ずっと愛してます4
羅衣 作
第46話　美あんず九州


　峰 恋（れん）は、関西支部開幕に行われた「集い」での出来事を経て、その行動、態度、考え方が一変してしまった。

　周囲の者達は彼女のあまりの変貌ぶりに驚いたことだろうが、そのことに対して多くを語ろうとしなかった。
　それはもはや九州経済圏の絶対者となった峰家の当主である達也への畏敬の念だ。
　彼の妻である恋について言及することはタブーでもあったからだ。
　彼女が急に表舞台で行動することが増えたのだが、彼女の行動や発言について達也が事実上追認だと認識が広がりつつあったから余計周囲は無言になった。

　達也にすれば、実の妹である郁美との出来事が妻である恋に対して大きな負い目になってしまったのだ。
　その恋は郁美と繋がりを逆に深めており、恋の背後に郁美を感じる状況であり、もう夫婦関係の上下関係は逆転して恋の方が強い状況であった。
　その彼女は達也の愛人となった「ありさ」の存在をも許容し、婚外子となった子の養育にも深く関わっている状況だ。

　それだけではなく峰家内の力関係も完全に掌握して、もう家内の決め事も恋の承諾無しに何事も出来ない有様だ。
　元を言えば、達也自身が妹である郁美を忌み嫌い遠ざけた両親への反発で両親とその世代が持つ家内での力を剥奪したことが原因であるが、家内の人間関係を掌握する才能はどうしても女に一日の長があるのだ。
　恋はしたたかに出来た嫁の立ち位置を確立した結果、達也の立場が強大であればあるほど正妻である恋の影響力は強くなるのは自明の理だ。

　気つけば日本の支配者層トップである九条家の亜紀から妹のように可愛がられている妻に驚きしかない。
　妻の父は都市銀行の役員であり、九州内の事業展開にも妻の影響力は日に日に増大しつつあった。
　地方経済では首都経済に直結した都市銀行との結びつきがあるかないかの落差は極めて大きく、達也は意図的に恋と結婚した訳ではなかったが、結果的に恋という妻を迎えたことで盤石の財務基盤の後ろ盾が出来たからこそ代々一辺境の枠を打ち破って勢力拡大出来たとも言える。

　そういった背景もあり、亜紀の要請に応じて恋が「美あんず九州」を結成していく流れを黙認するしかなかった。
　恋が代表になり、達也の愛人芦塚ありさ、恋の実妹である大田真美を中心に、峰ホールディングスグループ内の優秀な経営スタップ達の若妻を十数人集めた奥様会として事実上機能し始めていたのだった。
　達也自身のご乱行でスワッピング関係繋がりも背景としてあるから、さながら関西支部と同様な状況に陥っていたのだ。

　関西とは違って亜紀と郁美の様な絶対的なカリスマが存在しているわけでなかったので、女社会特有な問題は内包しているのは避けられない部分はあったのだが、恋と真美という実の姉妹が中心で取り纏めている状況で女社会の負の要素は恋自身も認識しつつ統制していた。
　ただ恋が銀行員の両親から受けた教育が反映し徹底して公平で何事も明快する性格で、決して他人の悪口を言わないスタイルだったので纏まってる形であった。
　マウンティングの絶対的最上位者が女社会の表面上の質を変えてしまうのだろう。

　ただ「美あんず九州」はグループとしては不思議と一枚岩で連帯感は結束していたのが、以後いろいろな場面で発揮されることになるのだ。
　彼女達にすれば東京地区や関西地区には負けたくないという微妙な対抗意識もあったろうし、将来的には東海地区、東北地区などのグループも生まれるだろうから、恋を中心に纏まって先行すれば得られるステイタスは小さくないと理解していたのだ。

　彼女達は元々富裕層の出身者も多いが、もちろん夫の財力で成り上がった女達も多い。
　その彼女達は恋に出会う前は現状で満足して裕福な生活を送っていたのだが、恋を通して更に先があることを知ったのだ。
　オンナとなった恋に彼女達は圧倒される。
　女の本質は欲張りであり自分たちに恋はチャンスを与えてくれるのだと、もはや本能だろうが反応したのだ。
　たちまち彼女達は夫を嗾けて暗躍していく。


　恋は以前から願ってきた峰家拠点を長崎県から福岡県に移す計画を達也に強く働きかけて実現してしまう。
　やはり九州の経済中心は博多だし、峰家の勢力拡大には博多地区に浸透するのが効果的だからだ。
　もちろん達也も数年前から考えていた計画ではあったが、自身の個人的事情で先延ばしにしていたのだ。
　それは芦塚ありさの生活基盤が博多であり、彼女が妊娠しており妻である恋に気兼ねしていたからだ。
　あの日以来、恋の変貌ぶりが怖くもあったのだ。

　恋はあっという間に大田俊哉を動かして、一等地マンションのペントハウスを確保して、峰家本家の機能を博多に移してしまった。
　俊哉などの峰ホールディングスグループ幹部達は、達也のご乱行の結果、恋と肉体関係がある状況だったゆえに彼らは恋の言いなりになってしまったのだ。
　達也自身が恋に対して弱気な態度を見せれば見せるほど、それは加速度的に悪化の一途だ。

　博多に移ると恋はありさとの交流を進化させていて、達也の立場はますます弱くなっていく。
　気がつけば、恋とありさの２人に全く頭が上がらない有様だ。
　恋の背後には実妹の郁美が見え隠れしている。
　次第に達也はそういったことから逃避し、ビジネスに逃げるように集中するようになっていった。
　性的な欲求も恋が別人のように激しく、夜の夫婦生活が充実するようになっていたため大人しくなった事情もある。


　恋にすればマメに往来したい神戸へのアクセスが博多は抜群であるから、好都合でもあったのだ。
　あの日以来、オンナに目覚めてからタブー無しに性的な快楽を追求する様になったのだが、日に日にその限界は増大しつつあって、今では達也の精力すら吸い尽くすほど貪欲だ。
　既に肉体関係のあった峰ホールディングスグループ幹部達も今では完全に圧倒しつつあった。
　もう彼らは恋のお願いを拒否できないほどだ。
　実際、恋自身が自分自身の変貌ぶりに驚いていたし、自分自身の女としての魅力が男達に対する影響力の大きさにも驚いていたのだ。

　亜紀と郁美が神戸で実現していた夫達に対する影響力に感嘆して、オンナしての処世術に学ばなければと思っていたのに郁美のアドバイス通りにしていたら、気がつけば自分も彼女達のようになってしまったというのが本当のところだった。
　ただ１度、欲張りなオンナとして行動始めると、もう歯止めが効かなくなり次々と男達を思うように誘導として自身の目的達成していく悦びに目覚めてしまい、日に日に悪いオンナになっていくという自覚があるのだ。
　夫である達也の精力は実際凄まじいのだが、彼が凄ければ凄いほど恋はますます貪欲なっており、もう達也の方が先にギブアップする状態であった。

　そもそもだが恋自身は性的素養が峰家の達也や郁美の２人に匹敵するとは思ってないし、追いついたとも考えていたわけではない。
　毎回、達也との夫婦生活は何度も意識が跳ぶほどであり、余裕があるわけではないのだが、達也や郁美の２人に相応しい存在でありたいという気持ちが誰よりも強いだけだ。
　そして気がつけばグッタリした達也が可愛くて抱きしめているのだった。

　夫婦生活が安定してくると、どういう形であれ肉体関係が出来てしまった男達へにも不思議な感情が芽生えてくる。
　郁美が以前話していた男達への思いが、今実感として共感していたのだ。
　彼らが自分の肢体向ける欲望すら可愛く思えるし、それを適度に受け流して彼らを誘導することも容易になっていくのだ。
　それを可能にしたのだが、恋と彼らの社会的立場が圧倒的に彼女の方が上位者だということだ。

　第三者、周囲から見て、峰ホールディングスグループの総帥である達也は恋に対して寛容になっていたと見えていたのだ。
　まして恋の実父が取締役を務める都市銀行がグループの筆頭銀行であり、それ故に彼女が意図的にグループの役員入りしていない事情もあると知られていたから、逆にそれが彼女に自由度を与えて目に見えない影響力を皆が実感することになる。

　地方経済における都市銀行の影響力は絶大だ。
　中央から交付される地方交付金にぶら下がり、日本銀行と連携して関与してくる地方経済の生殺与奪権を持っているに等しい。
　だから達也に煽われて夫婦交換や乱交に参加してしまったまでは良かったが、気がつけば恋に逆らうことが許されなくなってしまったのだ。
　
　恋が亜紀から託されたものがある。
　それは九州地区のマスメディアに対する影響力だ。
　五摂家のマスメディア管理力は九州に及んでいるが、ローカル経済への興味が低いために若干監視が低い傾向は否めない。
　その潮目が変化しだしたのが九州新幹線の開業だ。
　九州地区は長崎の出島戦略の時代から九条家が担当していて浸透していたが、九条家の後継者不在問題でゼウスが積極的でなかったこともあって思うような統括が出来ていない状態であった。

　そこにゼウスが郁美の出身「峰家」優遇し始める。
　引き継いだ亜紀が郁美と相談して、恋に委託して結果的に九州地区の浸透力を高めようとしたのだ。
　そもそもだが、九州地区と関西地区、東京地区とは物事に対するスタンスや考え方は微妙に異なる。
　東京地区視点での統制では、各地域根付いた形で浸透するのは至難の業だ。
　亜紀にすれば盟友郁美の実家であり、今や自身の可愛い存在となった恋への贔屓でしかない権限委譲を行ったのだった。
　これは亜紀が女だからならではの露骨な贔屓政治だ。

　九条家には亜紀に意見する者は誰１人いないし、ゼウスが郁美の実家を優遇していた流れだから一地方の若妻にあり得ないほどの影響力を与えてしまうことになったのだ。
　マスメディアを掌握するということは、ある意味で社会を支配することに繋がるのだ。
　発展してきたインターネット文化、ＳＮＳも彼ら支配層には都合が良かった。
　意に反した者、邪魔な者は、簡単に情報操作して社会的に抹殺することが出来るようになったからだ。

　恋は委譲されたことを周囲には知られないように行動したから、実態として夫である達也しか九州地区では認識していなかっただろう。
　日本社会は若い女性が権力を握ることに否定的だと恋は知っていたから、徹底的に地下に潜った。
　だから結果的に「峰家」に反発する者達には想像絶する悲劇が訪れることになっていくのだが、後に九条家による社会支配力強化のモデルケースになるのだ。


　「会」は十数年ぶりに「関西支部」開設で大盛り上がりであり、関東一極集中からの脱却が新しいトレンドになりつつあった。
　なによりゼウスが恋に興味津々であった。
　郁美が懐妊して思うように遊興できないことも理由としてあったが、亜紀と郁美と親密であり、なによりセックスバーサーカーと認識された峰家の達也と郁美の２人と密接に生活しながら急速に成長して、その妖艶ぶりは目の肥えたゼウスから見ても明らかだったからだ。

　小柄な体型でロリ系かと思ってしまいがちだが、その肢体の成熟ぶりは近くで会話すると男なら気になって仕方がないほどだ。
　その証として、九州地区の名だたる有力者達が彼女に全て懐柔されているのだ。
　試食の手を伸ばそうとしたゼウスは、唐突に郁美の激しい嫉妬の反応を喰らい怯んでしまった。
　既にゼウスの行動は亜紀に筒抜けであり、伝え聞いた郁美からの牽制球に彼の横恋慕は粉砕されてしまった。

　ゼウスの動揺は想像以上だった。
　慌てて郁美に逢いに来て、ご機嫌取りに悪戦苦闘する有様だった。
　孫娘の様な年齢で妊婦のたった１人の女性に、半世紀にわたって日本の絶対権力を欲しいままにしていた男が許しを請う時代が来ると誰が予想しただろうか。
　それだけ郁美がゼウスが探し求めていた女性そのものだったのだろうが、結局ゼウスも母性を求める男の１人でしかなかったのかもしれない。

　他の５大老達も同様で、郁美が嫌がることは敬遠するような雰囲気が出来上がっていくのだった。
　妊娠休養中で「会」活動は一切していないにも関わらず、彼女は後日のご褒美という謎の魅力だけで海千山千の長老達への影響力を発揮したのだ。
　その結果、５大老達の行動は制限されて留守を預かる女性陣達の負担は控えめになったのだった。
　ゆえに恋の行動は自由になり、余計な干渉も受けずに出来るようになったのだ。

　そんな流れで峰達也に対して、「会」は「九州支局」開設を要請したのだ。
　組織的には「関西支部」の下位組織であったが、陣容の規模が大きくなれば独立組織の可能性も示唆されたから大きなチャンスだ。
　達也としては、新規に「１２人衆」入りを果たした妹の夫である健二に協力を要請した。
　陰の実質的権力者「１２人衆」で唯一同年代の彼と連携することが急務だと理解していたからだ。

　この日本は本質的に長老統治であるし、議員選挙もその影響をモロに反映していて老人優先の行政が行われているのだ。
　ゆえに政治経済、各種学会の全てが長老だらけになってしまったのだが、さすがに国際的にも違和感があるうえに、国際競争的にも弊害が目立ち始めていたのだ。
　なによりゼウスを初めとした５大老もそう感じ始めた為に、その変革の手始めに健二を抜擢してみたというのが正直なところだ。
　達也は鋭敏な嗅覚でその流れを察していて、自分のような若い経済人が成り上がる絶好のチャンスだと動いたのだ。

　健二は、意気揚々と博多を訪れた。
　支部、支局の開設は、その地域の政治経済にとどまらず、地域特有の権力構造、裏社会を完全に調和させて初めて進められる事業でもあったから、そのことに携わる重責は想像以上だ。
　その大事業を成し遂げた現役世代は健二ただ１人であり、関西での大成功は「１２人衆」入りを実現させた理由の一つであろう。
　その勢いそのまま「関西支部」下部組織開設で、既に骨格となる人脈は義兄となる達也が決まっているから、彼にすれば仕事の半分終わっているに等しい。

　新幹線のホームで、彼は感激する。
　恋が出迎えに佇んでいたからだ。
　既に「美あんず九州」を構築している彼女の協力を一番に期待していたから、早々に彼女に会えるのはうれしい展開だった。
　そもそもだが、健二は関西支部開幕の日に出会った彼女に興味津々であった。
　一見少女のようなロリータ雰囲気でありながら、その肢体はびっくりするほどグラマラスであり、既に成熟した女性なのだ。
　だから既に「会」九州地区では超有名な人妻として席巻していたのも納得なのだ。

恋　　「岩永さん　いらっしゃいませ」
　　　「お待ちしておりました　遠路お疲れ様です」
健二　「いや～　お出迎えありがとうございます」
　　　「義姉さん　健二って呼んで下さい」
恋　　「うふふ　確かに　年上なのに義姉は・・・」
　　　「分かりました　健二さん　うふっ」
　　　「では　もう　恋って呼んで下さいね」
健二　「うぅぅぅむ」
恋　　「そもそも　郁美と同級生なんですよ私」
健二　「ですが　達也義兄のご意向も聞かないと」
恋　　「大丈夫です　私がそう呼んで欲しいですから」
健二　「そうですか　分かりました　恋さんで」
恋　　「さんも無くて良いのに」
　　　「そうしないとご褒美あげない」
健二　「へぇっ？　ごっ　ご褒美？」
恋　　「ですぅ」
健二　「なんか素敵な予感が」
　　　「よし！！　恋　行きましょう」
恋　　「うふふ　はい　では　まずはお宿に」
「歩いて至近の　ホテル日○福岡を」
　　　「ご用意してます」

　健二は早々に訪れたチャンスにワクワクが抑えられない。
　達也は数日間、東京に出張していて不在を知っていたから、意図的に今回の日程にしたのだが、早々に恋自身が出迎えてくれるとは思っていなかったのだ。
　スイートルームに案内されると、彼女も当たり前のように同行してくれる。
　部屋の状況を見て回りながら、チャンスあればと彼女の様子を伺ってしまうのは本能だろう。

恋　　「ご夕食ご用意していますので」
　　　「今しばらく　お待ち頂ければ」
　　　「あと駐車場にお車用意しているので」
　　　「ご自由にご利用下さい」
　　　「キーは　こちらです」
健二　「ありがとうございます」
　　　「食事　一緒にしたいです」
恋　　「もちろんですわ　ご一緒致します」
　　　「うふっ」
健二　「それは嬉しいです」
恋　　「まだ３時間ほどあるので」
　　　「新施設の図面とか出来てるので」
　　　「見て頂けますか」
健二　「なるほど　拝見します」

　健二は久しぶりの出張であり羽を伸ばす気満々だ。
　詳しい打ち合わせは達也が戻ってきたからと、油断していたところもあっただろう。
　そんな浮ついた気分は直ぐに吹っ飛ぶ。
　図面を広げられると、助手やスタッフを呼ぶわけでもなく恋が新施設のコンセプトや建物構造を見事な口上でプレゼンしてくれるのた。
　思わず幾つか質問してしまうが、その回答は細かい数字を混ぜての見事なものだ。

「おっとぉ　俺は彼女を見誤っていたようだ」
「企業グループ総帥の若妻という枠に」
「容姿と幸運だけで納まっている女性ではないようだ」
「思えば郁美が認めた女性なのだから・・・」
「俺は　いつになったら郁美の見る目を」
「理解するのだろうか　情けない話だ」
「ゴメンよ」
「君が認める義姉は実は凄い実業家なのかもしれない」

　健二の前で堂々と図面を指さしながら、分かりやすく熱弁を振るう恋に、いつしか健二は心を奪われていた。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
羅衣さんの作品集→羅衣さんの他作品
2022年8月13日掲載
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