ずっと愛してます4


ずっと愛してます4 羅衣作
第35話　解放のダイブ　大神は杉山のマンション管理人室に乗り込み、管理人にお金を渡し強引に防犯カメラ映像を確認する。　予想通り１時間ほど前にマンションを立ち去る優花の姿を確認する。　ただフラフラで体調悪そうで、そう遠くまで行ってない様な気がしていた。「ふむ　逃亡というより　どこかで倒れてそうだな」　優花は馬鹿じゃないし、自分が逃亡したらどうなるかも理解している子だと認識しているから、今回も１人で杉山の所に行かしたのは大神の判断だ。　とにかく足取りを追うことにする。　高田警部は警視庁に勤務する３８歳の捜査官だ。　公には特定のセクションには所属していないが、部下を１００名近くを抱える実行部隊の責任者だ。　このセクションの実態は五摂家の意向に従って独自行動する非公式な部隊だった。　朝の仕事始めに備えてコーヒータイムで一服しているところを上司に緊急で呼びされる。　上司から綾小路家に保護された女性の身元調査と保護に至った事態を調べるようにと命じられる。　高田は瞬時に最優先命令と理解した。　綾小路家は代々治安実力組織を取り仕切る存在で、今では九条家一族で日本の警察権力を掌握しているのだ。　今の警視総監などのトップは形式的なもので、重要事項の決定などは綾小路家の承認がなければなにも決められないのだ。　　高田はすぐに６０名ほど人員に呼集を掛け投入する。　全員が各分野のスペシャリストであるから、基本的なことを伝えるだけで動き出す。　１時間も経たずに女性が逃げ出してきたマンションが特定される。　直ちに最寄りの制服警察官に急行指示が出る。　現地からベットで拘束された中年男発見の報告と彼を訪ねてきた青年がいたことが判明する。　高田は直ちに青年の監視カメラ画像を元に指名手配する。　徹が優花を保護し綾小路家に到着してから、僅か２時間後にそこまで事態は進行していたのだ。　杉山は自ら引き起こした事態に絶望していた。　ベットの上で両脚を押し広げられて腰が宙に浮いている姿勢であり、血が頭部にうっ血して次第に意識が朦朧としてくる。　大神が現れて助かったと喜ぶが、彼の激怒する様を見て当然だと思った。　このまま優花に何かあれば、自分は間違いなく東京湾に沈められるのは避けられないと諦めた。　「会」から逃げることは不可能に近い。　警察も彼らの支配下にあるし、社会のあらゆるところに監視の目が光っているから、素直に誤りを認めて恭順の姿勢を示すしか残されていない。　そもそも逃亡などしても逃げ切れないし、親類家族に制裁が及ぶのは避けられないのだ。　途端に美しい優花の顔が浮かぶ。　自分が命をかけることになった彼女への想い。　40数年の人生の中で、これほど美しいと思ったことがあっただろうかと思いつつ、心の中で詫びていた。　唐突に制服警官がやって来たことに驚いた。　拘束から解放されたが、厳しい尋問に晒される。　今回の事態は「会」案件だから、死んでも口外が許されない。　もし許可無く口外すれば、親類家族が全員危険に晒されるのは明らかなのだ。　離婚した元妻のところにいる娘の顔が脳裏に浮かぶ。　元妻とともに随分嫌われて久しく会うことが出来ていないが、大切な人とはマメに会っておくべきなのだと今更思い知る。　追い詰められた杉山の責任の取り方、その選択肢は１つしか残されていなかった。　言い訳が許されない仕事に携わる際に、忠告されたことを今頃理解したのだ。　自分にはそんな事態は訪れないと、油断して生きてきたが、その日は唐突に訪れたのだ。　しかし不思議と覚悟が定まった。　覚悟が揺らがないうちに行動に移した。　警官の制止を振り切って、躊躇いも無く９階の窓から一気にダイブした。　落ちていく彼は満面の笑みだった。「絵理奈　もう一度会いたかったな」　大神は、杉山が気になって戻ってきたところで、彼がマンションから落ちてきた瞬間を目撃する。　付近には制服警官とパトカーが複数既にいて騒然としている。　その瞬間、自分では手に負えない事態に発展していることを知る。　慌てて近所のコンビニに駆け込むと、トイレに籠もって上司であるスペシャルマンションオーナーに連絡したのだった。「ヤバい　杉山消されてしまった」「俺も　消される」　　スペシャルマンションオーナーは、よくある女性逃亡事案だと油断していたことを後悔する。　下手とする自分も危ないと理解したから、大神に待機を命じて「会」に事の子細を報告する。　当たり前だが厳しい叱責を受けるが、指示した発信名を聞いて瞬時に支配層の禁忌に触れていると理解して恐怖する。　支配層に関する禁忌には、理由や理屈などは一切関係なく、とにかく触れたら最悪の場合問答無用で制裁されるのだ。　そこからの彼は自分自身の保身しか考えられない。　あっさり大神を見捨てて差し出してしまう。　トイレを出たところで、大神は警察官に呼び止められて任意同行を求められる。　目の前が真っ白になった彼はうなだれて、パトカーに乗せられていく。　パトカーの車中、オーナーが手を回して助けてくる筈だと自分自身を言い聞かせるのに必死だった。　警察署ではなく警視庁に直接連行されて驚きと共に、既に「会」の監査隊が動いてるのだ知ったのだ。　地下駐車場の奥の奥に入っていくから、このまま消されるのは避けられないと観念する。　地下にある会議室に連行されて座らされる。　そこで高田と名乗る刑事に尋問され、彼は「会」直属の警察官だと、すぐ理解する。　彼からはオーナーから伝えられたであろう事柄の詳細確認の尋問であった。　没収されていたスマフォが差し出され、見るように促されるとオーナーからのLINEがあり全て話せとのメッセージであった。　大神はあっさり堰を切ったように白状したのだった。　高田は大神の話を聞いて呆れていた。　彼らのような存在がいることも、仕事があることも、公然の秘密で高田も認知している。　「会」が行っていることだから高田がどうこう意見を言える立場じゃ無いし、そんなことには興味が無い。　高田から見て思うのは、なぜ彼らはイレギュラーが発生した時に直ちにしかるべくところに報告しなかったのか、ということだ。　彼らの仕事を思えばよくある出来事だろう。　それなのに報告しなかったことで、もう１人死んでいるのだ。　ただ正直、大神達を憐れに思った。　自身も「会」は深入りすればするほど恐ろしいし、もう後戻りが出来ない自分がいると理解している。　些細なことだが、ひょっとしたら彼らは未来の自分なのかもしないと思って次第に複雑な心境になっていた。　その頃、優花が入居していたスペシャルマンションは騒然としていた。　「会」の監査隊が数十人押し寄せ、オーナーは連行されて何処かに連れ去られた。　スタッフ達は全員当面自宅待機となった。　女性達は当然お咎め無しで、再教育は一時凍結して生活などは現状維持となった。　そんな中で、髙辻は事態の急変に狼狽えていた。　大神ともあれ以来連絡がつかないし、優花も戻らないからだ。　こんな事態となったが、このまま知らん顔して逃げることが出来ず名乗り出るのだった。　連行されてマンションを出たところで、マンションを振り向き見上げる。　都内にどこにでもある高級マンションであるが、その時の髙辻には違って見えたのだ。「ここは女の牢獄だ」「俺はここでなにをしていたのだろうか・・・」　徹と佳子にすれば、実に後味の悪い報告であった。　報告者は後始末の方針を伺いたいと、佳子達の次なる発言待ちの姿勢であった。　佳子は「会」の者達による過剰な反応を知っているから、ちょっと発言を躊躇した。　彼らは自分の発言した内容に、あらゆる忖度して容赦ない対応を取るであろう事は容易に想像できたのだ。　そもそも五摂家は世の中に対して具体的に指示や要望を出すことなど稀であり、今回のケースは佳子も初めてのケースであった。　数千年間かけて培われた公家制度を経て進化してきた統治機構は、全ては支配する者達による日頃の言動に対する統治する者達の忖度がその正体なのだ。　九条家の姫であった時は自分は人の生死まで影響するほど影響を及ぼす立場とは感じたことが無かったが、綾小路家に嫁いで綾小路佳子になったことで九条家一門の強大な権力者の１人になったと、この時ハッキリ認識した出来事であったのだ。　綾小路家が警察権限の全てを司る立場であり、まして佳子自身は九条家出身なので彼女自身に絶大な影響力が付与されてしまったと初めて知ったのだ。　祖父ゼウスはそこまで見越して、子飼いの優貴を綾小路家養子にして家復興させて、更には自分が嫁ぐことを容認したのだ。　祖父の壮大な野望の正体を知って、佳子自身も驚いてしまうほどだ。　彼女の一言で簡単に忖度されて他人の人生がねじ曲げられてしまうという現実は、改めて祖父達が言っていたことが真実だと知ったのだ。　対等の立場、五摂家の者達とは、普通に会話しても、喧嘩しても全く問題ないが、格下の者達には突如忖度の猛威が発動することになるのだ。　だからこそ今回の発言は非常にシビアなものになるのは当然の成り行きだった。　徹は五摂家出身でないし一地方のお金持ちの子息に過ぎないのだか、郁美という女性の影響力と妹が次期九条家当主の妻となっており九条家親類であり、扱いは既に五摂家の息子達に準じる位置づけになっている。　だからこそ今回も、彼は優花を悠然と抱きかかえてＳＰ達を制して佳子の元に来られたのだ。　それは同時に、彼の発言にも同様な忖度が発生するという意味でもある。　その徹が発言するから、佳子は息を飲んだ。「そう　死んじゃったんだ・・・・・」「彼女は　そんなこと望んでいなかったはず」「犯人捜し　すべきでなかった・・・」「もうこれ以上は誰も死なさないで」「傷つけないで欲しい」「ただ彼女は　もうそこには帰したくない」　報告者は困惑した表情で、佳子の様子を伺っていた。　雰囲気を察して佳子も徹の思いに同意したから、無言で頷いた。　報告者には、それで十分だったのだろう。　そのまま踵を返し退出していった。　徹の言葉は重く、彼らは十分忖度して穏便に済ますだろう。　佳子は、改めて徹という男性に強く惹かれる自分を自覚した。「徹って　今まで出会った男達とは全く違う」「ひょっとして」「郁美姉様も　同じ思いなのかもしれない」　優花は目を覚まし、ふわふわの寝床に安堵し微睡んでいた。　室内に人の気配して、ハッとして身を固くする。　こわごわと周囲を伺うと、豪華な調度品に驚く。　そして傍の椅子に男性の存在を認識する。　そこで途切れ途切れの記憶がフラッシュバックする。　最後に覚えているのは、忌まわしいマンションを飛び出して途中気分が悪くて休んでいたベンチで出会った男性の顔だった。　初対面の男性だったが、彼女には自分を助けに来てくれた王子様に見えたのだった。　居眠りしているようで顔は確認できないが、不思議と記憶にある男性と確信があった。　立ち上がろうとしたが、異常に身体が重い。　一瞬躊躇したが、今自分がパジャマ姿だと気がついて考え直す。優花　「あっあのう」徹　　「おっ　起きた！！　あっなにも心配しないで」優花　「ありがとうございます」　　　「助けて頂いたのですね」徹　　「まあ　気しないでね」　　　「元気そうで　よかった」　徹は歩みよると、優花の頭を優しく撫で上げる。　こういった行動を普通に出来てしまうのだが、彼だからこそ女性から許されてしまうのだろう。　優花は恥ずかしそうに首を窄める。徹　　「おっと名乗ってなかったね」　　　「山田　徹　です　よろしくお願いします」優花　「こちらこそ　畑中優花　です」　　　「あっすいません　こんな姿勢で」　　　「いろいろご迷惑おかけして」徹　　「いや　気にしないで」優花　「いろいろ　私　問題あって」　　　「そう　連絡しなきゃ」徹　　「マンションの方は　大丈夫だよ」優花　「えっ・・・・・」徹　　「大変だったね　もう大丈夫だから」　　　「「会」のことも気にしなくて良いよ」　　　「もう君は自由だよ」優花　「・・・どういうこと　でしょうか？」　徹は事の次第を話して説明した。　もう無関係とは言えない「会」が引き起こした出来事で、彼は素直に彼女に詫びた。　優花は戸惑ったが、彼の笑顔が彼女の傷ついた心にしみる感覚に、全て彼の言うことを信じようという気持ちになっていく。　仮に彼が嘘を言っていったとしても、もうどうでも良かった。　もう本能だろう。　彼は、これからいつでも自分を守ってくれる人だと信じる気持ち、女の本質である守って貰いたいという願望を満たしてくれる存在が彼そのものだったからだ。　心身的に蓄積したダメージは簡単に癒えないし、心の傷は決して消えないと自覚してる。　でも彼と出会ったことで、優花は出直す勇気が湧いてきたのだった。　しばらくして佳子が現れると、優花は自分が置かれている現状がとんでもないことになっていると知る。　「会」のスタッフとして既に基礎的な知識は教えられているから、九条家という天上人のことも漠然と知っていたので、その人達と会話していると知ったのだ。　そして徹は神戸出身で間もなく帰るので、一緒に帰らないかと提案される。　一緒に帰りたいと思ったが、まだ身体の傷は癒えていないから家族と会いたくないし、なにより徹に奥さんがいると知って悲しかったのだ。　この時は彼女自身は自覚が無かったが、徹に強く惹かれて忘れられなくなりつつあったのだ。　だから悲しそうな徹の視線に耐えながら、東京に残る選択をする。　すると佳子から提案があった。　このまま綾小路家に所属して、保育士から一歩進んで「乳母」として勉強しないかというものだった。　正直、もう普通に保育士として仕事を出来る気がしないのも事実だし、自分は女を武器にして成り上がるチャンスを手に入れたことも理解していたのだ。　そして徹の「現状を変えるべき」という言葉で背中を押されて、佳子の提案を受け入れた。　その日を境に彼女の生活は一変した。　彼女は、綾小路家の所属になって京都嵐山に移り住んだ。　佳子からの評価も高く、五摂家抜擢「乳母」候補生としての待遇も与えられ望めばなんでも自由に学べる環境に身を置くことが許されたのだ。　数年間に渡って五摂家傘下の育成機関で、「乳母」としての基礎を叩き込まれ、同時に夢だった英会話の英才教育を受けることになる。　そんな厳しい日々も、あのスペシャルマンションでの出来事を思えば大したことない。　そんな彼女を支えるご褒美が、定期的に尋ねてくれる徹の存在であった。　彼女は徹にどんどん夢中になっていくし、そんな恋する自分が大好きだし楽しかった。　気がつけば心身荒んで取り戻せないと思っていた笑顔を取り戻していたのだった。　その頃からもともと容姿抜群の優花だったが、多くの者達が注目する次世代の話題の人物になっていく。　徹にとっては出会いが出会いだけに気になってしまう存在であったので、優花が近い京都に移り住んでいた関係上頻繁に様子を伺いに訪れてしまう。　ただ葛藤もありながら男女の関係に成らないように自重はしていたのだが、周囲から見たら恋人同士と思われてもおかしくない関係性であったと思われる。　それが後々、優花か有名人になると、「美あんず」で一騒ぎになってしまう火種になってしまうのだ。　女同士では容姿が良ければ良いほど、あらぬ確執の原因になってしまうことを未だ若い徹には予期するのは難しかったのだ。　実際、徹は今回のことで、気分的に佳子に借りが出来てしまった雰囲気に嵌まってしまった。　確かに優花に強く惹かれたのも事実であるが、助けた存在だから極力自身の煩悩は封じていたのが正直なところなのだが、目敏いに佳子には見透かされていた。　だからその心の揺らぎを佳子に再三揺さぶられて、誘惑されてしまう。　そもそも数ヶ月の研修出張中であるから、若い欲望は持て余している。　何度か麻里と逢い引きはしたり、薫と濃厚な日々も過ごしていたが、やはり巧みに誘ってくる佳子と会う日が多くなってしまう。　佳子は夫、綾小路優貴が有利になるように立ち回る魔女であり、徹が佳子と極楽浄土彷徨っている頃には神戸に出張中していた優貴に夕食に誘われた敬子が応じていたのだ。　敬子にすれば、数ヶ月電話すれど帰ってこない夫に若い肢体を持て余している。　それに夫は佳子と関係が既にあり、優貴は自分にアプローチするのは正統な権利行使でもあるのだから断る選択肢は無いのだ。　ただそれは建前であって、もうすっかりイケナイオンナになっているから佳子が惚れ込んだという優貴に興味津々なのが本音だった。　オンナは隣の畑が気になるのだ。　畑中優花は、瑠璃子が東京に凱旋する数年後には生まれ変わって再登場して、佳子の腹心として乱れに乱れた夫と妻達の間を暗躍していく存在になるのだが、この頃は騒ぎを起こしたスタッフの女といった印象しか無かったのだ。　そして彼女の心には、もはや憧れに近い徹への想いが誰にも気がつかれず灯火のように燃え続けていくのだった。　その熱い想いが１人の女を強くしたたかに成長させ、その後伝説になるほどのシンデレラストーリーの原動力になるのだ。つづく
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2022年2月13日掲載
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