ずっと愛してます5
羅衣 作
第４話　里奈の愛


　里奈は男の子２人に恵まれ、目下戦争のような子育て真っ最中であった。
　「美あんず」病院と保育施設など充実のサポートを受けて環境にも恵まれているのに、それでもまだ戦場と言って良い。
　男の子はとにかく甘えん坊だし手がかかるし、もう遠慮というものが皆無なのだ。
　特に上の子はまだまだ母に甘えたい盛りだから、弟が出来たことに明快な焼き餅を妬くのだ。

　女の里奈にはイマイチ分からない部分もあるのだが、周囲の夫達が示す寝盗られ願望症候群と似たようなところがあると気がつき次第に興味津々だった。
　もちろん２人とも宝物の我が子だから、もう愛情が溢れんばかりに可愛がっているし、正直聞き分けが悪くてイライラさせられることも多いがむしろ子育てを楽しんでいるようなところもある。
　母親にとっては我が子は分身に等しいから、それまで意識したことがない特別な執着もあるのだ。

　ただ里奈としては実は不妊である夫を裏切ったという負い目がある。
　だからこそ夫である西川義則へ最大限の愛情を注いでいたし、彼の性癖についても寛容であった。
　もちろん夫への言い訳は許されない裏切りであるのは自覚しているし、それで許されるとは思っていない。
　ただ彼は長男として子供を持つことを求められる立場であること、そして彼本人は自身が少年時代の病歴で不妊になったことを認識していないこと、そしてなによりソープ嬢になった里奈を見捨てないでずっと愛してくれて妻にしてくれたことへの感謝の念、など数々の思惑の結果による禁断の選択であった。

　女のエゴと言われれば、その通りだと自覚している。
　彼女の実家は借金で破綻して一家離散している。
　西川家は商業的にそれなりに成功していて、いわゆるお金持ちの家で数代続くかなり裕福なところであり、本来ではいくら里奈が義則の高校同級生で彼女だったといえど結婚などあり得ない関係だったのだ。
　義則の里奈への執着は凄まじく彼女としか結婚しないと強硬姿勢の結果、やはり跡取りの子供が欲しいという家庭事情の妥協により認められた結婚であったのだ。
　だから義則としても、そしてなにより里奈は自身の存在意義と立ち位置を証明する意味でも子供を設けることは絶対条件だったのだ。

　里奈も意図的に計画していた訳ではないが、郁美が紹介してくれた徹との出会いが全ての始まりであった。
　夫の不妊を知って思い悩む彼女は当たり前のように若く王子様のような優しい徹に溺れてしまう。
　徹は良い意味でも悪い意味でも里奈を女にしてしまったのだった。
　そんな時に彼女は偶然に徹は両親世代から義則と全く同じ血液型環境であることを知ってしまったことから究極の女のエゴである選択が動き出したのだ。
　第一子の雅人が誕生して、里奈の立場は格段に強化された。

　女は欲張りだから更に第二子の裕樹も設けてしまう徹底ぶりで、もはや西川家は里奈のものであった。
　とはいえ里奈は夫の両親や祖父母への献身ぶりは周囲からも賞賛されるほどで、彼女なりに後ろめたい気持ちもあることの反動であろう。
　ただ２人の子供に恵まれた西川家は確実に成功を収めて安定期を迎えようとしていたのも事実で、それは里奈の貢献があることは周囲が認めるところだったのだ。

　里奈にとしては徹にも特別な想いがある。
　なにより彼に対して絶対的支持が揺るがないし、もし彼が自身の行動に異議有ったら自分の人生壊されても良いとすら思っていたし、セックスパートナーとしてもうメロメロだった。
　だから第一子が妊娠した際に、彼に全てを告白して自身の進退を委ねているのだ。

　当初はかなり驚いていた徹であったが、今ではなにかあった時は一緒に地獄に堕ちても僕が守ると里奈を抱きしめてくれる存在なのだ。
　徹は複雑な思いだったろうが、里奈への愛情が全てでいざとなったら悪いのは自分だとの立場を貫くのだ。
　そんな姿に里奈は甘えてしまう。
　郁美は言う。
　徹は女をどこまでも欲張りに我が儘に甘えん坊にしてしまうけど、どこまでも愛して美しくして食べ尽くしてしまう希有な存在。

　確かにこの経験は徹を飛躍的に成長させたのは間違いないであろう。
　そして郁美と亜紀からますます愛されて、いつしか伝説の存在になっていくことになる。
　そんなこんなで里奈は徹が大好きだ。
　いつも彼が有利になるように発言するし立ち回る。
　彼がモテモテでも嫉妬しないし、むしろ彼がモテることが自慢で楽しくて仕方がない。

　ただ徹とのセックスは中毒性がヤバい。
　女は転がり落ちるように彼から離れなくなってしまうのだ。
　里奈はソープ嬢という性を商売にした経験者だから、そこは切り換えできる大人だから早々に「美あんず」の環境を利用して自身の感情を分散させることを出来たからこその境地ともいえる。

　なにより夫との夫婦生活はお盛んであったことが救いであったのかもしれない。
　里奈はモテモテであるが、それが夫の寝盗られ願望気質を刺激する。
　それが里奈をますます自由にしていくのだ。

　妊娠出産を年子で続けてこなすのは心身共に相当辛い女としての事業で、特に身体的な負担も大きい。
　どんなに気を付けてもウエスト周り二の腕周りにお肉が付いてしまうし、女として気になることが山積みだ。
　男達はそんなプヨプヨ肢体に興味津々で言い寄ってくるが、そこは拒絶してストイックに努力して肢体の回復することにしたのだ。

　里奈の自慢はムチムチボディであり、それを取り戻す戦いはこの日も継続中だった。
　もともとぽっちゃり好きの夫義則は、もう十分だと言いながら妻の肢体を満喫し続けているが、「美あんず」での自身の立ち位置をイメージしている彼女として早々に安穏としてはいられない。

　「美あんず」はスレンダーかつ巨乳が多くて、巨乳は没個性で爆乳クラスでないと目立たない。
　里奈はお姉さん格として、亜紀や郁美のような圧倒的な存在感を前になにか女としてのウリが欲しいのは正直な気持ちだ。
　プヨプヨとムチムチのなにが違うのか男目線ではなかなか違いが分からない区別であるが、女目線では明快に区別されているのだ。

　言葉で書けば、だらしない肉付きがプヨプヨであり、バストも含めたボディラインを日本女性トレンドのスレンダーと対極にある出るとこボン引っ込むとこはキュッとメリハリがきいた肉感的な肢体がムチムチだ。
　実は日本人女性の大多数は西洋女性とは違って、体格的にも人種的にもムチムチな肢体になりにくい体質があるからスレンダー志向が強いのだ。

　結果、肉付きを纏うと直ぐに肥満になり、いわゆるプヨプヨに普通なってしまうから、日本女性として「やまとなでしこ」の理想像がスレンダーであるとの自然発生的に共通認識として広がっているのだ。
　しかし潜在的に西洋女性が持つダイナマイトなムチムチボディへの憧れは日本女性にもあるし、日本男性にも人気は高いのが実態だ。
　
　里奈は幼少頃から陸上スポーツ少女で何度も国体に出場経験もあるほどであった。
　それは高校生時代までも続き、そのストイックな鍛錬は彼女に人並み外れた肢体をもたらした。
　爆乳プラス鍛え上げられたキュッと引き締まったボディラインは西洋女性に匹敵する爆弾肉感ムチムチボディであった。
　借金で一家離散の地獄であったが、彼女は自らの肢体を武器に起死回生の策としてソープランドという風俗の世界に飛び込んだ。

　初めは若い女性をウリにする比較的低価格の店に入店したが、人並み外れた爆弾肉感ムチムチボディでたちまち人気嬢に登り詰めた。
　風俗雑誌にも紹介記事が載るほどであった。
　そんな状況になると当たり前だが単価がより高い高級店に移らないかと引き抜きの勧誘もあるし、務める店からも系列店でのステップアップを勧められる。
　里奈は当時は借金取りに悩んでいたのだが、いろいろ助けてくれた店スタッフに義理堅いところがあり系列店内でのステップアップをしていくことになる。

　そして数年の歳月が経った頃に里奈は亜紀と出会う。
　亜紀は源氏名「愛」と名乗り福原ソープ街超高級店の有名嬢であり、里奈も存在は知っていたのだ。
　出会いはソープ嬢がよく利用する駐車場で、たまたま隣に車を同時に止めたことからだ。
　先に声を掛けたのは亜紀であった。

亜紀　「こんばんは」
　　　「失礼かもしれないけど　ご同業かしら」
里奈　「こんばんは　はい　多分そうです」
亜紀　「そっかぁ　わたし　愛という名で」
　　　「あの店で　働いてます」
里奈　「えっ！！　愛さんですか?」
　　　「お噂は伺ってます」
亜紀　「あっはぁっ　どんな噂かな」
里奈　「福原の看板だって」
亜紀　「ああ　なんか恥ずかしいわ」
　　　「そう　どちらで働いているの？」
里奈　「あっ　失礼しました」
　　　「真向かい店の　ゆきな　です」
亜紀　「まあ　ご近所じゃない」

　そんな出会いから２人は煩雑に連絡を取り合うようになり、偶然同じ歳同士ということもあり意気投合する。
　亜紀は爆弾肉感ムチムチボディの里奈に実は当初からロックオン状態であったから、ぶっちゃげナンパだったのだった。
　割り切ってソープ嬢しているとはいっても、里奈は数年働いたことによって心身共に疲弊している。

　人気嬢として多忙で収入もガツガツ稼げていても、その代償は心身に負荷がかかり小さいものではない。
　身ひとつで飛び込んだ世界であり、学生時代の友人コミュニティからドロップダウンして孤立していることもあるから孤独でもある。
　同僚嬢はライバルであり、表面的には仲良く過ごしているが信頼できる関係ではない。
　また当時の彼女に近づいてくる男たちは、間違いなく彼女が稼ぎ出す大金が目当てであるので油断ならない。

　そういう背景があり、同業他店で働く同じ歳の亜紀に親近感を覚え仲良しになるのは自然な流れであった。
　話せば亜紀も自身と似た境遇であることも拍車を掛けたのであろう。
　商売で異性に抱かれることはある意味心を殺しているような行為であり、既に普通の恋愛とか諦めているようなところもある。
　亜紀は巧みに心の隙間に忍び込んでくる。
　気がつけば女同士の世界に引きずり込まれていく。

　純粋に里奈が驚く。
　普通に学生時代に恋愛して性体験も経て、ソープ嬢になり人気嬢になっただけにセックスのプロだとの認識がある。
　それなのに異性ではない同性に、それまで知らなかった深いアクメの世界があることを教えられたのだ。
　戸惑いと共に、疲弊した心身が急速に癒やされ満たされていく感覚に次第に依存していく。
　同性同士でありながら、ある意味彼氏と彼女の様な関係に発展していく。
　そして自然な流れで里奈は亜紀の所属店に移籍することになるのだった。


　亜紀はかなり以前から里奈を見かけて気になる女性として狙っていたのだった。
　当時の彼女はレズビアンとして全盛の頃で、里奈のように心身の疲弊なぞどこ吹く風であった。
　気質としては男性に近くて、お口直し感覚でより良い新しい彼女を物色中であったのだ。
　幼少時代から同性思考が強く自覚していただけに、既に同性恋愛経験は豊富であった。
　ただセックスを商売すると性的経験値も必然と引き上げられることになるが、同時に「彼女」に求めるものをそれまでものとは格段に高くなっていて迷走中だったのだ。

　同性の亜紀ですら二度見して目で追ってしまうダイナマイトなムチムチボディは衝撃であった。
　亜紀自身はスレンダー女性の代表格であり、対極にある里奈の存在は魅力的であった。
　やっぱり女は自身が持たざるものに強く惹かれるのだった。
　虎視眈々と里奈との接点を作ろうと策謀した。
　それは男が狙った女に執着して待ち伏せする感覚と全く同じであった。

　２人は結ばれると、お互い意図しないほど深く交流する間柄になる。
　恋人同士でもあり同志でもあり、固い絆で結ばれる。
物腰の柔らかい里奈は、男前で物事をハッキリと言うタイプの亜紀とは対照的な存在だ。
　違うからこそ、亜紀にとってかつてないほど濃厚なパートーとなった。
　その関係性は深く、亜紀が素の弱い部分を見せる唯一同性であるのだ。
　そこに数年後、２人にとってもはや妹と言って良い郁美が現れて、郁美が隙間の接着剤のような存在となって「美あんず」の原点のような３人の強固な絆が生まれるのだった。


　里奈にとっても郁美の存在は大きい。
　彼女との交流を経て、ソープ嬢として生きることで失ってきた素の女としての部分を取り戻したのだ。
　それは亜紀も同様だったであろう。
　郁美が来てから里奈も亜紀も心底笑うことが増えたし一緒に色々話すことが楽しくて仕方なかった。
　年下であったが郁美の話すセックスに対する考え方や感受性など、全て驚きと目から鱗が落ちるような事ばかりだった。
　そして相手の男性への知見と包み込むような愛情が眩しいばかりの慈愛に満ちているのだ。

　なにより感銘を受けたのが男性の資質を見極める審美眼の凄さと、男性を育み劇的に成長させる慈母の能力だった。
　山田 徹に出会うと直ぐに彼を寵愛して、ソープ嬢としてはタブーである顧客をあっさり恋人にしてしまう行動力。
　里奈は郁美の大胆さに驚いていたが、徹を見て絶句したのだ。
　郁美がたった一夜で徹から引き出したモノは究極のイケメン男子の素質だったのだ。
　そしてみるみる彼は成長していく。
　「白馬の王子様」を誕生させてしまう郁美に究極の女性像を見たのだ。

　それでいて郁美は悩み多き後輩だった。
　自身が抱える性的資質に自問自答し彷徨っていた。
　里奈はそんな心が不安定な後輩が心配だし、人なっこい笑顔が可愛い彼女が気になって仕方ない。
　どこが糸が切れた凧のような郁美を亜紀と共にしっかり抱きしめて守りたいと見守っていたのだ。
　気がつけば実の妹以上に大切な存在が郁美だった。

　里奈がソープ嬢を引退し結婚したのも亜紀と郁美の存在が大きい。
　そもそも普通の女の幸せは諦めているし、１人の男性を愛せるような純粋なものは失われてしまうのがソープ嬢という仕事なのだ。
　心の奥底に潜んでいた自分自身への汚れてしまったという罪の意識、そんな自己否定ともいえる感情はいつしか芽生えていたのだ。
　それら憑きものの様な負の遺産に負けない強さを亜紀に教えてもらい、性の申し子のような郁美と交流することによって浄化されたと感じるようになったのだ。


　義則が里奈の心身が浄化される時まで、一途に長い間も諦めずに愛してくれたことが救済になったのだ。
　里奈は素直に義則の愛情に甘えたし、彼が払った代償も理解していたから一生彼のために生きていく覚悟であった。
　学生時代の彼氏だっただけに、楽しい青春の思い出も共有していることが急速に里奈の心の傷も癒やしていくのだった。
　やがて義則が跡取り息子として家族から子供を設けることを強く望まれている立場だと知る。

　心優しい彼は里奈にそのことはなにも言及していないが、同じ家に住めば家族の考えは自然と伝わってくるものだ。
　もとより彼女自身も子供好きだから前向きに努力するのは自然な流れだった。
　里奈は良くも悪くも妊娠をリスクとみなして、その狭間で生きてきた性のプロでもあるから積極的に望めば短期間に実を結ぶ自信があったのだ。
　にもかかわらず一向に結果が出ない。

　里奈は直ぐに自身の不妊を疑った。
　やはり避妊薬の多様、各種抗生物質服用経験、多数との男性経験、など思い当たる要因は多数だ。
　精密検査の結果は否だった。
　狼狽えつつ夫を内緒で彼の状態を調べる。
　その結果は彼女にとっても悪夢であった。
　医師の見立てでは彼はかなり遅く成長期に麻疹を煩っており高熱の後遺症ではないかというものだった。

　残酷な話を夫に話す勇気がない。
　同時に自身の存在意義も失うことも意味しているので愕然としてしまう。
　人工授精など逃げ道も一切無いことが辛すぎる。
　にもかかわらず夫には跡取りはまだかと彼の両親からのプレッシャーが続いている。
　もし真実を彼が知ったら責任感の強い彼は自殺してしまうのではと懸念すらしてしまう。
　そんな中で夫のアブノーマルな性癖を知ってしまう。
　もちろん里奈の場合は性癖で夫への愛情が揺らぐようなことはない。

　里奈は打開策をあれこれ考えているうちに徹の血液型環境を知って悪魔の選択をしてしまう。
　当然それは里奈の女としての欺瞞が隠れている選択なのだ。
　女としては愛している男の子供産みたいのが本心で、それは女の業でもある。
　本来なら夫の子供を産みたかったのだが、それが叶わないとなった時に次に誰となったら里奈は徹しか考えられなかった。
　もちろん里奈も馬鹿ではないから、血液型は最低限整合性をそれとなくリサーチはしていたのだ。

　里奈は罪悪感はあるが、夫の性癖を勝手に利用して、これは人生をかけたプレイの一環だと自身にうそぶいて無理矢理納得したのだ。
　全て都合良く解釈した。
　結果的に夫は息子２人に恵まれ大満足し西川家は安泰となり、里奈自身は愛する男の子を２人も産めたのだ。
　もちろん里奈の立ち位置も盤石となった。
　デメリットよりメリットが遥かに多いのだからと都合良く解釈したのだ。


　メリットというか副作用として義則に心の余裕が生じたのか性癖も夫婦内でオープンになっていき、理解ある妻として彼女も夫の後押しをするようになっていく。
　子供を設けるという大任を果たしたことも手伝い、里奈は夫のアブノーマルな性癖に便乗してあらゆる自由を手に入れたのだ。

　いずれにしても義則はなによりあらゆるプレッシャーから解放されたことのは紛れもない事実であり、愛する妻のサポート受けて幸せの絶頂を迎えつつあったのは紛れもない事実なのだ。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
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2023年4月8日掲載
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