ずっと愛してます4
羅衣 作
第13話　美雪の初恋


　田嶋美雪（みゆき）と宮西芽生（めぐみ）は、亜紀が九条家当主代行となったことで、正式に田原家の所属に移籍となった。

　凌は彼女たちの価値を誰よりも評価していたので、報酬面も継続維持することを保証してくれた。
　彼女たちは１人で年俸１億円だが、半分は税金で持っていかれ、更に残りの７割は無条件で実家に上納するしきたりなので、実際彼女たちの手元に残るのは１千数百万円しか残らない。

　反面、日常の生活費・家賃に留まらず衣類や宝飾品に至るまで全て主人に寄生するので、実態としては自身の収入は全て自由になるお金で全て貯金することも可能なので、実際全く不満がない。
　実際彼女たちには田原氏から新たに用意してもらったブラックカードを支給された。

　年俸１億円は高額に思えるが、実際彼女たちには休日など全く無くプライベートは皆無に等しい。
　主人の生活に密着して寄り添って生きて行くことを求められる立場で有り、人生を全て主人に捧げて生きることへの代償であって妥当なものだろう

　そして彼女たちは諦めていた自由恋愛を許されるという夢のような待遇を与えられた。
　亜紀が彼女たちの恋愛に関しては伝統的しきたりを２人に関しては解除すると言ってくれたのだ。
　通常、五摂家の乳母達は、家もしくは主人が決めた相手としか結婚できないし恋愛は御法度だ。
　実際、瑠璃子の乳母である弥生もそうだったのだが、瑠璃子が彼女の気持ちを汲んで配慮してくれたから好きな男性と結婚できたのだ。

　ある意味、現代っ子である２人は恋愛解禁が一番嬉しかったに違いない。
　仮に収入減らされても、恋愛認められるならなんでも妥協していただろう。
　そのような処遇が許されるのは亜紀のそばに仕えるというチャンスを得たことに他ならない。
　このことは彼女たちの亜紀に対する絶対的信仰に繋がっていくことになるのだった。

　２人は多忙の中、競うように彼女達の眼鏡にかなう男性を求めて周囲にアンテナを伸ばして、ウキウキ状態となった。
　ずっと女子しかいない教育を受けて、初めて共学を経験したのも各種資格試験などの機会のみである。
　幼少から自由恋愛を厳しく禁じられ、監視されて育った彼女たちは「籠の中の鳥」だ。
　それでも今はネット社会だから、恋愛映画・ドラマも見る機会があるし、男性アイドルにも興味ないと言ったら嘘になる。
　好きな俳優さんも出てくるが、決して口外できない人生はある意味地獄だ。
　当たり前のことが、生まれて初めて許された喜びは計り知れない。

　とはいえ彼女たちもHIGH SOCIETYの生活にどっぷり浸かった女だから、それに見合ったエリートが対象になるのは致し方ない。
　そして知識だけは学問のように人一番与えられて豊富なのに、２人とも当たり前であるが未だ処女なのだ。
　乙女の夢は白馬の王子様が定番であるが、２人は現実より理想がかなり高く定番通りの人物像を探してしまうのはご愛敬だ。


　美雪は亜紀が東京にプライベートジェットで日帰りで出かける際に、神戸空港まで恵梨香を抱っこしてお見送りで同行していた。
　恵梨香は出かける際に激しく泣いたため、やむを得ずお見送りにきた経緯がある。
　しかし泣き疲れたか空港に着いた頃には、スヤスヤお休みだ。
　まさにそんな時に美雪は１人の男性に釘付けになってしまう。

　彼は神戸駐在のプライベートジェット専属パイロットである。
　竹○涼真似のイケメンだ。
　プライベートジェットは九条瑠璃子が開設した「美あんず」専用の毎日朝晩に各１往復する便だ。
　神戸空港もしくは羽田空港で、搭乗者があればクロスで運行し、搭乗者がいなければ欠航するというシステムである。
　現在、瑠璃子自身と環が煩雑に利用している。
　予約無し１時間前に連絡するだけで利用できるので、便利この上ない。
　
　美雪は急いで帰宅すると、彼について調べた。
　九条家専用サーバに駄目元でアクセスすると、彼女のアクセスＩＤは消されておらず、幸運とばかりにスタッフ情報ページで彼のこと検索する。
　九条家のスタッフは数千人いるので、このような情報サービスはお互い欠かせない。
　それで彼の情報を見つける。

★神戸空港駐在プライベートジェットパイロット
管理者　九条瑠璃子
神戸空港駐在室開設時　新規採用者
一條暉(ひかる)　３０歳　
配偶者　無し
元航空自衛隊パイロット　一等空尉
米国空戦競技会で準優勝　模擬２機撃墜
現在、予備自衛官
パイロット技量　達人　との評価
機種ライセンス　
Ｆ－１５　Ｆ－２　HondaJet Elite

　美雪の初恋は唐突に訪れたのだった。



　一條暉は失意のまま現役自衛官を退いた。
　上司などからはかなり強く引き止められたが、激務で命がけの任務を担う自分たちへの報酬面も含めて全ての処遇が納得いかない。
　尊敬する先輩が新機種導入研修中に墜落事故死したことも無関係ではない。
　侵犯機に銃口を向けられたりすることも日常茶飯事だが、国防の実態を国民は知ろうとしない。

　唯一の拠り所が付き合っていた女性だった。
　命をすり減らして帰還すると、彼女と過ごす時間が貴重であった。
　しかしどうしても基地からの帰宅が思うように出来ないことが多く、遠距離でないのに遠距離恋愛に近い状態になってしまい、会える日が限られてしまう。
　そして昨年、唐突に別れを告げられる。
　新しい彼女を作ろうにも思うような時間もない上に、出会う機会もほとんどない。
　お見合いパーティも何回か参加したが、どうもしっくりこない。

　民間旅客機パイロットに転じる同僚も数人続いたこともあり、彼も退役を考え始める。
　一人で自由に空を舞うのは小さい頃からの夢であり、実際出来る立場になると至極の経験だ。
　しかし退役を決断させる事態に直面する。

　侵犯機主体がロシア機から中国機に変わったことだ。
　彼らは自衛隊機に対して、銃だけでなくミサイルを平気でロックオンしてくる。
　完全な国際法違反であるが、国はその事実を握りつぶす。
　近距離のミサイルロックは確実な死を意味する。

　そんな状況に晒されても、国民は相手に同様なことをやり返すことを許してくれない。
　専守防衛とは、自衛官が死んでから初めて対処始めるというのが実態なのだ。
　毎日訪れる死の恐怖に耐えかねて引退する者も実際いるし、自殺してしまった者もいるのだ。
　撃たれて同僚を撃ち殺されても総理大臣の許可無く反撃は許されないというルールが既に何人もの若者を死に追い込んだ事実を一切報じないマスコミにも絶望した。

　ゆえに有事にのみ復帰できる予備自衛官に転じることにしたのだ。
　転職もやはり空を飛びたいが、大好きな女性と人生も満喫できる生活を送りたい。
　諸先輩の多くが民間旅客機パイロットとなり、憧れのＣＡと結婚した人も多いから悪い選択ではない。
　実際、国内航空会社２社から直ぐ勧誘があった。
　自衛官時代の数倍の年収も約束されている。

　まさにそんな時に九条家という名家の誘いを受けた。
　専属の神戸空港駐在プライベートジェットパイロットという職だ。
　報酬も国際旅客機パイロットを上回るもので、羽田神戸間を１日最大１往復という破格の待遇だ。
　彼自身、九条家のことを知らなかったが、色々調べると国内ではかなりの力を持った一族であり、あまり根掘り葉掘り首を突っ込んではいけない存在だと知った。

　迷っていたときにホテル「星の○東京 」に呼び出されて、今回の募集責任者である九条瑠璃子の面接を受けた。
　あまりに美しく、妖艶な彼女に圧倒されてしまう。
　HondaJet Eliteを複数機一度に購入し、羽田と神戸空港に常時駐機させて一族専用便を運用するという財力を若くして振るう彼女は只者ではない。
　憧れ強く惹きつけられるが、雲の上の存在と感じるから諦める。
　しかしHIGH SOCIETY社会の周辺にいることは悪いことでないし、なにより神戸に住めるというのは魅力的だ。
　彼女が上司というのも幸せだとも思う。
　その場で快諾してしまう。

　着任すると現役自衛官時代では女の「お」の字もない生活であったが、全く真逆な事態が展開する。
　瑠璃子クラスの美女が続々現れる生活が訪れる。
　大半は人妻であったが、HIGH SOCIETYの女達はそれまで彼が知っている女性達とは全く別な存在だ。
　とはいえ浮かれていたら失敗するので、静かに息を潜めてチャンスを待つことに徹する。
　自由時間は豊富にあるので、日中神戸の町を満喫するしナンパもし放題だ。
　お金も潤沢にあるし、やはりパイロットはもてる。

　パイロットになったのは、もちろん大空を自由に飛びたいという幼少からの夢実現ではあったが、打算として女性にもてるだろうという期待は大きかったのは事実である。
　初めから民間パイロットという道もあったが、空を自由に飛ぶのは戦闘機パイロットに優るものはない。
　しかし現実はその代償としての任務が過酷で理不尽なものであったので、一度リセットする決断をして良かったと思っていた。

　まだ駐在パイロットは自分だけで交代要員がおらず、全く休みが無い状況だが女の子とのひとときが楽しくて仕方ない。
　学生時代も彼女を切らしたことの無いモテ男だが、あまりに性欲が強いタイプなので、多くの女性に逃げられてしまうケースが多いのも事実だ。
　本人も自覚はしているのだが、鍛え上げた肉体は人一倍貪欲な性欲を掻きたててしまうのは致し方ない。

　そんな時に美しき亜紀夫人をお送りするフライト任務の際、見送りに来たスタッフの女性に衝撃を受けた。
　彼が大好きな女優、沢○エリカに似た雰囲気で、若く美しく気になって仕方ない。
　直ぐに離陸しなければならないので時間が無かったので、かろうじて「みゆき」という名前だと知ることが精一杯だった。

　羽田空港に到着して亜紀夫人をお送りしてから駐機場に機体を移動すると、直ぐにＰＣを起動して九条家専用サーバに交付されたばかりのアクセスＩＤでスタッフ情報ページで彼女のこと検索する。
　「みゆき」で５人ほどが検索に引っかかるが、おおよその年齢で２人に絞ることが出来た。
　あとは勤務地で絞ると１人のデータにたどり着いた。

★神戸・田原家所属　乳母
管理者　田原亜紀
雇用主　田原　凌
田嶋美雪　　２２歳
配偶者　無し
九条本家特別養成　「甲種」Ｓ級マイスター乳母
英国ナニー養成学校　卒業
正看護師資格所得
保育士資格取得
幼稚園教諭免許状（一種免許状）
TOEICスコア　９３５
合気道　四段

　一條暉の生まれて初めての一目惚れであった。


　それから半月ほど二人の接点は訪れなかった。

　美雪は基本的に外出する機会はほとんど無く、あるとしても田原家と「美あんず」病院を往復する程度だ。
　まだ互いに知り合えた訳でもないが、サーバデータで彼の素性は多く知ってしまっており、会えないから尚更想いが強くなってくる。
　２２年間恋愛を封印していただけに、一度留め金が外れてしまうと乙女心に歯止めが効かない。

　そんなある日、一條暉は田原家に招待される。
　亜紀が招待したのだ。
　その日は田原家には、亜紀と赤ちゃん２人、佐紀子、美雪、涼子しかいなかった。
　その全員に出迎えられたものだから、彼は恐縮する。

亜紀　「一條さん　いらっしゃい」
　　　「いつも　ご苦労様です」
暉　　「光栄です　亜紀様　皆様」
　　　「本日は　お招き頂きまして」
　　　「ありがとうございます」
亜紀　「さあ　奥に」

　亜紀は恵梨香を、美雪は龍哉を抱っこしていて、２人の赤ちゃんすこぶる上機嫌だ。
　美雪は朝に突然彼が来ると知らされて落ち着かなかった。
　彼の顔を見た途端、声が出なくなってしまう。
　伏し目がちになり、顔を見られない。
　そのどさくさに紛れて、龍哉は美雪のおっぱいに侵攻を開始する。
　彼はおっぱいが大好きなのだ。
　唐突に乳首を摘まれて、ビクッとしてしまう美雪。

　美雪がボーとしている間に、自己紹介めいた会話が盛り上がって進行していく。
　
亜紀　　「さてと　そろそろ昼食に致しましょう」
　　　　「どうぞ　こちらにいらして」
涼子　　「では　恵梨香ちゃん　お預かりしますわ」
亜紀　　「いつも　ありがとね」
涼子　　「うふふ　いえいえ　癒やされるの」
　　　　「えりかちゃん」
　　　　「おねぇちゃんと遊びましょうねぇ」
佐紀子　「美雪さん　龍哉くん　お預かりしますわ」
美雪　　「えっ？　わたしは」
佐紀子　「亜紀姉様のご指示です」
美雪　　「あっ　はい」
亜紀　　「お話があるの　美雪さんもいらして」

　美雪は暉の視線を感じて、少し冷静さを失っている。
　亜紀の意図が分からないから、動揺も大きくなる。
　食事のテーブルは、亜紀、暉、美雪の３人だけの状況になる。
　女性キッチンスタッフ２人がてきぱきと配膳を進めてくれる。
　今日の献立は、和風ワンプレートランチだ。
　亜紀中心に会話が進行していく。

亜紀　　「一條さんはご結婚は？」
暉　　　「まだです　現在募集だったんですが」
　　　　「実は　今　片思いなのですが」
　　　　「理想の人に出会ったかもしれないと」
　　　　「思っていたところです」
亜紀　　「あら」
美雪　　「えっ・・・・・・・・・・・」

　美雪の表情が曇る。
　目の前が真っ暗になってしまう。

亜紀　　「そうなんだ」
　　　　「ちょっと間に合わなかったのね」
暉　　　「はあぁ？」
亜紀　　「ちょっと紹介したい人いたんだけど」
　　　　「まあ　しょうがないか」
美雪　　「・・・・・・・・・・・」
暉　　　「あれ？　あっ」
亜紀　　「？？？」
暉　　　「あの勝手ながら」
　　　　「お話続けて　よろしいですか？」
亜紀　　「ごめんなさい　もちろんです」
暉　　　「お言葉に甘えさせて頂いて」
　　　　「告白させて下さい」
亜紀　　「えっ？」
暉　　　「先ほどの　理想の人なんですが」
　　　　「実は　田嶋さんなんです」
亜紀　　「えっぇぇぇぇぇぇぇぇ　そうなの？」
暉　　　「はい！！」
美雪　　「あれ？」

　美雪がぱっと明るくなる。

　亜紀は穏やかな表情で美雪を見つめる。
　亜紀は美雪が片思いをしていることを知って、自由時間がない彼女のためにこの場を設けたのだった。
　亜紀は似たような経験があったから苦笑いである。
　もちろん彼については下調べ済みで、美雪に相応しい人物かは見極めはしてある。

　美雪は貴重な人材であるし、もはや身内同然の存在なので過保護なほどにお相手選びは慎重だ。
　そういう事情はともかく、彼女自身の気持ちを尊重したいと考えていたから、彼女が片思いしている男性の存在を知った時に密かに調査始めてしまうのは致し方ないところだ。

　亜紀は、一條暉の調査結果に感心する。
　良い意味で「会」や「五摂家」とは無縁の存在で、それでいて技術が秀でたエリートパイロットだ。
　トップエースパイロットだった彼の離脱は航空自衛隊にとってかなりの痛手であったようだ。
　希望すればブルー○ンジェルスに入隊も可能だったとの記録があった。

　美雪と楽しげに話す彼を見ていて亜紀は思う。
　彼は命がけの世界を生きてきたが、１人の男としての生き方を求めて戻ってきたのだと思う。
　そもそも国から数百億円の機体を預けられる男なのだから、素性が悪いはずもない。

亜紀　「さて　どうするの　美雪さん」
暉　　「付き合って下さい！！」
　　　「もちろん　結婚前提で！！」
　　　「よろしくお願いいたします」
美雪　「亜紀様のお許し頂けるなら」
亜紀　「異論ありませんわ」
美雪　「はい　では」
暉　　「やったぁぁぁぁぁ！！」

　様子を伺っていた佐紀子、涼子達が合流した。
　わいわいと囃したてる皆の言葉が妙にくすぐったい美雪であった。

　美雪はとっさに彼に片思いしていたことを隠した。
　彼の写真をiPhone待ち受けにしているのを亜紀に見られた時は焦ったが、こういう形で配慮してくれる心遣いが嬉しい。
　亜紀も美雪の気持ちを深く触れずにいてくれるのが、妙に嬉しい。
　やはり持つべきは洞察力優れた女主人だ。
　ただ亜紀は美雪の想定を更に上に行く。

亜紀　　「一條さん」
　　　　「美雪さんはなかなか自由な時間がないの」
　　　　「私　いや　家族にとって大切な存在」
暉　　　「はい」
　　　　「私もフライト絡みは」
　　　　「全く今　お休みありません」
　　　　「だから　分かります」
美雪　　「ごめんなさい」
亜紀　　「で　ご提案があるのですけど」
暉　　　「なんでしょう」
亜紀　　「日中は自由な時間と伺っているのですけど」
暉　　　「はい」
亜紀　　「日中　こちらで過ごされませんか」
　　　　「強制ではないですけど」
暉　　　「よろしいのですか？」
亜紀　　「私達は　大歓迎ですわ」
暉　　　「おおお　確かに　ナンパ三昧は飽きました」
亜紀　　「まあぁ」
涼子　　「でた　正直者！！」
佐紀子　「・・・・・・・」
美雪　　「！！」
暉　　　「正直　自衛隊にいたら」
　　　　「どれほど女性が恋しいか」
　　　　「その反動です　がはぁはぁ」
　　　　「神戸は　いやはや　美人が多すぎて」
涼子　　「あっ　浮気者発見！！」
暉　　　「えっ！！　いや　もうしません」
　　　　「誓います」
涼子　　「ほんとに？」
暉　　　「パイロットに 二言はありません」
美雪　　「うふふ　まあ素直な男性嫌いじゃないです」
亜紀　　「良かったわね　味方がいたみたいよ」
暉　　　「はい」

　その日以来、暉は田原家に入り浸りになるのだった。
　仕事をする美雪に寄り添い、いろいろ話し合ったし、時には手伝い、「美あんず」メンバーともそつなく交流していく。

　三ヶ月後に２人は正式に婚約し、結婚することになるのだった。
　
　美雪の初恋は運命の人との出会いだった。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
羅衣さんの作品集→羅衣さんの他作品
2021年6月20日掲載
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