ずっと愛してます4
羅衣 作
第23話　芽生の初恋


宮西芽生（めぐみ）は美雪が早々に良いパートナーを見つけたことに、強い刺激を受けていた。
　ゆっくり探せば素敵な男性は見つかるはずだし、焦る気持ちは正直無かった。
　しかし最大のライバルだった美雪にパートナーが出来てしまうと、なぜか羨まして仕方がない。
　情熱的な一條暉は、たちまち美雪を美しく華開かせていく。
　男に愛されるとは、こうも女を変えるんだと同性ながら驚きがあった。


　そんな時に「会」関西支部には専属医師、特に救急救命医が不在であることが問題視されていた。

　関西支部に会員として所属する外科医、内科医などはそれなりの人数いたのだが、救急救命医がいるといないとは大きな差がある。
　「会」のイベントなどでは高齢者も多いし、過激なプレイが事故に発展することは多い。
　関東本部ですら専属では長らく不在で、複数人の現役の救急救命医が会員にいることで担保されている状況であったのだ。

　深刻な救急救命医師不足は「会」でも例外で無い。
　その状況に凌と健二は逆に目をつけた。
　もし優秀な救急救命医を専属で確保できれば、関西支部の格は本部を凌ぐものになると確信していたのだ。
　もちろんそれは本部でも悩みの種であり、首都圏ということで人材が豊富な地域でも困難な事なのだから地方都市ではより厳しいのは現実だ。

　ただ凌は自ら病院経営に乗り出したことで、恐ろしい勢いで関西圏の医学界、大学教授陣、学長陣との関係強化して投資を行い浸透していた。
　京都大学の著名な教授への莫大な資金援助も既に国の援助を上回る規模だ。
　その結果、「美あんず」病院において全国の優秀な専門医との協力関係を構築しつつあり、神戸にいながら最高水準の医療を受けられる体制も目前だったのだ。
　もともと神戸市ポートアイランドにある理○学研究所誘致も凌の関与があったから実現した経緯もある。

　とはいえ救急救命医療現場は深刻だ。
　凌が求めるのは中堅で優秀な救急救命医だ。
　もっとも中核の医師を手放す余裕があるところは存在しない。
　そんな時、地元神戸で救急救命医療現場に絶望する救急救命医が現れる。
　現場では医師そのものが足りないのは明らかなのに、「働き方改革」などと言って医療の現状を知らないでしたり顔で介入してくる役人に怒り心頭であった。

　相澤幸作３２歳、身長１７８㎝の男優、野○宏伸似の救急救命医だ。

　彼らのせいで助けられなかった命は既に片手で足りないほど経験していた。
　救急救命医療現場の危機ばかり騒ぎ立てて、「働き方改革」と称して医師も適切に休むことを強制してくる。
　気がつけば救急救命医以外の医師が適正化と称して休日が増える始末だ。
　救急救命は初期対応に過ぎない。

　初期対応で延命して各専門医師達に引き継いで命を守る医療の窓口が救急救命医療なのだ。
　それなのに縦割りで素人が介入して、引き継ぐべき各専門医達を手薄にしてしまう事態になっていた。
　結果的に夜間の対応は全て救急救命医療現場で行う必要に迫られる。
　かえって救急救命医療現場だけがますます負担が増える有様だ。

　医師不足は医学界の体質にも原因がある。
　女性医師の現場稼働率が異様に低いのだ。
　妊娠出産を経た女性医師たちは、頭の硬い者達と社会の無理解で、ほとんどが現場復帰出来ずにいるのだ。
　そういう点には、マスコミも政治も全く見向きもせずにルールや組織を作りたがる。
　根源には利権構造があると見抜いた彼は絶望した。

　彼は退職を願い出る。
　そしてどこか他県での離島での勤務を考え始める。
　いい加減、そろそろ結婚したいし、人生を見つめ直す良い機会だとも考えていた。
　そんな彼を快く送り出してくれる環境では無かった。
　裏切り者扱いが待っていた。
　県が募集する離島駐在医師への応募も行っていたが、理由は不明だが拒絶された。
　同僚達のことも考えて円満な退職を望んでいたが、ただ退職を引き延ばされるだけなので決意の退職届提出で強制離職したのだった。

　そんな時に田原凌という財界人に面談を求められる。
　不安になって色々彼の人となりを調べてみると、関西圏ではとてつもない財界人だと知った。
　既に病院の経営にも乗り出して、関西圏の医学界に急速に影響力を持ちつつある存在になりつつあると知る。
　そしてあることに驚く。
　彼が経営する病院では、積極的に女性医師の再雇用が進んでいて、医師の充足率が既に１００％を超えていて驚くべき事に医師の完全週休２日を達成していることだった。

　その事実は、彼の態度を柔軟化させるのに十分であった。
　実際対面すると彼が思っていた不満に全て同意してくれて、一緒にやろうと提案されいろいろな厚遇を提示される。
　実際関わる職務には驚くような内容もあったが、医療現場改革に関われるという魅力は計り知れない。
　厳密な守秘義務契約も結ばされたが、結局は医師としての矜持には違いがないので全て受け入れた。

　相澤幸作は「美あんず」病院医師兼関西支部専属の救急救命医となった。
　このニュースは「会」に波紋のように広がっていくことになる。
　実際、過激なＳＭプレイなどでの事故は過去何度も発生していたので、常時救急救命医が寄り添っているという安心感はとてつもない優位性になっていく。


　幸作には経験したことが無い穏やかな生活が訪れる。

　「美あんず」病院には未だ救急救命医療が開設されていないことも理由であるが、これも医療現場を知らない連中の認可がどうこうと言うくだらない理由で遅れているだけと知っていたので、もはや呆れるだけであった。
　一般病棟の現場は、常時医師が十分過ぎるほどいる状態が確保されているので、看護師が走り回るという状況も皆無であって、同じ日本の医療現場とは思えない平和で穏やかな世界であった。

　女性医師が多いということもあるが、こうなると同性が多い看護師達も皆穏やかであり、未だ独身の幸作は周りの女性が皆魅力的すぎて楽しくて仕方がない。
　そんな時に主である田原氏の妻、亜紀夫人に付き従う女性が気になって仕方がない。
　彼は実は女優、深○恭子の大のつくファンでだったので、彼女に似た美女に一目惚れしてしまったのだ。

　もう好みドストライクな女性を見つけてしまうと、贅沢な話だが多くの女性に取り囲まれていても不思議と他に目移りしないのだ。
　普段から女性との出会いに飢えていないし、困ってもいないし焦る気持ちもないから、妥協する必要性も感じていないから真っ直ぐ見つけた本命を目指して行動できる。

　
　宮西芽生は龍哉と恵梨香の健康診断を受けるために、亜紀に同行して「美あんず」病院を訪れていた。
　そこで亜紀に新任の挨拶をしに来た野○宏伸似の救急救命医に衝撃を受ける。
　つい最近、ＤＶＤで古いテレビドラマで「教師びん○ん物語」という作品を見て、野○宏伸という俳優に理想の男性像を重ねていたからだ。
　だから彼女は亜紀に相談して彼のことを調べて貰う。

　当たり前の話だが、彼の人となりを詳しく知ってしまうと乙女心は止まらない。
　亜紀からは彼の周りは既に女性が多い職場だから、急がないと決断を迫られる。
　まさにそんな時に、主人である凌から彼との食事の誘いを伝えられる。
　彼女は驚きつつ、天にも昇る心地だ。


　亜紀と凌の配慮で、ディナーデートが許された。

幸作は地元神戸なので、店選びでは地の利がある。
　彼はお気に入りの高級ステーキ店を予約して彼女をもてなすことにした。
　彼の夢は女の子を誘って、この店の個室にて二人っきりの時間を過ごすことだった。
　遂に実現するチャンスがきたのだ。
　仮に彼女がお肉苦手としても、ここなら海鮮もあるから万全だろう。
　ベジタリアンであれば、この話があった時にその旨断りがあったろうから、そこは心配していなかった。

　今回、まともに会話するのは初めてでもあるので、正直ワクワク感が凄い。

　待ち合わせの時間より１時間近く早く店に着いてしまう。
　店は東急○ンズの近くである為、店を回って時間を潰そうにも異様に人通りが多い場所であるから落ち着かない。
　ここは常連である特権で店で待たせてくれることを願い出る。
　幸作が予約した店は「ステー○彌（わたる）」という高級店で、東急○ンズの至近にありながらビル７階にあって大人の隠れ家的なところでもある。
　ここは少人数ごとの個室空間が３つほどあって、シェフとさしでステーキを楽しめるプレミアム感がお気に入りだ。


　芽生は地元でないし出歩く機会も全く無いので、東急○ンズですらスマホナビに頼っての探索だ。
　早めに到着したかったが、ちょっと迷ってしまう。
　もともと人混みが経験が無くて、歩道の混雑に困惑気味だ。
　焦る気持ちもあるが人流れに押されて行きたい方に行けずに行き過ぎること三度。
　やっとの思いでビル入り口たどり着いたのは、約束の時間１０分前だ。
　実に２０分間近く辺りを彷徨っていたことになる。

　初めてのデートが、遅刻で台無しになる一歩手前でセーフになった安堵感は小さいものではない。
　店に入り彼の名を告げると、店奥の個室に案内されて彼とやっと会うことが出来た。
　彼女の来店に気がついた彼が立ち上がって出迎えてくれる。
　眩しいまでの彼の笑顔が自分だけに向けられたものだと思うと、もう幸せモード全開だ。

幸作　「今日は　ありがとうございます」
芽生　「わたくしこそ　誘って下さって感謝してます」
幸作　「どうぞ　こちらに」
芽生　「ありがとうございます」
幸作　「あの　とりあえず２人だけだし」
　　　「もう堅苦しいの　無しにしませんか」
芽生　「はい　確かに変ですよね　うふふ」
幸作　「では　芽生って呼んじゃって良いですか」
芽生　「もちろんです　うふふ」
幸作　「では　幸作と呼び捨てで呼んで下さいね」
芽生　「はい　幸作さん？」
幸作　「幸作！！」
芽生　「えっ？　でも」
幸作　「幸作！！」
芽生　「幸作！？　　あはぁ」
幸作　「そう」
　　　「ところで　お肉大丈夫？」
芽生　「はい　大好きです」
幸作　「ここのオススメに　更に」
　　　「伊勢海老と鮑　それと牛刺プラスが」
　　　「あるんだけど　どうかな」
芽生　「まあ！！　鮑　大好きです」
幸作　「よし　じゃあそうしよう」
　　　「お酒は大丈夫？」
芽生　「はい　強くないけど　苦手無いです」
幸作　「素晴らしい」
　　　「じゃあ　個人的にオススメなやつ」
　　　「意外なとこで　発泡純米酒しよか」
芽生　「あら　ワインかと思ってました」
幸作　「でしょ　俺も初めて飲んだとき」
　　　「目から鱗だった」
　　　「すず音　というやつなんだけど」
芽生　「お任せします」
　　　「ここ素敵ですね」
　　　「靴脱いで掘りごたつ形式って　癒やされる」
幸作　「でしょ　高級ステーキっていうと」
　　　「なんか身構えるけど　ここは違うし」
芽生　「シェフ　素敵だし　うふっ」
シェフ　「光栄です　では始めさせて頂きますね」
幸作　「お世話になります　お願いします」

　
　芽生は初デートだけに、幸作が適度にリードしてくれるからなにもかも楽しい。
　会話の中でこのデートは彼が主人である凌に申し出てくれたからこそ実現したことを知る。
　彼が多数の女性の中がら自分を見初めてくれたことを嬉しく思う。
　亜紀からは彼女自身の気持ちを彼に明かすのは先伸ばして駆け引きすることをアドバイスされていたが、澄んだ瞳をした彼に駆け引きする気が起きなかった。

芽生　「幸作　実はわたしも」
　　　「初めて会ったあの日　気になっていたの」
幸作　「なるほど」
　　　「だからやたらお互い目が合ったんだね」
芽生　「うふっ　ドキドキしちゃいました」
幸作　「俺もです」
　　　「では　正式に俺と交際して頂けませんか」
　　　「もちろん結婚を意識して」
芽生　「はい」
幸作　「やったぁぁぁ！！」
　　　「では　まずは　俺のこともっと話すね」

　ステーキの適度な油と発泡純米酒が２人の会話を滑らかにしていく。
　盛り上がった２人には時間が経つのが異様に早く感じたことだろう。
　閉店時間が迫る中で、まだまだお互い離れたくない。


幸作　「芽生　まだ時間ある？」
芽生　「はい　大丈夫です」
幸作　「では　ずっと昔から通ってるカクテルバー」
　　　「あるんだけど　行くってみる？」
芽生　「まあ　カクテルですが　初めて」
　　　「行きます　連れって行って下さい」

　幸作が連れって行ったのは神戸っ子が知る人は知るカクテルバー「SA○OY KITANOZAKA」だ。
　北野坂から１本筋入った横道の雑居ビル４階にある大人の隠れ家的な場所でもある。
　素敵な初老マスターの心遣いが心地よい。
　若い男女のバーテンダー達が集中して楽しく仕事している様子が伝わってきて、ダウンライトのオーセンティックバーならではの景色が楽しい。

　芽生は目の前で手際よく作られていくカクテルに感動する。
　幸作に好きな果物を訊かれパイナップルをあげると、満面の笑みでオススメあるからと言われてお任せして若いバーテンダー達の活躍にワクワク感が止まらない。
　目の前でパイナップルが大胆に切られて、ジューサーで絞られていく。
　彼女に提供されたのはパイナップルフィズだ。

幸作　　　「まだお酒初心者だからね」
　　　　　「まずは　これ」
芽生　　　「生フルーツで作るんですね　感動」
　　　　　「幸作のは　なんか強そう」
幸作　　　「これは　ギムレットってやつ」
　　　　　「ジェームズボンドって知ってる？」
芽生　　　「なんか　スパイ映画？」
幸作　　　「そうそう　その主人公が好きなやつ」
　　　　　「さあ　僕たちの出会いに乾杯！！」
芽生　　　「あはぁ♪♪」
　　　　　「ぷはぁ　うわぁぁぁ美味しいぃ」
　　　　　「こんなに美味しいお酒初めてぇ」
マスター　「光栄です」
　　　　　「相澤さん　いつもありがとうございます」
幸作　　　「マスター　今日も忙しそうだね」
　　　　　「紹介します　宮西芽生さんです」
マスター　「初めましてご来店ありがとうございます」
芽生　　　「素敵なお店ですね」
　　　　　「ほんとにこれ美味しいです」
マスター　「ありがとうございます」
幸作　　　「マスターは　俺のこと小学生の頃から」
　　　　　「知ってるから」
芽生　　　「あら」
マスター　「そうですね」
　　　　　「震災前の旧三宮店時代からですかね」
幸作　　　「懐かしいな　先代マスターとママ」
　　　　　「時間経つの早いなぁ」
マスター　「相澤さん」
　　　　　「もう立派なお医者さんになられてますし」
幸作　　　「確かに」
芽生　　　「えー　未成年飲酒？」
幸作　　　「違うよ　両親に連れられてジュース専門」
芽生　　　「なるほど」
幸作　　　「両親デートのお邪魔虫だよ」
芽生　　　「ふふふ」

　芽生は初めての夜遊びでもあるが、幸作の知人達との話が彼の人柄を感じられて楽しい。

マスター　「相澤さん　そういえば」
　　　　　「初めて女性お連れ頂きましたね」
幸作　　　「はい　お約束通りです」
マスター　「お綺麗な方で　流石です」
芽生　　　「え？　わたしのこと？」
マスター　「女性は　ここには」
　　　　　「大切な人しか連れてこないと仰って」
幸作　　　「お陰様で　自信を持って」
マスター　「それはおめでとうございます」
芽生　　　「そうなんだ　照れちゃう」
マスター　「同僚の方とは一緒に来られますが」
　　　　　「彼女さんはお初です」
幸作　　　「へへへ」

　自分だけというプレミアム感に、恋愛経験が全くない芽生はイチコロであった。
　一気に好きという感情がヒートアップしていく。
　ただでさえ妄想もありつつ好きな気持ちを抱いているだけに、膨れ上がる気持ちを抑制することは困難であった。
　幸作は直ぐに芽生が今時では珍しい純真な子なのだと気がついていた。

　人間関係で心身をすり減らして生きてきた彼にとっては、彼女と語り合う時間が癒やしであった。
　決して気の利いた会話をする訳でもないし、なにかしらの恋の駆け引きがある訳でない。
　彼はこれほど真っ直ぐで素直な女性に初めて出会ったし、もう２度と出会えないと確信していた。

　ただ２人が一番盛り上がった話が医療現場あるあるだった。
　芽生が看護師資格も持っているということに、もはや運命すら感じてしまう幸作であった。
　また個人的に彼女の「乳母」という仕事にも興味をそそられていた。
　「乳母」という仕事が現代も存在するという事実だけでも驚きを禁じ得ない。

　彼女の仕事に興味があるし、多忙な彼女と思うようにデート出来ないことに気づくと、自然と彼は田原家に煩雑に出入りするようになっていく。
　彼女の仕事と自分の救急救命医視点のやりとりでも、色々と勉強となることばかりだ。
　やはり救急医療では幼児対応が医師個人の知識と経験に左右されやすい局面があるので、彼女の知識を聞けるのは有益なのだ。
　お互いの仕事への深い理解は、ますます２人の距離を縮めていく。

　その後、数回重ねたデートの過程で彼女が処女だったことを知った上で愛し合っていくと彼は自然な形で決意する。

　４ヶ月後に２人は正式に婚約し、結婚することになるのだった。
　
　芽生の初恋は運命の人との出会いだった。

そして、この展開に一番喜んだのは凌と健二で、念願の救急救命医を「関西支部」が安定的に確保したのだ。


つづく
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あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2021年9月18日掲載
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