人妻加奈子の奴隷生活.41

　再び加奈子の元に誰も訪ねて来ない日々が続いた。澤田からは電話はかかってくるが、仕事が忙しくて会えない。
　検診の時は彩美が加奈子のマンションに寄っていくことがあるが、性的な欲求は満たされない。
　持て余した肉体をバイブで慰める毎日だった。リビングのソファにぐったりと身体を預け、絶頂の余韻に浸る加奈子の胎内でモーター音を発するバイブレーター。その大部分を膣内に隠し、クネクネと律動している。次第にその姿を露わにし、ぬちゃ…と音を立てて抜け落ちる。遮るものの無くなった駆動音が大きく響く。
「…はぁ〜…」
　加奈子は深いため息をつき、起き上がるとバイブレーターのスイッチを切った。
　男がいないだけでこれだけ自分の肉体を持て余すようになるとは、ほんの一年ほど前まで考えられなかった。
　遠い空の下にいる夫を思いながら始まる自慰行為もしばらくすると、愛する夫の面影は薄れ澤田へと変わっていく。そして絶頂を迎え、快楽の波が引くと強烈な罪悪感に苛まれる。
　加奈子はコードレスの受話器を手にするとコールボタンを押した。
「もしもし…」
「………」
「…もしもし…誰だ？…」
「…も、もしもし…」
「…加奈子か…？どうしたんだいこんな時間に…？」
「ご…ごめんなさい…声を聞きたかったの…」
「何だか疲れてるみたいだな…澤田部長の仕事がきついのかい？」
「う…ううん…そうじゃないの…大丈夫…あなたこそ疲れてない？」
「う〜ん…こっちは忙しいけど倒れるほどじゃないから大丈夫だよ…それより加奈子こそ身重なんだから心配だよ…」
「………」
「ん？どうした…」
「ご…ごめんなさい…何でもない…久しぶりにあなたの声が聞けて良かった…あなたもお身体気をつけてね…じゃお休みなさい…」
　加奈子は電話を切った。そっとお腹に手をやる。すでに妊娠二十週、六ヶ月を過ぎていた。
　法的に堕胎の許される五ヶ月を過ぎた今、堕ろすことは出来ない。過ぎていなくても加奈子にはお腹の子供の生命を絶つことなど出来ないだろう。
　このまま夫の子供と偽って生きていくのか、それとも夫に打ち明けお腹の子と二人で生きていくのか…今の加奈子はどんなに卑怯な人間だと言われようと夫と娘と別れることなど耐えられなかった。
（あなた…まなみ…赤ちゃん…ごめんなさい…ごめんなさい…）
　加奈子の瞳からは大粒の涙がこぼれ、頬を伝い流れた。

　加奈子は検診を終えマンションまでの道のりをゆっくりと歩いていた。
「おばさん…？」
　ふと視線を移すと一人の青年と目が合った。まだ十代くらいだろうか、まだ幼さの残る青年に見覚えが合った。
「あ、あなた…温泉の…修学旅行生？」
　加奈子が澤田に連れて行かれた温泉で筆下ろしした高校生の一人だった。
「お、おばさん、家この近くなの？」
「あ、あなたこそ…」
「俺は○○大学あるじゃん…あっこの学生…」
「え？大学生？あ…そうか、いつまでも高校生じゃないものね…」
　加奈子は優しく微笑む。
「おばさん、お腹…子供出来たの？」
「う、うん…」
「へえ…そうなんだ…」
　青年はゆっくりと歩く加奈子に合わせてついてきた。二人ともしばらく無言で歩く。
「ね、喫茶店でも入ろうか…」
「え？…う、うん…」
　二人は近くにある喫茶店に入った。
「私、ミルクティお願いしますそれと…」
　加奈子は青年にの方を見る。
「じゃ、俺コーヒーで…」
「それにしてもあの時の子にこんなところで会うなんて思ってもみなかったわ…」
「俺だっておば…か、加奈子さんに会うなんて…」
「あら、名前覚えていてくれたの…？」
「そ、そりゃ、忘れないよ…」
　照れくさそうに顔を赤らめる。
「じゃ、今度はキミの名前、教えて？」
　加奈子は自分が筆下ろしをした相手なのに名前を知らないなんて不思議に思いながら青年の名前を聞いた。
「え？俺？ゆ、祐樹、橘祐樹…」
「祐樹君か…とりあえず大学、合格おめでとう…」
「ありがとう…か、加奈子さんこそおめでとう…」
「え？ええ、ありがとう…」
　加奈子はお腹の子供を祝福されて複雑な思いだった。が、どんな形であれ宿った生命に罪はないのだと加奈子は思った。
「また会えるよね…？」
「私もこの近くだからまた会うかもね〜」
　小一時間ほど話をし、祐樹と別れた。

　マンションに帰り、ソファに座った加奈子は今日の意外な再会を思い起こした。
「まさかあの時の子と会うなんて…」
　喫茶店と同じことをつぶやく。世の中は狭いものだ…と不思議と笑みが浮かぶ。
　今日会ったのが、同じ温泉で肉体関係を持ったサラリーマンたちなら笑う余裕もなかっただろう…。祐樹は澤田の命令とは言え、自分が初めての女性となった相手だ。
　警戒心もなくはなかったが、愛らしささえ覚えた。
『また会えるよね…？』
　別れ際に祐樹が放った言葉。
『私もこの近くだからまた会うかもね〜』
　祐樹は自分と再び会う事を望んでいた。それの意味する事は何だろう…と加奈子は考えた。
　別れ際にさらりと受け流しはしたがいざ思うと彼が自分と会いたがる理由がわからない。
（もしかして私と…？まさか、こんなおばさんに…）
　年頃の青年が三十路を過ぎ、子供を孕んだ女に興味を示すとは思えない加奈子は自嘲気味に思った。だが三度の再開はすぐに訪れることを加奈子は予測もしなかった。

「加奈子さん！」
　数日後、買い物帰りの加奈子に声をかける祐樹。
「ゆ…祐樹くん…？もしかして待ち伏せしてたの？」
「こうでもしなきゃ会えないじゃん…荷物持つよ！」
　加奈子の手から買い物袋を取ると歩き出した。
「こっち？だよね家…」
「もう、強引なんだから…」
　振り返りながら言う祐樹に加奈子は笑うしかなかった。
「へえ…ここが加奈子さんのマンションか…中々高級だね…」
　エントランスホールを見渡しながら祐樹が言う。
　エレベータを降り、祐樹を部屋に案内する。
「俺のワンルームマンションとはえらい違いだよ…」
　4ＬＤＫの部屋をリビングまで案内されながら比較する。
「袋、ありがとう…そこに座っててお茶入れるから…主人と娘がアメリカにいるから私一人よ…だから広すぎて…」
　加奈子は買い物袋を受け取り、キッチンへと姿を消した。

　二人は祐樹が加奈子に見せるために持ってきた高校の卒業アルバムを開き談笑していた。
「こいつもあの時いたやつ…こいつは九州の大学にいったんだ…」
「これ祐樹くんだね…」
「うん…」
「へえ祐樹くんてこう書くんだ…祐樹くんの『祐』ってうちの主人と同じ字よ…」
「そ、そうなんだ…」
　微笑みかけてくる加奈子にドキっとする。
「そ、そういえばあの時のおじさん…旦那さんじゃないよね…？おじさん加奈子さんのこと奥さんじゃないって言ってたし…」
　加奈子は憂いを含んだ笑顔に変わる。
「旦那さんと娘さんがいないのを良いことに、加奈子さんはいけない奥さんなんだ…」
　祐樹が冗談めかして言う。
「違うわよ！私だって好きで…あんなこと…」
　声を荒げる加奈子に祐樹はきょとんとした顔をしている。
「ご、ごめんなさい…大きな声出して…」
「加奈子さん、あのおじさんとのこと聞いていいかな？」
　加奈子はためらいながらも祐樹に澤田との事をゆっくりと話し始めた。
「そんなヤツ警察に突き出してやればいいんだよ！」
　加奈子と澤田のこれまでの大筋を聞いた祐樹は怒りを露わにした。形はどうであれ自分の初めての女性、それが澤田と言う男に穢されている…そう思うと祐樹は怒りを覚えた。
「そうね…あの時、私がもっと強かったらそれも出来たかもしれない…でもあの時の私は澤田さんに犯されたことを主人に知られたくなかったの…それが今、主人を裏切る結果に
…」
　加奈子はそっとお腹に手をやる。その動作に祐樹ははっとなる。
「も、もしかして、そのお腹の赤ちゃんって…」
「ううん…心配しないで…この子は違うわ…この子は…」
　加奈子の言葉に祐樹の表情の強張りが解ける。祐樹の気持ちを落ちつかせるためにあえて嘘を吐いた。
（この子は私の子…）
　と心の中でつぶやいた。