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「はあい、じゃあ、次の絡みシーンは一時間後でーす！」
　剥き出しのバストを隠すことすら忘れている仁美に、高島が急いでバスローブをかける。
「大丈夫？　立てる？」
　虚ろな仁美に声をかけると、高島は気の抜けた身体を支えて控え室へと向かった。

「ねえ、マネージャー……どうだった？」
　顔を赤らめ、仁美が恥ずかしそうに聞いてくる。
「最高だったわ」
　高島はニコッと笑った。
「ほ、本当に？」
「ええ、本当よ。大物女優と言われる方たちの濡れ場シーンと比べても、なんら遜色はなかったわ」
「ふふっ、それはいくらなんでも褒め過ぎよ。私ね、演技中に濡れちゃった。もしかしたら、スタッフの人に見られてるかも知れない」
　ふいに鬱の表情を浮かべ、悔しそうに唇を噛み締める。
　そんな仁美に向かって、高島が鼻で笑った。
「仁美ちゃん、ほら、私のここを触ってみて……どうなってる？」
　タイトスカートをめくり、掴んだ仁美の手を自分の股間に押しあてる。
「あっ、……濡れてる」
「そうよ。仁美ちゃんの演技で私は酷く濡れちゃったわ」
　クスクスと笑いながら、高島は続けて言った。
「たぶん、あの場にいたスタッフの中の何人かは射精しちゃったわよ」
「えっ！？　しゃ、射精！？」
　大胆な発言もサラリと言ってのける高島に、仁美が眼を丸くする。
「うふふ、間違いないわ。私の隣にいた若い子なんて、あなたが偽フェラの演技に入ったとたん、『うっ！』なんて言いながら腰ひいてたもの。それに、最後のほうは部屋中に精子臭が漂っていたしね」
　仁美は、耳の裏まで真っ赤にしてうつむいた。
　今頃になってとてつもない羞恥が湧いた。
「でも、それだけあなたには魅力があるってことよ。ただ乳房を晒してフェラの真似をしただけなのに、男だけならまだしも、女の私まで濡らしてしまったんだから……本当にすごいわ」
「マ、マネージャー……」
　上目遣いに見つめてくる仁美へ、高島は母性愛に満ちた表情を向けた。

　本日最後の撮影に向け、念入りに台本チェックする仁美。

　トントン、トントン、―――

「仁美ちゃん、ちょっといいかな？」
　監督と津上が仁美の控え室を訪れたのは、本番まで後十分というときだった。
　椅子に腰掛け、ゆっくりとタバコをふかす監督と津上。
　時間が迫っているというのに、なかなか口を開こうとしない二人。
　いったい何をしにきたのだろう……仁美と高島は困惑した。
　タバコを吸い終え、最初に口を開いたのは監督だった。
「仁美ちゃん、さっきの演技は本当に素晴らしかった」
「あ、ありがとうございます」
「これはお世辞でも何でもないんだが、これまで撮ってきた中で五本の指に入る演技だった」
「ありがとうございます！」
　喜びを抑えきれず、高島が頭を深く下げながら叫ぶ。
「そこで……だ。いやね、さっきも津上さんと話してたんだけど、いまからはじまるベッドシーン。あれさ、前張り抜きでやってもらえないかなぁ」
「えっ！？」
　仁美と高島は同時に声を発した。
「ま、前張りなし……ですか？」
「うん」
「―――」
　突拍子すぎて、仁美も高島も声がでない。
　前張り抜きの説明に、今度は津上が身を乗り出して話し始めた。
「さっきの演技でさ、俺、迂闊にも反応しちゃったんだよ。これ、どういう意味か分かる？　これまで何十人、いや、百は超えているかな……まあ、どっちでもいいんだけどさ。ラブシーンに慣れている俺が、しかも還暦の俺が反応しちゃったわけよ」
「あっ……」
　仁美は、先ほどのフェラシーンで津上の前張りが微かに蠢いていたことを、なんとなく思い出した。
「この映画はストーリーだけでも売れる。それは君たちも十分承知だろう。だが、先ほどのシーンを終えてみて俺は確信した。今日の、いや、これからはじまるベッドシーン次第ではカンヌも狙えると。そして、君はこの映画で大女優の仲間入りをするってね」
「カ、カンヌ！？」
　聞き返しながら、高島自身も密かに確信していた。
「現時点では世論もマスコミはもっぱら君のヌードだけに関心を持っているようだ。しかし、この映画が封切られれば、みんな度肝を抜かすだろうな」
「で、でも、どうして前張りを外すのですか？」
　高島が聞いた。
　津上がチラリと監督を見やる。
　監督は二本目のタバコに火をつけてから、ゆっくりと口を開いた。
「仁美ちゃん、さっきの演技で濡れたんじゃないかい？　んっ？　高島さん、あんたも濡れただろう？」
　監督が、静かに煙を吐きながら真顔を向ける。
「そ、それは……」
「んっ、どっちかな？」
「濡れました」
　仁美はきっぱりと言った。
「ふふ、それだよ。君は自分でも感じてしまうほど、素晴らしい集中力で演技にのめり込んでいたんだよ」
「はっ、」
　高島が小さく声を漏らした。
「さすがはエリートマネージャーさんだ。察しがいい。そう、前張りを外すのは先ほど以上の、君の本気を見たいからだよ。空想の演技でもあれだけの表情を作れるんだ。これでもし君が本気になったら……ふむ、想像するだけで堪らんね」
「心配しなくてもいい。何も本気でセックスをやると言っているわけじゃないんだ。おっと、もちろん愛撫は真剣にやらせてもらうがね。どうだい？」
　高島は悩んだ。
　いくら何でも危険すぎる。
　女たらしで有名な津上だけに、間違いがないとは言い切れない。
「やります」
「えっ、ひ、仁美ちゃん！？」
「わたし、前張りなしで頑張ります」
　監督と津上を前に、仁美は迷いなく言った。
　不安な表情を仁美に向ける高島。
　だが、キリッと引き締まった仁美の眼には頑な決意が満ち溢れていた。
「よおっし、オッケー！　じゃあ、準備ができたらすぐにはじめよう」
　監督と津上が、満面の笑みで部屋を後にする。
「ほんとにいいの？」
「わたし、やるわ。この撮影で長澤仁美を全部だしきってみる」
　不安を拭いきれないまま、高島は一糸まとわぬ仁美も肢体にバスローブをかけた。

「それじゃあ、本日最後の撮影に入ります！　津上さんと長澤さんはベッドインしてください」

　ついに前張りなしのベッドシーンがはじまる―――

　津上は、『挿入はしないが愛撫は本気で行う』と言った。
　仁美もそれを承知し、気迫を込めた口調で『受ける』と答えた。
　もちろんこの事は四人以外誰も知らない。
　注目を集める二人の役者が、まさか前張りをしないで本気のセックスに取り組もうとしているなんて、いったい誰が想像するだろうか。
　繰り返す溜息の中で、高島は壮絶な予感に胸を昂ぶらせた。

「よおし、そろそろ本番行きまーす！　津上さん、仁美ちゃん、ガウンとって体勢作って！」
　シーツに身体を埋めたまま、ゴソゴソとバスローブを脱いでいく津上と仁美。
「一発で決めるよ！　取り直しはやんないからね！　それと、台詞以外はアフレコやんないから！」

　緊張が室内の空気を切り裂いていく。

　ただならぬ緊迫感に、みんなが息を止めていた。
　津上の横で歯をカチカチと小さく鳴らす仁美。
　怖かった。
　すべてを曝け出そうと固く決意したものの、面前という異質な環境にどうしても恐怖心が湧いてくる。
（変わる……変わるのよ……わたし、絶対に本物の女優になってみせる）
　閉じた瞼の裏で、眼球が鋭く光った。
　不屈の精神で心を奮い立たせ、周りの人間を一人ずつ視界から消し去っていく。
　そして、憎悪を抱く男に心から悶えようとするヒロインの思考を、自身の脳へと滲みこませていった。
「よーい……」
　いよいよ始まる……高島は息を呑んだ。

「スタート！！」

　広いダブルベッドの中央で、仰向けに並んだ二人の肢体。
　津上はおもむろに横を向くと、仁美の裸体を隠しているシーツをぺロッとめくった。
「あっ……」
　アドリブだった。
　このシーンでは、すべての行為をシーツ内で行うことになっていた。
　剥がれたシーツから、仁美の横たわった乳房が露わになる。
　仁美の頬の色が、わずかに変化した。
「おい、俺は本当にお前のことを信用していいのか？」
　津上が、剥き出しの乳房をゆっくりとこねながら言う。
「こうする以外に生きていく術がないこと……あなたが一番分かってらっしゃるんじゃないですか？」
　仁美は色っぽい眼で津上を見た。
「ふっ、そうだな」
　隈を作った津上の眼が、無感情に仁美を見据える。
　その間、可憐なバストの柔感をネチネチと揉み楽しんでいた手が、膨らみの表面を撫でながら先端部分に近づいてきた。
「あっ、……お願い、焦らさないで」
　台本とはまるで違う進行に戸惑いながら、仁美は自分なりのアドリブを付け加えた。
　津上が、乳輪の真ん中にある桜色の突起物に変化を与えようと、指の先端でクリクリと引っ掻きながら弄りまわす。
「俺はお前の両親を殺した男だぞ。知ってるんだろ？」
　相変わらず無表情な面で言いながら、津上は執拗に乳首をこねくりまわした。
　くぼんだ乳首が徐々に勃起していく様を演出し、より濃厚な官能シーンにしようとしているのだ。
「うっ、……わ、私に両親はいません。それは、あなたが殺したからじゃなくて、私には生まれた時からずっと両親なんていませんでした」
「……そうか」
　女の性感を知り尽くした指が、ムクムクと膨らんできた乳首の側面をカサカサと悩ましく擦りたてる。
「あっ、……」
　仁美は、反射的に胸を突き出していた。
「お前の身体、ずいぶんと敏感なんだな」
　台本にない言葉を吐きながら、勃起した乳首に激しい摩擦をくれてやる。
「うっ……うはぁ……」
　閉じられている仁美の瞼が、うっすらと淫ら色に染まりはじめてきた。
　津上は、無表情のまま眉根をクイッと上にあげると、二本の指で乳首をキュッと摘みあげてやった。
「んあっ！」
　仁美の裸体がピクンッと跳ねた。
　演技ではなかった。
　年季の入った津上の愛撫に、はやくも身体の芯は蕩けた。
「ほう、仇相手に本気で悶えるか？」
　津上は、強弱をつけながら何度もしつこく乳首を揉んだ。
「あっ、……んっ、……んあっ、」
　指の腹でギュッ、ギュッ、と押し潰されるたびに、仁美が胸元を引いてベッドを軋ませる。
　まわりにいる男性スタッフは、だらしなく開いた口を誰も閉じられないでいた。