから気を引き締めていた。
　九条瑠璃子に匹敵する支配者オーラに、五摂家の血の流れを持つ男である勇人は本能的に弱い側面がある。

　ただ亜紀に祝福されたという事実が、後々勇人の運命を大きく変えることになるのだった。
　彼が実家に戻り佳菜子との結婚を強行し西園寺家からの離脱を宣言すると、西園寺家に激震が走ることになるのだった。


　そうこうするうちに、今度は男同士飲もうという話になり、悠希と彩佳がお摘まみとかお世話してくれるのに甘えて夜通し酒を酌み交わした勇人であった。
　勇人から見ても魅力的な夫達で、特に徹と真也という二人の若い夫達の存在には焦りを覚える。
　佳菜子の身近にはこれほどの男達が居て、それでも彼女は自分を選んでくれたと改めて嬉しく思う。

　ただウカウカしてばかりではいられないし、日々努力して佳菜子を幸せに包んでやらなければ簡単に逃げられてしまうと認識したのだった。
　なにより彼女には「美あんず」メンバーが付いているから、彼女たち全員の視点から見てどうかを強く意識していかないと駄目だと理解した。

　勇人の決断も早い。
　早々に神戸への転居を決めてしまうし、凌から専用マンションの空きを提示されると迷うこと無く入居を決めて頭を下げてしまう。
　これにはまだ同席した佳菜子が驚く。
　名家の出身で、今もワンマンで企業経営している彼がそんな柔軟な人間関係を出来ると思っていなかったからだ。
　
　勇人は佳菜子を取り巻く人たちが彼女をどれだけ大切にしてくれているか察していたので、皆が示してくれる好意は素直に受け入れることが、結果的に佳菜子を大切にすることに繋がると考える度量を持ち合わせていたのだった。
　ただこの何気ない行動が、佳菜子をますます惚れさす展開に発展するのだった。



　翌朝、病院待合室のソファーで起きる勇人。
　しこたま飲まされて完全な二日酔いだ。
　目の前に佳菜子が床に座って突っ伏して寝ているからびっくりする。
　２人とも毛布を複数枚掛けられている。

勇人　　「佳菜子ちゃん　佳菜子ちゃん！！」
佳菜子　「ふぅんうぅぅふう　あっ」
　　　　「起きたのね？」
勇人　　「そんなとこに　冷えるとマズイよ」
佳菜子　「大丈夫　床にクッションしてるし」
　　　　「ここ床暖なの　暖かいよ」
勇人　　「そっかぁ　でも　俺なんかより」
　　　　「自分をなにより大切にして欲しいよ」
　　　　「もう　１人じゃないんだから」
佳菜子　「うん　気をつけるね」
勇人　　「佳菜子ちゃん　愛してるよ」
佳菜子　「私も　愛してる」

　２人は吸い寄せられるようにキスをする。

佳菜子　「あはぁっ　お酒くさぁ」
勇人　　「ごめん」
佳菜子　「うふふ　いいの　ちょっと悪阻ひどくて」
勇人　　「なるほど」
　　　　「今日からお酒自重するよ」
佳菜子　「いいのに」
勇人　　「いや　佳菜子が頑張っているのに」
　　　　「遊んでいる場合じゃないよ」
　　　　「落ち着いたら」
　　　　「家具とか一緒に買いに行こうよ」
佳菜子　「使えるものは使わないと勿体ないわよ」
勇人　　「俺の方は　なんにも無し」
　　　　「じゃあ　佳菜子ちゃんのものベースで」
佳菜子　「いいの？　それで？」
勇人　　「もちろん」
　　　　「あの家からは　なにも持ってきたくない」
佳菜子　「そうなの？」
勇人　　「とにかく　実家の方を早く決着つけるよ」
佳菜子　「しつこいけど　本当に良いのね」
勇人　　「ああ　俺は佳菜子ちゃんと生きてく」
　　　　「これは揺るがない」
佳菜子　「うん　わたし頑張るね」

　若い２人には、お互いの存在があればもはや何もいらないのだった。


つづく
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あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2021年6月6日掲載
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