１　おばあちゃんは女神、娼婦？

　
「はい、リハビリ３班の澤田でございます」
　澤田班長のきれいな声が、僕の耳に入る。
「えっ、また、ですか〜？」
　澤田班長のトーンが変わっている。
「岡村さん、いいかげんにしてくださいな。こっちだって、人手が要るんですから」
　澤田班長が、受話器をガチャンと置いた。
「篠塚クン、岡村セツ代さんの部屋へ行ってちょうだい。ったく、あのばあさん、わがままなんだからぁー」
　僕は、臨時職員、ひまなんだし。
　僕は、介護福祉士の職員が育児休業に入られたので、その代替職員として、時々、岡村のおばあちゃんの平行棒を使っての歩行訓練に付き合っている。しかし、岡村のおばあちゃんは、二週間に一度、膝の水を抜きに、診療部に行く。そのとき、なぜか、僕に付き添いを頼むのだった。
　おばあちゃんは、車イスがきらいだった。今も、杖をついて、診療部に行く廊下を歩いている。
　診療室に入る。
　そして、お医者さんが、おばあちゃんの膝に注射器を当てようとする。そのとき、おばあちゃんは、そばにいる僕の手をしっかりとにぎるのだった。
　膝の水抜きが終わると、僕は、部屋に戻るおばあちゃんに、付き合う。
「ねぇー、啓介、あそこで、休んでいこうよ」
　自販機の前だった。長いすが置いてある。
「あんた、なんか、飲みなさいよ」
「じぁ、僕は、ＡＹＵ・ＢＯＳＳの缶コーヒー。で、おばあちゃんは？」
「アクエリアスにしてちょうだい」
　僕たちは、並んで長いすに腰掛けている。
「啓介、はい、これ、お小遣い」
　おばあちゃんは、僕のジーンズのポッケに、お金を入れ込んだ。いつものとおりなのだ。ことわると、おばあちゃんの機嫌がわるくなる。僕は、放っておくことにしている。ポッケには、いつも百円玉が一個入っている。
　僕は、両親が共働きだったもので、母方のおばあちゃんに、いつも、保育所の送り迎えをしてもらっていた。もう、そのおばあちゃんは亡くなってしまったが。岡村のおばあちゃんといると、いつも、母方の、そのおばあちゃんのことを思い出すのだ。
「ねぇー、啓介、この紙切れのもの、『うぇるねす』で、買ってきてくれない？」
　僕は、紙切れを広げる。
『こんどぉーむ　１箱、ろぉーしょん　１瓶』
　と書いてある。
「ウン？、なんだ、こりゃ」
　しかし、ともかく、きちゃない字だ。読みにくい。おばあちゃんの書いた字なのかな？。おばあちゃんは、顔は可愛い顔しているのに。たぶん、若い頃は、美人だったろうな、と僕は思うのだ。
「隣りの部屋のおじいさんに頼まれてね」
「あっ、そうなの？」
　僕は、そうは言いながら、なんでこんなものが必要なのか、わからなかった。

　僕は、リハビリ３班の深尾主任には、とてもよくしてもらっている。時々、飲みに誘ってもらう。
「おまえなぁ、ちゃんと勉強して、はやく、正職員にならなくっちゃ、だめだよ」
　そう、深尾先輩に言われるのが、苦痛だった。
　僕は、大学を２年で中退した。そして、専門学校に入って、理学療法士の資格を取った。しかし、病院関係、施設関係、みんな、職員採用試験に落ちたのだ。
　しかし、深尾先輩の、そんな話は、飲みの最初の時間だけで、あとは、色々なことを教えてくれた。
　ある日、深尾先輩に、
「ちょっと、俺、夕方から、夜中１２時くらいまで、用事があるんだ。それまで、おまえ、その間だけ、宿直を、代わってくれんか？」
　と頼まれた。
「ああ、いいですよ」
　僕は、快く、承知した。
「で、篠塚よ、見回りをしても、リハビリ第３教室は、ノーチェックでいいからな」
「はぁー？」
「わかったな！」
「はい！」
　僕は、なんか、よくわからなかったが、返事をした。

　僕は、宿直室にいた。幸い、就職試験の問題集を持っていたので、それをパラパラとめくっていた。実際、僕は、もう２５にもなるのだ、そろそろ定職に就かないことには、みっともない。ペーパーはいいのだが。たぶん、作文とか、面接がいけないのかもしれない。
　もっとも、僕が、こんなに、のんびりできているのは、両親のおかげなのかもしれない。
　父は市役所に、母は市立保育所に勤めている。いわば二人とも公務員。生活は安定している。子供は僕ひとりだった。
　僕が、国立大学の情報工学部を中退したいと言ったときも、父は、怒らなかった。
「まぁっ、おまえがやりたいことをやればいいんじゃないか。おまえの人生は、おまえだけのものだからな」
　僕は、ただ、数学が好きなだけで、情報工学部の知能制御工学科にあこがれた。しかし、プログラミング演習で、はや、つまずいてしまったのだ。
　僕の母方のおばあちゃんは、足がわるかった。それに、おじいちゃんを亡くして、一人暮らしだった。それで、ちょっと、介護用ロボットの開発をやってみたい、と思っただけだった。だから、そんな簡単な夢だったから、簡単に、儚く、消えてしまった。

　夜中は２時間おきに、見回りをする。
　夜中の１０時になったので、僕は、宿直室を出た。
　リハビリ第３教室の前に来た。ここは、平地とか階段の歩行訓練の部屋で、あと、血圧とか心電図を測るため、簡易ベッドが置いてあるだけの部屋だった。
　僕は、深尾先輩に、ノーチェックでいいよ、と言われていたし、その部屋の前を通り過ぎようとしていた。
　しかし、なんか、廊下側の、スリガラスの窓が、ちょっと明るいような。
　部屋のライトを誰か、消し忘れたのだろうか？。
　ドアのノブに手をかけていた。ドアは閉まっている。
　マスターキーを取りに宿直室に戻ろうかな、と思う。
　しかし、どうも、気になる。
　僕は、非常扉を開け、中庭に出た。そして、中庭を通って、リハビリ第３教室の外側の窓の方に向かっていた。
　窓に近づいた。窓が少し、明るいのだ。蛍光灯の豆ランプの消し忘れのような気がした。と、中に人の気配を感じる。
　僕は、窓に取り付いた。窓に手をやる。窓が動く。中からロックするのを誰かが忘れたらしい。
　少し、窓を横に引く。
　あっと、僕は、声を上げそうになった。
　人がいる。しかも、ふたり。ベッドに。
　よく見ると、おじいちゃんとおばあちゃんだった。
　そして、そのおばあちゃんとは、岡村のおばあちゃんなのだ。岡村のおばあちゃんが、はだかになって、ベッドの上に寝ているのだ。ベッドの上の蛍光燈の豆ランプが点っていた。
　おじいちゃんは、仰向けに寝ているおばあちゃんの、股のところに、顔を付けていた。
　僕は、びっくりしていたが、なんと、目をくぎづけにされたように、おばあちゃんのからだを見ていたのだ。
　おばあちゃんは、痩せていた。そして、足には、皺があった。しかし、おっぱいがあった。おばあちゃんにもおっぱいがある、ということに、僕はびっくりしてしまった。
　実際、僕は、母方のおばあちゃんと一緒に風呂に入ったという記憶がないのだ。小さいときは、父と風呂に入っていたから。
　ぺちゃぺちゃという音がして、僕は、おじいちゃんを見た。おじいちゃんの肩には皺があった。しかし、おじいちゃんの顔は、真剣そのものだった。
　おじいちゃんは、おばあちゃんの足を折り曲げさせ、股を広げさせて、アソコを舌で舐めているみたいだった。
「セツ代さん、おいしいよ、あなたの、ラブ・ジュース」
　僕は、目を丸くしていた。
　おばあちゃんなのに、なんで濡れることがあるんや、と思っていた。
「柳浦さん、あたしも、とっても、気持ちよくってよ」
　僕は、おばあちゃんの声に、おばあちゃんの横顔に視線を移していた。おばあちゃんの顔が、とても、子供っぽくて、僕は、びっくりしていた。注射器で、ひざの水抜きをしているときの、しかめっ面とは、まるっきり、違っていた。
「ねぇーねぇー、お○ねもよ。お○ねも、舐めてちょうだいな」
「わぁっ、セツ代さん、ここ、コリコリしているね」
「いいから、ハヤク、ハヤク」
　おばあちゃんの腰が、揺れているような。そして、不謹慎にも、僕は、股間が熱くなっているのに気がついていた。
「ねぇ、柳浦さん、どう？、立ってきた？」
「ううん、まだ、半立ち、みたいだよ」
「わたし、ハヤク、入れて欲しいな」
　おばあちゃんが、半身を起こした。
　そして、なんと、指で、おじいちゃんのものをつまんでいる。
　おじいちゃんのものは、なんて、赤黒いのだろう。
　すると、おばあちゃんが、背中をかがめて、おじいちゃんのものを口に頬張ろうとしている。
　『あっ、きたない！』と、僕は思ったのに、おばあちゃんが、赤黒いものを、パックリと、口にくわえ込んでしまった。
「ああっ、いいよ〜」
　おじいちゃんは、すわったまま、天を仰いでいた。そのおじいちゃんの顔も、まるで、子供みたいな顔つきだった。
「あらっ、柳浦さん、固くなった、固くなった！」
　岡村のおばあちゃんの、子どもみたいな、はずんだ声がしている。
「そりゃ、セツ代さんが、フェラ、お上手だからですよ」
「ねぇ、これなら、こんどぉーむ、付けられるよね」
「はい」
　おばあちゃんは、こんどぉーむの袋を引きちぎっている。
『あっ、あれ、僕が買ってきてあげたやつじゃないか。おばあちゃん、そりゃ、ないよ』　と、僕は、情けない顔をしていた。
　でも、そんなことは、おかまいもなく、おばあちゃんは、背中をかがめながら、おじいちゃんのものに、こんどぉーむを、はめている。
「ねぇ、柳浦さん、今度は、あなたの番よ」
「はい」
　見ると、柳浦さんが、小さな瓶を取り上げた。蓋を開け、乳液のようなものを、手に指に、いっぱい、垂らしている。
『あっ、あれも、僕がウェルネスから買ってきてあげたやつじゃないか！』
　僕は、ほんとに、おばあちゃんのことを、怒っていた。
「さぁー、セツ代さん、寝て」
　おばあちゃんは、再び、ベッドに、ゆっくりと仰向けになった。
　おじいちゃんが、上体を起こしたまま、手を、おばあちゃんのアソコに入れ込んでいるみたいだった。
「はぁん、いいわ、柳浦さん、いいわ。とっても、気持ちよくってよ」
「あなたのお○ンチョの中、とても、湿ってきたよ」
「あん、欲しいわ、あなたの、硬くなったもの…」
「じゃ、そろそろ、入れさせてもらおぅかね」
　おじいちゃんは、おばあちゃんの足を持ち上げ、そして、その足を開かせている。
　おじいちゃんが、上体を少し後ろに起こしながら、腰を前に進めているような。
「セツ代さん、入れますよ」
「はい、いいから、ハヤク、ハヤク」
「ウッ」
「アッン」
「気持ち、いいーっ」
「あんあん、入ってくるぅぅー」
　おじいちゃんは、手をベッドに付き、からだを前の方に倒しながら、腰を入れ込んでいるようだった。
「ハァ、ウ〜ン、いいわ」
　おじいちゃんが、おばあちゃんの太ももを、小脇に抱きかかえるようにしながら、腰を前後に揺らしている。
　かすかに、ぺちゃぺちゃという音がしているような。
「ウンウン、もっと、ゆっくり、ゆっくりよ」
「ダメダメ、とっても、気持ちがよくって」
「いやいや」
「でもでも、もう、がまん、できないよ」
「ハン、いいー。一緒に、一緒によ」
「アッ、ダメダメ」
　おじいちゃんの肩がふるえている。おじいちゃんのアゴが上を向いている。
　おじいちゃんの肩が、落ちた。おじいちゃんは、イッたみたいだった。
「ウン、ばかばか、先にイッてしまうなんて！」
「ごめんなさい」
「ったく、柳浦さんって、こらえ性がないんだからぁ」
　柳浦さんというおじいちゃんは、ほんとうに、かわいそうなぐらい、しおれていた。
「ねぇ、わたしは、イッてないわ。イカせてね」
　なんと、おばあちゃんが、いつのまにか、身を起こし、しょんぼりと、足を組んで座っている、柳浦のおじいちゃんのまたぐらを見つめていた。
　そして、おばあちゃんが、手を伸ばして、おじいちゃんの股の間に。
　こんどぉーむを、はずしてあげているみたいだった。
　と、おばあちゃんは、頭をうなだれている柳浦さんの首に、しがみつき、キッスをしているのだ。
　柳浦のおじいちゃんも、おばあちゃんの背に手を回して、おばあちゃんの背中を抱き返しているような。そして、おばあちゃんのキッスを照れくさそうに受けているようだった。
　おばあちゃんの唇から、やっと解放された、柳浦さんは、でも、まだ、なんか、情けなさそうな顔をしていた。その柳浦さんに、おばあちゃんが、なんか、ろぉーしょんの瓶を手渡している。
　おじいちゃんは、その瓶を受け取り、瓶を傾けて、また、瓶の中の乳液を、自分の指に滴らせていた。
　そして、おばあちゃんを抱きかかえるようにして、ベッドの上に、寝かせつけている。おじいちゃんは、自分のからだを、おばあちゃんの下の方へ、ずらせている。
　おじいちゃんが、おばあちゃんのまたぐらに顔を突っ込んでいる。そして、何か、おばあちゃんのアソコやオ○ネを、自分の口びるや舌で、愛撫しているような。
「ウッ」
　おばあちゃんが、うめき、胸の辺りを跳ね上げた。
「ねぇ、優しく、入れてぇ」
　どうも、おじいちゃんが、おばあちゃんの中へ、指を入れ込んだみたいだった。
　おじいちゃんは、オ○ネを、口でチューチューと吸いながら、指をアソコの中に出し入れしているみたいだった。
「はぁ〜ン、いいーっ」
　おばあちゃんは、腰をよじっている。そして、わき腹をよじり、胸を上に突き上げている。
「アッ、イイーッ、イク　イク　イクゥーー」
　おばあちゃんが、顔をしかめ、おじいさんの肩に手を伸ばし、手でその肩をしっかりと握り締めていた…。

　僕は、そっと、窓辺から、離れていった。
　股間が熱く、膨らんでいた。胸も打ち震えていた。
　宿直室にあわてて帰り、仰向けになり、ハァハァと、僕は、大きな息をしていた。
　そして、僕は、飛び跳ねるように起きると、カバンから、駅前でプロミスの、可愛いおねえさんからもらった、ポケット・ティッシュを取り出していた。そして、スボンを脱ぐと、ティッシュを袋からはぎ出し、広げて何枚も重ね、それを股間の先端部に押し当てた。そして、僕自身の茎の部分を乱暴に、親指と、人差し指・中指で、しごくと、白い液がビュッと飛び出し、腰がビックンと跳ねた。

「おい、篠塚、起きろ！」
「ハアン？」
「馬鹿もん、宿直してるやつが、なんで、眠りこけとるんじゃ」
「すみません」
「なんだ、おまえ、目が赤いじゃねぇか、それに、頬も赤いぜ。さては、おまえ、ここで、センズ○をば…掻い…な」
「すみません」
「ったく、おまえってやつは。なんだ、そのティッシュの塊は。ちゃんと、後片付けくらいしろよなぁー」
「すみません」
「まぁ、ええわ。缶ビール、買ってきてやったから、それ、飲もうや」
　僕は、ビールをのどに流し込んだ。
「ところで、篠塚よ、なんで、こんなところで、センズ○をば？。絵呂週刊誌もない、こんな殺風景な部屋なのによぉー」
「……」
「あっ！、おまえ、俺の言っておいた注意、破ったな？」
「すみません」
「だからさ、俺、言っておいただろぉーが。あそこの部屋は、ノーチェックでいい、と」
「すみません。あそこで、あんなことが行われているなんて、僕には、ちっとも、予測できなくて」
「まぁ、仕方ないか。俺が無理やり、宿直、代わってもらったんだし。まぁ、今晩、見たことは、誰にも言うな。むろん、おまえの両親にもな。俺んとこの、特老の恥だからな」
「深尾先輩、どうしてなんですか？」
「仕様がないのよ。あの岡村のばあさん、先代の理事長のおめかけさんだったもんだから。今の理事長も、あのばあさんの行状には、目を瞑るしかないのよ。まさか、『生活態度不良につき、退所を命ず』てなわけにも、いかないんだよ。それになぁ、あのばあさん、なかなかやり手でなぁ、理事の紹介で入ってきた上玉の男患者を片っ端から、凋落してるんだなぁ、これが」

　僕は、あくる日、岡村のおばあちゃんの顔が、まともに見れなかった。
　でも、それからもまた、僕は、おばあちゃんの水抜きに付き合っていた。
　おばあちゃんからの指名は、いくら、やり手の澤田班長といえども、ことわれないらしい。
　そして、診療部から帰りがけに、おばあちゃんと、自販機の前の長イスに座って、ふたりで、ドリンクを飲んでいた。
　僕は、勇気を出した。僕は、おばあちゃんのことが好きだった。
　おばあちゃんが、この特老（特別養護老人ホーム）から追い出されるのが、かわいそうだった。
　あれから、おばあちゃんをよく観察するようになった。
　おばあちゃんは、いつも、お昼の食堂では、ひとりぼっちなのだ。他の女の人たちは、輪になって、ガイガイワヤワヤ、おしゃべりながら、ご飯を食べているのに、おばあちゃんは、ひとりぼっちだった。他の女の人たちから、のけ者にされているように、僕には思えた。
「あのぉー、おばあちゃん、聞きたいことがあるんだけどぉ？」
「なんだい」
「あのぉ、これは、うわさなんだけど」
　僕は、顔を赤らめていた。嘘をついているからだ。
「おばあちゃんが、ここに入っているおとこの患者さんたちから、お金をもらって、セックスをしているんじゃないか、って」
「アラッ、そんなことが、啓介の耳に入るんだねぇー」
「嘘でしょ？」
「嘘、じゃないよ」
「えっ！」
「わたしだって、おとこの人、欲しいもの」
　僕は、目を丸くしていた。なんで、こんないい年して、と内心、あきれている。
　岡村のおばあちゃんは、もう、７０は、超えているのだ。
「啓介となら、わたし、やりたいな」
「あのぉー、俺は、イイッス。俺は、そんな、おんなに不自由してませんから」
「うそばっかり！」
「どうして？」
「啓介は、いい男なんだけど、真面目そうだから、おんなの子が、寄り付かないもの」
「そんなぁ〜」
「それに、なんか、発散してくるような、おとこの色気もないし…」
「あっ、ジャー！」
「でも、啓介はやさしいから、きっと、将来、いい彼女、できるよ」
「はぁ、そんなもんですか？」
「でも、啓介の耳に入るぐらいだから、この施設の中じゃ、わたしのこと、評判になっているんだねぇー」
「俺、心配なんですよ〜。やっぱり、風紀を乱すとかなんとか、言う人も出てくるでしょうから」
「ありがとう、啓介、心配してくれて。でも、心配しなくて、いいよ」
「でも…」
「だって、わたしが望んでやっているわけじゃないし」
「えっ！」
「だって、みんな、わたしの部屋にやってきてね、『セツ代さん、やらせてよ』と言うんだもの」
「そんな馬鹿な！」
「それもよ、現役の頃は、みんな、偉い人だった人たちばかりなのよ。会社の役員とか、お医者さんだとか、学校の校長先生だとか…」
「そんな…」
「そんな人たちが、夜中、こっそりと、わたしの部屋にやってきて、わたしのからだの上にのしかかってくるんだもの」
　僕は、あきれていた。そして、まじまじと、おばあちゃんの顔を見た。そんなに、このおばあちゃんに、セックス・アピールがあるんだろうか、と。
　僕は、頭を大きく左右に振って、おばあちゃんに言った。
「おばあちゃん、自由恋愛なら、いいかもしんないよ。だけど、３００円、もらって、やらせてあげる、っというのは、まずいよ、やっぱり」
「でも、それは、痴話げんかを防ぐためなんだけどね」
「痴話げんか？」
「そう、痴話げんか」
　おばあちゃんは、得意の、片方の目をつむって、僕に、ウィンクをした。
　僕は、意味がわからないで、呆けた顔をしていた。
「男の人って、どうして、あんな風に、嫉妬深いのかねぇ〜」
「えっ！？」
「だって、わたしがね、特定の人とばかりセックスをするとね、その人が、周りの男の人たちから、いじめに合うのよ」
「そんなこと、あるわけないでしょ」
「だから、わたし、言い寄ってくる人には、まんべんなく、平等に、相手をしてあげたのよ。でも、だめだった」
「どうしてかなぁー？」
「わからないよ、わたしにも。それで、ある日ね、やったあと、あるおじいさんから、３００円、もらったの」
「ふ〜ん」
「そして、次からも、そうしたの。そうしたら、みんなが、そうするようになって。そして、おとこ同士の嫉妬がなくなっていって」
「よく、わからんなぁー、僕には」
「どうも、男の人って、お金さえ払えば、そのお金で、何か、割り切りができるみたいだわね」
「そうでもないと思うけど、僕は」
「でも、ある男の人たちって、恋愛関係じゃなくって、金銭関係だけだと思って、納得できるみたいよ」
「そういう、もんですか？」
「わたしも、そうならそれで、心まで縛られないから、まあ、いいか、と思ってね」
「しばられる？」
「そぉーよ。セックスしたからって、うるさくつきまとわれるの、わたし、いやなのよ」
「……？」
「でも、つきまとわれたい、と思うことも、あるかな？。むかし、わたしにも、好きな人がいて。でも、嫉妬深くて。ほかの男の人と、話をしていただけなのに、その人、わたしのこと、ぶったりして。鏡を見ると、頬に赤く、指の痕がついていて。でも、その時、ちっとも、痛くなかった…」
　おばあちゃんは、遠くを見るような目をしていた。昔、好きだった人のことを思い出しているようだった。
　そのおばあちゃんの顔を、僕は、素敵だな、と思って、見ていた。
「そういえば、わたし、このホームの、ある男の人に、おこられたことあるのよ。『立つ者（もん）はええかもしれんがのぉー。立たん者（もん）は、おまえさん方の行為を苦々しく思うておるんじゃ。ちったぁー、弱い者（もん）の立場に立って、ものを考えな、いけんじゃろぉーが』と言われてしまったのよ」
「そうなの？。おばあちゃんも、心を痛めること、あるんだね」
「でも、そういう、もう立たない男の人でもね、わたしが、ズボンの上から、あそこを、手でなでさすってあげるとね、目を細めて、ほんと、子どもみたいに、喜んでくれるの。男の人って、立たなくなっても、あそこを触れられると、気持ちがいいみたいよ」
「えっ？」
　僕は、なんだか、さっぱりわからなくなった。
　頭の中が真っ白になった。でも、心の中では、『おばあちゃんが、ここのホームから追い出されることがないように！』と、祈っていた。