１８　狂った実兼

　実兼は、雅子のからだの上にのしかかっている。
　しかし、雅子の抵抗は存外に強かった。
　足で股を開かせようとするのだが、だめだった。
　手を股に差し入れて左右に開かせようとするのだが、それができない。
　股を割って、下半身を差し入れることは、あきらめざるをえなかった。

　雅子の頬を張る、というわけにもいかなかった。
　もう限界であった。
　ずるりと雅子のからだの上から降りて、実兼はうつ伏せになった。
　涙が出てくる。
　むろん、顔は左の方にそむけているので、右にいる雅子にはわからない。

　実際、情けなかった。
　結局は、自分だけの思い過ごしであったらしい。
　雅子は自分のことを好きでもなかったのだろう。それに、御所と深い仲になってしまった今、自分のことは無視されてしまっているのであろう。
　そんな薄情な雅子を、真剣に想っている自分が、哀れでみじめであった。

　御所さまに取られた、そうなのだ、御所さまに雅子を取られてしまって、自分は本当に生きる元気をなくしてしまったのだ。
　食欲もなく、寝てばかりいた。
　そんな日が何日も続き…。
　時の経つのがわからなかった。
　いつのまにか、自分の身のまわりの世話にと、顕子（けんし）がやってきて。
　顕子は、村上源氏、三条坊門通成（みちなり）の女（むすめ）ということだった。
　母が、三条坊門（さんじょうぼうもん）家に頼み込んだものらしい。
　しかし、顕子は明るい女だった。
　鬱々として楽しまぬ自分の許に日長、やってきた。
　わずらわしかった。
　しかし、顕子がそばにいてくれると、食事も咽喉を通るようになってきた…。
　顕子は気持ちのやさしい女だった。
　だが、自分が愛しているのは、雅子だと思う。

　実兼はうつ伏せになりながらも、深呼吸をしていた。
　雅子に跳ねつけられ、情けなくて、みじめで、体から力が抜けていた。だからなかなか立ち上がれないのだ。深い息をして体に元気を取り戻し、この屋敷を後にしなくてはと思うのだった。
　しかし、涙があふれてくる。
　今まで自分は何をしてきたのだろう、これから何をよすがにして生きていけばいいのであろうか、そんなことを考えると涙が止まらないのだ。

　雅子は顔を向こうに向けたままじっとしている実兼のことが気になる。
　早く立ち上がって帰って欲しいという気持ちがあった。そして、矛盾することだが、また、こちらを向いて欲しいという気持ちもほんの少しはあったのだ。
　御所さまに抱かれたい、しかし、御所さまは近頃、声をかけてくださらないのだ。
『あがこ、今夜はずっと離さないから…』
　そう言ってくださる御所さまの言葉を待っているのに。
　そういうお声が、近頃は、かからなくなっている。
　仕方なく、御所を退いていかざるを得ないのだ。

　実兼は自分の屋敷に帰ろうと思った。
　これ以上雅子に迷惑をかけてはいけないと思った。
　それに御所さまを裏切るわけにもいかないだろうと思うのだ。
　実兼は寝返りを打つ。
　一旦仰向けになり、そして、雅子の方を向いた。
　そこに、雅子の顔があり、目があった。
　雅子は、横向きになってこちらを見ていたらしい。
　雅子の目をじっと見る。
　その目が潤んでいた。
（雅子さんの目はどうしてこんなに魅力的なのだろう）
　と実兼は見惚れていた。
　それにどうして自分の方を見つめてくるのか不思議であった。
「それでは、わたしは、ここらで屋敷へ戻ります」
「……」
　雅子は何も言わなかった。
　実兼は腹立たしい気がした。
　こんなに自分は相手に尽くしてきたのに。
　葬儀の手伝いも、雅子への愛ゆえのものだったのだ。
　ほんの少しくらいは、お礼を言ってくれてもいいのではないかと。
　それで、実兼は思い切って言った。
「今夜、わたしはやっと悟ることができました。わたしの恋は片想いの恋であったと」
「……」
　雅子は何も答えてくれなかった。
　実兼は悲しかったが、言葉を継いでいた。
「わたしがこちらに参るのは目障りと思われるでしょうが。でも、父上さまのことは別。どうか、４９日の法要が終わるまでは、時々仏前にお参りさせていただけないでしょうか」
「……」
　雅子が返事をしない。
　焼香をするぐらい、いくらも時間を取らないではないか、それすらこの人は拒否しようというのか。
　実兼は腹が立った。
「あなたは、そんなにわたしのことがおきらいだったのですか！」
　実兼は雅子に迫っていた。
　雅子の目の瞳孔が大きく開かれたような。
　そして、その目から涙があふれたように実兼には思えた。
　しかし、その涙のわけが実兼にはわからない。
　実兼は、自分の眉が釣り上がっていくのがわかる。
「わたしは、あなたのことをずっと愛していたのに。あなたときたら、簡単に御所さまに乗り換えておしまいになって…」
　実兼は、はっとした。
（『乗り換えた』という言葉は適切ではなかったかもしれぬ）

　見ると、雅子の目から涙があふれている。
　言い過ぎてしまった、と実兼は反省していた。
「ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたかもしれない。ただ、わたしはわたしですでにあなたに気持ちを打ち明けていたのに、あなたはわたしのことを無視して、御所さまを選んでしまわれた…」
「そんな…」
　小さな雅子の声が実兼の耳に届く。

　雅子は、自分の言うことを聞いていたらしい。実兼はほっとした。雅子はまんざら自分のことを無視しているというわけでもないようだ。
「あなたは、御所さまを選んでおしまいになった。わたしはあなたに見捨てられたのです」
「そんな…」
「わたしは、これからひとりで生きていかなくてはいけない…」
「そんな。実兼さまにはちゃんと顕子（けんし）さまがいらっしゃるではありませんか」
「あんな女のことは、どうでもいいのです」
「まぁ、ひどい。そんな言い方をなさって。顕子さまがおかわいそうです」
「いいのです、あんな女のことは」
「ひどいわ、ひどいわ。実兼さまって、そんなお人だったのですね」

　実兼には、雅子がなぜ泣いているのか、わからないのだ。
　実兼は、上半身を起こした。
「ああ、わたしはそういう男なのです。世間体というものがあります。正室を持たねばならなかったのです。ああ、そうです、愛していなくても、わたしは顕子を抱くことができるのです。所詮、わたしなんか強欲で色気違いの、最低のおとこですから…」
　実兼は言ってしまってから、なぜか、虚しかった。
　ハラハラと涙を流していた。
　と、すぐ後ろの方で、女のすすり泣くような声がする。
　振り向くと、雅子も起きていて、座りながら泣いていた。
　実兼は、雅子の方を向いて座り直している。
「あなたがそんなに泣かれなくてもいいですよ。わるいのはわたしなのですから。わたしは、あなたがわたしのことを好いてくれていると、勝手に誤解をしていたのですから。これからは、ちゃんと顕子（けんし）に向き合ってやりますから」
「……」
「さぁ、もう泣かないで。あなたも御所さまとお幸せに…」
　実兼は、雅子が顔を俯けたままで、しかも、肩を落とし、元気がなさそうなので、励ましてやりたくなった。だから、雅子の手を取り、その手をにぎってやった。
「雅子さん、わたしは今でもあなたのことを愛しています。だから、さぁ、元気を出して…」
　実兼は、握った手を揺らすようにして、自分の元気を雅子の手に伝えようとしていた。

　そして、実兼は手を離し、立ち上がろうとした。
　そのとき、雅子が顔を上げた、目にいっぱい涙を溜めている…。
　いとおしくて、実兼は手を上げ、そっと、指先で、雅子の目許の涙をぬぐってやった。
　でも、涙は流れて、指先すら通りぬけて。
　見ると、涙は頬を伝わり、くちびるにまで達していた。
　雅子のくちびるが、涙で濡れている。

　実兼の頭の中が真っ白になった。
　実兼は自分の顔を雅子に近づけていて…。
　そして、自分の唇で、雅子のくちびるに付いた涙を拭いてやっているのだった。
　しょっぱい涙、なみだ…。
　それなのに、唇をさらに押し付けていくと、甘くていい匂いがした。
　雅子のやわらかなくちびるの感触が、胸を熱くさせ、唇を押し付けていくたびに股間のモノが膨らんでいく…。
「うっ、うううっ」
　雅子が、うめき、実兼の肩を押しのけようとしている。

　いやがっている、雅子は。
　そんなことは実兼にはわかっていた。
　一瞬、実兼は気持ちが引けた。

「ひどいわ、ひどいわ。わたしは御所さまのもの。あなたには顕子さまがいらっしゃるというのに…」
　雅子の訴える目を実兼は見ていた。
　しかし、理性が効かなくなっている。
　雅子の中に固いモノを突っ込み、思い切り吐き出したい。
　そうでなければ生きている意味がない。

　狂気が頭の中を走り抜けた。
　狂った頭で、実兼は乱暴な言葉を吐いた。
「あなたにきらわれてもいい。もうきらわれているのだ。これ以上きらわれたところでわたしは一向に構わないのだから」
「御所さまに…。あなたは御所さまから罰をお受けになるわ」
「構わない。島流しになろうと、首をくくられようと」
「そんな…」
「あなたに見捨てられて。わたしはこれから生きていても何の目当てもない」
「あなたには、関東申次（もうしつぐ）という大切なお役目が…」
「あんなもの。あれは曽祖父の時代から引き継いだ、単なる名目上の肩書きにしか過ぎないのです」
「まぁっ！」
「曽祖父の西園寺公経（きみつね）は、朝廷に仕える身でありながら、幕府寄りの人間だったのです。曽祖父は、承久の乱の時、朝廷方の情報を、鎌倉幕府に…」
「そんなこと、おっしゃらないで。あなたはご自分でご自分を汚していらっしゃる」
「いいのです、そんなこと。愛する人に無視されているのですよ。わたしに未来はない。だったら、もっともっと自分を自分で汚します…」
「わたしは、わたしは…。あなたを無視してなんか…」
「だったら、きらっておられる…」
「きらってなんか、いませんわ」
「だったら、わたしは、あなたにとって、何なんです！」
「尊敬しています」
「尊敬？、そんなもの、何の足しにもならない」
「……」
　雅子は、目を伏せ、顔を伏せていた。

（尊敬なんか、されなくていい！）
　実兼はふてくされていた。腹立たしかった。
（尊敬なんかより、愛されたいに決まっているではないか！）

　実兼は、雅子にきらわれたいと思った。
　もっともっときらわれたいと思った。
　実兼は、雅子の肩を手でにぎった。
　そして雅子を抱き寄せる。
　きらわれようと思った。
　だから乱暴に、雅子のくちびるを奪った。
　雅子が抗う。
　実兼は雅子を引き寄せつつ、雅子を抱きしめようとしている。
　もう雅子を押し倒すしかなかった。
　きらわれてもいいと思いながらも、さすがに、手を雅子の頭の後ろに置き、手で雅子の頭を支えながら、雅子が頭を畳の上にぶち当てないよう注意を払っている。

　雅子は、実兼に、からだの上にのしかかられていた。
　口を力いっぱい、塞がれている。
　こわかった。
　犯される、と思った。
　身ごもっている。だから犯されても実兼の子を身ごもることはないだろう。
　しかし、御所さまにきらわれることになる、と思っていた。

　御所さまにきらわれるという不安がある。
　乱暴にされて、身ごもっているからだが壊されてしまったらと心配だった。
　それなのに、ぐいぐいとからだが押しつぶされていく…。
　雅子は、本能的に、おなかをかばっている。
　おなかには、御所さまの子が。

　雅子は、すごい力で実兼の体を押し上げ、そして、くるりと仰向けからうつ伏せになった。そして、腕の肘を少し立て、足の膝を曲げて、おなかを守るような格好になっていた。

　雅子は、先ほどまで枕替わりにしていた上衣を胸に抱え込んでいる。
　実兼は、雅子の表着（うはぎ）や打ち衣（うちぎぬ）をすでに剥ぎ取っていた。
　雅子の首の後ろに舌を這わせていて。
　やがて、雅子の白い背中に唇を這わせていた。
　手を腋から差し入れ、雅子の乳房を揉んでいた。
　と、実兼は、股座に、左足一本を差し入れようとしていた。

　雅子は股座を締め付けている。
　しかし、それなのに、実兼は強引に、足を入れ込もうとしていて。
　仰向けのときより、うつ伏せだと、何か、股座に力が入って来ない。
　それにおなかに力を入れると、おなかの中にいる子に障るような気がした。

　と、そのとき、一本の足が股座に差し込まれてしまったのだ。
　そして、その足は微妙に動き、雅子の股間を刺激しはじめていた。

　実兼は、雅子の背中を愛撫していた。
　しかし、それでは物足りなくなっている。
　雅子のくちびるが、そして、雅子の乳首が欲しかった。
　実兼は、力づくで、雅子のからだを起こし、仰向けにした。
　雅子の頬が紅潮し、目が潤んでいた。
　その目が光っている。
　にくしみなのだろうか？
　それを読むことが怖くて、実兼は顔をくっつけ、雅子のくちびるを奪った。
　雅子は口を開かない。しかし、唇を押し入れられてしまう。
　そして、乳房を揉みつつ、片足を股座に入れて、雅子の股をこじ開けていた。

　雅子は、涙ぐんでいた。
　そして、股座に足を入れられたとき、観念をしてしまった。
　おなかの子のことを気遣ったのか、それとも、実兼の情熱にあきらめの気持ちが出てきたのか、雅子にはよくわからなかった。
「グタァ−ッ」と力が抜けた。
　そのとき、口許も開き、実兼によって口を大きく開かされ、舌まで吸われはじめていた。
　実兼は、器用に指を下衣の下にくぐらせ、股間の裂け目を愛撫していた。

　雅子は内腿の素肌に、実兼の固いモノを感じ取っていた。
（あっ、あああっ）
　実兼の指が、淫裂の上の陰核（オサネ）を探り当てていた。
　くちびるを吸われ、陰核（オサネ）をなでられていると、雅子は頭の中が熱くなってくるのだった。
　それでも、まだ、理性が働く。
「お願い、もうやめて、実兼さま」
「どうして？」
「御所さまを裏切りたくないの」
「裏切って欲しい」
「いやっ。それに顕子さまにわるいわ」
「そんなことは気にしないで。あなたを最も愛しているのだから」
「愛していたら、何をしてもいいってこと？」
「そんなこと…」
「御所さまに言いつけるわ」
「ああ、やむを得ない…。あなたを愛することができたなら、わたしにはもう望むものはない…」
「わるいひと……」

　雅子がそう呟いたとき、もう実兼の指は、雅子の淫裂の中に入り込んでいた。
　濡れてはいなかったのに。

　その指は奥へ奥へと。
　そして、それが蠢く。
　痛い。
　しかし、痛さは、淫裂ばかりではなかった。
　実兼の情欲のものすごさは、くちびるにも、乳房にも痛みを走らせていた。
　雅子は内腿が濡れているのがわかった。
　自分のもので濡れているのではない。
　たぶん実兼のモノから出た液汁にちがいない。

　実兼は、雅子の顔から離れ、少し、身を起こしていた。
　そして雅子の股間から中指を抜いた。
　その中指を自分の口の中に入れ込む。そして中指を唾でしっかりと湿らせていた。
　再び、実兼は、長く、湿った中指を雅子の淫裂の中に差し入れていた。

　実兼は恐ろしい形相で、差し入れを続けている。
　雅子の淫裂はやや湿り気を帯び始めていた。
　実兼は、自分の体を雅子の下半身へと移動させていた。
　実兼は中指を差し入れしつつ、唇を淫裂の先端部に這わせる。
　先端部には、白っぽい色をした突起物（陰核）があった。それに唇をつける。そして、唇を開けて舌先でそれを愛撫した。その突起物（陰核）が実兼の唾液ですっかり濡れた頃、それは紅色に変わり、淫裂の中に食い込んだ中指もしっとりと濡れ始めていた。

　再び、実兼は身を雅子の上半身に移動させていた。そして実兼は乳房をもみつつ、乳首を唇に挟んだ。
　乳首をいとおしそうに吸う。
　そして、チロチロと舌先で乳首を舐めた。
　それでも物足らず、舌全体で乳房と乳首を舐め上げている。
　雅子が腰をよじりはじめる。
「ああ、いけないわ、いけないわ」
「責められるのは、わたしだけです、だから、あなたは自分を責めてはいけません」
「いやいや」
「大丈夫、わたしだけが罪をかぶるつもりですから」
「あっあああっ、そんな、そんな…」
　実兼は、下の方では、しきりに中指を出し入れしつつ、親指の腹で固くなった突起物（陰核）を愛撫していた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

（注）この翻案小説を書くにあたり、下記の図書を参考としました。
　　「女西行――とはずがたりの世界――」　松本寧至　著　　　勉誠出版（株）刊
　　「とはずがたり」　　　　　　　　　　　富岡多恵子　著　　講談社　刊