「スクリーン」�L

「はあ、まずいよな〜、これって、絶対にやばいよ……」
　隆太は、目の前にある存在感たっぷりのダブルベッドを見ながら何度も溜息をついた。いくらなんでもこんな所へ逃げ込むことはなかった……罪悪感を深い溜息にのせ、それを重っ苦しく吐きだす。水流の聞こえるトイレに眼を向けてはすぐに俯き、そこから仁美が出てくる瞬間をドキドキしながら待っていた。
「ああ〜、気まずいな〜、いくらなんでもラブホに入ることはなかったよな〜、どうしよう……ああ〜、まずいよ〜、絶対にまずい！　市原になんて弁解したらいいんだ」
　ソファーに腰をおろし、縮れたボンバーヘッドを両手で抱え込む隆太。
「でも……いくら成り行きとはいえ、俺と仁美ちゃんはいまラブホの中にいるんだよなぁ……これってもしかして……い、いや、そんなことはありえない。あり得ないというか、あっちゃいけないんだよ。ああ〜、もう、馬鹿！　俺の馬鹿！　ひ、仁美ちゃんには市原という彼氏がちゃんといるんだぞ！」
　どれほど強い恋心を抱いていても、生真面目で道徳心の強い隆太にとって、友達の彼女を寝取るなんてことは到底できるはずもなかった。それ以前に、自分が恋愛対象として見られていないこともじゅうぶん熟知している。だから、たとえ二人でラブホテルの一室にいたとしても、思考が男女の関係にまで結びつかないのだ。いや、結び付けないのだ。
「ふぅ、すっかり酔いが冷めちまったよ。こんな時は酔っ払って場を誤魔化すしかないな」
　隆太はスッと立ち上がって備え付けの冷蔵庫から一本の缶ビールを取り出すと、それを一気に喉へと流し込んだ。そして、すぐに二本目を取り出し、それもゴクン、ゴクン、と一口で空にしていく。口腔内の傷口に冷たいビールがなんとも心地よい。隆太は、殴られた際に抜けてしまった歯のあたりを舌先でクリクリと穿ってから、さらにもう一本、三本目のビールを取り出して口につけた。

　ガチャ、―--

「ぶはっ！」
　ついにトイレのドアが開き、隆太がビールを噴き出しながら身を硬くする。
　ビールを一気飲みしたおかげで幾分かは頭の中が柔らかくなってはいるが、それでもこの緊張感には凄まじいものがあった。
「隆太くん、唇がずいぶん腫れてきてる……ごめんね。本当にごめんなさい」
　まだ酔いの残る身体でフラフラと隆太のそばへ歩み寄り、仁美が申し訳なさそうに頭を垂れる。
「な、なに言ってんだよ。お、お、俺なら大丈夫だよ。ハハッ、ハハハッ。そ、それより、仁美ちゃんこそ大丈夫？　俺があんな所を通ったばっかりに……俺のほうこそゴメン。仁美ちゃんを酷い目に遭わせちゃって」
「ううん、ぜんぶ私が悪いんだから謝らないで」
　仁美の虚ろな眼がうっすらと涙をにじませ、真っ直ぐに隆太を見据える。
「仁美ちゃん……」
　アルコールのせいでグンと色気を増している仁美の美貌に、隆太の心はひどく昂ぶった。
　長い睫毛に縁取られた愛くるしい瞳、笑うとアヒル口になる艶めいた唇、そして、ほんのりと桃色に染まっている肌理の細かい滑らかな頬……かたくな自身の理性をどこまで抑制できるだろうか……隆太は、このとき微かな不安を胸に抱いた。
「あっ、あのさ、冷蔵庫のなかにお茶とかスポーツ飲料があるんだけど、飲む？」
　愛想笑いを浮かべながら、そそくさと冷蔵庫の扉を開けて中を見せる。
「隆太くん、ありがと。あっ、ずるい！　私にはお茶とか勧めといて、自分はビールなんだ」
「えっ？　あ、ああ、いや、これは、なんていうか、すっかり酔いが醒めちゃったもんで、つい」
「だったら私もビール」
「えっ、ビール！？　ひ、仁美ちゃん、今夜はもうアルコールは止めたほうが……ずいぶん酔ってたしさ」
「え〜、だって、さっきのことで一気に酔いが覚めちゃったもん。それに……へへっ、なんかねぇ、隆太くんと飲みなおしたくなっちゃったの」
　ピンク色の瑞々しい唇をキュッと結んだまま、口の両端だけをクイッと上げながら屈託ない笑みを浮かべる仁美。可愛らしいその笑顔に、隆太の心がクネクネと軟弱になっていく。鼻の下は自然に伸び、なんとも間の抜けた顔で仕方なくビールを取りだす。
「隆太くん、座って乾杯しましょう」
　先に座った仁美のあとに、隆太は少し距離を空けて腰をおろした。
（ひ、仁美ちゃんは平気なのかな？　彼氏以外の奴とこんな所へはいって）
　ひどく動揺している自分とはまるで違う仁美の態度に、隆太の胸奥で罪悪感が徐々にふくらんだ。ただでさえラブホテルに二人っきりという状況なのに、これでアルコールが入ったらどうなるんだろう……不埒な情欲を、隆太は必死に抑えている。だが仁美には全くそのような緊張は見られない。よほど隆太のことを信頼しているのか、それとも男として意識していなのか。
「ふぅ……美味しい。ふふっ、ついさっきまでお酒で気持ち悪くなっていたのに、またお酒呑んで美味しいって思えるのもなんだか変よね」
「ハ、ハハッ、俺もなんだかメチャメチャ美味しく感じるよ、このビール！」
　妙なテンションで隆太が声を上げる。
「隆太くん……私ね、自分のことをつくづく嫌な女だなぁ〜って、……今夜すごく思った」
「えっ？　な、なに？　なに言ってんだよ、突然？？　そ、そんなこと全然ないよ！」
「ありがとう。でも、ほんとに自分が嫌で嫌でしょうがない……もう！」
　自身の太ももを叩き、グイグイとビールをあおる仁美。
「ひ、仁美ちゃん……」
「ヒロくんとね、お互いに悔いのないよう仕事を頑張ろうって、ついこのあいだ話をしたの。それなのに、私、ヒロくんを困らせるようなこと言っちゃった。あ〜あ、ほんとに馬鹿で自分勝手で、嫌になっちゃう。挙句には隆太くんにまで迷惑をかけちゃって」
「お、俺のほうは別に……ひ、仁美ちゃんと酒が飲めたってだけで嬉しいしね。ハハッ」
「隆太くんって、ほんとに優しいよね。なんかね……いま優しい言葉をかけられたら泣いてしまいそう」
「えっ？」
　驚いて顔を向けると、仁美の頬にはすでに一筋の水液が伝っていた。
「このままじゃ、きっとヒロくんの人生にも迷惑をかけてしまう。ううん、ヒロくんだけじゃなく、他の人にも。自分で選んだ道なのに、ちょっとでも辛いことがあるとすぐに周りの人に甘えてしまって……。誰かを踏み台になんてしたくない。そんなことだけは絶対にしたくないの」
　隆太は、小さく震えだした仁美の肩を、無意識にそっと抱いた。そして、いつしか自身の眼にもうっすらと涙を滲ませていた。
「私……ヒロくんと別れようと思う」
「なっ、……ど、どうして？」
「ヒロくん、いま一生懸命になってイメージを変えようとしてる。それがどれほど精神的に辛いか、いま自分の身になってようやく分かったの。仕事だってかなりハードになっているはずなのに……それなのに、いつも私のことを優しく包んでくれる。それがいつか負担となってヒロくんの人生を狂わせるわ。だから……だから、ヒロくんを愛していることに変わりはないけど、恋人という関係を一度外したほうが互いにとってベストだと思う」
「あ、あいつは、市原は仁美ちゃんに心底惚れているよ。あいつが、そんなこと望んでいるとは思えないけど……」
「うん。こんなこと切り出すと怒られちゃうと思う。でもね、決別じゃないから。ヒロくんにとっても、私にとっても、ここが人生のターニングポイントだと思ってる。だからこそ、イバラの道を自力で歩き進めるようにならないと……。私はともかく、ヒロくんだったら大丈夫。でも、このまま付き合っていたら私のことがいつか重荷になっちゃうしね。それに……情けないけど、ヒロくんといたらやっぱり頼っちゃうんだ。なかなかね、我侭で自分勝手な性格を直せないで苦しんでる」
　仁美は、自身に言い聞かせるよう、何度も小さく頷いた。
「仁美ちゃん……なんかさ、強くなったね。ハハッ。はじめて会った時ってさ、仕事以外でも常に緊張してて、いつも一歩引きながら気を張ってたような感じだったのに。あれがなんだか嘘のようだよ。今の仁美ちゃん、とってもカッコイイ！」
「そんなことないよ。こんな大事なこと……ヒロくんと、話し合おうともせず勝手に別れを決めようとする女だよ？　ふぅ……最悪な女」
「さ、最悪ってことはないよ！　うん。絶対に最悪な女ではない」
「クスッ、隆太くんって、ほんとに優しいね」
「お、俺……俺……俺さ、なんでもいいんで、どんなことでもいいんで、とにかく仁美ちゃんの助けになりたいよ」
「ありがとう。わたしね、ほんとは……本当はヒロくんと別れたくない」
　ふりしぼるように言った仁美の眼からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出ていた。
「だ、だ、だったらさ、無理して別れなくてもいいじゃないか。あいつが忙しい時はさ、俺をいいように使ってよ。情けないけど、スケジュールだったらいっぱい空いてるしさ。ハハッ」
　隆太はスッと立ち上がると、混乱する気持ちを誤魔化すかのように、腰に手を当ててビールをグイグイと一気に飲み干した。
「隆太くん、ごめん。ごめんね。ちょっとだけ胸を貸して」
　仁美も立ち上がり、フラッとよろめいた身体がまっすぐに隆太の胸へと傾いてくる。隆太の手から缶ビールが落ち、その手は咄嗟に仁美の身体を抱きしめていた。
「ひ、仁美ちゃん！」
「わたし……わたし……また我がまましてる……」
　大きな胸の中で嗚咽をあげる仁美。
　スラリとした華奢な身体だが、抱きしめている腕からはムラつくような女の柔らかな肉感と質感が伝わってくる。隆太の眼が丸く大きく開かれていき、両手にギュウッと力を込めながら仁美の身体を抱きしめていく。何かいい言葉でもかけてあげたい気持ちはあるのだが、そんな余裕はなかった。
「ひ、仁美ちゃん！」
「キャッ！？」
　必死に抑え込んでいた淫らな欲望が、ここにきて一気に弾けた。
　隆太は、無意識のうちに仁美の身体をベッドへと押し倒していた。

「ハア、ハア、仁美ちゃん」
　仁美の胸のうちを聞き、甘い香りを匂い、そして柔らかい肌に触れた……なにより、ここはラブホテルなのだ。不埒な思いは当然湧いてくる。そのことは一時も払拭することが出来なかった。それが故に、理性の限界を予感する間はなかった。
「りゅ、隆太くん……」
「俺、俺、……す、好きだったんだ。ひ、仁美ちゃんのことが、ずっと好きだったんだ」
　これまで封印してきた想いを一気に吐き出し、奥歯をギリギリと噛み締めながら箍が外れたように覆いかぶさっていく隆太。
　服の上からムンズと乳房を掴み、その逞しい手がギュッ、ギュッ、と豊満な膨らみを揉みたくる。
（お、俺……俺……いま仁美ちゃんのおっぱいを揉んでるのか……う、嘘だろ……どうして、どうして俺は仁美ちゃんを襲ってるんだ）
　僅かな理性のなかで、隆太が自問自答を繰り返す。無駄なことだった。
　血走った眼を引き攣り気味の美形に向けながら、その頬に、その白い首筋に、チュッ、チュッ、とキスしていく。
「ちょっ、ちょっと、隆太くん……ま、待って……お願い、待って」
　隆太の手が、強引にＴシャツのすそを捲りあげようとしている。これには仁美の表情も狼狽に歪んだ。
「ハア、ハア、仁美ちゃん、ごめん、止まんない！」
　全体重をかけて圧し掛かかったまま、強引に背中のほうへ潜り込ませた手ともう片方の手で、グイグイとシャツをめくっていく。そしてついに純白のブラジャーが顔を覗かせると、すばやくカップの下に片手の先を差し入れ、そのまま無礼に突き進みながらブラカップを押し上げていった。

「あ……あ……き、綺麗だ……ひ、仁美ちゃんのおっぱい……と、とても綺麗だ……」
　円やかな乳椀を手のひらで押しつぶしながら滑らせていき、その指先がピンク色の突起物にたどり着くや否や、ため息をつくようだった隆太の感嘆は呼吸困難を引き起こす淫猥な興奮へと変わった。愛する女の乳房は、しっとりと手に吸い付き、脳幹など木っ端微塵に砕いてしまうほどの魅力があった。
「りゅ、隆太くん、お願い……駄目よ……や、やめて……アアッ！」
　完全に露出した乳首にガブッと喰らいつかれ、唇の隙間から白い歯を覗かせて仁美が悲痛の声を上げる。隆太の顔は完全に正気を逸しているように見えた。
「い、痛い……隆太くん……イヤッ、痛いよ！」
　かたく眼を閉じ、顔を左右に振りたてる仁美に隆太がボソボソと謝罪の言葉を吐く。だが、その口は遮二無二ピンク色の乳頭を吸いつつ、前歯でコリコリと乳柱をかじりたてている。
「ウッ……くううぅ……い、痛い、痛いよ、隆太くん」
「ハアハア……仁美ちゃん……仁美ちゃん……」
　隆太の行為は、仁美に恐怖を与えるほど荒々しかった。
　乳椀を根っこからもぎ取るかのような粗暴さで揉みこね、口にした乳首は己の唾液でネトネトにしながら執拗に歯を当てていく。品の良い膨らみは、大きな手によって惨めなほど様々な形へと変化させられていた。