ずっと愛してます5
羅衣 作
第19話　紀美


　時は４０年程遡る。

　当時、九条貴子１４歳、英語に興味があって本格的に英会話を身につけたくて周囲の反対を押し切ってインターナショナル・スクールに転学した。
　もともと専属の家庭教師に幼少の頃から学んでそれなりに英会話を出来る状態であったが、彼女にすれば本格的に身につけたいとの選択であった。
　九条家の長女としてなにもかもが特別待遇であり、父親であるゼウスも当時は現役で熾烈な権力闘争真っ只中であり、父親の勢いがそのまま彼女の行動を裏付ける状況だったのだ。

　まさに我が世の春を謳歌する姫そのもののような存在が当時の貴子であった。
　家柄だけにとどまらず、五摂家随一の美貌と評され皆から天上界期待の美女として成人することを期待される状況であったのだ。
　実際、容姿端麗であり幼少の頃が美少女として注目を集めて、小学生時代には在校生には知らない者がいないほどであった。
　結果、彼女にすれば注目されてチヤホヤされることが日常茶飯事であって慣れっこになっていた部分もあったであろう。
　転学の際も、また再び自分は学園の華となるのは当然と思っていたに違いない。

　そんな貴子の前に強烈なライバルが現れる。
　森川紀美１４歳、帰国子女でインターナショナル・スクール幼年部から進級組であり、既にスクール内で圧倒的なマドンナの名を欲しいままにしていた美少女であった。
　彼女は既に英語とポルトガル語をネイティブに使いこなすトリリンガルであり、ポルトガル人の血が入ったクォーターで運動神経も抜群であった。
　貴子は生まれて初めてあらゆることで彼女の後塵を拝することになる。
　もとよりスクールコミニティは彼女一色であり、高校過程からの入学組である貴子は孤立気味であった。

　常になにもしなくてもそれまでは常に話題の中心であった貴子は戸惑う。
　しかしそんな貴子に真っ先に手を差し伸べたのが紀美であったのだ。
　商社マンの父を持つ彼女は幼少の頃から国を跨いで転校を繰り返してきたので、その都度同世代のコミニティから孤立して苦労した経験があって貴子の状況を察したのだ。
　豊富な海外経験がもたらしたものは、紀美を同世代から頭ひとつもふたつも突出するほどに成長させていたのだ。

　貴子は密かに憧れている海外という世界を紀美に感じて、あっという間に彼女に惹かれていく。
　気がつけば貴子にとってかつてないほどの大親友が紀美となっていたのだ。
　もとより２人は皆が無意識に注目してしまう美少女だっただけに、当時のスクール内での話題は２人中心になっていくのだった。
　２人とって最も楽しい青春時代であったであろう。

　貴子にとってはあらゆる面で成長を促された出会いであった。
　彼女なりに花嫁の心得として学んで一人前の技量と知識を身につけたとの自信は、既に料理人並の料理を身につけ家事も完璧にこなせる帰国子女紀美の前で無残にも砕け散った。
　友人達のコミュニケーション能力も、貴子はどちらかというと上から目線だが、彼女は公平かつ協調性に一日の長があるのだ。
　結果、異性との付き合い方も絶妙の塩梅であり、貴子にすれば日々目から鱗の経験だったに違いない。

　貴子は本人が意識しなくても気位が高いところがあっただけに、彼女が卑屈に反発しなかったのはひとえに紀美の魅力的な人柄の良さであった。
　何事も勝った負けたではなくて、身につけるのが早い遅いだけの差であってそんこと気にしないで一緒に楽しく学生生活満喫しようとのスタンスが行動・言動に満ちていたのだ。
　そもそもだが将来の夢についても２人は違っていた。
　貴子はただ素敵な男性のお嫁さんになれればというフワッとした五摂家子女にありがちな将来像しか持っていなかったが、紀美は国際経験豊かで引き続き自ら渡り歩きたいと国際線ＣＡに成りたいとの明確な夢を持っていたのだ。

　楽しい高校生活はあっという間だ。
　卒業後の２人は対照的だ。
　貴子は上○大学に進学して引き続き将来の夢を探し続ける形になり、紀美は日本では高卒で国際線ＣＡに成れないからっとあっさり海外に飛び出して欧州系航空会社で夢を実現してしまう。
　紀美は、優秀でトリリンガルなのであっという間に欧州日本を結ぶ路線のエース国際線ＣＡとなる。
　２人はその後も年に数回再会して交流を深めるが、貴子にすれば彼女が海外で活躍する姿に憧れていたところもあったであろう。

　当時、五摂家の娘達は人生において自由は皆無に等しかった。
　彼女たちは家の財産扱いされて、職業選択の自由も結婚相手選択の自由も無いに等しかったのだ。
　それが貴子が明確な夢を持てなかった理由だが、紀美の存在が刺激となって彼女を変えていく。
　貴子の眼前には、性的なことに享楽に明け暮れる大人達の退廃ぶりが日常茶飯事で繰り返されていたのだ。
　そんな中で貴子は、１人の新人男性外交官に出会う。
　彼は一般家庭出身ではあったが、京○大学卒のヤル気満々夢溢れる男性であった。

　たちまち貴子は彼に夢中になってしまう。
　伝統から言えば許されない恋であったが、もはや昔の流される生き方しか出来ない彼女ではなかった。
　いつになく自己主張する彼女に父であるゼウスは曖昧な態度をとり続ける中で、次第に伝統に逆らう彼女は九条家の中で孤立していく。
　当時、貴子の兄、良義も婚姻問題で話題になっていた最中であった。
　九条家と鷹司家の融和を求める声が高まり、良義は鷹司家の姫を迎えることを強く勧められていたのだ。
　伝統ある九条家を背負う２人は思い悩む日々であったに違いない。

　そんなある日のこと兄妹２人は会話する。

良義　「おっ　貴子　大丈夫か」
貴子　「お兄様　うふふ　わたし負けないから」
良義　「貴子は強くなったなぁ」
貴子　「お兄様は思わないの？」
　　　「生涯の伴侶　伝統で決めて幸せなの？」
　　　「「会」って　なんかその代償行為に見えて」
　　　「わたし　皆が幸せに思えないの」
良義　「あはぁはぁ　なるほどね」
　　　「貴子には　そう見えるんだね」
貴子　「結婚って　生まれ来る子供達の」
　　　「可能性も才能も決める」
　　　「責任ある選択だと思うの」
良義　「それは　確かにね」
貴子　「だって　皆　生まれてくる子供の才覚に」
　　　「一喜一憂してばかりじゃない」
　　　「お兄様は男だから感じないかもしれないけど」
　　　「女は　違うの」
　　　「生まれた子供で評価されるのが」
　　　「五摂家の女なの」
良義　「・・・・・・・・・・・・・・」
貴子　「わたしは彼を愛してるし」
　　　「彼となら自慢の子供授かれると確信があるの」
　　　「だから　わたしは譲らない」
　　　「だって　子供達が才覚に恵まれて」
　　　「活躍できるかは」
　　　「わたしの選択で左右されると思ってるから」
良義　「確かに　俺達は五摂家の道具ではなく」
　　　「１人の男と女であるべきだよな」
貴子　「だから良いの？」
良義　「まあ鷹司家のあの子も良い子ではあるけど」
　　　「あの子にとっても　良い選択なのか」
　　　「うぅぅぅん　分からないな」
貴子　「お兄様は　良いなぁと思った女性いないの？」
良義　「えっ・・・１人素敵だと思った子いるけど」
貴子　「誰？」
良義　「誰もなにも名前も知らないよ」
　　　「今年イギリスから帰るときに乗った便で」
　　　「担当してくれたＣＡさんだよ」
貴子　「まあ！！　一目惚れなんだ」
良義　「そうとも言うね」
　　　「ただ彼女の夢を邪魔したくないし」
　　　「彼女は　あくまでも仕事で接してくれただけ」
貴子　「ふぅぅぅん　お兄様はＣＡがお好みなのね」
良義　「おいおい　たまたまだよ」
貴子　「まあね　お兄様も気分転換必要だし」
　　　「冷静になって　将来決めて欲しいの」
良義　「ああ　真剣に考えるよ」
貴子　「提案があります」
良義　「なに？」
貴子　「実はハイスクール時代からの大親友が」
　　　「国際線ＣＡしてるの」
良義　「ほおぉ」
貴子　「どんな仕事とか　彼女たちがどんな女性か」
　　　「リサーチして」
　　　「憧れの子を」
　　　「諦めて良いか判断材料にしてみたらどう？」
良義　「判断もなにもその子は１度出会っただけだし」
貴子　「じゃあ提案は却下？」
良義　「うぅぅぅん純粋に貴子の親友って気になるな」
貴子　「あらっ？！」
良義　「そうだろ」
　　　「貴子が親友とするだけの女の子会ってみたい」
貴子　「ふぅぅぅん　ＣＡ好き疑惑　怪しい」
　　　「でも駄目よ　彼女　ホントに親友なんだから」
　　　「弄んだら　許さないよ」
良義　「とほほ」


　この当時、貴子は純粋に兄にも伝統しきたりを打ち破って欲しかったし、自身が唯一勝てないと思ったスーパー女子である紀美が兄を夢中にしてしまうであろうことに確信があったに違いない。
　そして２人が結ばれて娘に恵まれば、五摂家の姫達が果たせなかった女帝伝説を体現する子が生まれると期待していたのだった。
　男と女の縁、摩訶不思議な赤い糸のようなものが存在するのかもしれない。
　貴子の仲介で良義と紀美は都内の高級レストランで夕食を共にする機会を設ける。

紀美　「お待たせいたしました」
　　　「初めましてぇ」
　　　「貴子の友人　森川紀美　と申します」
良義　「えっ！！　君は・・・・・」
紀美　「はい？　わたくし　○○航空でＣＡして」
　　　「あれ？」
良義　「間違いない　先日はお世話になりました」
紀美　「失礼しました　あの時のお客様」
良義　「こちらこそ失礼しました」
　　　「あっ　こちらにおかけになって下さい」
紀美　「驚きました」
　　　「お客様　貴子のお兄様だったなんて」
良義　「ですね　自分でもびっくりしてます」
紀美　「世の中広いようで狭いですね」
良義　「はい　また逢えるなんて」
　　　「思いもしませんでした」
紀美　「うふふ」

　この出会いを企画した張本人である貴子も、兄が一目惚れしたＣＡがまさか紀美本人だったとは夢にも思っていなかったはずだが、それだけ彼女が抜きんでいた存在であった証明にほかならない。
　良義はそれまで出会った女性と全く違う魅力的で活動的な彼女にたちまち心奪われていく。
　父ゼウスは娘貴子の自由恋愛には曖昧な姿勢を示していたが、息子良義の恋愛については明快な反対の姿勢を示していく。
　ゼウスとしては九条家後継者に相応しい婚姻を望み、その上で愛人を持てば良いというスタンスであった。

　女性に対する価値観の相違は次第に父親と息子の深刻な対立に発展していく。
　事態の急展開に貴子も心を痛める形になるが、彼女もゼウスの横やりで彼が僻地の海外勤務になってしまうなど自身の環境変化に晒されてそれどころではなくなっていく。
　紀美にすれば、初めて会った時から素敵な男性だなとの印象から偶然とはいえ運命的な再会を経て、どストレートに交際を申し込まれて次第に心惹かれていく中で彼の背景とのギャップに揺れ動く。
　彼女自身、夢であった国際線ＣＡの仕事が正に軌道に乗ってきた最中であり仕事を続けたいという気持ちも強いし、彼を父親と決別させるようなことをさせたくないという気持ちもある。

　紀美は愛する良義が担うべき立場の大きさを理解して何度か身を退こうとして別れ話を切り出すが、その度に愛してる紀美がいない人生なら意味が無いと言われ彼に抱きしめられると話がうやむやなってしまうのだ。
　そんな時に彼女は自身の妊娠を認識する。
　時期尚早ということでかなり気をつけていたのだが、情熱的な良義に押し切られることが何度があったのだ。
　結果、彼女にとってこのことによって良義との関係が先送り出来ないものとなってしまう。

　親友である貴子の実家はかなりのお金持ちだとの認識レベルであったゆえに、貴子の兄である良義と恋に落ちてしまったが、彼を通して知った九条家は彼女認識以上のものであり自身では到底釣り合いがとれないと感じつつあったのだ。
　身籠もった女の本能からすると、それは少なからず胎児の身が危険と感じる恐怖を感じるのだ。
　愛する男性の子供は安全に産みたい考え、同時に愛する人の人生も守るには自分が身を退くのが賢明と彼女はたった１人で決断する。
　彼女にすれば妊娠を明らかにすれば、九条家から悪意がある計算高い妊娠だと邪推されて胎児が危険に晒されると考えたのだ。

　紀美は妊娠の事実を伏せて、そのまま良義に一方的に別れを告げて海外フライトにかこをつけて彼の元を去ってしまうのだった。
　良義は失意のまましばらく荒れた日々を過ごすが、どうしても諦めきれず彼女と再度連絡を取ろうとするが、居住先など全て引き払っていて音信不通になっていて途方に暮れる。
　こんな時の頼みの綱である貴子は彼氏の外交官を追って海外に行ってしまい不在であった。
　彼女の両親も母親は彼女が幼い時に亡くなっており、商社マンであった父親も数年前に日○航空123便墜落事故に遭遇して亡くなるという悲劇に見舞われた彼女は天涯孤独なのだ。

　必死で彼女の行方を捜す良義。
　彼女の勤務する海外航空会社にも問い合わせるが、対テロセキュリティの厳しい関係上勤務する社員の個人情報は答えられないとの門前払いで途方に暮れる。
　そうこうするうちに時は数ヶ月経っていた。
　その頃、紀美は祖父母の故郷であるポルトガルに居を構えたった１人で出産に備えようとしていたが、ＥＵに来ていた親友貴子と現地で再会する。
　貴子は紀美の状況と決断をそこで知るのだった。
　貴子は紀美に翻意するように再三説得するが、良義の人生を損ないたくないの一点張り困惑してしまう。
　貴子は説得断念してやむなく帰国するが、彼女からキツく口止めされた状態であった。

　貴子も紀美が心配でたまらなかったが、意志が強い彼女の性格からして説得は無理と悟り影で彼女の支援をすることになっていく。
　兄、良義から紀美の行方を何度も尋ねられるが、親友との約束を貴子も頑なに守り続け、さらに数ヶ月の時が流れる。
　しかし貴子も良義の行動や様子を見続けて徐々に疲弊していく。
　そしてそんな時に貴子の元に紀美の体調が良くないとの連絡が入る。
　さすがの貴子も限界で、兄に紀美の所在を明らかにしてしまうのだった。

　良義の行動は電撃だ。
　半ば強引にフライトを確保すると、翌々日には紀美の元を訪れる。
　彼は身重となった彼女と再会する。
　驚愕し、そして号泣する。

良義　「紀美　なぜ　こんなことを」
紀美　「ごめんなさい」
　　　「わたしは良義の人生壊したくないの」
良義　「馬鹿な　紀美　そしてお腹の子いない人生」
　　　「なんて　意味あるのか？」
　　　「そんなこと 言わないでくれよ」
紀美　「ごめんなさい　愛してるわ良義」
良義　「もう離さない　一緒に生きよう」
　　　「ずっと　ずっと　紀美のことばかり考えてた」
　　　「気が狂いそうだった」
紀美　「良義・・・・・」
良義　「今までも　そしてこれからも」
　　　「ずっと　愛してるよ　紀美」
　　　「後悔させない　紀美を守っていく」
　　　「お腹の子も」
　　　「結婚して欲しい」
紀美　「はい」

　紀美を取り戻した良義は父であるゼウスと決別し、関西に移り住んで起業することになる。
　良義の九条家離脱という重大事に発展した結果、もはや紀美は自身の夢を諦めて彼とお腹の子供と共に生きていく選択をしていくことになるのだった。


貴子　「それが兄上様と紀美の馴れ初めよ」
亜紀　「両親にそんな経緯があっただなんて・・・」
貴子　「わたしが紀美の人生変えてしまったの」
　　　「親友に・・・良かれと思ってしたことが」
亜紀　「いえ　母は　後悔してませんでした」
　　　「娘のわたしは　そう思います」
　　　「理想の夫婦でした　愛し合っていて」
　　　「お互い誰より　互いのこと想い合って」
貴子　「そうね」
　　　「それはあなたという存在が証明してる」
亜紀　「ありがとうございます」
　　　「母　今でもわたくしの目標です」
貴子　「うふふ」
佳子　「それで　その後　お二人はどうなったの？」

　そこからは亜紀が語る２人の激動人生模様。

　貴子にとっては最愛の兄が病死し紀美が残され、我が子２人と共に借金という負債に追い詰められていく顛末がショックであった。
　そして紀美も夫の後を追うように倒れて亡くなってしまうのだ。
　２人は愛し合っていたとはいえ、あまりに残酷な結末だし、結果的に貴子は親友の苦境を全く知らなかった自分を責める。
　
貴子　「わたしが一番罪深いわ」
亜紀　「ご自分を責めないで下さい」
　　　「父と母が幸せだったと　私　断言します」
貴子　「・・・・・・」
亜紀　「それを証明するのが私の人生です」
貴子　「あなたという子は・・・」
亜紀　「そして今　ここにいるのです」
貴子　「あなたは　わたし達では成しえないことを」
佳子　「凄いです」
亜紀　「わたくしの中に　母は生きてます」
　　　「この想いは　誰にも負けませんから」

　貴子は親友の愛娘である亜紀に感動していた。
　そして紀美に初めて出会った頃に思いを馳せていた。

「紀美　あなたは　やっぱり凄いわ」
「亜紀は　私が期待した数倍　いや　数百倍凄い」


　佳子には亜紀が辿ってきた道が衝撃的過ぎて想像できる範囲を超えている。
　しかしその試練すら乗り越えて、郁美など親友を獲得して這い上がってきたことが凄いことなのだということを改めて思い知らされた。
　そして生まれ初めて見る母の涙は佳子にとって一生忘れられない出来事になるのだった。

「亜紀姉様　そう　わたし達と」
「乗り越えてきた経験が異次元過ぎる」
「お爺様達が　圧倒される存在　初めて見たけど」
「お母様が　あんなに泣くお姿見る日がくるなんて」


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2023年12月9日掲載
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