ずっと愛してます5
羅衣 作
第21話　夫婦の絆


　須藤晶子は夫である龍聖（りゅうせい）を裏切ってしまったと罪悪感があるのだ。
　お互い仕事人間でボタンの掛け違いでセックスレス夫婦になり、そのまま仮面夫婦のようになってしまったのだが、もともとは晶子の方が彼に惹かれてアプローチして結婚した関係であった。

　セックスレスになったきっかけは２人の家族計画が子供は１人で良いという意見の一致があり長男に恵まれると子作りは一段落となってしまい、お互い仕事が多忙に加えて、初めての子育てに飲み込まれていつしか夫婦生活が途絶えてしまったのだった。
　ただ当初は晶子の方は子育てが落ち着いた頃には男と女に戻りたいとする努力はしていたのだが、彼女も仕事でチャンスに恵まれて更に多忙になって努力を放棄してしまうのだった。

　そして晶子は真也達と出会って、どんどん欲張りなオンナになっていく。
　そんな彼女にとって今だに最愛の男性は夫である龍聖なのだ。
　彼女にとって宝物である我が子、龍哉（りゅうや）への溢れ出る愛情は夫への想いと表裏一体なのだ。
　なにより夫も一人っ子である龍哉をとても可愛がっていて、仕事人間だが息子の行事には漏れなく積極的に参加するし子育ておいては非の打ち所のないパパなのだ。
　当初は自身は堕落した不倫女に堕ちてしまったと苦しんだが、「美あんず」の妻達に出会いカルチャーショックを受けて驚き圧倒されていった。

　特に同年代である妻達の吹っ切れた行動ぶりに驚きがあった。
　ただ自らの肢体はもはや後戻りできないほど性的快楽に目覚めていて、もはや彼女が学んできた道徳とか理性では抑えられないほどピンク一色に染め上げられて彼女たちの行動に共感しているのも事実なのだ。
　なにより恋との出会いにより「美あんず」においての活動には次第に受け入れて馴染みつつはあったが、やはり夫を裏切っているとまだ頭だけが常識という枠に囚われて取り残されているのだった。

　そして現時点の実態として、夫龍聖は勤め先では部長職になってかつてほど多忙に極めるという状況ではなくて比較的早く帰宅して息子の子育てを優先してくれているからこそ晶子が仕事に注力出来ているのだ。
　だからこそ夫を裏切ってしまったという現実は変えられないが、彼女の夫への固執は実は彼女の人生において大切なモノであったのだ。
　だから夫との距離を戻したいと彼女なりに工夫はしていたのだが、やり方を間違えれば自らの不貞を露呈しかねないから難しいのだ。

　彼女がその苦悩を告白して相談する相手は峰達也恋夫妻しかいなかったのだ。
　本来であれば上司であり彼女を変えてしまった真也紗弥夫妻であった筈であるが、先日出来事が刺激的で達也が頼りがいがありすぎで、なおかつ遠隔地在住の彼らが絶妙な距離感だったからだ。
　そしてなにより「峰ホールディングス」は夫が務める会社にとって大きな取引先だったことも大きい
　晶子の相談に対して達也は驚くべき反応をする。

　まずは龍聖の身辺と人となりを調査するのだ。
　達也は晶子から聞いた夫婦関係から推察して、夫の方もクリーンだとは思えなかったのだ。
　ただその調査結果は達也を驚かすものであった。
　女の影も全く無い清廉潔白な生き様であって、その生き方は恵まれた我が子への愛情一色であった。
　ある意味、達也とは真逆の生き方とも言える。
　そして彼は彼なりに妻である晶子を愛し大切にしている姿が浮かび上がってくるのだ。

　達也にすれば既に晶子も気に掛ける存在であるから、彼女を守りたいというスタンスだから明らかになった現実に困惑しかない。
　話の流れ次第によっては不幸な展開になる可能性が高いであろう。
　そこで達也は「会 九州支局」開設に伴う各種資材調達事業の大枠を一括で行わないかと龍聖の務める会社に持ちかけたのだ。
　彼らにすれば年間売り上げの数割を占めるかという巨大な事業規模であり、落札は羨望の案件であったであろうから営業部門の責任者である龍聖を中心とした商談が行われることになる。

　その龍聖の元に部下から彼の妻である晶子が峰ホールディングス総帥夫妻と面識があるようだと報告が上がってくる。
　夫婦お互いの仕事には不干渉で、互いに自立して仕事にプライドを持つ今時の共稼ぎ夫婦であったから妻の人脈に驚き困惑するが、社長直々に商談成立の檄が飛ぶ中で彼にはおのずと選択の余地が無くなっていく。
　峰ホールディングス仕入れを統括する大田俊哉はなかなかの難敵であり、先方の誘いがあった案件ではあったが大口に目が眩んで契約しても多大なリスクを負わされる可能性が高く油断ならない状況だったのだ。


　晶子は達也から話を伝えられており、夫の誠実さを知って自らの行動を恥じて自分を責めるようなところがあった。
　達也らの誘惑があったとはいえ、それは自らに女としての隙があったからだと自覚していたからだ。
　しかしもはや肢体は男性無しでは満たされないほど目覚めてしまっており、後戻りできないとも自覚しているのだ。
　そして改めて知る自分自身が夫を愛しているという現実だったが、自身の不貞行為が明らかになれば家庭崩壊を覚悟しなければならない。

　そんな心が穏やかない最中で夫の口から「峰ホールディングス」の話が出るのだった。
　罪悪感に苛まれながら夫の相談を聞く彼女の心情はかなり息苦しいものになっていく。
　そんな彼女の苦境に恋が助け舟を出すことになる。
　夫には指示があったとおり峰家は自身が務めている会社の上司紗弥の親戚筋であって、その流れで社長夫人である恋と懇意にさせて頂いていると話すことになる。
　彼女の心中は複雑だ。
　それは無実の夫を騙すような話でもあるからだ。

　騙すにとどまらず純粋に女として複雑な思いが入り交じる。
　恋は同性の晶子から見ても強烈な存在だ。
　容姿にとどまらずビジネス的才能も凄いと思った初めての年下女子であり、それでいて自身が女であることを遠慮無く行使する彼女はある意味最強なのだ。
　その彼女に夫を託すような話は妻として恐怖を感じるような流れなのだ。
　それでも自身の立場、家庭環境をなにがなんでも維持したいという自己保身と悩みながらも恋への信頼感が勝ったから嘘を貫き通したのだった。


　恋は龍聖という男に興味津々だった。
　ある意味、妻として清廉潔白な彼の生き方は理想的だし、好感度はＭＡＸであった。
　今でこそオンナ全開の彼女だが、それが人として清く正しい生き方なんて考えているタイプでは無いのだ。
　晶子は大切な友人であり、彼女が龍聖を愛し彼と離れたくないと思う気持ちも誰よりも理解している。
　恋自身かつては龍聖のような立場であったし、彼が現在晶子が置かれている立場を知ればどのように感じ考えるかなんて想像は容易だった。


　達也は正直対応策に迷っているとこであったので、恋が介入してきた途端あっさり愛妻に全て任せてしまうのだ。
　龍聖の清廉潔白な生き方が真逆な彼にとって理解不能なところがあって、最悪離婚に至っても晶子を経済的に守れれば良いだろう的なことを言った途端に恋の激しい怒りを被弾して怯んでしまったのだ。
　とはいえ彼も本心で晶子が望んでいない展開を意図していたわけでは無いし、あくまでも最悪の場合を想定したリスク管理の一貫であったのだ。
　男女考え方の違いを再び学んだのだ。

　男とは物事のリスク管理上最悪事態を予測し言葉にしてその対策を準備して、その上でその事態に至らないように最大限行動努力する。
　女は最悪事態を言葉にすることをなにより嫌う。
　女にとっては言葉にするということは現実化の可能性を生み出すと考えるから、具体的な言葉にせずコミニケーションの中で共感の上で協調して事態の推移を回避に向けて行動するのだ。
　達也はこの地雷を踏んでしまったのだ。
　文字通り逃亡に近い手の引き方であった。
　日に日に強くなっていく妻はもはや手に負えなくなっている達也だったのだ。
　妻の背後にちらつく妹郁美と亜紀の存在が気になってしまうのだった。

　龍聖は複数名の部下を伴って福岡に営業出張する。
　恋は商談の終盤に現れる。
　商談は「峰ホールディングス」内の子会社である「峰エンターテーメント開発」の投資案件なのだが、その総責任者は恋が就任したことを知らされて驚く。
　龍聖は商談相手責任者だった大田の様子から、瞬時に彼女が「峰ホールディングス」内では無役で社長夫人に過ぎないというのは誤認識であると察したのだ。
　そして会話から彼女は「峰ホールディングス」とは全く別の既に数十億売り上げ規模を持つ開発投資会社の代表だと紹介されだ。

　妻から若いけど才女と聞かされ予備知識があったにも関わらず、容姿は可憐な小柄の２０代であって彼が同行したアシスタント女性スタッフと同年代で驚きが先にある。
　やや面食らっていると凄まじい詳細に渡った質問の嵐に晒される。
　担当３０代男性スタッフはアタフタと持参した書類を確認して対応するのに精一杯であった。
　挙げ句の果てに先方の大田にも助け船出される始末に至り、龍聖が慌てて発言して対応することになる。

恋　　「もう少し機種選定見直し必要ね」
龍聖　「かなり高額なモノを現在選定しておりまして」
　　　「このあたりお手頃なものに見直しますと」
　　　「総額が数割下がって参ります」
恋　　「予算？」
大田　「はい　総額この程度で予定しております」
恋　　「そう　大事なのは初期投資でなくて」
　　　「維持費よ」
龍聖　「そうでしたら違う選択もございます」
恋　　「そうね」
　　　「でしたら設置予定地とか実際にご覧になる？」
　　　「お時間ありますか？」
龍聖　「はい　是非お願いいたします」

　龍聖は正直戸惑っていた。
　これまでも凄い経営者達相手に商談を重ねてきた彼ですら、自身が発する言葉以上に内容の要点を見定めて質問してくる相手の経験は僅かだ。
　目の前の若干２８歳という可憐な女性は、彼がそれまで出会ったカリスマ経営者達に匹敵する洞察力を持ち合わせているのだという現実は衝撃だ。
　妻の言葉は誇張でないのだと再認識しつつあった。
　日頃の商談相手の好敵手である大田が彼女の意向に細心の注意を払っている様子に今回の商談のキーパーソンは彼女なんだと確信したのだった。

大田　「誠に申し訳ありませんが　お願いがあります」
　　　「御社とは」
　　　「守秘義務契約締結させて頂いておりますが」
　　　「各位　個人で　個別に弊社と」
　　　「守秘義務契約書に　サインを頂きたいのです」
龍聖　「えっ私共　各個人で　ですか」
大田　「はい」
龍聖　「それは　各個人で責任を負うと」
大田　「はい」
恋　　「そうねぇ　これはお願いしたいわね」
龍聖　「承知いたしました」
　　　「では　私だけがサインして」
　　　「同行した者達は　本日これにて帰社させます」
恋　　「なるほど」
龍聖　「取り急ぎ　わたくしだけ見学させて頂いて」
　　　「その上で彼らも必要とした場合は」
　　　「後日改めてご相談させて下さい」
大田　「承知いたしました」

　さすがの龍聖でも個人レベルで守秘義務契約を求められる商談なんて初めての経験であり、深入りすることは通常の業務では避けるべきことだろうことは理解している。
　しかし今回は社運を左右する社長直々に肝いりの案件であり、総責任者である自分自身はリスクを負うべきと考えたのだが、部下達にはリスクを負わすのは時期尚早と判断して自身だけ残る選択をしたのだ。
　部下達も心配していたが、彼らには今回の守秘義務関連も口外無用を徹底するように指示して見送ったのだ。

　
　龍聖は施設の具体的な建設目的と使途を開示されて、驚愕しHIGH SOCIETYの闇に立ち入ったのだと理解した。
　不道徳かつ非日常すぎる内容だが、それに数十億円も投資されるという現実を前にこれが日本政財界の隠された領域なのだと理解した。
　彼らの財力と権力は、表社会からこのような姿は完全に隠蔽してしまうのだと感じたのだ。
　改めて部下達は今回外して正解だと思ったのだ。
　特に２年ほど前に入社してきた部下、荒木萌衣を巻き込まなくて良かったと安堵していた。

　荒木萌衣はまだ短大卒２１歳の若手だが、凄く要領が良くて仕事覚えが早くて近年稀を見る逸材だ。
　そして今人気のアイドルグループメンバー金○紗耶似容姿端麗に加えて性格も良くて、実は今一番自慢で一推しの部下だ。
　そもそもだが彼女のような逸材が当社のような中堅企業に入ってきたこと自体稀なことなのだ。
　彼女を失いたくないと、彼なりにかなり無理をして彼女を人事的優遇しているのだが、彼女が美人ゆえにややもすると周囲から不道徳な関係ではないかと見られがちだったりもするのだ。

　入社２年になったばかりの若手なのに他を寄せ付けないほど優秀であったから、会社にとって最重要案件担当サポート役に異例抜擢となったのだ。
　実際ここまでメイン担当の係長をしっかり支えて資料を纏め上げたのは彼女の功績だと評価していたのだ。
　もちろん過去も今現在も彼女とは個人的な付き合いも無いし、むしろそうならないよう意識もしている。
　俯瞰しても会社中だけでなく取引先の多く男性から注目されて、かなりアプローチされていると見えるのだ。
　それなのに未だに浮ついたところが一切見えず、課内で誰よりも早く出社して規則正しく仕事している彼女は他の模範となるほどだ。

　今回の社長を交えての営業出張会議も朝一番からの開催だったが、龍聖が出社した時にはもう準備が完璧に整っていたから効率よく進めることが出来たのだ。
　今では社長にも認められて、かなり以前から昇格し主任として秘書課に来ないかと声がかかっているのだ。
　しかし彼女は頑なに営業部に留まることを希望し、５つの営業課を統括するが直属部下のいない部長である龍聖を慕ってくれて、指示もしていないのに何故か雑務などいろいろと手伝ってくれるのだ。

　彼女の場合、自らの仕事をこなすのが異様に早いしむしろ後輩を含めた仕事まで手伝っている状況なので直属の課長らも黙認している状況だ。
　龍聖が彼女を凄く評価しているのは知っているし、加えて社長にも評価されている彼女はもはやセンシティブな存在であることもあるであろう。
　そもそもだが彼らにすれば直属上司である龍聖を手伝うなとは言いづらいであろうことは気がつきながら、甘えてズルズルきてしまった今日この頃だ。

　不意に心配そうな顔で帰って行く萌衣の顔が浮かぶ。
　急に自分が彼女を女性と意識していると感じて動揺する。
　妻晶子と久しく夫婦生活は途絶えてしまったが、未だ変わらず愛しているし息子龍哉を産んでくれたことに感謝しかないないのだ。
　ゆえに浮気をしたり女遊びも望んでしたことは一切無い、ただ接待という仕事の立場でソープランドに数度行ったくらいだ。

　実は性癖的にオナニストで自慰の方が好きというタイプで、アダルトＡＶと妄想が大好きなのだ。
　いわゆるネットサイトＦ○ＮＺＡのヘビーユーザーというヤツだ。
　それで結果的に妻を裏切ったことは１度も無いし、他の女性が欲しいなんて考えたことも無いのだ。
　萌衣に対する自分の感情の理由に気がつく。
　ここ数年、急激にアダルト女優の容姿レベルが上がって、一昔前なら芸能人になれそうな子達が続々とデビューするのだ。
　今の若い男たちが羨ましい限りだ。
　普通の男たちでは一生拝めないレベルの裸身、痴態を好きなだけ見られる時代なのだ。

　実際元アイドルグループにいた子が普通にアダルトＡＶデビューする地代だ。
　萌衣は身近にいる中で、容姿レベルが彼女たち基準に合致しすぎて実体化投影する存在と改めて意識する。
　結局、萌衣を男としてどうこうしたいのではなく、彼自身内面で妄想でイメージするだけであり、これは男であれば言葉にしないが誰でもあることだろう。
　だからこそ意識して距離感を大切にしてきたのだ。


　そんな彼には破壊力抜群の恋による誘惑も全て空振りに終わる。
　恋は彼の視線、身振り手振りは全て見てないようで見ている。
　確かに達也が匙を投げるぐらいの清廉潔白さと、恋が出会ったことのない程の堅物だ。
　ある意味、同性愛者に接しているような感覚に近い。
　でも彼女が不快にならない程度に胸元をしっかり覗き見るし、脚やお尻を見られている感覚は間違いなくあって彼は女性は嫌いではない感触なのだ。

　建設中の施設を見て回りながら案件について商談進めていくと、彼の説明にしきりに同行していたアシスタントの女の子の名前が出ていることに気がつく。
　確かに容姿端麗な女の子で、恋は気になって後々調べてみようかと考えていただけに違和感を感じるのだ。
　先程の商談でも担当者は平凡で今回のような広視野が求められる内容にはついていけないような印象だったのだが、資料は取りこぼしがないように実に要領よく纏められていたのた。
　だから試すようにいくつか質問したらアタフタする担当者に該当する資料を差し出しのは彼女だったのた。

「なるほどね　この資料は彼女が纏めたのね」


　そんなこんな話進めていて、一番の大型案件である巨大マジックミラー敷設レイアウトについて打ち合わせに入るのだった。

　　
つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2024年1月12日掲載
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