ずっと愛してます5
羅衣 作
第30話　杏


　嵯峨 杏（あん）は女子御三家筆頭格の桜〇学園に通う五摂家「嵯峨家」期待の次世代女子だ。
　まだ若干１６歳の女子高校生であったが、女優土○太鳳似の愛らしい容姿と学園トップクラスの成績を有する学園自慢の代表的な生徒であった。
　学園にすれば彼女は「嵯峨家」から預かった至宝的存在であったことであろう。

　そんな彼女の元にも関西で巻き起こった「美あんず」旋風に翻弄される五摂家の動揺が伝わってくるようになっていた。
　彼女にすれば自分はまだ男性経験もない少女に過ぎないと自覚しているにも関わらず、親世代たちが自身に向ける期待に困惑しかない。
　幼少時代から同世代の女の子たちのコミュニティにどっぷり埋没して生きてきた彼女は青春真っ盛りの女子高校生を満喫していて、そんな大人たちの事情に全く興味がなかったのだ。

　もちろん学業抜群で学園の手本とされる程に礼儀作法が身についた才女といっても、年頃の少女であるのは変わりない。
　まして彼女の場合、五摂家の子女として既に「会」の知識もあり、男と女の深い関りについても血統教育として引き継いでいるのだ。
　ゆえに性への興味は人一倍あったに違いないだろうが彼女は人一倍慎重であった。
　それは幼少の頃に自覚した自身の中にいる別の存在であった。
　そしてその存在の正体を五摂家の子女として学んだ内容から知ったのだ。

　その存在が表に出ることは彼女の十数年生きてきた人格の否定だと感じるからこそ意識的にその現実から目を逸らそうとして学業に打ち込んだ側面もあるのだ。
　そんな少女の殻に閉じこもっていた彼女に、「美あんず」旋風が押し寄せる。
　当初は自分にはまだ早い話だと無視する姿勢を貫いていたが、彼女の大好きな実兄である嵯峨悠真が翻弄される姿に激しく動揺したのだ。
　彼女は兄が九条佳子を射止めると確信していたし、兄の敗北とその後の展開に驚いてしまったのだ。

　彼女にとっては悠真は自慢の兄であり、ある意味彼女の理想的男性像を体現する存在であってブラザーコンプレックスだと自覚しているほどなのだ。
　九条佳子は彼女から見ても兄に相応しい存在と認めたからこそ、佳子が兄を弄ぶ振る舞いをすることを見て見ぬ振りしたところもあったのだ。
　今回ほど自分が兄の妹として生まれたことを悔やんだことはなかったに違いない。
　未だ処女の少女に過ぎないが、自分は兄相応しい女になれるんだという謎の絶対的自信があったのだ。

　その彼女の元に入ってくる情報は、関西の若妻たちに翻弄されててオロオロする不甲斐ない親世代の話ばかりであった。
　挙句の果てに五大老たちも若妻たちにメロメロになってる体たらくで、若い兄が迷走してしまうのはやむを得ないと感じたのだ。
　頼りない親世代には任せていたら兄が危ういと感じてから彼女は「美あんず」の動向を気にかけるようになっていく。
　この頃から彼女のもう一つの人格「杏様」の本格的発芽が始まっていくことになるのだ。

　それは同時に「魔性」覚醒を意味するのだ。
　本来は性的刺激をきっかけで覚醒するケースが大半であるが、彼女の場合は兄に対する愛情が引き金になったのであろう。
　もともと人一番物事をハッキリ主張するタイプで、周囲を引っ張るリーダー気質であったこともあり、彼女が「魔性」を纏い始めても違和感がなかったが、大人たちは年齢に不似合いな妖艶さを漂わせる女の子がいるなと感じたことであろう。
　ただ周囲には必ず多くの同級生たちが囲んでいたこともあり、彼女は大人たちの目には目立たないのだった。

　
　嵯峨家にとっては今回の「美あんず」旋風が起きるかなり前から、杏が誕生して幼少の頃に既に資質の片鱗を見せていて待望の姫が誕生したと期待を膨らませていたのだった。
　九条家の瑠璃子佳子姉妹が注目を集める中で、他の五摂家本家は男児の出生が多く後継者問題は皆無であったが真逆に各家が渇望する「魔性」を持つ可能性がある女児の誕生に一喜一憂していたのだった。
　杏は待ちに待った待望の姫であったゆえに多少前のめりなところもあったのだが、彼女は近衛桃子に匹敵する才女であったことで彼女が国外に流出してしまうことを極度に恐れて嵯峨家は頑なに彼女を日本の教育の枠に閉じ込めてしまったのだった。

　桜〇学園は有数の進学校であるが、彼女は既に中学生時代から規格外の秀才ぶりを発揮していて、飛び級制度あれば数年飛び越して進級していたことであろう。
　ただ杏自体はそんな状況をむしろ歓迎していた節があり、勝手気ままに学生生活を満喫していたのだ。
　そんなことより自身が成長するに従って自覚する女としての気持ちが叶えられない現実とのギャップに戸惑っていて、同時に自身に向けられる期待に困惑しかなかったのだ。

　まだ１６歳の少女であったが肢体は既にグラマラスな曲線美を完成させていて、将来の旦那様を夢中にさせるだけの肢体磨きにも完璧なほどに努力しているのだ。
　しかしその努力の源、その真実に気が付いている者はいないし、当の本人ですら自覚がないのだ。
　彼女がストイックに努力するのは、けっして叶えられない実の兄を振り向かせたいという禁断の夢が原動力なのだった。
　ただ理由はともあれ彼女を性体験無しでオンナに目覚めさせたのは禁断の叶えられない恋心だったのだ。

　杏は早々に「魔性」の影響力を遠慮なく行使し始めると、もとより五摂家の子女として影響力があるから周囲の大人たちを意のままに動かすようにしていくのにそれほどの日数を必要としなかった。
　校則など制約が多い中で彼女は動き出す。
　まずは綾小路優貴に狙いを定めて接近を始めるのだ。
　彼女としては彼が兄を差し置いて佳子を射止めるに足る男なのかを自身の目で確かめたかったのだ。

　杏の周囲にも警護する者たちは常に居て彼らを統括するのは綾小路優貴であり、彼女にすれば回りくどいことは必要ない。
　彼らに対して彼女は圧倒的上位者であり、遠慮無用に話したいことがあるから責任者を呼べと要求するだけであった。
　部下たちの報告を受けて優貴は困惑する。

　五摂家の姫たちは皆がセンシティブな存在であり、彼女たちに悪影響を与える者は問答無用で排除されるし、彼女たちが消えろと発言しただけで忖度されて一般人は社会から抹殺されてしまう影響力があるのだ。
　五摂家の姫に対する特別扱いは支配層の禁忌事項であって、それによって起きた悲劇は数え切れないほどなのだ。
　杏は既に嵯峨家のプリンセスという立ち位置であり、資質を持つ姫として五大老ヘルメスから寵愛を独り占めしている孫娘にしてれっきとした権力者でもあるのだ。

　その杏の呼び出しは優貴の妻が佳子であるから穏便に済まされるであろうが、違えば何事かと騒動になりかねない事案なのだ。
　実は杏もそんなことは理解しているし、ある意味彼女なりの優貴への嫌がらせの意図が含んでいるのだ。
　優貴にすれば、そんな彼女の心情など想像すら出来ないし、なにか彼女の機嫌を損ねるようなことがあったのかなと考えるだけであった。


　優貴は呼び出されたスカイツリー展望室にあるスカイツリーカフェ３４０に、約束時間より丁度３０分前到着した。
　素早く店内を見渡し彼女が来ていないこと確認すると部下たちの報告連絡に目を走らせる。
　本来であれば彼女はこのような人混みに居て欲しくない存在であり、自分自身に面談したいと彼女から場所を指定されなければ来ない場所である。
　ひとまず出迎えに名物にしていると思われるソーダドリンクをオーダーする。

　十数分待つとひときわ目立つ女子高生がたった１人で現れる。
　さすがの優貴も驚くレベルだ。
　その衝撃は佳子に初めて出会った時に匹敵する。
　既に身に纏う魔性オーラは周囲の者達に影響与えるレベルであり、彼女が歩けば皆が自然と道を空けるのだ。
　彼女が身に纏う学生服は古風な雰囲気が漂う名門桜〇学園のものであり、初対面であったが彼女に間違いなかった。
　さすがは嵯峨家自慢の姫君であり、長年染みついた五摂家への畏敬の念を強く刺激されてしまう。

杏　　「初めまして　綾小路さん」
優貴　「はっ！！　初めてお目掛かります」
　　　「綾小路優貴と申します」
杏　　「もう　止めてよ　堅苦しいよ」
　　　「だから場所 ここにしたのに」
優貴　「はい　ですね　申し訳ありません」
　　　「あっ　どうぞ　お掛けください」
杏　　「ふふふ　ですよね　ちょっと恥ずいよぉ」


　杏はある意味最強の女子高校生だ。
　彼女が欲しいと言えばなんでも直ぐに彼女の手元に届くし、人間関係に関しても同様だ。
　それは幼少物心ついた頃からずっと続く特別待遇だ。
　小学生低学年の頃は我が儘放題であったが、次第に自身の環境は特殊なのだと理解するにつれて自身の行動発言を自重するように変化していく。
　きっかけは同級生の女の子を突き飛ばして怪我させてしまった出来事であった。

　本人も悪かったと自覚があったにも関わらず、本来では先方の親が文句を言ってきてトラブルになるであろう事案であるが、事態はさながら真逆の展開を見せる。
　真逆に先方の親だけにとどまらず学校関係者一同が嵯峨家に勢揃いでやって来て、謝罪するという形になったのだ。
　杏の両親も一言も彼女に注意すらしないし、むしろ相手が無礼だと怒り出す始末だった。

　幼いなりに常識的な善悪は身につけていた彼女は驚いたのだ。
　嵯峨家は支配層と教えられて育ったが、同世代の一般の子達と過ごしてきた彼女には違和感しか無かったのだった。
　その出来事以来、彼女は自らの影響力意識して高校生になるまで平穏に過ごしてきたのだ。
　だからこそ今回の優貴呼び出しは唐突であり異例の事態だと周囲が思うのは当然の流れなのだ。

　杏は佳子が兄ではなく優貴を選んだ理由を知りたかったのだ。
　そこには彼女の複雑な感情が渦巻いている。
　最愛の兄を奪われずに済んだと安堵する気持ち、兄が他の男に負けるなんて納得がいかない気持ち、女として佳子に負けたくないという気持ち、なぜ自分は好きな男性の妹に産まれてしまったのかという悔しい気持ち、実の兄に固執するのは駄目だという気持ち、違う男性に目を向ければならばならないという自制する気持ち、それら全てが彼女を突き動かしていたのだ。

　思えば反発心で佳子優貴の婚儀を欠席してしまったことを後悔する気持ちがある。
　彼女にすれば優貴という存在は気になるし、彼女の生き方にも関わる男性なのだ。
　その彼をわざわざ呼び出すという行為に及んだ自分自身に驚いていたのだが、いざ待ち合わせすると謎のトキメキがあるのだ。
　兄が負けた相手だが佳子が夫に選んだ男でもあり、１人の五摂家姫としては興味津々でもあるのも本心だからだ。

　カフェに近づくとすぐに彼を見つけた。
　明らかに周囲とは違う空気感があるし、お世辞抜きにイケメン男子であり、ルックスは華やかな佳子に相応しいと感じたのだ。
　すぐに彼と視線が合って彼も気がついたようだった。
　彼は立ち上がって出迎えてくれるが、彼が予想以上に高身長なのに驚いてしまう。
　杏は153㎝と比較的小柄ということもあるが、思わず見上げてしまう構図に戸惑ってしまう。
　彼のせいではないが、どうしても堅苦しい挨拶となってしまう。
　それが厭でこういう場を選んだというのに、そうなってしまうことに悲しくなってしまうのだ。


　優貴の立場からすると気後れがあるのは当然だ。
　九条家一門となったといえど、やはり五摂家の人々に対しては少年時代から叩き込まれた敬意の念が染みついているのだ。
　まして杏はもうすっかり魔性のオーラを身に纏っているものだから、優貴のように魔性の妻を持つ男には影響力が半端ないのだ。
　彼女たちが放つ極上の香りの前では男はその魅力に負けてしまうのだった。
　特に優貴は彼女たちの守護者であれと生きてきただけに会った途端に本能的に魅せられてしまうのだ。

　優貴は妻である佳子を通して亜紀という絶対的な女帝に引き合わされて直々に魔性の系譜を与えられて、一回りも二回りも大きく成長を果たしていて、もう既にただの守護者ではなく「魔性」のオンナたちの絶対的な守護戦士となっていたのだ。
　あの日、亜紀に不意打ちでセックスに引きずり込まれてしまい、彼はたちまち亜紀の秘めた本性によって心の深部に住み着かれてしまったのだ。
　そんな彼からすれば若くて可憐な魔性を纏う少女である杏は眩しくて仕方がない存在だった。

　思わず杏の美しさに見とれてしまう。
　そして佳子と初めて出会った日のことを思い出してしまう。
　しみじみ思う。
　五摂家の姫たちは皆それぞれが眩しいほど美しくて可憐な天使の様な存在で、一昔前であれば男たちは殺し合って彼女たちを勝ち取ろうとしたのだ。
　改めて自分は幸せ者であり、自身を選んでくれた佳子に感謝の念が湧き上がってくる。
　亜紀から受け継いだものは大きくて、妻である佳子がいかに大切な存在であるかを強く意識させられたのだ。
　そして杏はどのような男に出会い選択するのか見守りたいと思ったのだ。

　杏は、そんな彼に対して矢継ぎ早に質問してくる。
　優貴は杏からなにかしらのクレームや要求があるものだと思っていたから困惑がある。
　なにを彼女が知りたいのか真意を計りかねたが、次第に佳子と優貴の関係に彼女が興味を持っているのだと理解する。
　青春真っ盛りで恋愛すれば絶対強者確実で、社会的立場は佳子とほとんど大差ない彼女がなにゆえ佳子の選択に興味があるのかと疑心暗鬼になる話の流れでもある。
　しかし彼女の問いには真摯に答えるほかない。

　
　杏は初めて感じる存在に興味津々になっていく。
　彼女の周りには、いや今まで生きてきて彼のような男性は出会ったことがないのだ。
　ピリピリとした緊張感をもたらす身に纏う迫力は普段接するＳＰ達とは次元が違うし、危険な香りがするのだが理由は分からないが惹きつけられるのだ。
　思わず彼が差し出してくれたバナナミルクを飲んで、謎のトキメキをクールダウンしようとするのだった。
　彼の口から聞かされる言葉は、佳子への感謝の念と愛する気持ちで熱くて埋め尽くされていたのだった。
　
　杏は既に彼の生い立ちを含めて知っているし、如何に彼が成り上がってきたのかも知っている。
　その彼がどのようにして佳子の心を掴んだのかを知りたかったのだが、次第に彼が佳子の心を掴んだのではなくて佳子の方から心を寄せたのだと知って驚きと共に妙に納得してしまう自分に動揺があったのだ。
ある意味、杏が知る男達ともっとも対極にある存在が綾小路優貴であり、最強の戦士の元にプリンセスが降臨するような組み合わせなのだが、彼は安穏無事な生活を保障されている杏ですら刺激的な世界への憧れを感じさせてくれる存在なのだ。


　杏は既に優貴ですら気後れする魔性オーラがある。
　クレームや叱責でもなく、だだひたすら筆問される流れに困惑するしかないが、その手の話題ではないと安堵する気持ちも少なからずある。
　そんなことより周囲の視線を集める彼女が心配になってくるのが、彼の職業病だろう。
　五摂家の姫はセンシティブな存在であり俗世間に晒してはならないという不文律があるから、彼の立場はそれを遵守することが肝要なのだ。
　そんなこんなで彼は会話が次第に心あらずで彼女の身辺への注意がいくようになる。
　彼女の顔を見つめたり興味を示すような素振りを見せる者があれば、無言の威圧感たっぷりの目線を送って威嚇してしまう。


杏　　「もう！！　話聞いてる？」
優貴　「はい」
杏　　「嘘ばっかり　そんなに私の話退屈？」
優貴　「お察しください　杏様はこのような場には」
杏　　「みんな　過保護過ぎ」
　　　「それに　あなたが傍に居るのに」
　　　「なにを心配するの」
優貴　「申し訳ありません」
杏　　「そんな話し方止めてくださらない？」
　　　「あなたは　佳子姉様の旦那様」
優貴　「・・・・・・」
杏　　「わたくしは年少の身」
優貴　「だからこそです　私は九条家に連なる者」
　　　「杏様は　嵯峨家の姫君」
　　　「ここのケジメは譲れません」
杏　　「うふふ　頑固ね　でもその笑顔 素敵ね」
優貴　「はあぁ？」


　杏は本能的に佳子が兄ではなく彼を選んだ理由を察したのだった。
　五摂家の子女は婚姻相手を色んなステイタスや戦略で選ぶのが普通だし、場合によっては家同士の都合で決まてしまうことが日常茶飯事なのだ。
　そんな中で、佳子はそんなしがらみを全て反故にして女の本能そのままに危険な香りのする刺激的な男性を選んだに違いないと感じたのだ。
　その考え生き方を知って彼女は心底羨ましいと思ったし目から鱗が落ちた気がしたのだった。
　そして不意に自身の秘めた想いに結びつけたのだ。

「そう　私は悠真兄様が大好き」
「妹としてではなく　女として好きなの」
「そう この気持ち抑えられない」
「兄様は　誰にも渡さない」

　急にフレンドリーでキャピキャピ笑い出した彼女をなだめて、汗だくになって帰途につくように説得する優貴は彼女の魔性オーラが強すぎて末恐ろしいものを感じてしまうのだった。

「なんだぁ？！　杏様　急にキラキラして・・・・・」

　諜報の専門家である彼ですら不似合いな魔性オーラを放つ少女のせつない女心を察することは出来ないのだった。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2024年5月11日掲載
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