| 人妻加奈子の奴隷生活.61 「お腹の赤ちゃんを死なせてしまいました…」 病院を訪れた加奈子に向かって自嘲するようななんとも言えぬ哀しみをまとった表情を見せる彩美。そんな彼女にかける言葉が見つからない加奈子。 「ずっとお世話して下さっていたんですね…」 目の前の彩美は意識が戻らず眠っていた時のほうが健康的に見えた。あの事故から眠ったままで、目を覚ました時には死の宣告にも等しい事実を聞かされたのだ。 一晩でこうまで印象が変わるものなのか…と加奈子は思った。 「加奈子さん…私…お乳は出るんですよ…母親として最低なのに…」 彩美は自分の胸にそっと手を当てて呟いた。 「最低だなんて…彩美さんは…」 「夫を裏切った上にお腹の子供まで死なせてしまった…」 「彩美さん…あなたがそんなことでどうするの？…あなたにはまだ小さいお子さんもいるし、ご主人だって…」 加奈子は自分が彩美にとって酷な事を言っていることを承知で続けた。 「…し、死んだ赤ちゃんだってあなたに不幸になって欲しいなんて思ってない…幸せになって欲しいって…」 「でも…私…うちの人や…子供たちにどうやって償ったらいいか…」 「いい？彩美さん…これからあなたがしなくてはならないのはご主人やお子さんたちを幸せにすること…それにはあなたが不幸なままではいけないの…あなたが幸せになることが家族のためになるのよ…そ、そうじゃなきゃ…赤ちゃんの犠牲があまりにも無意味だわ …」 病室で向き合う二人の頬を涙がぽろぽろと伝う。 「早く良くなってご家族のもとに帰ってあげるのよ…彩美さん…約束して…」 「や…約束って…加奈子さんは…加奈子さんはどうなるの？澤田さんとのこと…」 「心配しないで…私はこの子のために精一杯生きていくわ…そのためには今のままでは だめだけど…」 「私…どんなことでも協力します…だから…」 語ろうとする彩美を制し立ち上がった加奈子の表情から笑みが消えた。そしてお腹を押さえると苦しそうな表情になる。 「加奈子さん…大丈夫ですか…？」 「…えぇ…大丈夫…ちょっと…」 そこまで言うと加奈子はしゃがみこんでしまう。そしてしゃがんだ彼女の足元に水が広がる。彼女の体は出産のための準備が始まっていた。 「彩美さん…看護婦さんを呼んで…は、破水したみたい…」 まなみを産んだ経験があるとは言え随分前の事だ。加奈子は不安を拭えなかった。 「まなみさん…しっかりして！すぐに看護婦さん来るから…」 彩美は不自由な身体でベッドの上から加奈子を勇気付けようと必死だった。 加奈子は駆けつけた看護婦によって処置室へ連れられていった。 「野々村さん、破水する以前から陣痛はありましたか？」 首を横に振る加奈子。加奈子のような場合を「前期破水」といい、まなみを出産した時は今回と違っていた。それだけに加奈子の不安は大きかった。 「大丈夫ですよ…しばらくこのまま横になって安静になさってて下さい」 しばらくすると陣痛も始まり加奈子の体は出産のための準備段階に入っていく。 加奈子は自分のお腹を手で包み込むようにしながら子供のことを思った。本来、宿してはならない生命。お腹の中で成長していく我が子を感じながら母親としての自覚も大きくなってきたが、いざ出産という時に大きな罪の意識として常に加奈子の心の中にあった『夫がいながら父親の違う子供を産む』という事実が今始めて心に刻み困れたかのように加奈子の心の中で急速に膨らんでいた。 そんな加奈子の瞳から大粒の涙が溢れ、こぼれた。 「どうしたんですか？心配なさらなくてもいいですよ…」 病室を訪れた医師も加奈子を励ます。 「ご家族にも連絡しないといけませんね…」 「あの…家族の者は今海外に…アメリカに住んでいるので…」 「大丈夫ですよ、ご連絡先を教えていただければこちらから連絡しておきますから…そうだな…」 医師は腕の時計を見やり、 「幸い落ち着いておられるようだし、通常ですと大体二十四時間程で陣痛が始まると思います…アメリカからだとすぐに帰国なされると分娩には間に合われるかと思いますよ…」 加奈子の涙の意味を出産と、家族が不在な事への不安からくるものだと思った医師はにこやかに対応し不安を拭おうとしていた。 まだ澤田に責められた痕が残る加奈子の膣内が洗浄される。 「それじゃ何かお変わりありましたらナースコールで看護婦さんを呼んで下さいね」 医師と看護婦が処置を済ませ、処置室から出て行き一人になった加奈子。 看護婦を呼ぶと少しアメリカにいる夫に電話をしたい旨を伝えた。安静にしておかなければならない加奈子は電話のある所まで行けない。 看護婦は少しくらいなら、と加奈子の持つ携帯電話での通話を許可してくれた。 「本当はダメなんだけど、今回だけ特別に…」 看護婦は人差し指を口元に当て笑うと処置室を出て行った。 加奈子は携帯電話の電源を入れるとアメリカの夫の滞在先の電話番号を呼び出した。 あとはコールボタンを押すだけなのにそれが出来ない。 何も知らない夫が他人の子供が産まれると言うのに喜ぶ姿を想像するだけでだめだった。 加奈子が電話できないでいると手にした携帯がバイブで着信を告げる。画面には澤田の名があった。 出るべきか迷っていたが意を決して通話ボタンを押す。 「も、もしもし…」 『今どこにいる？』 「あの…実は」 加奈子は病院での事を簡単に説明し、入院することになったことを告げた。 『…チッ…せっかく自宅分娩の手配をしてたのに…まぁいい…近いうちに顔を出す…』 そういうと一方的に電話を切ってしまった。 それから半日ほど経った頃、加奈子の陣痛が始まった。それから本格的に出産が始まるまでは驚くほど早かった。 加奈子はたった一人で我が子を出産しなければならなかった。 加奈子が元気な男の子を出産した頃、祐平とまなみもまだ日本には到着していなかった。 「旦那さん、残念でしたね〜」 産後の処置をしていた看護婦の一人が加奈子に声をかける。 「…ええ…」 加奈子は寂しそうな笑顔で答える。看護婦は彼女のその寂しげな表情の意味を家族が間に合わなかった事を残念に思ってのことだと解釈したが、本当は自分の裏切りを知らずに出産を喜びながら駆けつけてくれる祐平とまなみへの罪悪感からだった。 頬や額には汗で濡れた髪の毛が張り付き、加奈子の女としての妖艶さが滲み出ていた。 その腕には新しい生命が抱かれている。 「がんばりましたね！」「おめでとう！」 病院のスタッフに祝福されながらこの時ばかりは喜びの涙で頬を濡らした。 懸命に自分の乳首を吸う赤ん坊を母親の慈愛に満ちた瞳で見つめながら、本来産まれて来る事が許されない筈の生命だがこれだけの人が祝福してくれている事に勇気付けられた。 「どんなことがあっても私はあなたのママだからね…」 加奈子はそっと囁くのだった。 |
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| 2008.1.26掲載 |
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全８０話
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