ずっと愛してます5
羅衣 作
　第５話　美桜


　鈴木美桜（みお）は昨年４月に真也と紗弥の会社へ入社した新人デザイナーだ。
　入社後１年ほど経ったが、毎日右も左も分からない中で多忙な毎日を送っていた。
　新設会社の一期生として手探りの状態だが、皆が仕事に情熱があって毎日が充実している。
　同期に同年代女子である佐々木園華（そのか）と松下梨花（りか）が居てくれていることが心強い。
　３人で泣いたり笑ったり、数々の苦労を乗り越えてきたのだ。

　上司であり会社の代表である真也はイケメンを絵に描いたような存在であり、それでいて今注目されている若手ファッションデザイナーなのだから彼女達は皆盲目的に師事していたところもあった。
　入社の際には数年間はプライベートも無いような状況になるだろうから覚悟して入社してきて欲しいとの忠告を受けていたが、正にその通りの多忙さだった。
　残業手当という概念も無くて世間的には完全なブラック企業状態であったが、もともと給料面では優遇されていて基本給が同世代の友人達に比べて数万円高くて、衣食住は全て支給されていてかなり恵まれているのだ。

　夜遅くまで残業の日は希望すれば至近のビジネスホテルに泊まることも会社で負担してくれる。
　もともと夢に見たやりたい仕事、それになに不自由なく没頭できる環境、そして真也の必ず成功するから信じてついてきて欲しいとの言葉、一緒に成功を掴もうとする結束があるから苦ではない。
　彼女達がもっとも楽しみにしているのが、自分達もデザインと制作に注力した洋服のプロト品の数々を実際に自分達が仕事着として身につけることにあった。
　それがどれほど彼女達のモチベーションを上げているかは彼女達の活躍ぶりが証明している。

　彼女達には身近に夢を実現出来るんだと証明する存在が居たことが大きいかもしれない。
　それが紗弥だ。
　有名真珠会社の秘書から転身して、パリのファッションビジネス業界に飛び込んで僅か1年でプロデューサーとして頭角を現して今では業界では有名な若手業界人となっているのだ。
　社内会議で美桜達も数々の議論を通して、紗弥のカリスマ性のある発言に圧倒されっぱなしであった。
　彼女は会社の代表であり夫である真也相手でもことビジネスに関わることについては遠慮が一切無い。
　しかし彼女の主張した意見は、皆が戸惑う内容でも結果的に全てが成功のきっかけになることばかりで、その姿に新社会人である美桜達は心酔していくことになる。

　その紗弥が身重になり出社が限定的になると、目に見えて仕事の進捗が悪くなっていた。
　ことにファッションビジネスでは取引先の都合や意図を理解して交渉することが成否に直結するのたが、そういった分析考察力が紗弥は天賦の才というべき持ち主で皆が唸ってしまう司令塔の不在は痛いのだ。
　須藤晶子が定期的に紗弥の意見を持ち帰ってくれるのだが、大きい課題事項だけであり日々の細かい話まではフォローされる訳ではない。
　真也本人が、実質的にこの会社の大黒柱は紗弥だと言うとおりなのだ。

　晶子も真也と共に出張で各地飛び回っていて、彼女は広報のスペシャリストであり、その穴埋めをするには厳しい状態であった。
　今は不在といってもFaceTimeなどオンライン会議は日常的に行える環境ではあるが、美桜達にすれば司令塔の不在は辛い。
　そもそもだが彼女達だけでは物事を決めることが出来ないのだ。
　同期３人娘の中で自然とリーダー格になった美桜であったが、最も紗弥に心酔している１人であった。
　ゆえに紗弥を見習った行動派であった。

　美桜はバイク好きで、ホワイトカラーのDragStar400を愛車としているバイク女子だ。
　もちろん通勤もバイクで来ていたからフットワークが軽いこともあって、真也達が不在時には紗弥の病院にマメに通って判断を仰ぐようになっていく。
　これには仕事に心残りがある紗弥はかなり喜んだことであろう。
　彼女が出産後は、自宅に煩雑に訪れ子育ても手伝いながら仕事の判断を仰ぐ機会が増えていくのだ。

　紗弥にすれば会社がもっとも大変な時期に事実上離脱状態になってしまい、美桜達若い子達に無用な負担をかけてしまうことに申し訳なく思っていたのだ。
　だから彼女達の声には敏感に応えるようにしていた流れがあったのだ。
　彼女達の頑張りには頭が下がる思いだが、彼女達の負担を少しでも減らしたいと考えていた。
　なにより彼女達は恋愛そっちのけで、紗弥と真也の夢実現に協力して頑張ってくれているのだ。

　
　純粋に求める性格、趣味嗜好、そして志をポイントに選考した結果なのだが、周囲にはビジュアル重視で採用したのではと揶揄される程に３人娘達は容姿端麗の女の子たちであった。
　ゆえに皆モテぶりは際立っている。
　普段から彼女たちがデザインなど関わって制作した衣服を誰よりも自信満々着こなしているから、女の子としての輝きが同性の紗弥から見ても微笑んでしまうほどなのだ。
　本来であればデート三昧であろう彼女たちは、土日休みなく出社してくれるのだ。

　そんな彼女たちの効果なのか、非正規雇用の男性スタッフ達の働きが想定より良いのだ。
　土日の人手集めも苦労しないほどだ。
　紗弥としては彼女たちには恋愛の楽しさを忘れないで欲しいし、仕事と恋愛の両立が大切との考えであった。
　女には恋愛は仕事を成功するためにも大切な要素であり、そしてそれが女である為の養分なのだ。
　もちろん恋愛にドップリではありふれた女になってしまうが、それ無くしては仕事で例え成功しても女が社会で成功しても無意味なものになってしまうと考えていたのだ。

　それがパリでの激烈な才能競争社会で見た結論であったし、女が女らしく成功を掴んだ時が最高に輝くし最強なのだ。
　女社会では日頃の不満や意見は表面化しづらく、深く静かに進行して抜き差しならない事態になって初めて発覚するので、男たちは狼狽えることしばしばだ。
　女は本質的に根に持つ体質であり、細かいことでも執念深く記憶するから１度封を切るとなんだかんだ溢れ出すことがよくあるのだ。

　だが裏を返せば緻密で地道に隙の無い仕事をするのに向いているとも言える。
　紗弥にすれば宝物のような部下の３人娘には素敵な恋をして欲しいし、それを仕事に生かして欲しい。
　なにより良質のレベルの高い男性と付き合って成長して欲しいから、それには自分自身の影響力を生かすことに遠慮しなかった。

　彼女たちを自身が関わる夫達を分け隔て無く紹介して彼女たちの存在をＰＲしまくった。
　それは彼らの周辺には良質な男たちが集まるからなのだが、同時にリスキーでもある。
　彼女たちがイケメン揃いの夫達に恋してしまうリスクもあるからだが、それも女としての成長に繋がると考えたし夫達が彼女たちを弄ばないと信じるからだ。

　徹が同年代であり一番マッチしてしまうところだが、彼自身が多忙でなにより直子達のことがあるから「会」以外の女の子に関してはかなり慎重派だ。
　美桜とは「美あんず」病院で初遭遇した。
　幸い敬子が一緒に居たので、察しの良い敬子が妻オーラを発して予防線を張ってくれる。
　徹は苦笑いだが、妻の手助けに便乗して凌ぐ。

徹　　「初めまして　えっと紗弥さんのとこの」
美桜　「はい　鈴木美桜と申します」
徹　　「山田徹です　こちらは妻の敬子です」
敬子　「初めまして　徹の妻　敬子です」
美桜　「お二人にお目にかかれて　光栄です」
徹　　「こちらこそ」
　　　「紗弥さんを手伝ってあげて下さいね」
美桜　「手伝うなんて　学ぶことばかりです」
紗弥　「うふふ　頼りにしてるわよ」
徹　　「そうそう　バイク見ましたよ」
　　　「ライダースーツかっこいいなぁ」
美桜　「あっはぁ　お恥ずかしい」
徹　　「ツーリングとか行くんですか？」
美桜　「学生時代は　よく行きましたけど」
　　　「今はあんまり行ってないです」
敬子　「それは勿体ないですね」
紗弥　「仕事頑張ってくれて嬉しいけど」
　　　「そろそろ一息して」
　　　「恋でもして欲しいですけどね」
美桜　「えっ・・・なかなか見つからないのでw」
　　　「私　あんまりモテないの」
徹　　「そんなことある？」
　　　「俺　独身なら突撃してる！！」
敬子　「こら！！」
徹　　「例えば だよ」
敬子　「この浮気者　美桜さん気を付けてね」
徹　　「とほほ」
美桜　「あはぁはぁ」
　　　「まあ一緒にツーリングしてくれる方」
　　　「探しているんですけど」
　　　「私　極端な面食いみたいで」
敬子　「なるほど」
美桜　「素敵な人　みんな結婚してるし」
紗弥　「そうそれ　ほんと　良いなと思ったら」
　　　「結婚してる説」
敬子　「そりゃ　先手必勝ですもんね」
　　　「私が言うな　って」
紗弥　「あはぁ　それ刺さった」
美桜　「一応私　結婚願望強いんで　そこ気になる」
徹　　「それなら　紹介したいヤツいるんだけど」
紗弥　「まあ　徹のオススメなの」
敬子　「ほお」
美桜　「えっ　なんか恥ずかしい」
紗弥　「もう　こういうのは先手必勝よ」
　　　「こんな安全物件　なかなか無い」
美桜　「確かに」
徹　　「まあ　付き合うありきでなくて」
　　　「一緒にツーリングしてみてからで」
　　　「良いんでは」
美桜　「そうですね」
徹　　「一応言うけど」
　　　「うちの設計事務所一番のイケメンだよ」
敬子　「えっ　あなたは？」
徹　　「それ今言う？」
敬子　「それは失礼しました　あっはぁ」
徹　　「僕の同期で　小泉圭太　というのが」
　　　「いるだけど　学生時代雑誌モデルしてた」
　　　「イケメンなんだけど」
　　　「かなりのバイク野郎で」
　　　「それが原因で　彼女と続かない男なんだ」
美桜　「あはあっ　なんか分かる」
　　　「私もバイク磨いてばかりいたら逃げられる」
紗弥　「ほお　同好で合うかも」
徹　　「あっ写真見る？　雑誌モデル伊達でないよ」
　　　「ほら？　こいつ」
敬子　「マジ　確かに美男子　背っ高っ！！」
徹　　「たしか１８３センチくらいかな」
美桜　「・・・・・」
紗弥　「ほんとに彼フリーなの？」
徹　　「そう思うでしょ　モテ方は凄いけど」
　　　「現在は確実に　空き物件です」
敬子　「ふむ」
美桜　「会ってみたいです」
紗弥　「あらっ　なんか恋の予感が」



　小泉圭太２３歳は、徹と同期入社した関西○院大学建築学部卒の俳優、山○賢人似の名うてのイケメンだ。
　学生時代は有名ファッション雑誌で雑誌モデルもしていたがそれもバイク関係の資金集めで、バイクサークルの部長も務めていた生粋のバイク野郎だ。
　学生時代からモテまくり彼女は途切れないほどだったが、ほぼ大抵愛想尽かされるタイプだった。
　本人的はかなりの女好きで、恵まれた環境ゆえに度の過ぎた面食いで彼女にするまでにじっくり吟味するし癒やし系美女が大好物だった。

　しかし癒やし系の女の子は、私が一番、私を見て、というタイプがほとんどで、ともすればバイクが好き過ぎる彼に失望するのだ。
　世の中いつでも男と女の思惑は常に食い違うパズルのようなモノだ。
　彼と付き合う女の子達とてモテモテだから、あっさり彼の元から去ってしまうのだった。
　彼女達にしても圭太は優良物件だし経験豊富で魅力的なのだが、女としての大事な要素が満たされないからの苦渋の決断なのだ。

　そんなこんなで彼は彼なりに傷心だった。
　バイク女子とも付き合ったが、女は結局バイクより上位になりたがるものなのなのだ。
　でも彼なりに意見がある。
　それは自分のバイクへの熱い思いを越えるくらい自分を魅了してみろという思いだ。
　ただそれは彼の欺瞞が含まれている。
　彼は結局心底女に惚れたことがないだけで、セックスへの欲求で付き合っていたに過ぎないのだ。

　同期である徹の紹介で女の子とプチツーリングすることになったが、正直気乗りしない。
　やはり当面は社会人として仕事に集中したいし、唯一の息抜きであるツーリングに女の子はいらないと考えていたのだ。
　ぶっちゃげセックスだけなら今時色々あるから不自由していないからだ。
　同期の徹とは出会ったときから意気投合していたし、彼の妻である敬子が美女過ぎて正直羨ましいのも本音で彼が言うなら会ってみようと思っただけだ。
　それだけ徹の審美眼は信頼感があるのだ。


　圭太は指定されたコンビニ駐車場でドリンク片手で待っていると、時刻通りにホワイトカラーのDragStar400を操るバイク女子が現れる。
　確かにバイクの取り回しで彼女の技量が感じられる。
　黒い本革ライディングウェアに見とれる。
　フルフェイスヘルメット後ろに１つに束ねたさらさらストレートヘアに期待が高まる。
　ヘルメットを脱いだ彼女の笑顔で圭太の心は砕け散った。
　彼の期待を数倍上回る癒やし系美女に夢中になってしまう。

美桜　「お待たせしましたぁ　鈴木美桜です」
　　　「今日は　よろしくお願いいたします」
圭太　「あっ　はい　小泉圭太です　こちらこそ」
　　　「渋いバイクですね」
美桜　「ありがとうございます」
　　　「結構　拘ってます」

　美桜は挨拶そこそこに熱くカスタムパーツを語る。
　いつもそれで男に退かれてしまうが、そこは遠慮しないスタイルだしそこが大事なポイントなのだ。
　圭太もパーツのこだわりは病的なタイプだから受けて立つと、いろいろディープな話題で盛り上がる。
　もうそうなるとお互いバイク自慢対決と化す。

　熱く語り合いながら、圭太は彼女のバイクに無線トランシーバーインカムをセッティングする。
　美桜はいつも通話アプリを使っていたから興味津々で見ている。
　地味にそんなことが女心にポイント高かったりする。
　彼が用意してくれたコンビニドリンクが程よく氷が溶けて喉ごしが気持ち良い。

　二人はお互いの話と言うよりバイク談義が主のような状況だったが、既に意気投合していた。
　ツーリングも盛り上がり帰りにラブラブ雰囲気になっていた。
　圭太はこの出会いに本気になっていた。
　初めて出会った理想の女の子なのだ。


　美桜は出会う前からキュンとしてドキドキであった。
　徹に写真見せてもらった時から一目惚れであった。
　そして会って話しただけで夢中になっていた。
　好きなバイクの話をしてこんなに楽しい時間は初めての経験だったのだ。
　でも美桜は自分を安売りしないしたたかさを持ってる女の子だ。
　自身の本心はひたすら隠して自分の魅力で彼を夢中にさせようと立ち振る舞う。

　圭太に負けず劣らず美桜も恋愛経験豊富だが、やはり女の子が習得する恋愛学習値は極めて高い。
　女の子にとっては恋愛は専門分野と言って良い程重要かつ大好物だし、美桜も例外ではなくむしろ恋愛偏差値は極めて高いのだ。
　彼女にすれば圭太は理想の彼氏像そのものだから、本気でそれまでの経験を織り込んだ立ち振る舞いは計算尽くで彼の心を絡め取ろうとする。

　お互い容姿端麗であり、そこからのアプローチには興味が彼は無いと理解しているから共通の話題で彼との距離感を縮めることを意識する。
　わざとありきたりな恋愛モードを封印する手口に、圭太は早々にやられてしまう。
　美桜と圭太の恋愛ゲームは美桜の完勝であった。
　数度のバイクデートを経て、圭太が告白する流れになると全てが美桜ペースで進行していく。
　その過程を見ていた紗弥は癒やし系女子恐るべしと評したほどだ。

　ただ圭太が彼女に前のめりになってしまう環境が団体行動しないバイク女子である美桜には実はあるのだ。
　一緒にツーリングしたら美桜ほどの美形バイク女子は行き先では超がつくほど大人気だし、有名人で顔見知りも多くて声を掛けてくる男が異常に多いのだ。
　一緒に居る圭太は皆に彼氏かと訊かれるが、彼女はそれすらしたたかに活用するのだ。

　質問には平然と否定して仲良しライダー仲間と紹介されるという圧を圭太は掛けまくられるのだ。
　確かに彼女を狙っている輩はウジャウジャにいるのは事実だが、そんなことは過去数年前からなのだ。
　ただモテ男だった圭太は、そんな立場に晒されたことがないから焦ってしまう。

　もちろん美桜もデート重ねるに従って、容姿も性格もドストライク、バイクという共通の嗜好があるから圭太に惹かれまくっていたのだが、彼が告白するまでは平静を装い続けたのだ。
　その上で１度告白されて付き合い始めると、ギヤ変して一転情熱的な女と化して彼を夢中にさせる努力を怠らないし、外では今まで通りキャラで行動するが圭太と二人っきりになると子猫ちゃんのようにベタベタするキャラに化けるというギャップで彼の心に完全に浸透していくのだった。


　圭太は直ぐに徹の紹介に感謝した。
　本当に彼にとって理想の女の子紹介してくれたのだ。
　ただ美桜はお世辞抜きに歴代彼女の中でダントツの容姿端麗で、当たり前だが目に見えてモテ方が半端ない。
　二人にとってデート言えばツーリングしようとなるのだが、度々「彼氏」と紹介されないのは悲しくなる。
　誘えば応じてはくれるので脈はあると確信しているのだが、じわじわと焦る気持ちが膨らんでくる。
　そんな経験は初めてだし、次第に彼女ことが気になって仕方なくなっていく。

　そこに徹からさっさと告白して付き合っちゃえとハッパをかけられてしまう。
　確かに徹の言葉には一理ある。
　そもそも紹介されて出会った二人だから今更ダラダラ駈け引きするのも変だし、もう自身はもう彼女にベタ惚れなのだと自覚しているのだ。
　流れとしても男として自分から告白するのは筋だと思ったのだ。


つづく
【前頁】/【次頁】
あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。
羅衣さんの作品集→羅衣さんの他作品
2023年4月22日掲載
Copyright (c) 2023 羅衣 All rights reserved.
▲