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　広いダブルベッドの中央で、淫らに絡み合うふたつの身体。
　男が、女のたわわな乳房を揉みしだきながらズリズリと下へくだっていく。
　身体半分を隠しているシーツの中へすっぽりと潜り込んだ男は、手だけをシーツから出して厭らしく女の裸体を弄んだ。

　ピチャ、ピチャ、チュ、チュチュ、―――

　室内に響く淫水の弾ける音。
（津上さん、まさか前張りなしでやってんじゃねえだろうな？）
　岩瀬は、室内にグレーのミニスーツを身にまとっている長身の美女を見つけると、そっとサングラスを外してから静かに中へ足を踏み入れた。
「高島さん」
　岩瀬は背後から小さな声でささやいた。
「……」
　粘着した仁美と津上の演技にどっぷりと吸い込まれている高島に、岩瀬のしゃがれた小声は届いていないようだ。岩瀬は肩を突きながらもう一度声をかけた。
「ん？　あ、岩瀬さん」
　ようやく気付いた高島が、後ろを振り返って小さく口を開いた。
「ふふ、初ヌード、初ベッドシーンの様子を下心たっぷりで見学にきたよ」
　そう言い目尻の皺を増やしながら高島にニッコリと微笑みかける。
「岩瀬さん、あの子は間違いなく大物になるわよ」
「ああ、しってるさ」
「何があってもこの撮影の邪魔はしないでね」
　ズレたメガネを人差し指で押しあげながら、高島は真剣な眼を岩瀬に向けた。
「邪魔？　あのシーツの中ではそんなことが起こっているのかい？」
　笑顔の中に鋭い眼光をつくって岩瀬が聞く。
「あそこにいるのは長澤仁美じゃないわ。まったくの別人よ。彼女、無意識のうちに人格変換をものにしようとしているわ」
「ほう……」
　キリリと理知的に書かれた眉の下で、高島の切れ長の瞳が再び正面の一点を見つめる。岩瀬は赤らんだ仁美の顔に刺すような視線を向けた。

「あ、ああぁぁ……うっ……くうぅ」

　閉じられた瞼のうえで、整った濃いめの眉が片方だけ悲痛に喘いでいる。噛み締められている唇の隙間からは甘ったるい呻きが遠慮がちに漏れているが、そこから発せられているのはけっして悦楽の吐息だけではない。ヒロインの心情に潜む津上への蔑みと殺意もキッチリと絶妙に表されていた。

「青いなぁ……まだまだ青い。が、しかし、なんか俺わくわくしてんなぁ」
岩瀬は真顔で呟いた。
「ダメですよ。彼女にはちゃんと彼氏がいるんだから」
「えっ、ああ、冗談だよ。んっ？」
「えっ？」
　シーツの中にすっぽりと隠れていた津上の老体が、張りをなくした背肉を見せながらヌーッと這い上がってきた。
「やばいなぁ……津上のおっさん、ありゃ完全に素に戻ってるぜ」
　ベッド上の二人を見据えながら、岩瀬が嫌なセリフを吐いた。
「ど、どういうこと？」
「あの子の演技がベテラン俳優の理性を狂わせちまったのさ」
　高島の胸がどくんと激しく高鳴った。
　正直、撮影前から嫌な胸騒ぎはしていた。もし万が一にも間違いが起きそうなときは、そのときは体を張って撮影を中断させようとも考えていた。だが、いざ撮影がはじまってみると、二人のあまりにも凄まじい演技に圧倒されてしまい、注意すべきものを完全に見失っていた。高島はベッド上の津上を険しい表情で睨んだ。

「どうだ、そろそろ欲しくなってきたんじゃないのか？」
　白髭から鮮度の悪い舌を突き出し、可憐な耳たぶを嬲りながら津上が聞いた。
「んあっ、……は、はい……」
「ふふふ、そうかそうか、よーしよし」
　瑞々しい薄紅の唇は艶やかに濡れ、そこから吐き出される仁美の言葉や吐息はどれも悩ましかった。仁美から放たれている淫欲の魅力は単に表面的なものだけではなく、内面から滲み出ている清純の質にもあるように思えた。男なら誰しも一度はその汚れなき領域を犯したくなるような妄想にとり憑かれてしまうだろう。ベテランの津上とて例外ではない。彼にはもうまるで理性が残っていなかった。
「ほら、もっと足を開きなさい」
「うっ……」
　太ももをパチンと叩かれ、仁美は半開き状態になっていた両脚をゆっくりと開きはじめた。
　まさか本当に入れることはないだろう……完全に別人へとなりかわっていても、心のどこかではそう信じ込んでいた。いや、挿入するなどということは万が一にもありえないことだと思っていた。
　津上にうながされ、仁美は開いた両方の膝を恥ずかしげに折り曲げた。
　滑らかなシーツの表面がスーッと峰を創るように盛り上がっていく。それが見るものにとってなんとも堪らなく卑猥に映った。
「ふふ、素直な奴だ。どれどれ、老体に鞭打って一頑張りするかいの」
　津上が好色に満ちた表情を隠すこともなく、せっせと体勢を整えはじめる。

　ゴクッ―――

　まわりの誰もが何かを期待し、息を殺して凝視した。
　清純派女優のど派手なベッドシーン―――
　ただならぬ予感は、岩瀬や高島だけでなく、おそらくここにいる者すべてが感じ取っているに違いない。
「仇相手にこんなに濡らしおって……」
　津上が、開脚されて無防備になった陰唇を中指でズリズリと上下に擦った。そして、その中指をズブリと秘肉の奥深くにまで突き刺した。
「あっ！　いやっ」
　仁美はおもわず演技から離れて本気で鳴いた。
　津上の巧みな愛撫にこってりとしぼられ、秘所はもう自分でもどうしていいかわからないくらい激しく濡れている。いわゆる大洪水状態なのだ。中に入り込んだ津上のずんぐりとした指は、膣内からクチャクチャと厭らしい音をたてながら淫蜜をぞんぶんに掻き出してから抜けでてきた。
「ほら、舐めてみろ」
「あ、いやあっ」
　津上が、ヌラヌラに濡れた指を仁美の美唇になすりつける。
「ん、んあぁ……」
「自分の垂れ流した淫らな汁はどんな味をしてるんだ？　んん？　ふふ、これだけ濡れておればさぞかしこの一物もすんなりと咥え込むだろうな」
「ハア、ハア、……あ、ああぁぁ……」
　仁美は、冷徹な念を瞳の奥に残しつつ、悦楽に澱んだ表情で物欲しそうに津上を見た。
　年季の入った津上のテクニックに、性感はずっと開きっぱなしになっている。
「あ、あああぁぁ……」
　怒張したペニスの切っ先が、ヌリュヌリュと秘唇の割れ目を撫ではじめた。
　濡れそぼった陰唇は勃起したペニスの強度を敏感にとらえ、仁美の官能がズキズキと激しさを増していく。
「…………」
　津上は無言のまま細目で仁美を見つめると、片手で自身の肉棒を掴んで亀頭の尖端を上下に動かし、大陰唇をえぐりながらグイッと壺口に狙いを定めた。
「……入れるぞ」
「えっ？」
　仁美は、背に回した腕で津上の筋肉がググッと引き締まっていくのを感じた。
（うそ！？　い、いや！　だめ、だめえ！　ほ、本当に入れられちゃう！？）
　甘美な刺激にトロンとなっていた仁美の眼が、恐怖心を湧き立たせてパッと大きく開いた。
「あっ……ああっ……」
　躊躇う時間などなかった。
　何も考えられず、もう自分ではどうすることも出来ない。仁美は硬直してその瞬間を覚悟した。

「ちょっと待った！　ストップ、ストップ！」

　緊迫を切り裂くハスキーボイス。岩瀬だ。岩瀬は突如叫びながら黒田監督のまえに躍り出た。
「な、なんだ、なんだぁ！　どうしたっていうんだよ、晃ちゃん！？」
　監督は怒りを露わに叫び、場にいるスタッフ一同も一斉に岩瀬のほうへ顔を向けた。
「おいおい晃ちゃん、こりゃあ〜洒落になってねえぞ！　こんな画、もう二度と撮れねえかもしんないよ。ああああ！！」
　最高の画を撮り損ねた黒田が、怒りを抑えきれず喚きちらす。
「監督、あのまま続行してたら、彼女、たぶん潰れてたぜ」
「ああ？　そ、そりゃあ、どういう意味だぁ？」
「ふん、津上のおっさんに聞いてみなよ」
　そう言い放ち、ベッドにごろんと寝転がっている津上に冷めた眼を向ける。
「もうちょっと分かる奴だと思っていたんだがなぁ。おい、岩瀬晃。おまえ、彼女の最高傑作を台無しにしちゃったなぁ……どうする？」
　タバコに火をつけながら津上は聞いた。
「台無しも何も、映画には何一つ傷はついちゃいないさ。もちろん彼女にもな。まだクライマックスが残ってるんだぜ」
「ほう、……たいした自信だ。それじゃあ、おまえが彼女を開花させるっていうのか？」
「えっ？　あっはっは」
　津上の言葉に、岩瀬は高らかな声で笑いながらウインクをしてみせた。
「くっくっく、あいかわらず生意気な奴だ。よし、俺はこの映画を降りる。お前のその自信が本物かどうか、ゆっくりと拝見させてもらうことにするよ。おい……」
　マネージャーを呼び、津上がそそくさと帰り支度をはじめる。これにあわてたのが黒田監督だった。
「お、おいおい、ちょっと待ってくれよ。いま津上さんに降りられちゃ困るんだよ。頼むよ、そんな短気にならずにさぁ。あっ、ほら、高島さんよ、あんたも一緒に引き止めてくれよ。津上さんが映画を降りるって言ってんだよ」
「えっ！？　ど、どういうことですか？」
　撮影中断と同時に迅速な動きで仁美のそばへ駆け寄っていた高島は、すぐに仁美を控え室へと連れて行っていた。そのため、事の流れをまるで知らない。
「津上さん、お願いします。どうか、どうか降板だけはしないでください。黒田監督のおっしゃる通り、この映画は津上さんがいなきゃ駄目なんです」
　詳しい事情も分からないまま、高島はスタッフの眼も気にせずに土下座して頭を下げた。
　この映画、津上のキャスティングに津上以外の役者が入るなんてありえない……高島は、頭の中で必死に津上を繋ぎ止めるものを探した。
「高島さん、今夜どっかで飯でも食わんか」
「えっ？」
　憤慨しているとばかり思っていたところに意外な言葉をかけられ、高島は少し驚いたようにして顔をあげた。
「岩瀬晃、俺はお前の生意気なところが大好きだ。そういえば、いまいくつになった？」
　津上は、肩眉だけをつりあげて高島の顔をジッと見つめながら言った。
「ん〜と、……あれ？　俺っていまいくつだったっけ？　たしか四十八ぐらいじゃねえかなぁ」
　岩瀬がニコニコと微笑みながら答える。津上も鼻でフッと笑った。
「あと五年。あと五年でいまの俺を超えてみろ」
「五年？　五年ってのは……ちと厳しいなぁ」
「はっはっは、楽しみにしてるよ。それじゃあ、またな。あ、高島さん。あとでマネージャーのほうから連絡させるから」
「あああ、ちょ、ちょ、ちょっと、津上さん！」
　黒田監督が泣きそうな声で叫ぶ。津上は後ろ向きで手を振りながら笑って部屋をあとにした。